王都へ
名も無き村での宣言通り、レトロは王都に向う準備をしていた。
同行するのは、ムロ、リージュ、名も無き村の住民である獣人の一部、バージル、ユルゲン、そしてリネールだ。
レトロのスケジューラによって安全が確保できると確信している騎士四人は、バージル単独での行動に対して異を唱えなかった。
万が一があったとしても、最強のムロがいるのだから問題ないと判断したのだ。
「今日はここまでにしておこう。たまには野営も良いだろう?」
バージルが指示を出す。
この一行は、ユルゲン、リネールと王都の近くで落ち合う事になっているのだが、特段場所は決めていない。
スケジューラーによって数日後に会える事を知っているからだ。
「野営は久しぶりですね。レトロも良いか?」
「はいっ、お父様。私も久しぶりでワクワクします」
「ピュー」
「私達も久しぶりですね。バージル様、今日も……一杯行くのでしょうか?」
「おう、当然だろう?夜空を肴に一杯。最高じゃねーか」
本来は危険を伴う野営も、このメンバーであればちょっとした余興になっている。
同様に王都に向っているユルゲンとリネール。
時折魔獣は現れるものの、今のリネールの力であれば万が一すらおこらない。
近接する事すら許さずに、ユルゲンから見れば時折遠距離の魔法を適当行使しているように見えるだけだが、ユルゲンは本質をきちんと捉えている。
「リネール隊長、流石だな。私の視界に魔獣が一匹も入ってこない状態を継続するなど、並の力ではない。普段どれほど自分を律しているかが良く分かる」
「勿体ないお言葉です」
生まれ変わったリネールは、自分が守護すべき主に褒められてこの上ない喜びを覚えていた。
このように各領地から王都を目指していた一行は、やがて互いが視認できる位置にまで来ていた。
「お久しぶりですな、ユルゲン殿」
「いや、全くです。前回お逢いしたのは……一月前でしたかな?」
この二人、何かにつけて面会し一杯やっていく仲にまでなっていた。
「リネール殿、貴方に教わった修練は欠かしておりませんよ!」
一方のリネールも、ムロ、レトロ、リージュ、そして自分が手ほどきをした獣人と久しぶりの再会を果たして頬が緩んでいた。
だがいつまでもここにいる訳には行かず、一行は既に視界に入っている王都に向う。
「しかし、わかってはいましたが酷い物ですな」
「まったくです。最早何も打つ手がないのでしょうか?」
ユルゲンとバージルは視界に入る惨状に、苦い顔をしている。
そう、最早王都とは言えない姿になっており、今尚魔獣が破壊行動を繰り返しているのだ。
当然自分達にも襲い掛かってきてはいるが、ムロとリネールによって何の障害にも感じる事無く王都に向っている。
既に王都側では、この魔獣一匹にも対処する事ができないのだ。
やがて城下町を過ぎ、王都の防壁に到着する一向。
「ここもですか。はぁ~、情けない」
「まぁそう言いなさるなユルゲン殿。あいつ等ではこうなる事はわかっていたではないですか」
門は固く閉ざされ、防壁上部の見張りはいなくなっているのだ。
「じゃあ、予定通りに頼むぞリージュ!」
繰り返しになるが、この状況も把握している一行は対策も考えている。
門を破壊する事は容易いが、無駄に魔獣を侵入させることにつながるので、リージュに魔力を貸与の上巨大化させ、防壁上部まで跳躍する事の出来ないバージル、ユルゲン、レトロ、獣人を乗せるのだ。
人外の力を持つムロとリネールは、この程度の防壁の高さであれば問題ない。
こうして何の苦労もなく王城内部に侵入し、王族が普段たむろしているであろう場所に向かう。
「お父様、申し訳ありませんが……少しだけ遅れているようです」
「わかった」
ムロは、レトロに継続して魔力貸与を実施しており、レトロも継続してスケジューラーを起動している。
そのスケジュールから若干の遅れが出ていると警告が出たようなのだ。
超長距離の移動、そして自分達だけではない相手を含む行動との時間調整であるために、微調整が出てしまうのは仕方がない。
「では少々急ぎますか」
この中では最も足の遅いユルゲンが、その足を速める。
・・・・・・バンッ
目の前に現れた重厚な扉を開くと王族や貴族は勢ぞろいしており、全員の視線が一向に向かう。
各机の前には魔道具が準備され、今まさに各地方領主との話をしようとしていたところだ。
「ちょうど良いみたいですね」
レトロの呟きにムロが笑顔で頷いている最中、バージルが王族達に良く通る声で話す。
「暫くぶりだな。この短い期間でここまで落ちぶれるとは見事なものだ。全くレトロの忠告を聞かなかった結果だな。まっ、わかっていたがな」
突然現れたバージルに対して、誰も口を開けない。
そもそも、魔獣に囲われているこの王城に無事で侵入できる事すらおかしいのだ。
「今日はお前らに最後の別れを言いに来た。これからお前らは何の対策にもならない地方領主との愚痴の吐合を行う予定だろう?特にプロドリの所、そうそう、メンタント夫人とシアノが向かった所だな。そこもそろそろ手遅れだぞ。当然、ここももうすぐ安全ではなくなる」
血縁であるメンタント公爵夫人のメリンダとシアノが危険な状態にある事は、この場にいるユルゲンも把握している。
しかし、既に赤の他人と認識しているので何の気負いもなくバージルの言葉を引き継ぐ。
「バージル殿の言う通りですな。我らは、レトロ殿の言葉を一切理解していないあなた方に、一言申しましょう。レトロ殿は、王族・貴族の本来の姿で行動するように伝えていたのです。つまり、民があっての王族・貴族。あなた方の今までの行動はどうですか?それが全てです」
それだけ言うとユルゲンは下がり、レトロが一歩前に出る。
しかし、レトロは何かを待っているかのように口を開かないが、やがて各王族・貴族の前に置かれている魔道具が反応し、まるで悲鳴のような地方領主の声が聞こえてきた。
「皆さん、今まで一部の者達の力を良い様に使って私欲を満たし、その功労者ばかりか、民に対しても一切の還元がなされなかったことが現状を生み出しています。残念ですが、皆さんの力では最早何をどうしても改善することは不可能です。理解されているでしょう?」
「レトロ、レトロか?王城にいるのか?私だ、メンタントだ。お前を苦しめたメリンダやシアノはもうここにはいない。助けてくれ!」
魔道具の向こうから、メンタントのすがるような悲鳴が聞こえて来る。
「な、何を言い出すのですかメンタント殿!私の領地にその二人を押し付けておいて・・・・・・こちらももう後がないのです。レトロ殿、貴方の身内の尻ぬぐいをしたこの私、プロドリ領を助けてください!」
シアノの統治術によって持ち直せると確信していたプロドリだが、城下町の防壁を破られた時点で既に打つ手はなく、統治術には何も出てこなかった。
自身が完全に危険に晒され、逃げる術もないと把握したシアノは、唯々泣き叫ぶだけで何も指示を出せなくなっていたのだ。
統治術を持つ者の醜態を見て最早手遅れであると悟ったプロドリも、この場で必死にレトロに助力を懇願している。
異常を察知していた各領地の冒険者は、民を引き連れて何とか各領地を脱出し、既に安全と確信しているバージル、ユルゲンの両領地に向かっていたのだ。
二つの領地の冒険者も、領主からの依頼として各領地の民を助けるような依頼がかなりの高額報酬で出されていたので、民は完全に安心・安全とは言えない状況ではあるものの、避難は行えている。
「お前らウルセーぞ。少し黙れ!」
バージルの一括で、この場にいる者と魔道具の先の貴族達も一気に静かになる。
「皆さん、私はお父様・・・・・・当然メンタント公爵ではありません。ムロ様ですが……お父様と共に行動をするようになり、スケジューラーの本当の力を使う事ができるようになりました。そしてバージル様やユルゲン様、村の獣人の皆さんや生まれ変わったリネール様と出会い、とても幸せに暮らす事が出来ています」
話が核心に近づいていると判断したムロはレトロに寄り添い、リネールとリージュは同行してきた一行を守るような位置に移動した。
「私の母は、メンタント一行に殺害されました。そして、お父様はこの場の皆さんに心を殺害されたのです。今更虫の良い事を言わないで下さい。今日は、そんな怨敵である方々の最後の姿を見に来ただけですから。でも、民は救出中ですのでご安心なさってください」
そう言って涙ぐむレトロを、横にいるムロはそっと抱き寄せる。
心の優しいレトロがこれほどの行動をするのだから、余程亡き母と自分の事を大切に思ってくれていると感謝すると共に、ここまでさせてしまった事には少々心を痛めているムロ。
「な・・・・・・いや、我らが悪かった。深く謝罪しよう。二度とこのような醜態はさらさないと誓う。一度だけ力を貸して貰えないだろうか?」
国王は神妙な面持ちで反省の弁を述べるが、その中身も既に把握しているレトロ。
「いいえ、貴方の言葉は信用できません。ここで助力をすれば、再び我らに牙を剥くことがスケジューラーに示されています。どこまでも醜いですね。それでは皆さん、最早手遅れですが短い余生、どのように過ごすかは各自の自由です」
まさに国王はレトロの指摘の通り、この場を乗り切って再び国力をつけた暁には、何とか復讐をしようと誓っていたのだ。
そこまで言い当てられて、二の句が継げなくなっていた。
相変わらず魔道具の先ではメンタントとプロドリが騒がしいが、他の貴族達は諦めたのか静かになっている。
いや、一部の貴族は既に襲撃を受けて、通信できる状態ではなくなっていたのだ。
徐々に現実を知って呆然とする王族・貴族をよそに、レトロ達はこの場をそっと後にする。
「お父様、これでよかったのでしょうか?この国家を救う手立てもあったのですが」
「俺はこれで良いと思うぞ。因果応報。ただ、レトロの心の負担が大きくなってしまった所だけは駄目だがな」
帰還しつつ、やはり落ち込んでいるレトロを励ますムロ。
「レトロ、お前は少々優し過ぎる所が・・・・・・まっ、それがお前の魅力でもあるがな。そんな時は、これだ!」
「おぉ、待ちかねていましたぞバージル殿」
当然バージルの手にあるのは酒だ。
何故か、レトロにも飲めるような優しめの酒もあるのだ。
おそらくバージルがこうなる事を予想して、準備しておいたのだろう。
そんな優しい人達に囲われて、レトロは心が温かくなっていった。
その後・・・・・・スケジューラーで理解していたのだが、王都を含む全ての領地が壊滅的な被害を受けた。
各領地は散々荒らされていたのだが、プロドリ領で幽閉されていたメリンダと、恐怖で母の元に駆けつけていたシアノだけは助かっていた。
狭い部屋に押し込められていたので、魔獣が侵入してこなかったのだ。
だが、残された二人は単独で他の領地に向かうような事はできる訳もなく、より長く恐怖を味わいながらその生を終える事になる。
これも、全て見えているレトロ・・・・・・
「お母さま、優しいお母さまは今の私を見て何というでしょうか?」
相変わらず宴会が繰り広げられている名も無き村で、亡き母が眠る方向に向かって視線を落としつつ、胸の中のかすかな温かみに語り掛けるレトロ。
「ありがとう……だろ?」
レトロは、いつの間にか後ろに来ていたムロに気が付くと、涙を流して最愛の父に抱き着いた。
このお話はここで一先ず終了です。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
よろしければ、評価いただけると嬉しいです。




