第10話 草原 コスモス 初恋の風
夜が明け、四人は連れ立ってサンニャーチコへと歩き始めていた。道中、前髪の長い青年は自己紹介を始める。大人しそうな見た目とは反して、青年はよく喋る。
「皆さんもサンニャーチコに向かわれるようで助かりました。腕に自信が無いもので、人がいるだけで心強いです。僕はアルゴ。サンニャーチコにいる兄弟に会いに行こうとしていたんです」
フウマは興味深そうに話を聞いていた。
「僕はフウマ。こっちのでかい男は幼馴染のガラ。こっちの可愛い子はルーシェル。守り神様を探す旅をしてるんだ」
「……よろしく」
ガラはぶっきらぼうに言う。
「よろしくね!」
人懐っこそうに笑いながらルーシェルは言った。
気の休まるフレンドリーな雰囲気を感じて、アルゴはホッとする。
「生まれも育ちもミケランドールなんですが、リズとムーはサンニャーチコに移り住んだんです。初めて訪ねていくので、もう会うのは三年ぶりなんですよ。手紙のやりとりをしているので、元気でやっていることは知っているんですけどね。なんでも見せたいものがあるとかで。あ、リズとムーは僕の下の兄弟で、双子の姉弟なんです」
「あ! アルゴそこ木の根っこが!」
「おわあ!」
話に無釉になっていたアルゴは、足元に突き出ていた木の根に気づかずにつまずいてしまった。ルーシェルが咄嗟に声をかけたのもむなしく、アルゴは顔から派手にこける。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫?」
フウマは驚いたように声をかけ、ルーシェルは心配そうに手を差し出した。
その手を取って、アルゴは恥ずかしそうにはにかんだ。
「い、いや、申し訳ないな。腕に自信がないどころか、僕はすごくどんくさくて……」
ルーシェルの手を借りて立ち上がったアルゴは、服についた汚れを手で払う。
「何かとご迷惑をかけるかもしれませんが……」
アルゴの言葉を遮ってルーシェルが大きな声で言った。
「何言ってるの! アルゴがいなかったら、毒キノコで死んじゃうところだったんだよ? ありがとうね! 旅は助け合いだよ!」
「旅は助け合い。そうですね……。ルーシェルさん、ありがとう」
アルゴは優し気に目を細めてほほ笑んだ。
四人は森を抜けた。そこには見渡す限りの草原が広がっている。穏やかな風が吹き、サラサラと草がなびく音が聞こえる。
「わあ! 広くて気持ちい!」
「気持ちいいね~!」
フウマとルーシェルははしゃいで走り出した。広い場所を見つけるとすぐに走り出す子どものようだ。
ガラは落ち着いて二人に注意する。
「おい! 見晴らしがいいからって、油断してはぐれるなよ!」
もう遠くに走って行ってしまった二人から、かすかに「は~い」と返事が聞こえた。
ガラとアルゴはペースを変えずに、落ち着いて歩いている。時々感じる風が、二人の髪を撫でていた。
「ガラさんとフウマさんはお付き合いされてるんですか?」
突然の質問にガラは咳ばらいをして動揺を隠す。
「なんだよ突然。……付き合ってねえ」
「そうなんですか。幼馴染と仰ってたし、何か距離が近いように感じたので」
ガラは歩きながら、デジャヴを感じていた。
「(前にルーシェルにも同じことを聞かれた気がするな)」
「不躾なことを聞くようですが、ガラさんは、フウマさんのこと好きですよね?」
質問というよりも、その確信に満ちた口ぶりは、知っていることを確認しているようだった。
「ああ。好きだよ。本人には言ってないけどな」
ガラは真っすぐ行先を見ながら答えた。その先には、ルーシェルと草原に寝転んでいるフウマがいた。
「そうですか。だと思いました」
アルゴは楽しそうに笑った。
ガラとアルゴは、草原で寝転んでいるフウマとルーシェルに追いついた。
「何やってんだ? お前ら」
ガラは呆れたように、草原に寝転んでぼんやり空を眺めている二人を覗き込んで言った。
「こうやってると視界が全部青空になるんだよ。高い建物とか、遮るものが何もなくてさ。でも今視界にガラが入ってきてむかつく」
「むかつくー」
「そりゃ悪かったな」
ガラは二人の視界の邪魔にならないように、フウマの寝転んでいる隣に座った。草がひんやりしていて心地いい。
「あっちにお花畑がありますよ」
「え!? どこどこ? 行きたい!」
「あっちです」
ルーシェルは飛び起きて、アルゴの指さしている方へ連れ立って行った。
「お前は行かないのかよ」
ガラは、ルーシェルが行ってしまっても微動だにせず、未だ寝転んでいるフウマに聞いた。
「僕はいい。こうして空を眺めていると落ち着くんだ」
フウマは少しだけ微笑んでいた。
視界は全て青空。高いところに白い雲がところどころ流れている。時々そよ風を感じ、草のなびく音が聞こえる。まるで世界は全て青空で、自分もその中の一部になったようだった。
旅に出てよかった。
フウマは思い切り鼻から息を吸って、息を吐く。どこかで花のような甘い香りがした。
「わああ……!」
ルーシェルとアルゴは、色とりどりのコスモスが咲く一帯に立っていた。
ピンク、白、黄色、水色、赤。そして草原の緑に、青空と白い雲。まるで神様がキャンパスに描いた、色の楽園のようだった。
ルーシェルは花を踏まないようにそっと座って、コスモス畑を見つめる。
「こんな綺麗な場所、もう見られないかもしれない……。目に焼き付けておかなくちゃ」
「本当に綺麗な場所ですね」
アルゴはルーシェルと少し距離を取ってしゃがみこんだ。
コスモスに手を触れてじっと見つめている。
「アルゴくんは、ミケランドールでどんな暮らしをしてるの? よかったら聞きたいな」
ルーシェルは心ここにあらずといったように、コスモス畑に目を奪われながらもアルゴに尋ねた。どこかでミツバチの飛ぶ音が聞こえる。
アルゴはそんな幼い子どものようなルーシェルを見て、微笑ましく思いながらも話し始める。
「ありふれた暮らしですよ。今は大学で生物学を学んでいるんです、実家で父と母と暮しながら、大学に通って勉強して、休日は喫茶店でアルバイトをしているんです。大学を卒業したら、植物学の研究者として、フィールドワークをしながら研究を続けられたらなと思っているんです。……ね? ありふれた話でしょ?」
アルゴにとっては、何気ない日々だった。好きなことをなんとなく続けていたら行きついた人生だ。同じような考え、同じような人生を歩んでいる人はいくらでもいる。
しかし、ルーシェルにとっては耳を疑うような、素敵な人生に思えた。自分とはあまりにもかけ離れた暮らしに、目の前に見ているコスモス畑の景色も相まって、アルゴの生活は夢のようなものに思えた。
幼いころから戦いの訓練に明け暮れた生活。
幼いころから好きな動植物の本を読み、勉強を続けていた生活。
ルーシェルは目を輝かせながら、アルゴの方を見た。
「だからあんなにキノコに詳しくて、私たちを助けてくれたのね。ありふれてなんかない! アルゴくんの暮らしはすっごく素敵だね」
思ってもいなかったルーシェルの反応に、アルゴは驚く。。ルーシェルは気を遣ってくれているのだと捉えた。
「ルーシェルさんは優しいですね。あ、髪にミツバチが止まってますよ」
「え! どこどこ? 取ってえ」
ルーシェルは虫の存在は平気だが、触るのは苦手だった。
アルゴは、ルーシェルの首元に両手を差し出し、手のひらで包み込むように、髪にとまっているミツバチを捕まえた。アルゴの手の中でミツバチは動き回り、毛がふわふわとしてくすぐったかった。
「取れましたよ。ほら」
アルゴは微笑んで手を開いて見せた。ミツバチがどこかへ飛んでいく。
ミツバチに対する優しい手つき。ルーシェルを安心させるような優しい微笑み。
ルーシェルはアルゴを見ていると、胸がドキドキしていることに気づいた。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
ルーシェルはいつまでもアルゴの微笑みを眺めていた。
「アルゴくんって、こ、恋人はいるの?
「え? いませんよ。僕はあまり目立つタイプじゃないですしね」
アルゴは頭をかいて照れ臭そうに言った。
「じゃ、じゃあ、どんな女の子が好き?」
ルーシェルは顔を赤くしながら思い切って聞いてみた。
女の子はやっぱり恋愛の話が好きなんだな、と興味深く思いながらアルゴは答える。
「そうですねえ。あまりよく考えたことは無いんですけど……。ルーシェルさんみたいな、女の子らしくて、少し子供っぽいところがある人が可愛くていいですね」
「ふおお……」
その言葉を聞いて、ルーシェルの鼓動は激しく高鳴った。
暖かい風が二人を包むように流れ、コスモスの甘い香りが強くなる。
ルーシェルは誓った。
「(私の初恋、大事に大事に実らせてみせる!)」




