キューガスラ王国の混乱(3)
第三隊隊長であるリネールの発言によって騒然となっているこの場。
当然と言えば当然だ。
領主として処理しなくてはならない一件を、何の関係も無い他の領主に押し付けたのだ。
本来領主は国家に税を納め、必要とあれば庇護されるべき立場にある。
リネールの証言によれば、この行為とは真逆の行為を指示したのが王族に名を連ねるシアノからのもの、そしてスキル統治術によるものだとも暴露された。
本来領地発展のために有用であると称賛されている統治術であるが、そのスキルによる判断は、容易く地方領主を切り捨てる非道な行いが出来るものとこの場の話を聞いている全員に理解されてしまった。
国王であるドロニアスは、今まで纏まっていた貴族・王族の絆が破壊される可能性があると考え、即座に訂正する。
「そこのリネールの言っている事は真実ではない。事実、私はそのような事は一切聞いてはおらん。わがキューガスラ王国は、忠誠を誓っている領主に対しての非道な行いなどはしない!」
ドロニアスが今回のバージル領への魔獣の擦り付けについて知らないのは事実だ。メンタント公爵とシアノの間だけでやり取りされたものだからだ。
しかし、当然そこで話が終わるわけもない。
「ドロニアス陛下、それではなぜ我がユルゲン男爵領を見捨てたのですか?」
第八隊と共に壊滅的な被害を受けたユルゲンが、恨みがましく国王ドロニアスに対して問いかける。
「そ、それは統治術による指示だったからだ。既に伝えているだろう!」
「大したレベルでもない魔獣が王都に来ていたそうですな。その対応に第一隊を帰還させ、高レベルの魔獣に襲われている我が領地に第八隊を向かわせる。この行為のどこに統治術による発展の可能性があるのでしょうか?」
正論を言われて言葉に詰まるドロニアス。
今、この場で冷静に考えれば確かにユルゲンの言っている通りなのだが、あの場では統治術による指示と理解していたので、何の疑いもなく実行してしまったのだ。
「詳細は余がスキルを持っているわけではないので分からん。だが、その指示を出したのはお前の孫のシアノだ。血縁たるシアノがお前自身に不利な判断をするか?我らでは想像できない事態に陥っていたのだ」
血縁の話を出されると弱くなるユルゲン男爵。
この場でシアノを糾弾したとしても、身内のいざこざとして取られるからだ。
一先ず落ち着きを取り戻したかに見えるこの場で、再びバージル伯爵が口を開く。
「いやいや、くだらない揉め事は勝手にやって頂きましょう。今回私が言いたいのは、この国家に対して……今のやり取りからもわかる通り、自らの領地の問題を他の領地に押し付ける、家臣の危機を増長する、そのような国家に信頼など有ろうはずもない。我が領地バージル伯爵領は、今をもってキューガスラ王国の庇護下から外させて頂く事を宣言する」
既に王族と貴族の間での信頼関係が大きく揺らいでいる状況での宣言であるため、直接的な非難を行える者はこの場にはいない。
正にスケジューラーの想定通りに事が進んでいる。
「我がバージル伯爵領には、統治術とは違って本当に領地を発展させるために有用なスキル、スケジューラーを持つレトロと言う優秀な者。そうそう、メンタント公爵の元血縁者、娘であったそうですな。そして我がバージル領の騎士隊長ムロがおりますから、こちらは勝手に行動させて頂きましょう。不服があるのであれば、ご自慢の統治術の指示に従ってみれば良いでしょう」
この宣言を聞いた魔道具の向こうでは、特に今回大きな被害を受けたユルゲン男爵が渋い顔をしていた。
既に彼としてもキューガスラ王国に対する忠誠が無くなっていたからだ。
しかし、バージル伯爵とは違って領地は壊滅的な状態になっているので、この場で庇護から外れると言う宣言が出来なかったのだ。
「それと、皆様に一言だけ付け加えておきましょう。昨今の魔獣のレベル上昇、そして被害が増大している原因は、王都所属の元騎士隊長であるムロト隊長に冤罪を掛けて投獄した事にある。そもそも、彼のおかげで安定が得られていたのにもかかわらず、不義の極みとも言える行動を取るからこのようになっている。いや、ムロト元隊長がいない時代に戻ったと言うべきか……だが、最大の功労者であるムロト隊長は既にいない。今後のキューガスラ王国の行く末が楽しみですな」
スケジューラーによれば、今後も頻繁に各領地や王都も魔獣の襲来を受ける為、バージル伯爵領に対して出兵する余裕が一切生まれないとあるのだ。
そのため、ここぞとばかりにバージル伯爵は言いたい事を言い切る。
「ま、私の言った事に文句がある方は何時でもお相手しますよ。そんな余裕があれば……ですがね……楽しみに待っているとしましょうか。精々王族に名を連ねているシアノとか言う女の偽りの統治術に縋ると良いでしょう」
そして自ら魔道具の通信を切断し、この会議から外れた。
「バージル様、素晴らしい宣言でした。スケジューラーによれば向こうではかなり荒れているようです。特に、ユルゲン男爵の荒れ具合が酷いみたいです」
「そうだろうな。血縁に裏切られたのだからそうなるだろう。今までの行いから考えると当然の報いだ。で、どうだ?この俺の素晴らしい演説に乾杯しないか?」
相変わらずのバージル。
だが、スケジューラーによる選択肢の一つとは言え、自分達を信じてくれたバージルの行動に対して嬉しい気持ちがあるのでムロとレトロも同意する。
「良いですね。お父様も如何ですか?」
「ああ、そうさせてもらおうかな」
引き続き、すっかり恒例になっている騎士四人も流れるように賛同して、再び名も無き村では宴会が始まる。
「待ってました!!」
「いよっ、流石はバージル様」
「ねちねち大魔王!」
「アハハハ違いない」
名も無き村での宴会の最中、未だに紛糾している王族と貴族の話し合い。
「バージルめ!だが奴の言っている通り最近の魔獣の被害は捨て置けないが、私の領地は奴の領地と接している。こうなったら今後も奴の領地に魔獣を送ってやる」
メンタントの不穏な言葉に対して、国王であるドロニアスを含めて誰も咎める事はしない。
この会議に参加している物達は大なり小なり魔獣によって自らの領地に被害を受け続けており、バージルの言葉が真実であると気が付いたからだ。
そして、この状況下でバージルが独立すると言い放った。
戦力を含めて全ての対策が取れていると言う自信がなければあそこまで言い切る事は出来ない。
「バージルのあの自信……メンタントよ、お前の元娘と言っていたレトロと言う娘の持っているスキル、スケジューラーについて知っている事を話せ!」
バージルに対して怒り心頭のメンタントに対して、国王であるドロニアスがスケジューラーについての詳細を求めた。
「あのスキルはゴミです。何かをメモできる程度のスキル。バージルはこちらを動揺させるために言っている戯言にすぎません。娘のシアノに聞けば私よりももう少し詳細が分かるのではないでしょうか?」
「…だそうだ。どうだ、シアノ?」
魔道具に映り込むシアノ。
ユルゲンはシアノを視線だけで殺さんばかりに睨みつけているが、魔道具を通しているために軽く流す事が出来ているシアノ。
「お父様の仰った通り、レトロのスキルには何の力もありません。私のスキルでもそのように出ております」
本来の統治術では、相手のスキルの詳細までわかる状況になることは殆どない。
あるとすれば、対応する領地の発展につながるスキル持ちを探すような指示が出た場合等、限定的になる。
当然今もそのような状況にはなっていないのだが、既に自らが持つ魔力ではキューガスラ王国をカバーする程のスキルが使えるわけもなく、スキルから何も得る事が出来なくなっているシアノは、今まで通りに自分の意見を告げた。
結局この日は、バージル伯爵がキューガスラ王国の庇護下から抜ける宣言を聞かされただけ。
本来の目的は、王都に魔獣が襲来している事や最近の魔獣襲来があまりにも多くなっている事から、対策についての話をするはずだったのだが、全く達成できずに終了した。
寧ろキューガスラ王国の内部が乱れるだけの結果となった。




