貴族の宴
キューガスラ王国では魔獣の被害を受けてはいるのだが、実際に対応するのは現場であり、領主自らが陣頭指揮を執るような者はいない。
当然現場からの意見や要望も通る事はめったにない。
バージル伯爵とユルゲン男爵だけは違っているが、これは例外だ。
そしてその貴族・王族は何をしているかと言うと、結果に対して不平不満をぶつけ、責任を取らせると言う非常に楽な事をしつつ、貴族特有のパーティーに勤しんでいたのだ。
今日は王都で大々的なパーティーが行われる日。
もちろんバージル伯爵には声はかからず、ユルゲン男爵は復興中である事を理由に欠席している。
「バージル殿、王都よりふざけた招待状が来ました。誰の目から見ても王国中が危険に晒されているのにも関わらず……です。私は今までこんな王国に仕えていたかと思うと、いえ、むしろ積極的に加担していたと言っても過言ではないかもしれませんが、恥じ入るばかりです。貴方のおかげで本当の領主としての心を掴む事が出来ました。今はくだらない権力や利権に惑わされる事なく、大変ではありますが充実した日々を送っております」
「それは良かった。まっ、俺の所にはそんなふざけた招待状は当然ながら来ていないな。しかし貴殿は変わられた。どうですかな?近いうちに一杯?」
バージル伯爵の護衛である四人の騎士達は、通信魔道具の後ろで嬉しそうな顔をしている。
ユルゲン男爵の変化が嬉しいのではなく、宴会が開催されるのが嬉しいのだ。
そもそも、バージル伯爵の一杯が一杯で済むわけはない。
ユルゲン男爵としても大恩あるバージル伯爵からの誘い。嬉しくないわけがない。
「おお、是非ともご相伴にあずかりましょう!もう少し領地が安定したら、そちらに……リネール隊長曰く、メンタント公爵から譲り受けた新たな領地にいらっしゃるとこの事ですから、そちらに向かわせて頂きます」
「フハハ、ここは居心地がいいので、今ではこちらにばかりおりますぞ。貴殿が来る日はこちらで把握できるので、いつでもお越しください」
これはレトロのスケジューラーで把握できると言っている。
ユルゲン男爵も、リネールからレトロのスキルについては話を聞いているので、その辺りは理解できている。
こうして、王都でのパーティーが開催される少し前に、二人の貴族だけの宴会の約束がなされていた。
この二人の管轄する領地以外は、今だもって魔獣による被害を受け続けている。
特に、王都騎士隊第三隊を常駐させていたメンタント公爵領は、戦力はほとんどなくなり、強固な防壁に頼りきりの生活になっていたのだ。
そんな中でも、貴族としての地位を確固たるものにするにはパーティーには参加せざるを得ない。
メンタント公爵はまだしも、実父の領地に被害をもたらした原因である実娘シアノの待つ王都のパーティーには本音では参加したくない公爵夫人メリンダも、渋々王都に同行していた。
この一行には、メンタント公爵領の数少ない騎士が全て駆り出されていたのだ。
王都の王城では、既にパーティーの準備は整っている。
王都所属の騎士隊も第一隊から第十隊まで勢揃いだ。
第三隊は壊滅的な被害を受けたので、下の隊が繰り上げられ、新たな第十隊が結成されてはいたのだが……
そんな中でパーティーは開催される。
無駄に豪華で、その実中身は一切ない見栄と権力を誇示する場。
「皆の者、今日は良く来てくれた。最近は鬱陶しい魔獣の件やバージルの件もあったが、全て想定の範疇である。王族であるシアノの統治術があれば、我がキューガスラ王国の発展は間違いない。安心して領地運営に励むと良い。今日はその慰労もあるので、是非とも楽しんでくれ」
ドロニアス国王が挨拶をしている脇には、第一王子であるケイオスとその妻であるシアノがいる。
その娘であるシアノの姿をきつい目で見ているメンタント公爵夫人であるメリンダ。
一方のシアノは誰よりも豪華なドレスに身を包み、羨望の眼差しを受けて愉悦に浸っていたので、メリンダの視線には一切気が付く事は無い。
もちろん、自らの勝手な判断で多大な被害を受けた祖父であるユルゲン男爵がこの場にいない事なども当然気が付きもしない。
一部に不穏な気配を醸し出しながらパーティーは開催された。
王都での開催であり、ここには全ての騎士隊が勢揃いしている。
流石に盤石の守りである為に、今日に限っては何の被害の報告もなく、パーティーは進行していく。
しかし、この場に参加している各貴族が治める領地ではそのような事は無い。
本来の統治術であれば、このようなパーティー開催等の指示が出るわけもなく、各領地に対する助力、戦力増強の指示が出て然るべきなのだが、シアノは自らが手に入れた地位を誇示するために、このパーティーを開催させたのだ。
それも統治術の指示として……
そのため、シアノの機嫌はすこぶる良い。
夫である第一王子のケイオスと共に、各貴族の挨拶を笑顔で受けている。
メンタント公爵も、実の娘と共に第一王子に挨拶に向かう。
貴族の義務として止む無く付き添うメリンダは、公爵の一歩後ろに控えて作り笑顔を張り付けているのだが、娘であるシアノに一切の視線は向けず、口を開く事もしなかった。
こうして、王都では問題は一切起きずにパーティーは終了し、各貴族はそれぞれ帰路につく。
「メリンダ、お前はなぜあの場で第一王子にすら何も話さなかったのだ!」
王族の縁者としての地位を固めつつあるメンタント公爵。
国王に対する挨拶の場は良かったが、次期国王であるケイオス王子に挨拶を行った際には一言も口を開く事が無かったため、心象が悪くなっている可能性がある。
その部分を厳しく指摘されたのだ。
いくら実の娘であったとしても、生家であるユルゲン男爵領に多大な被害を与えたシアノに対して良い感情が有る訳もないメリンダ。
そっけなく言いたい事を言うと、黙り込んでしまう。
「シアノは私の父の領地を見捨てたのです。いいえ、むしろ被害を与えた立場なのです。本来王族とは、臣下に対して保護するべき立ち位置なのではありませんか?その義務を真っ向から放棄するような者に挨拶できるほど、私の心は広くありません」
だがこのメリンダ、自分がレトロにしてきた事はすっかり忘れている。
そして、この非道な行いが出来るシアノを育てたのは他でもないメリンダ自身なのだ。
険悪な雰囲気の中、メンタント公爵一行は中継の町で宿泊をしつつ領地に戻る。
本来は最も栄えており、安全でなくてはならない領主の居城がある町に到着したのだが、既に冒険者の大半はいなくなり、安全が確保できなくなっている民もいないゴーストタウンのような町に入り、城に戻る。
あの会話以来一切の会話なしにここまで来たメンタント夫妻。
その態度は到着後も変わる事は無かった。
数日後の夜、メリンダは生家であるユルゲン男爵と通信を行っていた。
既に夫との間にある大きな亀裂を抱え込んだまま何もなくなってきている領地にとどまっているよりも、生家に戻る事も一つの選択肢として考えていたのだ。
「お父様、領地の方は如何でしょうか?」
「ああ、思った以上に被害を受けたが、あるお方の助力によって間もなく完全に復興できる。外敵対策も万全だ」
メリンダが想定していた以上の回答が返ってきた事により、この場で彼女は生家に戻る事を決意して、父であるユルゲン男爵にそう告げた。
「お父様、実は既にメンタント公爵とはシアノの件で埋められない溝ができています。ですので、一旦冷却期間を置く意味でも一旦そちらに戻らせて頂きたいのですが」




