レトロのスキル
形だけの妹シアノ。
生活のレベルも違えば、使用人達からの扱いも違う。
そんなシアノのお誕生日の日、豪華なパーティーが開催された中に私はいます。
私はこのようなパーティーを開いて頂いた事はないので、少しだけ寂し気持ちを感じながら……もちろん言われた通り使用人として。
「あらお姉さま、いつも私が伝えているではありませんか?そのような服では公爵令嬢としての品位が疑われますわ。そのお母様も同じですわね。でも今日は私の誕生日。おめでたい日ですから今日の所は見逃して差し上げます」
嫌みもいつも通りの妹をよそに、私はお料理を必死で並べる。
そもそも、使用人として参加するように言ったのはあなたのはずですが?
そんな事を思いながらもお仕事をしていると、今日は挨拶をしなくてはならない人が多いのか、シアノは直ぐに私の前からいなくなりました。
少し驚いてシアノの姿を視線で追うと、私の目には……少々遠くで、とある男性に駆け寄っている姿が見えました。
私の隣で使用人として働いているお母様がそっと伝えて下さったの。
「レトロ、あのお方があなたのお父様、メンタント公爵よ」
それを聞いても、私には何の感慨もわかなかったわ。
そんな事より、私はお母様が健康な体を取り戻して、一緒に働ける事が嬉しかったの。
その感情をきっとお母様も察したのでしょう。それ以降は特に何かを言われる事は無かったの。
そして時は過ぎ、いよいよスキルの鑑定が行われる時が来ました。
もちろんシアノが鑑定術を持っている人の前に進み出て、最初に鑑定を受けたのです。
当然ね。私なんて本当におまけで鑑定を受ける事になっているのだから。
すると、シアノの鑑定を行った鑑定士がホール中に響き渡る声でこう言ったのよ。
「メンタント様、シアノ様は素晴らしいスキルをお持ちです。統治術!正に公爵領を発展させるにふさわしいスキルでございます」
一気にどよめく会場。
そのどよめきを聞くと、どうやら統治術というのはかなりレアなスキルらしく、貴族の間では羨望の的になる程のスキルのようで、遠目に見えるお父様とシアノは抱き合って喜んでいるのが見えるわ。
そして、その騒ぎの中で私達の部屋に来た執事に私が呼ばれて、はしゃいでいるお父様とシアノ、そしてシアノのお母様のいる近くまで連れて行かれて、執事の方はこう話しかけたわ。
「メンタント様、シアノ様、奥様、この度はおめでとうございます。今日はもう一人鑑定を行う事になっておりますので、よろしくお願いいたします」
「ん?あぁ、そうだったな。適当にやっておけ」
私を一瞥すらせずに言い放った。
わかってはいたけれど……血の繋がりだけで愛情を貰えるなんて幻想ね。
「承知いたしました。ではこちらへ」
そんな中でも執事の方は流石で、眉一つ動かさずに私を鑑定士の元に案内してくださいました。
誰も私に注目する事なく、鑑定は無事終わりました。
鑑定士の方も、私のスキルをお父様に伝えるかどうか迷っている様子。
なぜなら、お父様たちは今尚シアノのスキルの話で盛り上がっているから……
「あの、申し訳ありません。私のスキルを教えて頂けますでしょうか?ここしばらくは、何やらメモ書きが出来るような魔法?が使えるので、その関連のスキルだとは思うのですが」
どうすれば良いか迷っている鑑定士の方に、私は自分のスキルをこの場で私自身に伝えて頂けるようにお願いしました。
どうせお父様にスキルが伝わっても、喜んで頂けないのは分かっているから。
もし、もしも、私のスキルが特殊スキルであったとしても、私の魔力では何の力も発揮できない事位は理解されているでしょうし、悲しいですけれど、これが現実です。
しばし逡巡する様子を見せられた鑑定士の方ですが、執事の方からも同じような事を言われて、意を決して頂けたようです。
「わかりました。レトロ様、あなたのスキルはスケジューラーです。中身は分かりませんが、特殊スキルである事だけは間違いありません」
……スケジューラー?何かの予定を忘れずにメモできるスキルかしら?そう言えば、メモには何でも書く事が出来るわね。
そう考えると、なんだかすっきりした気持ちになりました。
「ありがとうございました。紙の様な物に何でも書き記す事が出来ますので、今後の予定を書き込めるスキルだと思います。書いたり、書いたものを呼び出して思い出す事位しかできませんが……すっきりしました。」
その間、執事の方はお父様の方に何かを伝えに行っています。
いえ、どう考えても私のスキルの事でしょう。
執事の方の話を聞き終わったお父様は、私を一瞥すると、深く息を吐き出しました。
明らかに侮蔑の表情で……
本当に悲しい気持ちになりますが、既に覚悟はできています。
お母様と一緒であれば、どんな事でも受け入れる覚悟はしてきたのです。
「皆さま、今日は素晴らしいスキルを授かった自慢の娘、シアノの誕生日パーティーに参加いただきましてありがとうございます。今日私はここに宣言します。今の今まで温情でこの屋敷で生活させていたレトロですが、今この時を持って母親諸共縁を切ります。スキル鑑定の時まで衣食住に責任を持ちましたので、今後は一切当家とはかかわりない赤の他人。どうぞよろしくお願いいたします」
お父様、いえ、メンタント公爵の発言は予想通りでした。
いつの間にか横に来ていたお母様も、表情を一切動かしません。
でも、どこか憐れむような、そんな表情。
メンタント公爵は、既に私達には用はないとばかりにシアノ達と共にこの場を離れていきます。
取り残された私とお母様に、執事の方が近づいてきます。
「メンタント様の伝言でございます。明朝までに荷物を纏めてこの屋敷を出て行くようにと仰せです」
「……わかりました。お世話になりました」
お母様が何とか返事をされたので、私はお母様の手を引っ張るようにこの場を後にしました。
どうせあの場に私達がいなくなっても、給仕についてとやかく言われる事は無いでしょう。
シアノ達の目的は私達に給仕をさせる事ではなく、あの場全員に縁を切る宣言を聞かせる事なのですから。
二人で急いで私達の狭い部屋に戻ると、荷物を一つの古ぼけた鞄に詰め込みました。
「ねえお母様。私、実は少しうれしいの。これからは二人で力を合わせて沢山幸せになりましょう?」
お母様は、少しだけ驚いた表情をされたのだけど、いつもの通りの笑顔で微笑んで下さいました。
「フフ、そうね。沢山楽しい事もしましょうね。ありがとうレトロ」
こうして、翌朝早朝、私とお母様は長く生活したこの部屋を出ました。
かなり早朝なので、厨房にすら誰もいない為、他人に見られずに出立できると考えていました。こうして良い思い出のないこのお屋敷を後にしたのです。
これからは大変な事もあるかもしれませんが、お母様と二人、誰の目を気にするでもなく生活ができる喜びに満ち溢れていました。




