ムロの情報とコレスタの情報
名も無き村での宴会は、翌日にムロが回復を行う事によって頭痛が解消される事を知ったバージル伯爵によって、連日の様に繰り返される事になった。
「ブハハ、翌日の事を一切考えずに飲める。なんて素晴らしい村だ。飯も美味いし言う事ないぞ。お前らが自慢するのも良く分かる」
「でしょう?我らの慧眼、もっと褒めて下さっても良いですよ」
同行してきている騎士達も、止めるどころか我先にと宴会を楽しんでいる始末だ。
「むぅ、こんな事になると分かっていれば、もっと酒を持ってくるのだった。このままだと、あと一週間ほどしか酒が持たないではないか!」
まだこの後一週間も飲み続けるつもりらしいバージル伯爵。
ムロは、時折話題に出て来る書類仕事は大丈夫なのか心配になったが、口には出せずにいた。
騎士達の慣れた対応を見ると、こんな光景は日常茶飯事なのだろうと判断したからだ。
レトロも毎日大忙しで、料理に、洗濯に、掃除にと動き回っていたので、ここ暫くは日課のスケジューラーを起動する事が出来ていなかった。
そんな中、二日酔いは癒しても、体力までは回復できていなかったバージル伯爵一行は、ここに来てようやく深く眠っていたので、久しぶりにスケジューラーを起動する事にしたレトロ。
いつもの通り、ムロから大量の魔力を貸与され、特殊スキルを起動して近未来の項目を確認する。
その後、レトロは焦ったようにムロにその事実を告げた。
「お父様、大変です。あの時の、えっと、コレスタと言う男がメンタント公爵にお父様の正体を伝えたようです。あの男、どうやってお父様の正体を知ったかは分かりませんが、十日後に、お父様を捕らえにメンタント公爵がこの村に来ます!」
ムロとしては、変装もしていない状態でその姿をかつての部下にさらしたので、こうなる事は予想できていた。
最悪の場合は、自分だけ暫くどこかに身を隠せばよいかと考えていたのだ。
だが、ここに来るのがメンタント公爵であるならば話は違ってくる。
ここにはレトロもいる。
メンタント公爵としては、レトロを亡き者にしようとした過去があるので、彼女の生存が知られるのは大きな問題がある。
つまり、姿を隠す場合にはレトロと共に行動する必要が出て来るのだ。
そうなると、見つかりにくい場所に連れて行く事は出来ない。
見つからないとは、かなり行く事が難しい場所であると同義だからだ。
「そうか。だがメンタント公爵か。俺の事はどうとでもなるが……レトロはどうしたい?」
「お父様と一緒に居たいです!」
ムロは、メンタント公爵に対する対応を聞いたつもりだったのだが、予想と違う言葉、しかし、ムロにとってはこの上なく幸せになれる言葉が瞬時に返ってきたので、思わず微笑んでしまった。
「ありがとう。もちろん俺も同じ気持ちだ。だが、俺が聞いておきたいのは、メンタント公爵に対する行動をどうしたいか……だよ」
レトロは、大きくずれた返事をしてしまった事に顔を赤くするが、何かを考える様子を見せていた。
「スケジューラーにはメンタント公爵と共に、統治術を持つシアノも来るとありました。私のお母様の命を奪ったあの二人は許す事が出来ません。領地で待っているシアノの母、メリンダも同罪です」
悲しげな表情で告げるレトロ。
ムロは、そっとレトロを抱き寄せる。
その腕の中で、レトロは続ける。
「私、あの二人を目の前にしたら何をしてしまうか分からないのです。ですが、お母様もそんな事は望んでいないと思います。彼らに私の情報が伝わっていなければ良いのですが、おそらく統治術を持つシアノによって看破される、いえ既にされているでしょう。でも、前のようにやられっぱなしでいるわけにもいきませんが……」
その後の言葉は続かなかった。
何をどうして良いか分からなかったからだ。
実際にコレスタからの情報を得たシアノが統治術を発動した結果、レトロの存在を把握していた。
シアノの持つ統治術、スキル所持者であるシアノの性格が反映されたのか、残念な事に裏工作の様な事を勧めて来る事が多くなっていた。
今回は、少し前にバージル伯爵に領地を分け与えた場所ではあったので、自らの領地に関係がなく、スキルの範囲に入らないはずだった。
だが、その場に作られた村に住んでいる者、犯罪者として認識されているムロト元隊長がいる事から、その情報を王都に上げる事によりかなりメンタント領に対して益になる事から、スキルの範囲に入り込んだのだ。
「使えない元第二隊副隊長だとは思っていたが、まさかこれほど有益な情報を持ってくるとは思わなかったな、シアノ」
「そうですわね、お父様。私も驚いています。まさかあのレトロが生きているなんて。虫のようにしぶといですわね」
こんな会話がされていたが、村を急襲する事は既に決まっていた。
誰よりも早くムロトを捕らえて、国王に突き出す事がメンタント領の益になると考えていたからだ。
実際の統治術の指示は、ムロトの情報を王都に上げる事。
しかし、この二人はムロトを捕らえる事によって更なる益を得られると思い、行動に移す事にしたのだ。
捕縛に対しても何の問題ないと思っている。
何せ、部下の手柄を横取りして隊長にまで上り詰めた姑息な男という認識だったからだ。
王都から誰にも気が付かれずに脱走できるほどの力がある事は、全く理解の範疇から外れていた。
二人が部屋から出ると、その目の前には元第二隊副隊長のコレスタが待っていた。
「お前も同行するのだぞ。わかっているな?コレスタ」
「仰せの通りに」
コレスタとしても、ここでメンタント公爵の力になれれば再び隊長の立場、それが無理であっても、入り婿と言う立場が見えてくると思っているのだ。
メンタント公爵としては、少しでも戦力を上げておきたい事、道中の危険があった場合には、コレスタを囮にすれば懐は一切痛まないと言う思惑があった。
両者ともに碌でもない考えで行動を共にするのだが、当然互いの薄汚い考えは悟られないようにしている。
こうしてメンタント公爵一行が出立の準備を整え始めている頃、名も無き村では再び宴会が開始されようとしていた。
「ガハハハ、そうか、メンタントのジジィが来るか。それもあのふざけた元副隊長を引き連れて。俺の領地もあの副隊長やメンタントのジジィのせいで魔獣の群れに襲われたからな。だが、レトロ、お前も苦労したのだな。お前や、お前の母には辛い思いをさせてしまった。しかし、今はお前には心から信頼できる父がいる、リージュがいる、村の人々がいる、そして俺達もいる。何の心配もないぞ」
既にレトロのスキルや、今回見た近未来の事をバージル伯爵に伝えたのだが、なんだか軽い感じの返事が返ってきて毒気を抜かれたムロとレトロ。
「そうは言っても、何の対策も打たないわけにはいかないな。向こうは……統治術か?レアではあるが中身は良く知られているスキルだな。今はメンタント領に関連する事、その維持・発展につながる事だけが見えているのだろう。そうなると……スケジューラー対統治術。面白いじゃないか。その手で母の無念を晴らせるぞ。俺達は助力を惜しまん。よし、景気づけに乾杯だ!」
どこをどうしても宴会に行きついてしまうのだ。
とりあえずまだ10日もあるので、今日の所は気持ち良く宴会を開催する事にした名も無き村の一同だった。




