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第16話 独白 星空 宇宙遊泳

草原を歩きながら、ガラは思う。

四人は再びミケランドールにある大きな街、メイランへと戻ろうとして歩を進めていた。サンニャーチコへ行く際も通った森を抜け、広い海原のような草原を歩く。


ガラが一歩一歩地面を踏みしめる度に、サクサクと草を踏んで歩く音が聞こえる。その音がとても小気味よく、単調に歩いているだけにも関わらず、まるで鼻歌でも歌いながら、リズミカルに歩いているような気分になった。

隣を見ると、フウマがぼんやりと上空を眺めながら歩いている。

「空を遮るものが一つもないから、空がとても広いんだ」と、以前フウマが言っていたのを思い出す。あの時のように、広い空を見ながら歩いているのだろう。


「上ばっかり見ながら歩いてると転ぶぞ」


と、フウマに声をかける。フウマは、馬鹿にするなとでも言うように、口を尖らせてフンとそっぽを向いた。草原の草が風になびいて揺れているように、フウマの艶やかな黒髪が風に揺れている。まるで天の川が夜空で光るように、フウマの髪はとても綺麗に見えた。


少し後ろでは、ルーシェルとアルゴが珍しく、大人しく話しながら歩いて来ている。いつも口を開けば、食べ物の話や昨夜見た夢の話や昔の思い出話でわあわあとうるさいルーシェル。ガラは口数の多い女性と接するのが苦手だ。ルーシェルと話すときは、相手に合わせて話すのを放棄している。しかし、アルゴが同行するようになってルーシェルはめっきり大人しくなった。以前はうるさいクソガキだと思っていたルーシェルが、アルゴの前ではしおらしくしている。それはなぜかと突っ込んで聞いてみようと思ったことは無い。なんだか面倒なことになりそうだと見当をつけたガラは、それについて深く考えることをやめた。


草原を歩いていると、フウマと二人で旅をしていた時のことを思い出す。あの頃はとても楽しかった……。と、ガラは時々思い出しては、甘い思い出に浸っていた。今もそうだ。隣を歩くフウマの足音を意識して聞きながらガラは考えた。ガラの旅の目的は、フウマと同じように守り神を探すことではない。フウマを危険な目に遭わせないことだ。と、以前はフウマを守るつもりでいた。しかし、フウマは大抵の事は一人で切り抜ける強さと度胸がある。自分が今フウマと旅をしている目的は、フウマの為ではなく、自分がフウマと一緒にいたいからだ。と、ガラはすでに気づいていた。

仲間が増えて嫌なわけではない。お互いの向き不向きを補い合いながら、順調に旅を続けることが出来ている。それはとてもありがたいことだ。しかし、ガラの頭の中の最優先事項はフウマに他ならない。もっと二人きりでいたいと思ってしまうのは仕方がない。


ルーシェルが皆に聞こえるように大きな声を出した。ガラはルーシェルの大声を聞くと、条件反射のように、心の中でやれやれとげんなりしてしまう。女性の声色の高い大声にいつまでも慣れないのだ。


「ねえねえ! もう夕方だし、今日の野宿は草原の真ん中にしない? 晴れてるから星空が絶対綺麗だよ! 寝っ転がったら宇宙にいるみたいになるよ! きっと!」


足を止め、ルーシェルの提案を聞いたフウマが期待に目を輝かせている。ガラは、時折フウマが見せる幼い子どものような反応がとても可愛らしく思える。

フウマとルーシェルは手を取り合って大はしゃぎしている。


「ルーシェル! すっごくいい考えだ! 絶対絶対そうしよう!」


けらけらと楽しそうに笑い合う二人の傍で、アルゴはその様子を、微笑ましそうにニコニコしながら見ていた。

女というものは、ああいう分かりやすい誠実さがあって、優しい男が好きなんだろう。ガラもアルゴのことは気に入っていた。相手に合わせて話をし、気遣いのできる、いいやつだ。自分には無い、物腰の柔らかさを感じる。やはり年下の兄弟がいるとそういう性格になるのだろうか。面倒見がいいが、ほどよく距離感のあるアルゴという人物は、ルーシェルという大はしゃぎ女の相手が上手くて助かっている。


地平線に太陽が隠れようとしているころ、濃いオレンジ色の夕焼けが、草原を赤く染めている。四人は焚火で簡単な夕食の支度をする。アルゴの弟妹から分けてもらったパンに、チーズをのせて少しあぶる。チーズが溶けてきたら完成だ。このシンプルなパンの食べ方が、ガラはとても気に入っていた。小さな鍋で、四人分の野菜スープも、ぐつぐつと煮る。野菜はあらかじめ一口大に切ったものを袋に入れて持ち歩いている。こうすると手間がないし、洗い物も少なくなる。

夕食の支度が整うと、辺りは完全に闇に包まれていた。焚火の炎が、皆の顔を照らしている。暗くて周りの様子が窺えないと、草原に吹く風の音がやけにはっきりと聞こえた。

チーズをのせてあぶったパンと野菜スープ。人数が増えると持ち歩ける荷物の量も増える。旅を始めた頃と比べると、とても良い食事が食べられるようになった。フウマと二人旅ではなくなってもいい事はあるな。と、ガラは満足感を覚える。

野菜スープの鍋から立ち昇る白い湯気が、炎に照らされて上へ上へと流れていくのがよく見える。風を受けて少し下がってきていた体温が、食事を摂るにつれて、ぽかぽかと温まっていく。

隣を見ると、フウマが大きな口を開けてパンに齧りついていた。溶けたチーズが伸びているのを嬉しそうに見ながら食べている。口の端に付いているパンくずを手で取ってやると、フウマは照れたように笑った。食べる表情を見ただけで、美味しいと思っているのが分かる。

野宿をしたとき、食後にアルゴはお茶を煎れてくれる。それがとても美味いのだ。ほろ苦くて、少し甘みも感じる。何のお茶かと聞くと、アルゴは言い淀んで結局教えてはくれなかった。


「健康にいいし、とても味がいいんです。毒ではないので安心して飲んでみてください。……何のお茶かはちょっと言えないんですけど」


それ以上追及するのも良くないかと思い、ただお茶の味が美味しいということ以外はあまり考えないようにしている。何を飲んでいるのか言えないという時点で恐ろしい。ルーシェルは少しだけジャムを入れるのが好きと言って、いつもそうしている。女というものは、

なぜ甘いものが好きなのだろう。永遠の謎だ。


散歩をしてくると言ってアルゴが立ち去り、すぐに戻ってきた。近くに小川が流れているのを見つけたらしい。穏やかではあるが、草原にはいつも風が吹いているせいで、水の音に少しも気づかなかった。

助かった。一日中歩き通しで、体は汗でべたついている。小川で夕食の洗い物を済ませた後、交代で小川へ行って体を拭く。いつも男二人の後に女二人が行くことになっている。万が一危険なことがあるといけないので、二人で行く方が安心だ。体を拭くだけでも随分と身も心もスッキリするものだ。

アルゴと連れ立ってタオルを持ち、小川へと向かう。さっさと戻らないと、水浴びを心待ちにしている女共に文句を言われるから面倒だ。服を脱いで、濡らした冷たいタオルで体を拭く。服を脱いだアルゴがいきなり足を滑らせて小川に落ちてしまった。水しぶきが冷たい。なぜ全裸の男を助け起こさなければいけないんだ? と違和感を覚えながら、びしょ濡れになったアルゴに手を差し出す。アルゴは、ハハハと苦笑いしながら手を取った。


寝る支度を済ませ、焚火の火を少し小さくした。一人一時間交代で、見張りをしつつ火の番をする。まずはフウマが一時間、その後は俺だ。

夜空はルーシェルの言っていた通り、満天の星空になった。寝転がって夜空を見上げていると、宇宙にポツンと自分も存在しているような気分になる。背中に感じている地面は形を揺らがせ、ふわふわと浮いているような心持だ。

ルーシェルとアルゴは、すぐにスヤスヤと寝息を立てて寝てしまった。今日一日分の疲れを、これから清算せねばならない。

フウマは寝てしまわないように、焚火の前で正座をしている。火の様子なんか全く見ていないのが分かる。一心不乱に星空を見上げていた。目に焼き付けようとしているのか、星空に見入っているのか。首が痛くならないのかと心配になる。


「ガラ」

フウマの呟くような声が聞こえた。ん? と小さく返事をする。


「こうしてると、視界が全部星空になる。まるで宇宙にポツンと浮かんでいるみたいだ。体がふわふわしてくるよ。……ちょっと目をつぶって」


言われたとおりに目を閉じた。

唇に少しだけ触れるように、柔らかくてふにふにと温かいものを感じた。目を開けると、顔を赤くしたフウマがニヤリと笑った。


「目を開けていいなんて言ってないだろ」


俺はたまらずフウマを抱きしめる。二人きりになった途端、フウマは急に甘えだす。

二人で手を繋いで寝転がり、星空を見上げる。宇宙空間に二人でゆらゆら揺れているような気分だった


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