第20話 甘味 苦味 雨の味
ミケランドールという国の中でも評判の、変わった女の子がいた。
彼女は雨が降るのを察知して、何をしていてもすぐに外に出て口を開け、雨が口に入るのを待つという。たとえかくれんぼをしていても走って外に行くので鬼に見つかり、お風呂に入っていても全裸で外に出たという。その件で両親からはこっぴどく叱られ、お風呂に入っていて雨が降りそうになると、バスタオルを体に巻いて飛び出すようになった。
その噂を聞いた地方新聞の記者は、その女の子を訪ねて記事にしたことがある。しかし、その記事の中で少女が答えた事はあまりにも意味不明で、根拠のなさからしてデマか、ただの子どものの遊びだろうと言われた。
その記事が大きく取り上げられることはついぞなかった。しかし、一度その記事を読んだ者は、謎の多さと少女の不気味さが記憶に残っていることだろう。
以下、約20年前の地方新聞による小さな記事
(割愛)
記者・いくつか質問しますね。どうして雨が降る直前にそれがわかるの?
少女・なんとなく。肌がピリピリして、鼻の奥に水のにおいがするの。
記者・雨が美味しいから口を開けてるの?
少女・美味しい時と美味しくない時がある。甘い時もあるし、苦い時もある。甘い時は次の日に良い事があるの。苦い時は悪いことがあるの。
記者・そんなに味が変わるの?
少女・全然違うよ。いつも違う味だから、神様の機嫌が分かるの。
記者・待っていても雨が口の中に入らない時はどうするの?
少女・雨の降る時って、最初に地面に落ちる一滴があるでしょ? あれが絶対に私の口に入ってくるから。心配しなくても大丈夫。
少女は確信に満ちた顔で胸を張っていた。
インタビューをしている最中、室内でオレンジジュースを飲んでいた少女は急に立ち上がった。何かに取り憑かれたような虚ろな目をして、一心不乱に外へ向かって走り出した。テーブルの上のオレンジジュースが床に落ち、コップが割れた音にも気づいていない様子だ。
少女を追って外に出ると、少女はうろうろと歩き回っている。まるで何かを探しているようだった。声をかけても何の反応も無い。
空はみるみるうちに雲に覆われていく。
少女はついに“その場所”を見つけて立ち止まった。空に向かって大きく口を開けたその瞬間、雨が一滴、少女の口の中に降った。その後は急な大雨である。満足そうに屋内に戻った少女に尋ねた。
記者・どんな味だった?
少女・味は上手く言えないなあ。でも、おじさん、明日良い事あるよ。
インタビューに行く日を決める際、気象予報士に天気をあらかじめ聞いておいた。その甲斐あって、運よく少女が雨を察知する現場に居合わせることが出来た。
少女にインタビューを行い、おじさんと呼ばれた記者がいる。その人物は後日、5年前に失くしたと思っていた結婚指輪が見つかったという噂だ。家の庭の草藪に落ちているのを偶然見つけたらしい。
その噂も相まって、その記事が載っている地方新聞は、オカルト好きの者達の間で伝説となり、高値で売買されているという。
少女はその占いの腕を磨いていった。噂は噂を呼び、少女に今後を占ってもらおうと考える者が後を絶たなかったのだ。
「私は小さい頃から雨が好きだったの」
シイカは、夫であるユウゴが煎れたコーヒーを受け取り、それを大切そうに少しずつ啜りながら話し始めた。
閉店した後のカフェ“のおあ~る”は、全ての窓のカーテンが閉められている。シュンシュンとやかんから湯気が立ち昇る音が、静かな室内に響いていた。改まった調子で話し始めたシイカに引き込まれるように、皆はシイカの声に耳を澄ませた。
「雨が好きだっていっても、家の中で窓を打ち付けるのを眺めるのが好きだとか、水たまりの上を長靴で歩くのが好きだとか、そういうのじゃないの。私は、雨を口に入れるのが好きなの」
シイカは皆の顔を見回して反応を見た。どういうことかよく分からないというように、怪訝な顔をしている。シイカは楽しそうに、うふふと笑って先を続けた。
「私が雨を好きなように、雨の神様も私のことが好きみたいなの。雨が降りそうになると、私は肌でピンとくるの。その後、外へ行って大きく口を開ける。その口の中に必ず最初の雨が入ってくるの。雨が降る時の、最初の一滴。私はその味で占いをしているの」
「母の占いは怖いくらいよく当たるんですよ。僕が物を失くしたらよく占って見つけてもらいました」
「アルゴは小さい頃からしょっちゅう物を失くして、泣きながら帰ってきたわね~」
「ま、まあそれはいいとして、フウマさんは探し物をして旅をしているから、一度占ってもらっても損はないと思いますよ。フウマさん、どうですか?」
アルゴは焦って話を逸らした。
フウマはシイカの目を見ながら、真剣に占いを依頼する。
「僕は祖父から聞いた守り神の童話を、探求する旅をしています。まだ見つけていない守り神様がどこにいるのか、占ってもらえませんか?」
意外なほどシイカはあっさりと答える。親指をグッと立ててフウマに突き出した。
「いいわよ。アルゴのお友達の頼みならなんだってしてあげる! でも雨が降る予感がしないから、いつになるか分からないわよ? それでもいいなら、他のお客さんより最優先で占ってあげるわ」
「はい! ありがとうございます」
フウマはハッと何かに気付いて、おずおずと尋ねた。
「あ、あの、お代はどのくらいでしょうか……?」
「じゃあ、有り金全部置いて行ってもらおうかしら! 一応商売で占いやってるし~、順番待ちも結構できているから結構忙しいのよね。それで最優先に回すってなるとやっぱり……」
「で、でも、そうすると、これからの旅だ……」
フウマの表情を見てアルゴはシイカを一喝する。フウマは今にも泣きだしそうに見えたのだ。
「母さん!! 遊びがすぎるよ!」
むう、と頬を膨らませてシイカは訂正する。そのむくれた顔は以前出会ったアルゴの妹、シイカの娘のリズにそっくりだった。
「もう! 冗談なのに。タダでいいのよフウマちゃん。その代わり」
「そ、その代わり?」
フウマはゴクリと息を飲む。このシイカという人物、油断ができない。
「雨が降るまでの間、カフェのお手伝いを交代でやってちょうだい。最近、繁盛してて手が足りないのよ」
「あ、それは助かるなあ」
店主のユウゴもニコニコと嬉しそうに笑っている。
「私、ぜひお手伝いしてみたいです!!」
ルーシェルが机を乗り越えそうな勢いで立ち上がり、手を高く挙げて立候補した。その目は楽しそうな体験に対する期待でキラキラと輝いている。
「じゃ、明日からよろしくね!」
「「「よろしくお願いします!」」」
シイカが手を叩き、その場は解散となった。
カフェの二階、一家が暮らす屋根の下で泊まらせてもらうことになった一行。
束の間の休息は、まるで急に家族が増えたように居心地よく感じられた。アルゴの部屋に、アルゴとガラが。今は空き部屋のリズとムーの部屋に、フウマとルーシェルが寝泊まりする。
電気を消して就寝しようとするアルゴにガラは言った。
「お前の母さん、なんか変だな。ルーシェルに似てる」
「あ、僕もそう思います」
ハハハと笑いながら、アルゴは部屋の電気を消した。




