名も無き村
村に入ったメンタントと付き従っている騎士二人。
残念ながら、門の外でのやり取りは全ての村人が聞いているので、彼らに対する村人の視線はかなり厳しくなっている。
しかし、防壁の内側に待機していたバージル伯爵に仕える騎士二人が、何とか事情を説明して、絶対に手は出さないように言い聞かせていたのだ。
とは言え、その騎士二人もシアノの存在を認識したので、自分の心の制御を行う事に全力を使っていた。
そんな姿を見た村人は、恩あるバージル伯爵とその騎士達が何とか手を出さないように我慢しているのを見て、自分達も鉾を収めていたのだ。
「む、これは……なるほど、獣人の村でしたか。この程度の村に視察に訪れるなど、お時間がおありの様で羨ましいですな、バージル伯爵」
「いやいや、メンタント公爵には敵いません。居もしないムロト元隊長の噂を信じて、わざわざ大軍引き連れてここまで来られる余裕があるのですからな。いや、本当に羨ましい。私にはそんな余裕はありませんからな」
継続している貴族の口での殴り合い、口撃。
これでいて表情は取り作ったような笑顔なのだから、周囲から見ると恐ろしい。
「今申し上げた通り、メンタント公爵と違って私にはあまり時間的余裕がないのですよ。この村は発展途中の為そこまで大きくない。早めに調査を終えて頂けませんかね?」
ついに、話し方も投げやりになってきたバージル伯爵。
ここで機嫌を損ねると調査すらできずに追い出される可能性があるので、グッと堪えて了解の意を示すメンタント。
「承知しました。この程度の村ですので、直ぐに調査終えますよ。お前ら、直ぐに始めろ!」
付き従っている騎士二人に指示を出したメンタントも、自ら調査を始めた。
できたばかりの家の中、納屋、物置、全てを調査するのだ。
もちろんメンタント自身も必死になって探しているが、当然ムロトの姿が見つかるわけもなく、痕跡すらない。
メンタントとメンタント側の騎士二人には、それぞれ領主であるバージルと騎士が付き従っている。
村の中を破壊しないか監視しているのだ。
時折、ドアの扱い等について注意を促すのだが、後で難癖を付けられないように、探す場所については制限を掛ける事はしなかった。
やがて探す場所がなくなり、メンタントと騎士は自然と村の入り口に集まっていたのだが、そんな状態でメンタント公爵が呟いたので、傍にいるバージル伯爵が聞き逃すわけもない。
「そんなバカな。コレスタの発言だけならば信じられないが、統治術にも出ていたのだぞ。居ないはずがない。それに、レトロの姿も無いなど有り得ない!」
「成程、あのシアノと言う女のスキルを信じたわけですな。本人がスキルで得た情報を嘘偽りなく伝えていると盲目的に信じた挙句、他人の領地に土足で踏み込み迷惑をかける。全く困ったものです」
「グッ……ギッ……」
目的の人物は見つからず、バージル伯爵の口撃は苛烈さを増すばかり。
結果的には、バージル伯爵の言っている通りではあるので、反論する事も出来ずに、つい表情にも変化が出てしまった。
「もう十分探されたでしょう。重ねて申し上げますが、私も暇ではないのですよ。そろそろ諦めては如何ですか?」
悔しがるメンタント公爵の表情をみて、余裕の表情になっているバージル伯爵。
貴族がここまで表情に変化を出す事は無いので、余程悔しがっているのが理解でき、内心ほくそ笑んでいるのだ。
「いや、まだだ。村人に話を聞かせて貰おうか!それと、この周囲の調査も要求する」
自分達の到着を察知されていたとは全く思いつかないメンタント。
そのため、ムロトが偶然何かの所用でこの周囲に外出していると思っているのだ。
その場合、外にあれだけの人数が待機しているのだから、おいそれと村には戻って来る事は出来ずに、様子を伺っていると判断した。
更には獣人である村人であれば、多少賄賂でもちらつかせれば情報を得られるとも考えていた。
「は~、往生際が悪いですな。まぁ、良いでしょう。ですが、時間は区切ります。本当にいつまでも茶番に付き合うわけにはいきませんからな」
必ずムロトを見つけ出し、犯罪者隠蔽の罪で自らが裁いてやると決意したメンタント。
鬼気迫る勢いで再び指示を出す。
「お前は外で待っている連中に、周囲の調査を行うように指示して来い。どんな痕跡も見逃すな。お前は俺と共に来い」
既にムロとレトロが名も無き村を出立してから三日が経っている。
その為、何の痕跡も残っている訳はないのだが、メンタントは必死だ。
メンタントは、いつの間にか当初の目的であるムロトの捕縛ではなく、ムロトの情報収集に意識が向いている。
メンタント公爵は何かを思いついたのか、外にいる者達に指示を出した騎士を追いかけて一旦村から外に出て、待機しているシアノに告げる。
「シアノ、もう一度スキルで確認しろ」
余裕がなくなっているので、既に家族に対しても当たりが強くなっている。
「お父様、既に何度か試しておりますが、統治術には何の変化もありません」
そう、確かに暫くは何の変化もない。嘘はついていないのだ。
但し内容は、ムロトについての指示が一切なくなっているのだが……
若干気落ちして、再び村に入るメンタント公爵。
「そこのお前、そう、お前だ。ちょっと来い!早くしろ!!」
感情のままに、獣人である村人を呼びつけるメンタント。
「困りますな。我が領地の領民、もう少し丁寧に対応して頂けませんかね?そのような態度であれば、話はここで終わりにさせて頂きましょう」
当然バージルから指摘が来る。
拳を握りしめ、取り繕う事も無くバージルを睨みつけるメンタントだが、バージルにとってはその表情、態度は、正に勝利の証であるので、余裕の表情で受け流している。
「こ……これは、私としたことが……失礼した」
何とか堪えて獣人と話をするが、賄賂の話をしなくてはならないので、バージル達が邪魔なメンタントは、交渉する。
「少し二人で話をさせて頂けませんか?あなた方がいると、真実を話せない可能性がありますからな」
「そうですか。ですが領民の安全のため、私の視界から外れる事は認められません。それでもよろしければ許可しましょう」
こうして、声が聞こえないほどの距離を取りつつ、更に安全のために獣人と小声で話し始めるメンタント。
「お前は真実を話す義務がある。ここで真実を話せば、お前やお前の家族、そしてお前の希望する仲間についても豊かで幸せな生活が出来る事を、公爵であるこの私が保障しよう。当然王都での生活も希望すればかなえられるし、ムロト発見に繋がる情報まで知っているのであれば、多額の褒賞も約束しよう。どうだ?ムロトの事、赤髪の男の事、何か知っているか?それと、金髪の人族の女の情報もあれば教えろ」
「知らね~な」
メンタントの問いかけに対して、獣人の返事は最高に素気ないものだった。
視線すらメンタントに向けていない。
メンタントにとっては今まで生きてきた中で、公爵である自分にこれほど不敬な返事をしてくる者はいなかったので、初めての経験だ。
ついに怒りが爆発したメンタントは、暴言を吐いて名も無き村から撤退した。
「いつか必ず犯罪者隠蔽の罪を暴いてやる。覚悟しておけ!!」




