第三隊の行い
既に複数の未来が見えるようになっているレトロは、自らの出生地であるメンタント領についての今後が見えていた。
恐らくではあるが、レトロがスキルを使い慣れてきたため、負荷をかけすぎないように無意識化で制限を掛けていた部分が取り除かれてきたからだろう。
「お父様、メンタント領ですが、これから徐々に衰退していきます。既に王都から移籍した騎士の他に第三隊が常駐しておりますが、この第三隊の行いが発端となり、メンタント領は領地として維持できなくなるでしょう」
「その後は?」
「シアノが王権を使って統治を始めるようですが、良くなることはありません。そもそも既にキューガスラ王国全てが統治術の対象になっているので、シアノの力ではスキルを使えない状態になっています。まるでお父様と出会う前の私ですね」
少し寂しげな笑顔でムロに話すレトロ。
その表情は亡き母を思い出したのか、異母姉妹とは言え妹と決別する方向に突き進んでいる悲しみによるものなのかは分からない。
メンタント公爵領に常駐する事になっている王都所属の騎士、第三隊の一行。
領主の館に住まいを移し、時折襲来するレベルが低めの魔獣に対して対処を行う事で、領民の信頼を得つつあった。
今までは王都を拠点としていたが、ムロト元隊長がいなくなってからは遠征がひっきりなしであり、休まる事が無かったのだ。
一部の上昇志向の強い者を除いて、隊員は軽く蹴散らせる外敵を時折排除し、残りはゆったりと過ごせるこの生活に慣れつつあった。
そうなるとどうなるか……元々王都所属の上位隊の隊員であれば、やはりと言うべきか、プライドは高く特権意識も強い。
その状況下において、最早メンタント領では、王都から移籍した騎士と自分達第三隊以外の戦力は存在しないと言っても過言ではない状況になっている。
そして王都から移籍した騎士達は自分達の足元にも及ばない……
つまりは、傍若無人な態度を取り始めたのだ。
とはいえ、王族と言っても過言ではない領主に対しては従順だ。
その矛先は領主の館に住む使用人、城下町に住む領民に向けられる。
「おい、早く飯を持ってこい!」
「こっちは酒だ」
城下町だろうが、館の中だろうが、領主の目がない場所では同じような振る舞いをするようになっていた。
城下町での行動に至っては、一切の対価を払うことなく荒らすだけ荒らして立ち去って行くのだ。
外敵から襲われる不安からは解放された領民だが、今度は内部からの敵に襲われる不安が増して行き、当然城下町は荒れ始める。
嫌気が指して、出て行く領民が後を絶たない状態になっているのだ。
そこに、日課のように魔獣が襲来する。
一部の第三隊の隊員は既に酔っぱらっており、とても戦闘できる状態ではない。
正に騎士にあるまじき失態だ。
だが、今まで通りの対応で問題ないと判断した第三隊の隊長は、動ける騎士数人と共に外敵を排除しに向かう。
しかし、その場に存在していたのは変異種。
今での雑魚とは一線を画す存在だった。
流石は第三隊の隊長、一目見てその危険性を理解して一旦撤退の指示を出す。
と同時に、王都に対してさらに上位の第二隊か第一隊の出撃要請をしたのだ。
「ふざけるな。こっちは遠征続きなんだ。そもそも、俺達はメンタントとはかけ離れた位置にいる。お前ら、腐っても上位騎士隊なら自分で何とかしろ!」
当然の回答が両隊長から帰ってくる。
もちろん第三隊が全員戦闘できるのであればそうしている。
しかし、真面に戦闘できる隊員がほとんどいないのだ。
これでは蹂躙されるのは火を見るより明らかだ。
隊長は、恥を忍んでメンタント公爵に事実を伝えに行く。
「メンタント様、私の失態ではございますが、隊員が出撃できる状況にはありません。そんな中、変異種が来ております。何とかシアノ様の統治術によって打開策をご教示いただくことはできないでしょうか?」
シアノがいくら王都にいるとはいえ、メンタント領に対しての助言程度はしてくれると考えている第三隊隊長と、同じ考えをしているメンタント。
「今回はそのようにしよう。だが、魔獣の件が終わった時には厳正に処分するぞ。良いな!」
「仰せのままに」
何も言い返せるわけもなく、下を向く第三隊隊長。
その後席を外したメンタントは、暫くした後第三隊隊長の前に戻ってきた。
魔道具を使ってシアノの指示を仰いだのだ。
「この魔笛を使って、バージルの所に魔獣を連れて行け!」
その命令は、明らかに非人道的な行いだった。
何の備えも無い状態での他人の領地に、自らの領地の魔獣を押し付けるのだ。
この魔笛は、以前にシアノがレトロと再会した名も無き村で投げつけられた物……
顔色が変わった隊長に対して、メンタントは事も無げに言い放つ。
「お前も知っているだろう?あそこには犯罪者のムロトがいる。魔獣が始末されても良し、ムロトが始末されても良しだ」
第三隊隊長としても、元第一隊隊長のムロトは目の上の瘤。
このような悪魔のささやきをされてしまうと、抗う術を持っていなかった。
「承知しました。俊足の者にこの笛を持たせ、バージル領まで誘導します」
「距離はあるから、慎重に行け。数人で対処するように」
「はっ」
こうして、二度目のメンタント領からバージル領へ魔獣の擦り付けが行われる事になった。
その作戦が実行されるまでの間、メンタント領の領民は第三隊が一時的にではあるが撤退した事、更には討伐に向かえないほど酔っている隊員がいる事を目撃していたのだ。
こうなると、領地から脱出する領民に拍車がかかり、城下町ではなくゴーストタウンと言うべき町が出来上がるのにそう時間はかからなかった。
一方、作戦を実行している第三隊の隊員。距離を取りつつ魔笛を吹き、魔獣が追いかけ始めると即座に移動。
再び魔獣との距離が開くと、誘導するべく魔笛を吹くと言う事を繰り返していた。
当然目的の魔獣以外の魔獣も引き寄せてしまうために命がけの任務になっていたのだが、第三隊の隊員の中でも選りすぐりの隊員による行動であったため、何とか任務を完了する事が出来た。バージル領の名も無き村まで魔獣を引き連れて来る事に成功したのだ。
最後に、魔笛ではなく、魔獣の好みそうな肉を名も無き村の方面に投げ込み、気配を消して逃走する第三隊の隊員達。
目論見通り、魔獣はその肉を探すように名も無き村の方に向かっていく。
だが、その魔獣が村に侵入する事は無い。
第三隊の隊員がその場を去った時には、バージル伯爵の騎士、ムロ、そして村の獣人により一部は食料になり果て、一部は再利用されていたからだ。
何の苦もなく仕留める事ができたのはもちろんムロの魔力貸与によるものだし、事前に準備を整えられたのは、レトロのスケジューラーによるものだ。
「お父様、これでメンタント領は確実に衰退します。既に現在の項目に移っておりますので間違いありません。その次は……王都です。王都の対応をするために、シアノの指示で第一隊が呼び戻されます。第一隊の遠征を依頼していたユルゲン男爵領の対応を完全には終了せずに撤退します。残念ですが、ユルゲン男爵側にも犠牲が出ますが……あの領地はメンタント公爵と懇意にしている場所、シアノの母の生家ですから、非情ではありますが放置で問題ないと考えています。その結果、シアノとシアノの母、メリンダには確執が芽生えます」
シアノは、自らの安全を確保する為には、実母の生家を切るという事すら平気で行えるようだ……




