キューガスラ王国の混乱(2)
ムロが態々第三隊隊長リネールの前に姿を現したのも、スケジューラーから与えられた選択肢によるもの。
実はこの状態で姿を現せば、既にキューガスラ王国での立場がかなり危ういリネールはバージル伯爵側につくと知っていたのだ。
完全に信頼するわけには行かないが、メンタント公爵側からの非道な指示についての証言をさせる事は出来る。
こうして、バージル伯爵側に移動した魔獣の始末はついたのだが、一方で王都にも魔獣は襲来していた。
少しでも自身に危険が及ぶのを避けたいシアノは、いつもの通り、自分の希望をスキルによる指示であるかのように婚約者である第一王子に伝える。
「ケイオス様、今こちらに来ている魔獣ですが、このままでは防壁を突破する可能性があります。ここから第一隊のいるユルゲン男爵領からはさほど離れておりません。大至急第一隊を呼び戻して対処させてください」
「だが、未だユルゲン男爵領の処理は終わったとの報告はないらしいが?」
「それでもです。万が一にも王都に被害があれば、キューガスラ王国の発展などは有り得ません」
「そうだな。良し分かった。父上に進言してこよう」
シアノの言葉を何の疑いもなく受け入れたケイオス第一王子。
そのまま父であるドロニアス国王に伝えられる。
王都の危機と聞いては、ドロニアスとしても即対応せざるを得なかったのだ。
実際の所は、王都であるがゆえに強固な防壁に守られており、今現在襲来している魔獣であれば何の問題も無い。
しかし、統治術による指示と言う先入観から、その目を曇らせていたドロニアスとケイオス。
ひっ迫した状態に陥っているユルゲン男爵領から第一隊を撤退させた。
「国王陛下!何故第一隊が撤退したのですか!!我がユルゲン男爵領がどうなっても良いのですか!」
もちろんユルゲン男爵からは怒りの通信が来るが、国王は一切相手にしなかった。
「黙れ、ユルゲン!これは統治術による指示だ。そちらには第八隊が向かっている。もう少しお前達だけで堪えておけ!」
それどころか、既にユルゲン男爵領を襲っている魔獣の相手にすらならない第八隊を送ると言ってのけたのだ。
直接国王と話をしても埒が明かないと判断したユルゲン男爵は、血縁であるメンタント公爵の妻であるメリンダを通して、助力を求めた。
「メリンダ、良く聞いてくれ。お前の娘、私の孫、シアノ。キューガスラ王国の第一王子に嫁いでいたはずだな?それに持っているスキルは統治術で会っているな?」
「ええ、その通りですお父様。おかげで我がメンタント公爵も王族との血縁との事で、更なる力を得る事が出来ております」
「その孫のシアノ、今我が領地を襲ってきている魔獣の対処に来た第一隊を王都に呼び戻す指示を出した。挙句に代わりの隊は第八隊と言う、まるで話にならない戦力を寄越すそうだ。このままでは我が領地は甚大な被害を受ける。その前に、何としても上位の隊を派遣するように伝えてくれ!」
「え?シアノがそのような指示を出したのですか?わかりました。至急確認して対処いたします」
まさか実の娘が、祖父の領地を見捨てるような指示を出しているとは思いもよらず、慌てて王都にいる娘のシアノに連絡をするメリンダ。
「シアノ、あなたのお爺様のユルゲン男爵領にいる第一隊を撤収させたと言うのは本当ですか?」
「ええ、王都にも危険が迫っていますので、安全のために第一隊を撤収させました」
何が悪いの?と言わんばかりの反応のシアノ。
「その結果、お爺様のユルゲン男爵領がどのようになるのかわかっているのですか?そもそも、王都に来ている魔獣はかなりレベルが低いと聞いていますが?」
「ですから、安全の為と言っているではありませんか。王都と男爵領。どちらが重要かなど比べなくともおわかりになりませんか?そもそも、統治術による判断なのですから、いくらお母様とて口を出す権利はありません」
自分達が育てた娘によって、実の父の領地が壊滅的な状況になる事を悟ったメリンダだが、何とか食い下がる。
「それでは、第八隊とは言わず、もう少し上位の隊をユルゲン男爵領に向かわせるべきではないですか?あなたの血縁なのですよ?」
「代わりの隊についての指示は統治術に出ていないのです。そこまで私が口を出す権利はありません」
メリンダの必死の懇願にも、適当に返事をしているシアノ。
当然統治術には第一隊を呼び戻すどころか、何の指示も出ていない。
あまりの対応に絶句するメリンダだが、その隙にシアノの最後の捨て台詞と共に通信を切られてしまう。
「お母様、私も王族として忙しいのでこれで失礼します」
「えっ、ちょっとシアノ!!」
何も映っていない魔道具に話しかけるメリンダ。
再び通信しようと試みるも、シアノ側の魔道具の受信処置がされないために繋がる事のない魔道具。
最後の望みをかけて、自らの夫であるメンタント公爵に助力を求める。
だが、これは無理であると分かっているのだ。
既に常駐しているはずの第三隊の殆どは、襲来してきた魔獣をバージル伯爵側に押し付けるために遠征中。
それ以外の騎士は使い物にならない。
そんな状態で、ユルゲン男爵領に助力をする余裕などメンタント公爵に有ろうはずもなかった。
当然メンタント公爵には既に理解している内容を説明され、おとなしく引き下がるしかなかったメリンダ。
絶望に打ちひしがれて数日後……第八隊と共にユルゲン男爵領が壊滅的な被害を受けたと王都側から連絡があった。
この時から、メリンダとシアノの間には埋めようもない大きな溝ができたのだ。
その王都からの報告はキューガスラ王国の全貴族に通信が行われていたので、バージル伯爵側にもその情報は流れている。
だが、この程度の情報はスケジューラーに記載されている内容なので、バージル伯爵側は既に知り得ている情報だ。
当然この魔道具による情報展開についても知っており、この場を利用してメンタント公爵に対する糾弾を行い、且つシアノと王都に対する挑戦状を叩きつける事にしていた。
ここまで大事にする決断をしたのも、スケジューラーの一つの選択肢に記載されており、将来的にバージル伯爵にとっては良い方向に行くと言う確信があったからだ。
それほどバージル伯爵はレトロのスケジューラー、そしてムロ、リージュを信頼していた。
「皆さん久しぶりですな。私だけを除いた通信はかなりの頻度で行われているようですが、中々私は呼ばれないので、皆さんに挨拶する機会がありませんでした」
バージル伯爵だけを除いた通信が頻繁に行われている事を把握していると告げる伯爵。
貴族の数は多いので、この程度の嫌みを言われても誰かが情報を漏らしたのだろうと気にも留めない国王とメンタント公爵。
そんな中、続くバージル伯爵の言葉は流す事ができなかった。
「今日は皆さんに二つほどお伝えしたい。一つ目はメンタント公爵の件だ。おい!」
呼び声と共に魔道具の画像に映り込んだのは、王都所属の騎士隊第三隊隊長であるリネール。
彼は王族・貴族が一堂に会しているこの場で、重い口を開く。
「私は第三隊隊長のリネールです。今回、メンタント公爵領の防衛に当たっておりましたが、襲来してきた魔獣の対処ができず、恥を忍んで公爵に相談した所、魔笛を使って魔獣をバージル伯爵領に連れて行くように指示を受けました。これは、王都にいるシアノ様の統治術による指示と伺っております」
まさかの上位隊長の発言に、魔道具を通して全てを聞いている貴族・王族は絶句してしまった。




