ユルゲン男爵の決断
実の娘から夫婦の不仲を告げられたユルゲン男爵。
その相手は、自分よりも遥かに地位の高い公爵だ。
娘が公爵夫人になった時には、転がり込んでくるであろう権力に酔いしれていたユルゲン男爵。
更には孫が王族に嫁ぐ事になり、これ以上ない権力を手に入れる事になったと確信していたユルゲン男爵。
だが、実際にはその孫娘には裏切られ、娘も力にはならなかった。
そればかりか、今現在助力を得ているバージル伯爵からは、娘のメリンダと孫のシアノがレトロと言う公爵の子供に対して良くない行動を取り続けていた事に対して、何の指導も行わなかった事に苦言を呈されていたのだ。
そもそも、今現在ユルゲン男爵の領地がほとんど復興できているのはバージル伯爵のおかげ、更に深堀りすると、自分の娘と孫が非道な行いをしていた対象のレトロ、王都で冤罪を掛けられていたムロト元隊長のおかげなのだ。
既に権力や見栄と言うくだらない物からは距離を置く事が出来るようになっていたユルゲン男爵は、この三人に対して決して不義理な行いはしないと固く誓っていた。
そんな折に、娘であるメリンダから連絡が来たのだ。
しかも、シアノが原因で不仲になり、領地に戻ってきたいと言っている。
実際の所ユルゲン男爵は、時折メンタント公爵での生活について、メリンダとシアノから話を聞いていた。
つまり、異母姉妹であるレトロの存在、そしてその扱いについてもオブラートに包んだ状態ではあるのだが、ある程度は聞いていたのだ。
そんな娘からのある意味救援要請。
少し前のユルゲン男爵であれば二つ返事で受け入れていただろう。
場合によっては、孫であるシアノの力を使ってメンタント公爵に対しての罰を与えようとさえしたかもしれない。
だが今のユルゲン男爵はそうはならない。
「メリンダ、お前の娘、私の孫でもあるが、シアノの統治術があれば、キューガスラ王国の全ての領地は繁栄するはずではなかったのか?そもそも、シアノが嫁ぐ前、メンタント公爵領が発展していたようには見えなかったが」
この場は良い機会であると判断して、疑問に思っていた事を口にするユルゲン男爵。
「それは……確かにその通りです。シアノの指示通り行動をしていたのですが、メンタント領は目に見えて衰退していました」
「そしてそれはキューガスラ王国全体に広がっている……と。だが、スキル統治術を持っているのは疑いようがない。そうなると、実際には使いこなせていないか、そもそもシアノ自身の勝手な希望を伝えているかの二つに一つだ」
この会話で、ユルゲン男爵は確信した。
少なくとも、孫のシアノは統治術をまともに使っていなかったことを……
そうでなければ、そもそも自らの領地も危機的状況に陥る訳はないのだ。
「さっきも伝えたが、今私の領地は間もなく復興が完了する。既に亡くなってしまった者達の弔いも含めてだ。それは、あるお方の援助があったればこそ!そして結果論になるが、今までのお前とシアノの行いは、そのお方に唾を吐く行為なのだ。何の助けにもならない、いや、害にすらなり得る血縁と、多数の善良な領民……比べるまでもなく後者を選択するしかないのは理解できるな?」
あっさりと切り捨てられた上に、害にすらなる血縁と言い切られたメリンダ。
茫然として何も返す事ができない。
「私は思い知ったのだよ。権力などは人をダメにする象徴だ。領主、貴族、王族、上に立つ者は、常に支えてくれている者達に配慮し続けなければ成り立たない存在なのだ。そこを忘れて傍若無人に振舞えば、遅かれ早かれ滅亡だ」
このユルゲン男爵領。実はメンタント公爵領から多くの冒険者と共に、冒険者と同行する事で安全を確保しつつ移動できている商人を含む元メンタント公爵領の領民が流れついて来ていた。
冒険者は噂に敏感だ。
その身一つで危険を察知し、回避して生活していかなければならない。
そのために、危機的状況から大して時間を必要とせずに復興して見せたユルゲン男爵領の噂もすぐに入ってきたのだ。
実際に領地につく頃には噂通り以前と変わらぬ姿をしているユルゲン男爵領があった。
ユルゲン男爵領では、既に犠牲になってしまった領民や冒険者、騎士達の補完となるべく全ての移民を受け入れたのだ。
ここまでの結果も、全てスケジューラーが示した未来を辿っているに過ぎないが、移民とユルゲン男爵共に益のある話になっていた。
当然ここまで復旧した領地に火種を入れるわけには行かないユルゲン男爵の決断は、当然の決断とも言える。
今までしてきた事の報いを間接的に受ける事になったメリンダは、失意のまま通信を切断させられた。
仮の話になってしまうが、レトロの母に対してあのように最悪の事態を引き起こすような追撃を行う事が無ければ、恐らくここまで悪い未来を迎える事は無かった。
しかし現実を変える事は出来ない。
こうしてなるべくしてなった未来ではあるが、当然他の動きも出て来る。
ここまで魔獣の対策を行わなくてはならないという事は、戦力のある者達の発言力が増すという事。
そう、ラスプ第一隊隊長の権力が貴族達よりも強くなってきていたのだ。
その貴族には、既に衰退の一途を辿っているメンタント公爵も含まれるのだが、辛うじて王族との繋がりがある事から、表立って見下される事は無かった。
だが、上位の隊に頼るしかない魔獣襲来の際には、どの貴族も遜ってお願いしなくてはならなくなっていたのだ。
王都所属の騎士隊であるが故、形式上は国王にお願いする事になっているのだが、実際は裏で賄賂が横行し、直接ラスプ隊長に依頼を打診しておくのが通例となっていた。
「お父様、バージル様、ラスプ隊長が権力を持つ件ですが、現在の項目に移りました。次はメンタント公爵領の一部移譲を要求してきます」
「それは、俺の領地に接する場所かレトロ?」
隣接している領地を持っているバージルが確認するが、結果的にはそうはならないとレトロは告げる。
「ええ、残念ながらこの名も無き村の直ぐ隣です。ですが、メンタント公爵はシアノを通じてこの要求を断ります。その後は、第一隊はメンタント公爵の依頼を受ける事が無くなるのです。その後の第一隊は権力増強に腐心するようになるので、隊の規律も悪化し、戦力は大幅に落ちます。その未来は、御想像の通りです」
「全滅……か?」
ムロの言葉にレトロは頷く。
「仕方がないだろうな。あいつらはどうあっても改心できそうにない。それは俺の目から見ても明らかだ。ユルゲン殿とは違う」
更にはバージルまでもが追随しているので、ラスプが率いる第一隊の未来は、スケジューラーによって確定してしまった。
ムロやレトロ、バージルやユルゲンの助力を得て助かると言う未来もあったのだが、結局は恩を仇で返す様な行動を取られるとスケジューラーに出ているので、レトロはそこまで詳しく説明はしなかった。
その位は理解しているムロとバージルなので、こちらも深く追求する事は無い。
こうしてスケジューラーの通りに事が進んで行き、キューガスラ王国は危機的状況を迎える事になっていた。
王都所属の上位騎士隊は全滅し、今まで盤石であった王都すら必死で魔獣の対応に追われる始末。
当然地方領主などは目も当てられない。
そんな中、安全に領地を運営できているのはバージル伯爵領とユルゲン男爵領の二つだけとなっていた。




