ムロとレトロの存在
既に王族に名を連ねているシアノ。
普段の生活も、メンタント公爵領にいた頃よりも格段に良い物になっていた。
既にメンタント公爵領には第三隊が常駐するようになっていたので、心配事が無くなったシアノ。
心に余裕が生まれてきたのか、屈辱的な対応をされたバージル伯爵に対しての罰を与えようと、王子を誘導する。
この時が、シアノの絶頂期であったのは間違いない。
「ケイオス様、そう言えばバージル伯爵の領地の外れ、つい最近メンタント公爵から譲渡した領地ですが、そこの獣人村にあのムロト隊長と、私の元姉であるレトロがおりました。バージル伯爵はあくまでムロと言う男であると言い張っておりましたが……」
「なに?それは本当か?あの男は部下の手柄を横取りするような外道だぞ。しょせんは得体のしれない平民。父上も探し続けていたが……そんなところに隠れていたか」
「ええ、こうなると、バージル伯爵も同罪かと思います」
「その通りだ。お前の統治術では今後どうするべきか指示が出ているか?」
統治術はかなり有用であるとこの世に知れ渡っている。
そのため第一王子であるケイオスも、妻であるシアノの統治術による指示を重要視していたのだ。
「はい、先ずはバージル伯爵に対しては罪を認めさせ、罰として、譲り受けた領地を再びメンタント公爵領に戻すとあります」
既にスキルから何の指示も得られる事が無くなっているシアノであるが、個人の思いを淡々と告げている。
獣人村が思いのほか立派であったため、取り返したいと言う思いから出た言葉だ。
「成程、だがどうやって認めさせる?何故かムロトがいなくなってから魔獣は活発化している。つい先日もメンタント公爵の助力があって事なきを得たが、進化した魔獣が王都を襲う程だ。キューガスラ王国としても、戦力に余裕がないのは事実。対してバージルはかなりの戦力を有していると言う話だ。何の策も無に罰を通知しても受け入れる事は無いだろう」
「先ずは、ムロト元隊長の身柄の引き渡し要求、そして同時に各領主に対して交易停止を申し渡してください」
「ふむ、孤立させるわけか」
「はい、その通りです」
安易な考えではあるが、その案を国王に進言して採用される。
もちろん統治術の指示と言う絶対の信頼があるからだ。
その程度の内容は、レトロのスケジューラーによって把握されている。
「バージル様、お父様、ようやく王都の動きがあります。国王からお父様の身柄引き渡し要求があると同時に、周辺の貴族に対して交易の停止指示が出ます」
「そうだろうな。あれほど堂々とムロの姿を晒した上に、挑発までしたからな。フハハ、思い出すだけで愉快だ。乾杯するか?」
「いえ、バージル様、申し訳ありませんが、もう少しレトロの話を聞きましょう」
即宴会と言う惨事を止めるムロ。
「既にこのバージル伯爵領では交易に頼らずとも生活できる基盤が整えられております。そして、戦力的にもお父様の力もありかなり優位な立場です。お父様の存在を認めつつも、要求は全て無視してください」
「当然そうするつもりだが、その後は何か出ているのか?」
「はい、王都は何の対策も打てないままになりますが、その間にも魔獣による被害、治安悪化による不安定化は進みます。そして魔獣対策に追われている地方領主も、交易と言っている状況ではなくなるのです。王都の騎士隊にも限りがありますので、全てに対応できるわけではありません。その結果、徐々に他の領主から唯一何の被害を受けていないバージル様に助力の申請が来る事になります」
「うぇ、めんどくせーな。さんざん俺を馬鹿にしてきやがった貴族しかこの国にはいないんだぞ。そいつらを助けるのか?」
心底嫌そうな顔をするバージル。
「申し訳ありませんが、そこはお願い致します。その結果お父様の力も認められ、対して王国騎士隊との実力も比較されます。結果的に、お父様が何の戦闘もせずに成果のみ横領したなどと言う王都の主張は、疑われる事になるのです」
「ふむ、そうなるだろうな。そうであれば仕方がない。気に入らない連中しかいないが、助けてやる事にするか」
バージル伯爵側の指針も決定した。
その数時間後、通信魔道具により王都から直接バージル伯爵に連絡が来る。
待ち構えていたバージル伯爵と、スケジューラーの指示により待機しているムロ、そしてその横にはレトロがいる。
魔道具の通信が開始された直後、国王であるドロニアスから挨拶もなく、一気に要件が話される。
「バージル、お前の所に犯罪者であるムロト元騎士隊長がいる事は分かっている。今素直に認めて引き渡すのであれば、メンタント公爵から譲り受けた領地を返上する事で終わりにしてやる」
もちろんバージルはスケジューラーの指示がなくとも、そのような命令を受けるつもりは一切ない。
「今仰っている犯罪者のムロト元騎士隊長ですが、当領地にはそのような者はおりません。我が領地に来て騒いでいたメンタント殿にも申し伝えたはずですが。今ここにいるのは、バージル領の騎士隊長であるムロです。お間違えの無きようお願いします」
そう言いつつ、ムロを紹介するバージル。
ドロニアスはムロトを知っているので、いくら髪の毛が短くなっているとは言え、魔道具に映り込んでいる男がムロトである事は一目瞭然だ。
「何をふざけた事を言っている。その男が犯罪者のムロトだ。さっさと引き渡せ!」
「ですから、何度も申し上げているではないですか?犯罪者である男など存在しないと。耄碌しているのですか?」
だんだんと面倒臭くなってきているバージル伯爵。
貴族としてのメッキがはがれ、段々と素が出てきている。
「何を!無礼な。貴様が犯罪者を庇い続けるのであれば、こちらにも考えがある」
「周辺の領主に対して交易停止の命令ですかな?浅はかですな」
次の句を続ける前に言い当てられた国王は言葉を飲み込む。
その国王を尻目に、バージル伯爵は言いたい事を言い始める。
「そもそも我が領地、他領との交易がなくとも一切困りませんのでな。何の脅しにもなっていない事を理解された方が良いでしょう。次は我が領地を攻めますか?王都すら地方領主の力を借りなければ防衛できない力で……」
全て正論で言い返され、言葉に詰まるドロニアス国王。
傍にシアノがいるわけではないので、その後の行動について統治術の助言が受けられていないまま勝手に動くのはまずいと思ったドロニアスは、最後に再び念を押して、強制的に通信を切った。
「バージル、国王としての命令だ。犯罪者であるムロト元騎士隊長を引き渡せ!」
即言い返そうとしたバージルだが、既に通信は途切れていた。
「……これで良かったのか、レトロ?」
バージルは、自分の行動がスケジューラーが示している最適な行動から逸脱していないか確認をしている。
途中で素のバージルが出始めてしまった事もあり、少々心配になっていたのだ。
「ええ、問題ありませんバージル様。これでお父様の情報は各領主に伝わります。暫くは大人しくしていれば、領主の方から言い寄って来る事になります」
満足気のバージルとは打って変わって、怒りのドロニアス国王。
「シアノ、お前の指示通りに宣言してみたが、バージルは何も堪えていないようだったぞ!大丈夫なのか?」
「ええ、問題ありません。その場で問題があるような態度を取る訳はないではありませんか」
これも言われてみればその通りではあるので、納得してしまうドロニアス国王。
とりあえずは周辺の領主に、バージル伯爵との交易を禁じる旨を通達したのだった。




