第12話 傷心 慰め ロマンチスト
サンニャーチコにある魔物保護区中央事務所。フウマ、ガラ、ルーシェル、アルゴの四人は、アルゴの弟ムーの馬車に乗って事務所へとやってきた。
迎えてくれた少女は不満そうに来訪者の四人を見ていた。無言で扉を開けて、事務所の中へと招く。
「リズ! 久しぶりだな。お前の魔物の研究はすごく役に立ってるんだって? 我が妹ながら誇りに思うよ。背はあんまり伸びてないな!」
アルゴはリズの頭をわしわし撫でた。
リズはむうう!と聞こえそうなほど、不満そうな顔で頬を膨らませ、プイとそっぽを向いてしまった。
三年ぶりに兄と再会したのはリズもムーも同じはずだが、二人の態度の違いにフウマとガラは少なからず面食らう。
「(リズちゃん小動物みたいで可愛い……!)」
ルーシェルは可愛く思って笑ってしまいそうなのを必死でこらえる。
「姉さんは魔物の生態や分布のことになると一流の研究者なんですが、人見知りが激しくて……。兄にもいつもこんな感じなんです。失礼な態度ですみません」
ルーは申し訳なさそうに言った。
無言で事務所の中に入っていくリズの後を追って、皆はお邪魔しますと言いながら着いて行く。
研究所の設備をムーが案内した。魔物の生態を記録して調査するための広い書斎。リズは無言で書斎の大きな机に戻り、書き物ををし始めた。他の事務所と情報を交換するための通信室。怪我や病気で狩りができなくなった魔物に食事を作るための台所。働いている人間の食事も、ついでのようにここで準備される。
二階は宿屋のような宿泊スペースになっている。
一階の大きな扉の前でルーは言う。
「外の保護区に何もない限り、僕たちは一日のほとんどをこの部屋で過ごすんです」
ルーが一階の大半を占めている広い部屋の扉を開けた。
そこはたくさんの魔物で溢れていた。
ルーが部屋に入った途端、待ちわびた家族が帰ってきた子どものように、魔物達は歓喜の声を上げた。
「ここは、まだ外で生きていけない魔物が過ごす部屋です。怪我が治りかけている子が大半ですけどね。もっと怪我の重い子や病気のある子は、別の施設で魔物医療の専門家に診てもらっています」
ルーがそう話している間にも、ケット・シーがじゃれて足元にまとわりつき、リトルゴブリンが胴にしがみつき、ラビットグールが頭の上に飛び乗る。
人見知りをする魔物は、見知らぬ人間が部屋に入ってきて緊張している様子だ。フウマやガラ、ルーシェルやアルゴを見つけ、部屋の隅に設えられた寝床に隠れ、じっとこちらを窺っている。
「この部屋で療養している子たちは、人間に怪我をさせられた魔物ばかりなんです。……リズも元々大人しい性格でした。でもここで魔物の世話をするにつれて、段々変わっていきました。人間は魔物を殺すのが当然だと思っていると言って、人間嫌いになってしまったんです。魔物は確かに凶暴なものが多いので、身を守るためには殺生するのは仕方ありません。でも身を守るためではなく、魔物を殺すために魔物を殺す人間がいるのも確かなことです。……心優しい兄さんの信頼している皆さんのことですから、あなた達はそんな人間ではないんでしょうけど」
ルーはまだ小さな子どものキラーパンサーを撫でながら、どこか辛そうに笑った。
食事の際、フウマは珍しく一言も喋らなかった。どんな時でも何かを食べている時は、嬉しそうに美味しい美味しいと言ってニコニコしているフウマ。それが今夜は黙々とコーンのピザだけを食べ、ご馳走様と言い残して席を立った。
ルーシェル、ガラ、アルゴは何事かとフウマを見ていた。
「ちょっと森の中を散歩してくる」
フウマは小さく呟いて出て行った。
「ガラ! フウマのこと見て来てよ! 明らかに元気ないじゃん!」
ルーシェルは心配そうに焦ってガラに言った。
「そうですよ。ガラさん、行ってきてください」
アルゴもルーシェルに同意した。
「……そうだな」
ガラは席を立ってフウマの後を追う。
夜も遅く、外の空気はひんやりと冷たかった。
ガラは森の中を歩く。フウマの足は速く、どこへ行ったかよく分からい。
ガラは昔を思い出しながらさまよい歩いていた。方向音痴ですぐに道に迷うフウマを、小さい頃からよく探して歩いた。不思議なことに、昔からガラだけはすぐにフウマを見つけることが出来た。
森の中を流れる小川のそばにフウマは座り込んでいた。
ガラは無言でフウマの隣に腰を下ろす。
声をかけられなくても、ガラの方を見なくても、フウマにはそばにガラが来たことが分かっていた。小川の流れからじっと目を離さずに、フウマは話し始める。
「……僕はリズの気持ちが分かる気がする。あんなに可愛らしくて、立派で凛々しくて、誇り高い魔物を無残に殺す人間が憎いよ。理不尽に脅かされて、殺されていいはずがないんだ。……でも、僕も魔物を殺したんだ。自分の身を守るためとはいえ、僕も魔物を殺したんだ」
フウマの声は震えていた。
取り返しのつかない罪悪感と、悲しい運命を辿る魔物のことで、ないまぜになったフウマの心を察して、ガラはフウマを強く抱きしめた。
ガラにはどんな言葉をかけてやることもできない。ガラは抱きしめることしかできなかった。
フウマはガラの優しさを感じて、堰が切れたように大声で泣き出した。ガラの胸元に顔を押し付けて、力いっぱいガラを抱きしめる。
ガラはフウマの涙に驚いたが、いつもと違うフウマの傷心した雰囲気に胸を打たれる。フウマを労わるように、力を入れて抱き返した。
「ガラ、息をするのが苦しいんだよ。胸が張り裂けようだ。……慰めてくれないか」
「え」
フウマはガラの唇に自分の唇を重ねた。
ガラは思わず目を閉じて息をするのを忘れる。
二人がキスをしたのは二回目だ。花火の下でガラが思わずしてしまったファーストキス。以前の触れるだけのものとは違って、がむしゃらに唇を押し付ける不器用なキス。
フウマは心の痛みから逃げるように、夢中で角度を変えながら何度もガラの唇に嚙みついた。
フウマはガラの首に腕を回し、二人の体は密着する。押し付けられた体重に耐え切れず、ガラの体はドサリと地面に倒れた。
ガラを押し倒しても、まだフウマの無闇なキスは続いている。
ガラは混乱している頭をなんとか働かせようとするが、次々と襲い掛かる柔らかい感触に思考を丸ごと奪われてしまう。
キスの仕方もよく分からないフウマの必死で不器用なキスは、痛々しさすら感じる。何の抵抗もできずに、ガラはしばらくフウマのされるがままになっていた。フウマを抱きしめる腕にはずっと力を入れたままだ。
興奮に身を任せたフウマの息遣いが、ハアハアと口元に感じる。
息を止めるのに耐えられなくなったガラが息継ぎをしようと口を開けた瞬間、すかさずぬるりとフウマの舌が入ってきた。
途端にガラの脳内に電流が流れたようにしびれた。ガラは最後の理性を振り絞って、フウマの肩を押した。
二人の体に距離ができて、ひやりとした風が通った。フウマは悲しそうにガラを見ている。その顔は興奮で赤みがさしていた。
ガラはふわふわとした脳内で、必死で言葉を選ぶ。ガラの顔はフウマよりも赤くなっていた。呼吸が足りないのと、興奮とで荒くなった息。ガラはフウマを襲い返さずに理性を保てていることが、自分でも不思議なくらいだった。
「フ、フウマ、お前の傷心は十分わかったから、これ以上はやめろ。は、歯止めが、きかなくなる」
フウマの耳に届いているのかいないのか、ガラの抵抗は知らぬとばかりに、フウマはガラの服のボタンを外しにかかった。
「ガラ、服を脱げ」
「は、はは、話を聞け!!」
ガラはフウマをもう一度抱きしめた。フウマの軽い体を、自分の胸元にに押し付ける。
距離をとると服を脱がそうとしてくる。それならずっと抱きしめて、動けないようにしておこうと思ったのだ。
今のフウマにされるがままになっては、すぐに自分がフウマを押し倒すことになってしまう。残り少ない理性が崩壊するのは時間の問題だ。
たとえ今のフウマがそれを望んでいたとしても、今はその時ではない。
ガラはフウマを大切にしていたかった。こんな一時の気持ちの流れに流されるのではなく、しかるべき時に、愛を確かめ合うために体を重ねるべきだと思っていた。
ガラは案外ロマンチストだ。
「フウマ、ずっとこうしていてやるから、落ち着けよ。……らしくないぞ」
フウマは大人しく胸元に耳を当て、ガラの心臓の音を聞いていた。ガラの心臓の鼓動は、不整脈かと心配になるほど速かった。
フウマはしばらくそうして、落ち着いたというように、ふうと息をついた。
「ガラ、ありがとう」
「ん」
ガラはフウマの頭を撫でる。
「僕は誓うよ。これからの旅で、二度と魔物を殺さない」
フウマの表情はガラには見えなかったが、その声は力強く、いつもの快活なフウマに戻ったように聞こえた。
二人は並んで森の中に寝転がり、そばを流れる小川のせせらぎを聞いて、冷たい風を感じていた。どこかでフクロウの鳴く声が聞こえた。
二人は何も言わずとも、手だけはずっと繋いだままにしていた。




