キューガスラ王国
それぞれの場所、それぞれの思惑で宴会が行われた後……
メンタント公爵領に到着した一行は、魔獣襲来時にメンタントとシアノが話していた通り、なぜか一部の冒険者と騎士に罰が与えられていた。
冒険者としては、メンタント公爵の騎士の手助けがないままに必死で応戦し、騎士としても命令で待機していたのだが、突然出撃を命じられ、何とか冒険者と共に応戦するも罰が与えられる。
納得できないのも仕方がない。
メンタント公爵側としては、明確な信賞必罰と言う観点から罰を与える事にしていたので、冒険者は半月の活動停止、騎士は一月無給と言う罰に落ち着いた。
一方、町の安全を担当する配下の貴族は一切の罰が与えられなかった。
この時点で、貴族と騎士、冒険者、そして市民の間には隠しきれないほどの大きな溝ができてしまったのは仕方がない。
当然処罰の対象になった冒険者は自由な職業でもある事から、さっさとメンタント領から出て行ってしまう。
このような状態である為、既に統治術でもメンタント領がかなり危険水域に達しているとの警告が出てきているので、シアノはスキルの指示に自分の意見を加える事無く、そのまま指示を伝える。
流石に危険水域にあると警告が出ている状態で、自分の意見を加えるわけには行かなかったのだ。
「お父様、次の統治術の指示は、領民の慰労です」
正直、自分達の懐は少々暖かくなっているのだが、今回の無駄な遠征があったために余計な費用を追加でかけたくない思いがメンタントにはあったのだが、シアノの統治術による指示であれば否定する事は出来なかった。
こうして、本当に珍しくメンタント領内の市民は癒されていた。
食料が配布され、当月の税が免除されたからだ。
逆に言うと、そこまでしても破産しない程、メンタント公爵は今まで領民から搾り取っていたとも言える。
こうして、一旦は回復不可能かと思われた大きな溝も嘘のように無くなった。
領地内の各業務を実際に統括している貴族達からも、市井の民が安定した生活を送れ犯罪も激減したとの報告を受けたメンタントは、改めてシアノの統治術の恩恵は大きいと確信した。
普通の領主に言わせれば、別段スキルの恩恵などではなく普通の政を行っていればこの程度は達成できるレベルではあるのだが……
その結果、最も不安定になっていたメンタント領が安定したので、キューガスラ王国全体が安定しているかのように見えた。
しかし現実は全く異なる。
ムロがいなくなっているのだから、今の騎士隊では魔獣を安定して討伐する程の力はない。
つまり、どこもかしこも外敵に怯えて暮らしている状態なのだ。
当然第一隊の隊長に復帰したラスプは、隊員と共に休む間もなく働き続けている。
第一隊隊長ともなればかなりの権力を有しているのだが、権力を使う暇すらないのだ。
以前のラスプの望みは、何としても第一隊隊長に返り咲く事だった。
だが今の本当の願いは大きく変わっている。
多少地位は下がっても良いので、休みが欲しい……
切実な願いに代わっていた。そんな状態で危険な任務を行えば、動きが鈍るのも当たり前。
普段以上に依頼達成にかかる時間が多く必要になり、結果、次の依頼に急いで向かわなくてはならないと言う、悪魔のスパイラルに陥っていた。
そんな中、第一隊、新たな第二隊、以下、討伐が行えるレベルの騎士隊が出撃している時に、王都近郊で変異した魔獣が発見された。
全てのものは必要な時間の長短はあれど、進化する。
当然魔獣もその中に含まれる。
今まではムロによって、ある程度の強さになっている魔獣は消されていたのだが、ムロが不在になった事による今回の大幅な戦力不足によって、その先に進化してしまったのだ。
その一体が、王都周辺にて発見された。
ドロニアス国王はその一報を受けて、騎士隊、それも最強である第一隊を動かそうとするも、とても即対応できる位置にいない事に気が付く。
変異した魔獣であれば相当な強さがある事は確実だ。そうなると、第二隊では荷が重いのは誰が見ても明らか。
その結果、普段から仲の悪い二人の貴族を競わせる事にした。
そう、メンタントとバージルだ。
魔道具によって二人の貴族に王都周辺の魔獣掃討の命令を出した。
その一報を受けた二人の貴族、その貴族を囲っている周辺の人物の対応は全く異なる物だった。
今回の遠征で無駄に費用を掛けた挙句、統治術の指示によって領民に対して少なくない費用まで必要になったメンタント公爵。
一方は、ムロとレトロが戻って生活している名も無き村で、相変わらず騎士と共に宴会を開いているバージル伯爵。
メンタント公爵側は、統治術を持つシアノに相談していた。と言うよりも、王都で処理できない案件を、メンタント公爵単体で対応できるわけがないからだ。
「シアノ、ドロニアス国王からの依頼だが、今の我らの騎士であれば対応できるのではないか?」
「そうですね、数日前の慰労によって士気が上がっていますので、問題ありません。国王による褒賞も期待できますので、ここは出陣一択です」
当然統治術の指示ではなく、シアノ個人の意見だ。
しかし、メンタントとしては統治術による指示であると信じて疑っていないので、動ける騎士を王都に派遣するように指示を出す。
本来の統治術による指示は、罰を与えてしまった騎士・冒険者に対して恩赦を与え、他の領民以上に慰労した上で半数を派遣しろ……と言う物だった。
今回無駄に罰を与えられている騎士と冒険者は、当然上位の者達、武力的にも知力的にも上の者に罰が与えられていたのだ。
その者達の力を得るようにとの指示であったのだが、自ら指示した罰を真っ向から否定する形になるので、プライドの高いシアノは一切統治術の指示に従わなかった。
せめてここで統治術の指示取りに動けば、違った未来があるのだが……
バージル伯爵側は、名も無き村で宴会をしている最中に国王から魔道具で直接その一報を受けていた。
「あのタヌキ、自分のケツも拭けねーようになっちゃおしまいだな。で、この件、お前達はどう思う?」
国王との直接の会話を隠すような事もせずに行っていたバージル。その為、バージルの周囲にいた騎士四人、そしてムロとレトロ、ついでにリージュも国王の依頼を聞いていた。
突然話を振られたムロとレトロ。
「私にはよくわかりませんが、王都が危機的状況にあれば助ける必要があるのではないでしょうか?」
「なるほど、お前は底抜けのお人良しだな。冤罪を掛けられて投獄されても尚助けたい……と。レトロはどうだ?」
「ええと、お父様の意見に個人的には賛成なのですが……スキルを使っても宜しいでしょうか?」
「お前も大概……フハハハ、親娘は似ると言うが、そっくりだな。良いぞ、是非スキルを使ってくれ」
領主であるバージル伯爵に突然親娘と言われて、嬉しさを隠しきれないムロとレトロ。
そんな中、レトロはムロから魔力を借り受けて、スケジューラーを起動した。




