第2話 夕焼け 月光 ガラの想い
旅に出て三日目。フウマとガラは行く先に町があるのに気づいた。フウマはガラの袖を掴んで叫ぶ。
「ガラ! あれ見ろ町があるぞ! おじいちゃんの言っていたメイランじゃないか!?」
フウマはガラの袖を揺さぶって興奮している。
「いや、違う。あれはメイランとの間にある町だ」
体を揺さぶられながらガラは地図を取り出す。
「ほら。マリドラっていう小さい町だ。町の真ん中に川が通ってる」
「なんだ。メイランじゃないのか」
フウマはがっかりした様子だが、すぐに元気を取り戻してガラに笑いかける。
「あの町で一泊しよう! 野宿もそろそろ疲れてきたしな! 町の真ん中に川が流れてるってことは、交通手段で川を使うのかな」
「ごめんけどクソどうでもいい」
「つまんねえやつだな」
フウマはフンとそっぽを向いて先を急いだ。
初めて訪れる知らない町。フウマは、はやる気持ちを隠せずに、顔がニヤついてしまう。
着いたらまず宿をとって、シャワーを浴びて、町の名物の料理は何か調べよう!
フウマは海風に髪をなびかせてスキップをしている。
その後ろ姿を眺めながら、ガラは顔をほころばせる。
「着いた……!」
フウマはうーんと唸りながら背伸びをした。
二人が町に着いた時には、もう夕日が辺りを照らし始めていた。町の門のすぐ横を、大きな川が流れていた。町の人々はボートで川を渡り、家路についている。
日傘を差してボートに揺られている女性の姿がとても幻想的に見える。ボートが波に揺れる度、ガラス玉の付いたピアスがキラキラと輝いて揺れている。
大きな学校カバンを持った男の子と女の子がボートで対岸へ向かっている。小さな男の子が吹いている縦笛の音色が、地平線の夕日に向かって響いていた。
遠い川の対岸では、ベーカリーのおじさんが看板を店内へしまっているのが見える。もう店じまいなのだろう。店のオレンジ色の明かりが消えて、暗くなった店内には夕日が差し込んでいる。
「ガラ、見ろよ。凄く綺麗だ」
フウマは夕焼けでオレンジ色に輝く川と、それをありのままに受け入れている町の景色に見入っていた。
川は常に流れている。静かな水音と、燃えるような夕焼けが夜の訪れを感じさせる。
「綺麗だな」
うっとりしながら夕日を見つめているフウマ。その横顔を見ながらガラはうなずく。
フウマの頬は夕焼けに照らされてオレンジ色に輝き、感動で潤んだ瞳はキラキラと光る宝石のようだった。
髪は川風を受けてサラサラと流れている。
景色に見とれるフウマ。そんなフウマにガラは見とれていた。
急にフウマはガラの方を見た。
ガラはフウマの視線に胸がドキリと鳴るのを感じた。
フウマはニヤリと笑って言う。
「腹減った! 宿屋の前にメシ屋だな!」
「……お前いっつも腹減ってんな」
こいつはなんでこんなにムードがないんだ。黙ってれば可愛いのに。
ガラは腹立ちまぎれにフウマに悪態をつく。
「僕は食べ盛りなんだよ!」
フウマはグウウと鳴ったお腹を抑えてガラ
二人は近くにあった食堂で夕ご飯を食べる。景色のいいテーブル席だ。
この町の名物だという、川魚のバターソテーに舌鼓を打つ二人。
「美味いなあ! 甘じょっぱいソースの絡んだ付け合わせの野菜も美味いなあ!」
フウマは美味しそうにパクパク野菜と川魚を食べている。
「ああ。川魚って独特な匂いすると思ってたがこれは美味い」
ガラはお皿に残ったソースをパンに付けて食べている。
「うわ! それ美味しそう。僕もやろう」
フウマもガラの真似をして、パンにソースをつける。
店員がテーブルの横を通る際、ガラは追加の注文をする。
「すいません。追加でパンのおかわりと、チーズの燻製と、季節の野菜マリネと、ソーセージのトマト煮込みください。あと鴨のバジルソテーと、ビーフシチューも」
ガラはすぐに平らげて、メニューを見ながらどんどん注文をした。
「ぼ、僕も食べていいんだよな!? 全部自分で食べるのか!?」
フウマはまだ川魚を食べているので、食べるペースの違いに焦りを感じる。
「量が多かったら分けてやるよ。食べたかったらお前も頼めばいいじゃねえか」
ガラは水を飲みながら答える。
「人と食事する時は相手に合わせるのが大事って教わらなかったのか?」
「そんな訳の分からんことは教わらなかったね」
ガラは窓外の景色を見ずに、じっとフウマを見ている。ガラはフウマが物を食べているところを見るのが好きだった。フウマは美味しいものを食べる時、ニコニコしながら美味しそうに食べる。
フウマは食べるのに夢中で、ガラの視線に気づく気配がない。
追加で注文したものも、全てフウマが好きそうだという理由でガラが選んだものだった。
「美味しいなあ! このお店にして正解だったな!」
両手で持ったパンを頬張りながらフウマは言う。テーブルの上には料理が所狭しと並んでいる。
お皿に取り分けながらガラもつられて笑ってしまう。
「そんなに食うともっと太るぞ」
「いいんだよ動いてるんだからたくさん食べても! あと僕は太ってないだろ!」
二人は宿をとり、明日の再出発に向けて早めに寝ることにした。
フウマは自分の部屋のベッドに横になるが、なかなか寝付けない。
小さな窓から明るい月光が差し込んでいる。耳を澄ませると川のせせらぎが聞こえた。
質素なベッドに敷かれた清潔なシーツは、サラサラとした手触りがとても気持ちいい。
体は疲れているが、このまま寝るのはもったいないと思えて仕方がない。
「(少し散歩してこよう)」
フウマは装備もつけず、薄着で外にでた。ドアノブの冷たさが気持ちを落ち着かせてくれるようだった。
月明かりの夜。夕焼けとは打って変わって、月の光が川を照らしていた。とても明るい夜だった。
宿屋の外にひっそりと置かれているベンチに座って、町の景色を目に焼き付けておこうと思った。
そのベンチには先客がいた。
「ガラ。眠れないのか?」
フウマは少し驚く。
ガラも分厚いコートを脱いで薄着でベンチに座っている。
「……お前こそ」
ガラは右手に水筒を持ってきていた。水を一口飲みながらフウマを見る。
フウマはガラの水筒を奪って水を飲んだ。ベンチの隣に腰掛ける。
「てめえ、自分の持って来いよ」
「まあいいじゃねえか。ケチ」
「なにお?」
フウマは楽しそうにケラケラ笑っている。
明るい月の光が二人を照らしている。沈黙すると、川の流れる音が静かに聞こえてくる。
フウマは月を見ながら話し始めた。
「一人旅のつもりだったけど、ガラがいてくれてよかったよ。いらんことばっか言うし、たまにムカつくけど……。一人旅よりずっと楽しいし、頼もしいよ。ガラ、来てくれてありがとう」
フウマはガラに笑いかける。長いまつ毛が月の光で輝いている。
「お前は変なところで頭悪いから一人旅なんて無理だろ」
ガラはそっぽを向いてこたえる。
「……まあいいや」
フウマはめんどうになって言い返すのをやめる。
ガラはフウマに対してそっぽを向いていたが、目には涙を浮かべて泣くまいと堪えていた。
自分が勝手に追いかけて、勝手に着いてきているだけだと思っていた。
フウマは迷惑しているだろうと思っていたが、素直に来てくれてありがとうと言われると、ガラは心から嬉しくなる。
涙ぐんでいるのがばれないように、ガラは必死で涙を拭いて我慢している。
「(急に改まってそんなこと言うの反則だろ……何なんだよこいつ……)」
「それにしてもいい町だな。景色は綺麗だし、ご飯は美味しい。明日出発するのがもったいないな」
フウマは、ハアと溜め息をつく。
「じゃあ俺は先にメイランまで行ってるから、お前はもう一泊していけよ」
ガラは涙声になっていないのを確認してホッとした。
「意地悪言うなよ。ガラが居ないと一生着かないだろ」
「お! やっと認めたな」
ガラはニヤニヤ笑ってフウマを見た。
フウマもガラを見つめている。いつもの元気のいい少年のような表情とは裏腹に、月明かりの下で静かに笑うフウマは可愛い少女にしか見えなかった。
ガラは息を飲んでフウマを見つめる。
「(……俺はフウマが好きだ。小さい頃からずっと、ずっと……)」
「ガラ?」
フウマは怪訝な表情でガラを見る。
「お、俺は……」
ガラは穴が開くほどフウマを見つめ、距離を詰める。二人の顔が近づいていく。唇が触れそうな距離。
「何だよガラ。なんか近いぞ」
フウマは焦って距離をとる。
「お、お前が旅に出るって言いだした時から着いて行くって決めてたんだよ! お前は腕っぷしだけで突っ走るから危なっかしいんだよ! おやすみ!」
ガラは逃げるようにして、自分の部屋へ戻るべく宿屋へと入っていった。
「……な、なんだったんだ?」
フウマは胸がドキドキ鳴っているのを感じながらガラの背中を見ていた。
なんとなく心臓を手で抑える。
一人になり、はあと溜め息をつく。
唇が触れそうな距離にまで近づいてきたガラを思い出し、急に顔が真っ赤になる。
「(うう……本当になんだったんだよお……)」
フウマは両手で顔を隠して俯く。
「今日ちゃんと寝れるかなあ」
二人の旅路は順調に進んだとしても、二人の恋路はこんがらがってすれ違っていく。