プロドリ領
「ふ~、ようやく安心して寛げるわね。全く、手間をかけさせないで欲しいわ」
自らの母であるメリンダを幽閉させて、自分を脅かす存在の対策を終えたと思っているシアノは、再び寛いでいた。
今の所は居城周辺に張られた強固な魔法防壁によって、外敵からの心配も無い状態ではある。
目先の問題を解決できたため、既に統治術を使う意識が無くなっているシアノ。
いつもの事だが、日々危機に対する対応ができなくなっていた。
「シアノ殿、城下町が・・・・・・この周辺は安全ですが、そろそろ次の対策を行わないと、領地として成り立たなくなります」
ここにきて、ようやくプロドリからの進言で現状を把握する始末だ。
オドオドしているプロドリに対して、既に尊大な態度を取るようになっていたシアノは、鬱陶しそうにしつつも、自身の安全の為に統治術を発動する事にした。
「わかりましたプロドリ様。術の起動は大変疲れるので、少しお時間を頂けますか?」
「ありがとうございます」
最早どちらが領主かわからない有様だ。
豪華な自室に戻り、久しぶりに統治術を発動するシアノ。
しかし、唯一得る事が出来た情報は自らの魔道具を犠牲にして、城下町を覆う結界を作成する事しかなかったのだ。
「なんなのよ!こんなの受け入れられるわけないでしょう?」
最早統治術をもってしても、短期間で復興する事は最早不可能。
安全な領域を拡大し、内部の戦力を自身の力で増強しつつ、領地の安定を図るしかなくなっていたのだ。
この指示を無視すれば、以前と同様何の指示も出てこなくなる事は明白だ。
苦渋の決断で自らの魔道具をプロドリ領に献上し、城下町まで結界を広げる事にしたシアノ。
もう少し決断が遅ければ、魔道具作成ができる人物が死亡していたので、何もできずに朽ち果てるのみだった。
辛うじて首の皮一枚で繋がったシアノとプロドリ領。
だが、シアノの機嫌はすこぶる悪い。
自分の貴重な魔道具が民の為に使われたからだ。
本来領主、貴族、王族と言う者達はそうあるべきなのだが……
以前レトロは、通信魔道具上でキューガスラ王国存続の唯一の道として示したのは、まさにこのような行動、当たり前の行動なのだ。
しかし、安全な領域が増えたと言う事は、自分の活動可能範囲も増えたと言う事・・・・・・と気持ちを切り替えて、城下町を散策する。
「ようやくここも安心して暮らせる・・・・・・のかしら?」
「でも、ここ暫くは遠くで魔獣は見えるが、防壁より中には入ってきていない。安全なんじゃないか?」
城下町の民の声を聞きつつ、散策して館に戻る。
そして、安全が確保できた事をその目で確認して満足したシアノは、いつもの通り自分の欲を満たす方向に動き始めた。
「プロドリ様、統治術によれば、私達に対する尊敬の念を持たせることによって民の意識が高まり、更には戦力増強のための意識も高まります。丁度今回は城下町へ防壁を拡大しましたから、その原資は私の物であったと公開してください」
「わかりました。この居城を囲う為に頂いたメリンダ殿はどうしますか?」
「それも、私の物であったと言う事で構いません」
強制的ではあったのだが、実母の貢献すら自らの物にして見せるシアノ。
そして、何の疑いもなく傀儡のように指示に従うプロドリ。
即座に城下町の民に対して、今回の安全を確保できた功績について大々的に公開された。
これもシアノの指示だが、自分の肖像画を公的機関であるギルドや病院に大きく展示させたのだ。
シアノは、その情報が民に完全に浸透するまで居城から出る事は無く、暫く経った後に、再び城下町を訪れた。
羨望、敬意、崇拝の視線を期待して散策しているシアノだが、民からの視線はかなり厳しい。
はっきり言えば、憎悪、嫌悪、嫌忌の視線しかなかったのだ。
想定と真逆の対応をされているシアノは、不思議そうにしつつも周囲の話に聞き耳を立てる。
「あれがシアノよ。何だか自分のおかげでこの町が守られていると言わんばかりの態度ね」
「ホント、自己顕示欲が強いわ。自分の居城だけを守るだけしかしなかったくせに、今更城下町の安全の為に魔道具を提供した?笑わせないで欲しいわ」
「そうそう、それに、わざわざ肖像画まで張り付けて、バカじゃないのかしら。そんなお金があるのなら、こっちの復興に回してほしいわ」
「今だって、チヤホヤされたくてわざわざここにきているのが見え見えよ」
「流石は王都から追い出されただけは有るわね」
既に城下町の民には、シアノに対する評判は最悪だったのだ。
だが言われている事は事実。
シアノ自身は認める事は無いが、全て事実だったのだ。
羞恥心からか珍しくシアノは即座に館に引き返し、怒りのままに豪華な私室の装飾品を破壊する。
それ一つでも民の為に売却すれば、評判は徐々に回復するはずなのだが。
「何よあいつら、あの魔道具がどれほど貴重な物なのかわかってるの?」
自分達は何の苦労もなく手に入れた、いや、国王から譲渡されたものだが、貴重なものである事には違いはない。
そこに、プロドリが入ってくる。
「流石はシアノ殿、素晴らしい決断でした。これで城下町も救われます。それで、この後の戦力はどのようにすれば良いでしょうか?」
すっかり領地が持ち直せると思い込んでいるプロドリは、相変わらず他人に意見を求める。
「……プロドリ様、私少々疲れておりますので、その話はまた後日」
「や、これは申し訳ありません。これほどの成果を出せる術を起動したのですから、当然ですね。では失礼します」
成果を出したと言えば、シアノやメリンダの魔道具を元に防壁の魔道具を作成した人物が該当するはずだが……
「まったくあのブタ、自分じゃ何もしないくせに私をこき使うんじゃないわよ」
不機嫌のまま布団に潜り込み、そのまま意識を手放すシアノだった。
常識ではあるのだが、魔道具は永遠に使える訳ではない。
当然シアノたちが持っていた魔よけの魔道具も、国王から渡される際には徐々に効果は失われると注意を受けていた。
その魔道具を元に作成された新たな魔道具も、このような状況では補修できる材料など手に入る訳もなく、効果が表れる期間は非常に短かったのだ。
つまり、一刻も早く多めの魔力を使用した統治術による指示を仰ぐ必要があるのだが、今まではプロドリ程度に使う魔力は無いとばかりに適当に術を行使していたので、断片的な情報しか得られていない状態のままシアノは眠りについたのだ。
その翌日、シアノが豪華な朝食を食べに食堂に向かうと、そこには神妙な面持ちをしたプロドリが待っていた。
彼はシアノを見てほっとしたような表情をしていたが、その口から洩れた言葉はシアノの全く想定しなかった言葉だった。
「シアノ殿・・・・・・城下町は壊滅的な被害を受けた。魔道具の再生成に失敗したのか、破壊されたのかは分からない。ここも、もう安全ではないかもしれない」
シアノとメリンダの魔道具を比較すると、実際にはシアノの魔道具の方が使用頻度がかなり高い。
その為、劣化具合も激しいので、シアノの魔道具を使用した城下町を守っている魔法防壁が早く破壊される可能性はあるのだが、プロドリの言う通り、原因は特定できるわけではないので、即統治術を使うように暗に求めているのだ。
一瞬、自分の事を悪く言って見せた城下町の民に対しては当然の罰だと思っていたシアノも、自分の危険に対して頭が一気に活性化し、即統治術を使用した。




