第22話 ノート 黒煙 黒歴史
雨を待つ間に、カフェ“のおあ~る”で手伝いをし始めた一行。もう一週間が過ぎようとしている。四人が交代でやっているとはいえ、仕事にも随分慣れてきた。
今日はフウマが手伝いをする日。お客さんの少ない平日の午後。フウマは店内の掃除をしていた。布巾を手に持ち、雑誌がたくさん置いてある本棚のホコリを拭く。雑誌を一つひとつ手に取り、丁寧に拭いていた。
ふと、雑誌の中に一冊の大学ノートがあるのに気づいた。
「ユウゴさん、このノートはここに置いておいていいの? 誰かの忘れ物が紛れ込んでいるとかじゃないのかな?」
「ああ、それね」
ユウゴはニヤニヤと笑いながら、フウマの持っているノートを覗き込んだ。
「懐かしいな。それはアルゴが中学生の時に書いた小説だよ。ゴミ箱に捨ててあったのを拾って置いておいたんだ」
「ええ!?」
フウマは耳を疑う。この家庭にプライバシーというものは無いのだろうか。それともデリカシーというものが無い?
「結構気に入ってるんだ。今はお客さんもいないし、フウマも読んでみるといいよ」
「よ、読んでいいのかな?」
アルゴが一度は捨てたものを、拾ってお店に置いて、それを自分が読む……。この違和感は、アルゴだけが被害を受けていることに起因している気がする。
アルゴには申し訳ないけれど、好奇心には勝てない。フウマはノートを開いた。
『黒煙を纏う銀河のワルキューレ』
目の前には、ビッグボーイの入り口横に置いてある巨大な人形がある。舌を出してコック棒をかぶった男の子は頭身が低く、下からライトで照らされていて薄気味が悪い。今にも動き出して殴りかかってきそうな狂気を帯びている。
僕はその人形を見つめているのに夢中で、五トントラックが後ろから迫っているのに気づかなかった。
僕の体は吹き飛ばされ、宙を舞っているのが分かる。もはや体は全く痛くない。ビッグボーイの人形と目が合ったのを最期に、僕は意識を手放した。
僕はママのお腹の中にいた。
「胎児だ! 胎児では何もできないよ~」
隣には僕と一緒に転生してきた赤ちゃんトラックもいた。
「バブルン、バブルンブブ」
赤ちゃんトラックの排気口で煙たい思いをしながら僕は生まれた。赤ちゃんトラックが無事に生まれることは無かった。でもいつも僕の心の中にあいつはいる。僕を轢いて、僕と一緒にママのお腹の中で栄養を分かち合ったトラック。
「車には気を付けんとあきまへんで……」
空を見上げると、いつもあいつの声が聞こえる気がする。
僕は右手に持った、あんドーナツに力を込めて燃やし尽くした。生まれ変わった僕は黒炎を操る魔女。迫りくる敵から身を守り、ついでに何か他の物も守るべきだ。
後ろを振り返ると、宇宙からやってきた僕の恋人、ガイガが立っていた。
「あと1874秒で、そこに隕石が降ってくるんですけど、何か?」
「ガイガ、会いたかったよ」
「私もですけど、何か?」
ガイガの言う通り、隕石が降ってきた。五トントラックと同じくらいの大きさだ。僕は生まれることの無かったトラックの赤ちゃんを思い出す。
「バブルルウン」
隕石の唸り声だろうか。
僕は右手に再び力を込める。システム良好。コード認識。システムオールグリーン。僕は左腕の排気口から立ち昇る煙を確かめながら、右手の黒煙を一か所に集中させる。
隕石にゼロ距離で黒煙の塊をぶつける。周りに被害を出さないように、左腕の排気口は出力最大だ。
「成仏しなはれや……」
辺りは黒煙と爆発に包まれる。
目が覚めると白い天井。白いカーテンに包まれた部屋。僕は病室にいた。左腕に繋がれたチューブ。チューブの先にある液体の入ったパックには「MOJAMILK」と書かれている。モジャという生き物から分泌される体液には、ドラゴンフルーツ770個分の栄養が含まれている。食糧難になった世の中を生きていくには、モジャミルクが必要不可欠になっていた。
寝ている間に僕は夢を見た。成仏しきれなかったトラックの赤ちゃんは、隕石となって再び僕を殺しに来た。でももう大丈夫だ。僕の黒煙に包まれ、排気ガスを思い出して安心したはずだ。もう天国に行けただろう。
「さ、ロイホ行くか」
僕は立ち上がって病院から出た、ロイホのパンケーキが無性に食べたくなったのだ。
「大将! パンケーキください。バリカタで」
厨房の奥から出てきたのは、ガイガの生首を持ったコックだった。舌を出して下からライトで照らされている。ビッグボーイの悪魔だ。
ガイガの生首が目を開けた。
「力及ばずですが、何か?」
「ガイガ、会いたかったよ」
「私もですが、何か?」
僕は左腕に繋がれたモジャミルクを、ビッグボーイの悪魔に向かって投げた。ただの目くらましのつもりだったが、やけに苦しんでいる。悪魔の顔面から滴り落ちるモジャミルクが床に落ちて、床がジュウウと焼ける音がしている。モジャミルクとはいったい何なのか。
僕はビッグボーイの悪魔に向かって走り出した。その一歩目から、僕は深い深い穴の中に落ちていった。
「え! ここで終わり!?」
「そうなんだよ。続きが読みたいから昔、書いてって言ったことがあるんだけど、すごく怒られてね」
「それは怒る……。僕が読んだこと、アルゴには秘密にしておいてね」
フウマはノートをそっと本棚に戻した。いつかアルゴがここにノートがあることに気付くかもしれない。その時は知らなかったふりをしておこう。




