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ムロト騎士隊長との出会い

 倒れているお母様を残して逃げるなど、できる訳がありません。


「お母様、いくらお母様のお願いでもそれだけは聞く事は出来ません。せっかくこれから楽しい生活ができるのです。私独りぼっちでは、何もできませんから……悲しい事を言わないでください」


 お母様の気持ちもわかります。わかっているのです。でも、最後の時位は我儘を言わせてください。


 小さい声で話していたのですが、血の匂いか、声を聞かれたか、魔獣が崖下から登って私達の前に現れました。


 もう、私には何も抵抗する力はなく、全てを受け入れる覚悟ができていました。

 お母様と共に……であれば、これ以上望む事は無いと。


 お母様も、最早逃げる事は出来ないと悟ったのか、倒れたままではありますが、私の手を握ってくださっています。


 騒がしい声と共に魔獣が襲い掛かってきたので、お母様に覆いかぶさるようにして目を瞑ります。

 少しでもお母様を守れれば。せめて、お互い苦しまずに共に……


 そう思っていましたが、魔獣の激しい叫び声と轟音はするのですが、私達に攻撃が当たる事はありません。


「大丈夫か?」


 魔獣の声ではなく、人の声です。


 お母様を守るように覆いかぶさったまま目を開けて、声のする方を見ると、燃えるように真っ赤な髪の男性がこちらを心配するように覗いておりました。

 その瞳は、私の下で倒れているお母様を見ています。


 そう、お母様!


「どなたか存じませんがありがとうございます。大変申し訳ありませんが、お母様を助けてください。私はどのようになっても構いません。なんでも致します。ですから、お母様をお願いします」


 既にお礼として払える金銭など持ち合わせていない私は、必死でこの男性にお願いします。

 ですが、男性の言葉はとても重苦しいものでした。


「今の私の力では……厳しい。既に馬車も壊滅的な被害を受けているようで、あそこにもポーションはないだろう。今から一番近くの町に向かっても……」


 悔しそうに下を向いてしまわれました。

 その直後、お母様が必死にお話しを始めたのです。


「レトロ、良く聞いてちょうだい。私の体は私が一番よく分かるの。もうダメなのはわかっているわ。これから楽しく生活できると思っていたのに、ごめんなさい。貴方には苦労ばかり掛けて……」

「お母様、しっかりしてください。そんな悲しい事を言わないでください」


 思わず大声が出てしまいますが、お母様は力なく首を振るだけ。


 そんな姿を見ていたであろう、私達を助けて下さった男性が私にこう話したのです。


「あなたのお母さん、最後の力を振り絞って伝えようとしている事だ。辛いだろうが、聞いてあげてくれ」


 わかっているのです。わかっているのですよ。

 必死で涙を抑えようとしても溢れ出て来る涙を拭いもせず、お母様の方に視線を落とします。


「レトロ、私の大切な娘。貴方にはこれから幸せに生きて欲しい。でも、今のままでは……お願いがあります」


 突然お母様は赤髪の男性に視線を移しました。

 声は既に小さくなり、ほとんど聞き取る事ができないほどです。


「何でしょう」


 その男性は、真剣な面持ちでお母様の話を聞いてくださっています。


「ぶしつけなお願いですが、貴方を見込んで私の人生最後のお願いです。私の大切な宝、レトロを助けてやっては頂けないでしょうか?」


 最後まで私の事を想ってくださっているお母様。

 声が小さくなっているので、きちんと声が聞けるように嗚咽を必死で堪えます。


 お母様の仰る通り、今の私が何の手助けもなければ、たとえ王都に辿り着いたとしてもまともな職に就ける事も、真面に生活をする事も出来ないのは明らかでしょう。

 いいえ、そもそも王都どころか近くの町にすら辿り着く事は出来ないでしょう。


「初見の俺を信じるのか?」


 この赤髪の男性の質問も、尤もです。


「ええ、弱き者を無条件で助けてくださった貴方様に頼るほかないのです」


 既にうつろな目をしているお母様。

 握る手の暖かさも、少しずつ冷たくなってきています。


「わかった。このムロ、命を懸けてあなたの願い、聞き届けよう」

「ありがとうございま……」


 涙を流しながらお礼を言っていたお母様ですが、最後まで言葉を発する事が出来ませんでした。


「あぁ~……うっく……」


 漏れ出る嗚咽を抑えきれずに、お母様に覆い被さってしまいます。

 なぜ、どうして?


 答えなど出るわけがないのに、疑問が溢れるばかり……


 そんな私を黙って見続けて下さっていた赤髪の男性の事は、この時は考える余裕はありませんでした。


 少しだけ落ち着くと、周囲を確認する余裕が出てきました。

 とても悲しくて悔しいですが、このような場所でいつまでも悲しんでいたままだと、身の危険がある事は間違いありません。


 それに、私はお母様の願い、命が散る直前まで願ってくださった私の幸せをかなえる必要があります。

 本当はお母様との楽しい生活が私の幸せだったのですが……その命の燃え尽きる最後の最後まで、私の事を心配してくださっていたお母様。


 そんなお母様を悲しませる行動を取り続けるわけにはいきません。


 私は立ち上がると、崖下に落ちている馬車にあの赤髪のお方、ムロ様と名乗られた方がいらっしゃいました。

 何か調べていらっしゃる様子ですので、私はお母様の埋葬の準備をします。


 こんな場所でこのまま放置なんて、絶対にできません。


 周囲は少々荒れていますので、折れた木の枝が無数にあります。

 その枝を拾って、地面を掘るのです。


 痛む足を気力でねじ伏せて、作業を続けます。


 暫く掘っていますが、中々穴が大きくなりません。

 一生懸命作業をしているので、いつの間にかこちらに戻ってこられたムロ様に気が付く事が出来ませんでした。


「えっと、君、レトロと言ったか?何をしている?」

「はい、お母様を埋葬するための準備をしております」


 少しだけ悲しそうな顔をされたムロ様。

 この表情を見て、私は何故だか初めてお会いしたお方ですが、信頼できるお方なのではないかと思えたのです。

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