王都の懇願
「私からも申し上げたい事が一つあります」
通信魔道具によってキューガスラ王国の全貴族、王族が聞いている状態でリネール元第三隊隊長、現ユルゲン男爵領騎士隊長が口を開く。
「私はムロ殿に教えを乞い、今の強さを手に入れる事が出来ました。その過程で改めて私は確信したのです。ムロ殿は特に王都周辺で噂になっている、隊員の手柄を横取りしたと言う罪について、確実に冤罪であると言う事を」
映像では、熱く語るリネールの横でユルゲン男爵が深く頷いている。
「あれほどの強さがあれば、いつでも、いかなる場所でも高位の魔獣を始末する事が出来ます。その実力があるのに、何故部下の手柄を横取りする必要があるのか……そもそも、ムロ殿が王都の為に動かなくなってから、いいえ、動けなくなってからこの事態が起きている事をもう少し良く考えた方が宜しいでしょう」
リネールも言いたい事を言うと、レトロと同様にさっさと映像に映り込まない位置に移動してしまった。
レトロとリネールの話を聞いていた貴族達だが、リネールの話には納得するものがあった。
ムロト元隊長、現在はムロと名乗っている男が活動しなくなってから、魔獣のレベルや襲撃回数が大幅に増えていたのが事実だと知っているからだ。
その後に残された王都の騎士隊の怠慢さ、傲慢さに辟易していた事も思い出されている。
「だから何だ。お前らは王都所属、国王直轄の騎士だ。即座に命令に従い王都に戻れ!」
一人熱くなるドロニアス。
「やかましいジジィだ。良いか、俺達は、お前らが必死で努力して成果を出しているにもかかわらず冤罪をかけて追い込んだ者、自分の希望するスキルではないと勝手に決めつけ追い出した挙句、その命すら奪おうとした者、いや事実その母の尊い命は奪われたが、その者達を受け入れたに過ぎない。とやかく言われる筋合いはねーんだよ。俺の所とユルゲン殿の所は勝手にやってるから、お前らは仲良く使えるかどうかすら怪しい統治術とか言うスキルを持っているシアノとか言うガキに頼って震えてろ!」
「……まったくもって、バージル殿の言う通りですな。それと、今のリネールは生まれ変わったのですよ。我がユルゲン男爵領の騎士隊長に。既に王都とは縁が切れております。ですので、そちらに向かわせる事はありません」
この二人にとっては、ドロニアスは既に自らが仕える国王ではなく、どこか他の国の国王と言う感覚だ。それも相当出来の悪い、敬意を払うに値しない人物との認識になっているので、大雑把なバージルなどは、口調からもその思いが理解できる。
国王は何かを言い返そうとしている所に、第三者である他の貴族が口々にバージルとユルゲンに助力を願い始めたのだ。
「バージル殿、ムロ殿、今までの無礼、平にご容赦願いたい。ついては、何とか我が領地の魔獣の処理をお願いできないだろうか?」
「ユルゲン殿、当方にリネール隊長を派遣頂く事は出来ませんか?」
すでに国王、そして統治術に頼る事をしなくなっている貴族達。
我先にと通信魔道具によって懇願をしている。
しかし、二人の貴族は厳しい姿勢を崩す事はなかった。
かなり前のスケジューラーの選択肢の一つとしては、助力を願う貴族の助けを行う事も含まれていたのだが、複数枝分かれしている内の一つを選択して行った結果、その行動については無くなっていた。
「お前ら、今更何を言っているんだ。旗色が悪くなった途端にコロッと態度を変えやがる。お前らに言えることはただ一つ。うちのレトロが言った事を良くかみしめろ」
「バージル殿に同意します。それに、我が騎士隊長であるリネールを派遣するなどは有り得ませんので」
国王内部の結束を乱すだけ乱した後、二人の貴族はさっさと通信魔道具を切断した。
これもスケジューラーの指示によるもの。
国王と一部の貴族を互いに疑心暗鬼にさせる事が目的だ。
「おいレトロ、楽しくなってきたぞ。それに聞いたか?ユルゲン殿のブドウの酒の話!早くご相伴にあずかりたいもんだ!!」
相変わらずのバージル。
「はい、ですがここからが本番です。バージル様やユルゲン様を巻き込むようで申し訳ないのですが……」
「何を言っているのですかレトロ殿。我が領地、ユルゲン男爵領はあなたとバージル殿、そしてムロ殿とリージュ殿の力があってこそ復興する事が出来たのです。そんな大恩あるレトロ殿に対しての非道な行いをした者達に対する報復、私個人としても黙っているわけには行きませんな。そもそもシアノと言う統治術を持つ者によって我が領地は危機的状況に陥ったのですからな」
王都側との通信は切っているが、バージルとユルゲン双方の通信は切っていないので、レトロの発言を聞いたユルゲンが即反応した。
既にユルゲンの中では、シアノは孫でも何でもない怨敵のような存在にまで成り下がっていたのだ。
「そうだぞ、レトロ。俺もメンタントのジジィやあのクソ国王、そしてスキルを笠に自分の考えを押し付けるようなシアノとか言うガキ、個人的にもキツクお灸をすえる必要があると思っているからな」
バージルにもそう言ってもらえて、心が軽くなるレトロ。
そう、レトロは母を死に至らしめたメンタント公爵一家、当然王族に加わったシアノ達を許す事ができないレトロは、父であるムロと相談して今回の行動を起こしたのだ。
もちろんスケジューラーには、もう少し穏便に事を運べる未来も提示されていた。
だが、今までの非道な行いと、最愛の母を奪われた恨み、更には関係のない第三者にまで被害を与え続けているシアノ、そしてキューガスラ王国を許す事が出来なかったのだ。
ムロにそっと肩を支えられ、リージュに頬を舐められる事で前を向く事が出来たレトロ。
再びムロに魔力を貸与してもらい、スケジューラーを起動して次なる未来を確認する。
「王都では、シアノがかなり糾弾されて最終的には王都から追放されます。しかし、メリンダ夫人との亀裂があるままですので、メンタント領には向かわずに数が少なくなっている騎士を引き連れてユルゲン様の元に向かいます」
メンタント領に残っている騎士も、最早死に体の領地に残っているよりも、安定しているユルゲン男爵領に戻る事が最適だと思って行動するのだ。
「王族から外れる事で統治術の範囲が狭まり、実際に使用できる状態にはなっているので、スキルの有用性を前面に押し出してきます」
「どこまでも見下げた女だ」
既にシアノの名前すら呼ぶことも無くなっているユルゲン男爵。
「それで、レトロ殿。私は当然入領を断れば良いのかな?」
「申し訳ありませんが、結果的にそうなります」
ユルゲン男爵はここまできっぱりと孫を切り捨ててはいるのだが、レトロにとって家族と言う者はそうそう縁が切れるものでは無いと思っているので、申し訳なさが先に来ている。
「何を仰るのか?申し訳ないのはこちらだ。あんなクズがレトロ殿の家族を引き裂き、のうのうと生きている時点で、本来は血縁たる私も責任を取らなくてはいけない立場。にもかかわらず、こうして領地復興の温情まで頂いている。どうか気に病まないでいただきたい」
「流石はユルゲン殿、わかっていらっしゃる。どうですか、次の一杯……」
「バージル様!今はレトロ殿が重要な話をしているのですから!」
いつものバージルが出そうになったところで、流石に騎士の一人が止めにかかる。
いつもと変わらぬ風景。それを見たレトロは優しい笑みを浮かべてムロにそっと寄り添いつつ、次なる指示を出し始める。
ひょっとしたらバージルは、いつものふざけた行動をわざとレトロの前でする事によって平静を取り戻させたのかもしれない。
「次はバージル様になりますが、あの通信魔道具で助力を求めていた方達は、継続してバージル様の所に直接的、間接的に援助の依頼がきます。ユルゲン様の所にも少々来ますが、そちらにはシアノが向かったと言う情報が流れるので、再びシアノが原因による惨劇が繰り返されると怯えている者が多くいるので、依頼数は少ないですが……その何れかに、対策としてシアノを向かわせてください」
「良いのか?レトロ殿。統治術の対象範囲が狭ければ、実際に領地繁栄、今回は領地復興をされてしまうかもしれないぞ?」
ユルゲンの心配は尤もだ。
その実績をもとに、再び王族として君臨する可能性がないわけではないからだ。




