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宴会

 メンタント公爵が顔を真っ赤にして撤退する様子は、バージル領の領主の城に到着しているムロ、レトロ、リージュ、そして一人の騎士にも連絡が入っていた。


 レトロも日課のスケジューラーを起動して、メンタント公爵の名も無き村への襲来が過去の項目に移動している事を確認して安心していた。


「お父様、向こうは上手く行ったようです。新しい未来の項目は何もありませんが、恐らくいつ戻っても大丈夫ではないでしょうか?」

「そうだな。だがせっかくここまで来たのだ。少し城下町を楽しんでから帰ろうか?」

「はい!!嬉しいです、お父様!!!」

「ピュ~」


 久しぶりに親娘二人と一匹で過ごしているムロ、レトロ、そしてリージュ。

 ここまで案内してくれていた騎士は気を利かせたのか、部屋に案内するとすぐに退出して行った。


 一応ムロとしての存在は秘匿事項になっているので、この部屋に入るまでは顔を見られないように深くフードを被っており、怪しさ満点だったが、同行してくれている騎士がかなりの地位にいるのか、誰も警戒する素振りすら見せずに部屋に辿り着く事が出来たのだ。


 そのおかげでストレスなく過ごす事が出来ているので、数日はこの城で寛がせてもらい、城下町での買い物もお忍びで経験させてもらおうと計画しているムロとレトロ、そしてリージュだ。


 楽しそうに今後の数日の話をしつつ、部屋で食事と飲み物を楽しんでいた。


「ウフフ、明日から楽しみですね。でも今日は、村での作戦が上手く行って良かったです。さっ、お父様、リージュちゃん、村での作戦成功に……乾杯!!」

「乾杯!!」

「ピュ~」


 バージル領でこんな幸せな時間が流れていると同時刻、名も無き村でも大宴会が行われていた。


 そう、いつもの宴会ではなく、()宴会だ。


 その中心にいるのは、いつも以上に機嫌が良いバージル伯爵。


 何と言ってもメンタント公爵が、負け犬宜しく顔を真っ赤にして撤退した姿を見てご満悦だったのだ。


「おい、見たかお前ら!あのメンタントのジジィ。それに、見た目から陰湿なシアノとか言うガキ、とどめはコレスタのゴミだ。わざわざ手間暇かけて家探しをしに来た挙句、何の成果も出せずに尻尾巻いて帰っていきやがった。ブハハ、いや~、今日は良い一日だ!!お前らも飲んでるか?」

「流石はバージル様。陰湿さにかけては天下一品!」

「これで書類仕事ができれば、言う事なし!!」

「悪口大魔王のバージル様に対抗するとは、身の程知らずと言える。あのクズ共には天誅を!!」


 今日何度目になるか分からない同じ話で盛り上がると、再び乾杯が行われる。

 騎士を含め村人も嫌な顔をせずに、むしろ乾杯の回を重ねる毎に大宴会は盛り上がりを見せていた。


 一部の騎士に至っては、相変わらず不敬罪に問われるレベルの暴言を吐いているのだが、既に慣れてしまった村人は眉一つ動かす事は無くなっている。


 バージル伯爵の人柄、そして騎士との絆を理解しているからだ。


 更に付け加えると、村人達は心の底からメンタントやシアノが許せなかったのだが、手を出すわけにはいかずに我慢していた。


 そんな状況で、素晴らしい口撃でメンタントを煽り続けて見せた領主であるバージル。


 バージルは貴族の身分であるにもかかわらず、今までどこに行っても迫害されてきた獣人である彼らを尊重していた。


 その結果、村人の尊敬の対象になるのは必然と言える。


 そんな状況も相まって、いつも以上に速いピッチで酒を消費するバージル、騎士、そして村人達。

 早々に倒れ伏す者が続出したが、そんなものはお構いなく大宴会は継続される。


 既に名も無き村の防壁はかなり強固になっている事、周辺には脅威となる魔獣が目撃されていない事から、全員が安心して楽しめている。


 そして今回の騒動の最後の当事者であるメンタント一行。


 未だ帰還の途中で野営をしていたのだが、まるで敗戦の軍の様な状態だった。

 士気は下がり、疲労感だけが蓄積され、更には成果も無いので、無駄に費用だけがかかってしまった結果となったのだ。


「何故あの場にムロトがいなかったのだ、いや、いた痕跡すらなかったのだ」

「私はあの村に行った時、確かにムロトを見たのですが……」

「私の統治術でも、あの村にムロトがいると出ておりました」


 不毛な会話は続く。


「だが、奇襲的に訪問して何の痕跡すらなかったのだ。未来でも見えない限り、この短い期間に姿を隠す対策などはできないだろう」

「ひょっとしたら、既にどこかに旅に出る予定だったのではないでしょうか?」

「それですと、統治術による王都への報告(・・)と矛盾が生じます。王都に報告した後は、恐らく捕縛の為に騎士隊があの村に派遣されていたでしょうから、これほど早くあの村から姿を消している訳はないのです」


 自分達の行動が統治術の指示と全く異なる事は理解せずに、失敗した原因を探そうとする三人。

 当然まともな結論には至らずに、ただ時間は経過して行く。


「クソ、今更何かを言っても始まらない。だが、こちらには統治術がある。もっとメンタント領を発展させ、何れはバージル領を吸収してやる」

「その意気ですわ、お父様」

「私も微力ながらお手伝いさせて頂きます」


 何故か何の力もなく、むしろお荷物のコレスタも話に加わっている。


「よし、じゃあ今日の話はこれで終わりだ。景気づけに一杯やるか」

「良いですね」

「ご相伴にあずかります」


 こうして、今回の騒動の関係者である三組がそれぞれの場所で、それぞれの思いで宴会をしていた。


 その中で唯一の負け組であるメンタント公爵一行。


 疲れ果てた騎士達が警戒をしている中、無駄な行軍を指示したメンタント公爵を始めとした三人が呑気に酒を飲んでいるのだから、不満が溜まるのは仕方がない。


 既に騎士達は、メンタント公爵領の経済が下降し始めている事を肌で理解している。

 町の警戒に当たっている時に、市井の者達の生活を直接目にするからだ。


 今の所は自分達の給金に影響は出ていないのだが、魔獣の襲来頻度や魔獣のレベルが上昇している事から、負担が大幅に上がってきているのは事実だ。

 つまり、給金は変わらず、仕事は増えている。


 そこに対して何の対策もせず、挙句は勝手な行軍を命令して成果もなし。そして自分達は勝手に酒を飲んで盛り上がる。


 士気が下がるどころか、忠誠心にすら影響を及ぼす事態になっていたのだ。

 だが、既に酒が入っている三人は気が付かない。


 今回は偶然何か予想できないトラブルがあっただけで、統治術があれば全て上手く行く事は間違いないと信じて疑っていなかった。


 メンタント公爵が少しでもバージル伯爵の言葉を真剣に聞いて対策を取っていれば、少しは未来が変わっていただろう。


……本人がスキルで得た情報を嘘偽りなく伝えていると盲目的に信じた……と言うこの言葉を真剣に聞いてさえいれば。


 しかし現実は違う。


 メンタント公爵は相変わらず盲目的にシアノを信頼し、シアノはスキルの指示に自らの希望的観測や欲望を付け加えて話し続けるのであった。

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