メンタント一行
「ようやく見えてきたな。本当に久しぶりに来たが、ここまで何もない場所を貰って喜ぶとは、バージルも随分と耄碌したな」
「私は初めて来ましたが、本当に何もないですね」
「周囲に魔獣もいないのは、少し前に私が来た時と変わりません」
こう呟いているのは、ようやく目的地の村を視界に入れたメンタント一行のメンタント公爵、娘のシアノ、元副隊長のコレスタだ。
対して村にいるバージル伯爵と村人、そして騎士達は、既にこの日にメンタント一行が来る事を知っているので、準備万端で待ち構えていた。
珍しく、前日は宴会が行われなかったほどの真剣さだ。
「中々の防壁がある村だな。だが、その周囲の杭はなんだ?」
「私が少し前に来た時には気が付きませんでしたが……恐らく最近作られたものではないでしょうか?」
この村にムロを捕縛しに来たメンタント公爵一行だが、実際の統治術の指示は、王都にムロの存在を連絡する事だ。
そこから欲をかき、独自の判断で捕縛に行動を移したために、スキルの指示からは大きく逸脱している。
その結果、既にムロはこの村におらず、統治術の範囲から外れてしまったのだ。
貴族・王族の中ではかなり重宝される統治術。
このスキルを持っている者がほとんどおらず、スキルを十分に活用できる魔力まで併せ持つ者になると、近年では、このシアノ一人だ。
そうは言っても、スキルの指示を無視していては望む結果を得る事は出来ない。
実際にメンタント領では、徐々に衰退の気配が感じられるようになってきていた。
何となくその気配を感じ始めていたメンタントとシアノは、今回の統治術が導き出したムロについて、連絡ではなく捕縛する事で、より利益を出そうとしたのだ。
「そこで止まれ!」
村の門に向かうために、杭が打ち込まれて、その間を紐の様な物で繋がれている範囲内に入ろうとした所、村から騎士の一人が大声でメンタント公爵一行に停止するように命じた。
ムロ捕縛作業以外で騒ぎを起こす必要はないので、一先ず指示に従うメンタント一行。
「私はメンタント公爵だ。この村に犯罪人のムロト元第一隊隊長が隠れ住んでいると言う情報を得た為、捕縛しに来たのだ。他の者達に危害は加えない。早速作業を始めさせてもらうぞ?」
「何を言っている!ここにムロトと言う名前の者は存在しない。そもそもこの領地、急ごしらえではあるが、その柵を超えたこちら側はバージル伯爵領である。どのような理由があったとしても、領主の許可なく立ち入る事は認められていない!即刻立ち去って頂こう。但し、今貴殿達がいるその場所はメンタント公爵領であるので、こちら側に来なければ行動は自由。我らの関知するところではない」
まさか村どころか、村の手前で足止めを食らうと思っていなかったメンタント。
更には一介の騎士からかなり強めの表現、そう、命令のように言われた為に、怒りが湧いてくる。
だが騎士の言っている事は、文句のつけようがない程に正論なのだ。
「クソ、騎士風情が偉そうに。シアノ、スキルで何か指示は出ているか?」
既にスキルの指示からは大きく逸脱した行動を取っているので、シアノのスキルからは何の指示も出ていない。
「いいえ、今の所は作戦に変更はありません」
シアノの一言で、捕縛を強行するべきと判断したメンタントだが、そこに思わぬ強敵が現れた。
「これはこれは、メンタント公爵ではありませんか。何故このような場所まで来られたのでしょうか?」
そう、バージル伯爵だ。
爵位、つまり立場はメンタント公爵が圧倒的に上ではあるのだが、普段から情報を常に収集し領地経営に上手く活用している事、仕える騎士達の練度が非常に高い事、更には領地が発展している為に、経済的、武力的に圧倒的な戦力を誇っている事で有名だ。
つまり、爵位以上の力と発言力がある。
そのため、上位貴族と王族はバージルを煙たがり、逆にバージルは王都や貴族に不信感を持つと言う結果に繋がっている。
「これは驚きましたな。普段お忙しいと聞いていますが、こんな場所にいらっしゃるとは。余程辺鄙な領地を取り入れた事が嬉しかったのですかな?」
当然メンタントも攻撃、いや、口撃する。
「いやいや、私には優秀な部下が数多くおりますので余裕があるのですよ。それに、これほど素晴らしい村があるので、領主として視察するのは当然の義務でしょう?」
だが、あえなく反撃にあって轟沈する。
「クッ、ですが、この村においてムロト元隊長の姿が目撃されているのです。流石にあなたもご存じでしょう?あの大罪人は王都から逃走した。今後どんな犯罪が行われるか分からないので、国王直々に捕縛作戦を行っている事を」
「ええ、知っております。そして未だに影すら掴めていない事を……」
「その通りではあります。ですが、影すら掴めていない男がこの村で目撃されているのです。確かに今の領主はあなただが、以前の領主としての責任がありますのでな、村を改めさせていただきたい!」
「この村ができた事すら把握していなかったようですが、それで領主の責任とは相変わらず面白い事を仰る。ですが、まあ良いでしょう。その目撃情報すら怪しいですが、その目で見なければ納得しなさそうですからな。今回だけ特別に入領を許可しましょう。ですが、全員と言う訳にはいきません」
既に貴族のドロドロした闘いになっているので、メンタントの表情は能面状態になっているが、内心は激怒していた。
もちろん爵位が下の男に散々煽られているからだ。
「わかりました。ご配慮感謝いたします。では、私と娘のシアノ。そして騎士二人で宜しいか?この程度の村であれば、この人数で調査は可能ですから」
当然反撃するメンタントだが、その言葉に更に反撃する事なく、バージルと後ろに控える騎士の視線はシアノに移った。
彼らはレトロの話を詳しく聞いているので、シアノと言う女がレトロの母親の死の原因である事を知っているのだが、シアノ本人を見た事が無かった。
だが、今彼らの目の前で、シアノと言う名前のメンタント公爵領の女を紹介されたのだから、シアノ本人を凝視してしまうのは仕方がない。
彼らにとってみれば、正に清く正しく美しくの模範の様なレトロ、そして食べたことも無いような食事を提供してくれるレトロ。
完全に胃袋を鷲掴みにされていたのだ。
そのレトロの怨敵が目の前にいる。
何とか必死で攻撃するのをこらえているが、視線だけで殺さんばかりに睨みつけている。
普段、いかなる時でも心を冷静に保つように訓練している自分達でこうなってしまうのだから、村民は間違いなく襲い掛かるだろうと判断したバージル。
いっその事全員ここで亡き者にしてやりたいが、事が公になる可能性が高いので、その後は戦闘が避けられない。
バージル側も国や貴族と対抗する準備を整えていないので、敗戦する可能性が高いと判断し、唯一の打開策を提示する事にした。
「あなたと騎士の入領は認めましょう。だが、その女はダメだ」
普通は最低でも敬称を付けるなり、紹介された名前で呼ぶのだが、そこまでする気にはなれなかったバージルは、こう言い放ったのだ。
この発言に怒り心頭のメンタントだが、先ずはムロトの発見が重要だと自分に言い聞かせ、三人で名も無き村に入る事にした。
ここでムロトを発見すれば、犯罪者を匿った罪で、不敬な態度をとったバージルすら公に捌く事が出来るからだ。




