コレスタの行方(2)
レトロは目の前に立っている男が、自分の想像通りの男であるかを確認するために質問をする。
今までレトロは父親であるムロとの絆を深める為に、互いの事情を全て包み隠さず話している。
つまり、ムロに対する王都での行い、その行為に加担した人物全ての名前や性格、大体の人相が頭に入っているのだ。
「あの、貴方様はどう言ったお方で、何のためにこの村に来られたのでしょうか?」
「うん?ああ、当然の質問だな。俺の相手をするには、俺自身の事を知る必要があるだろうからな。良い心がけだ」
ムロや他の村民、リージュでさえも攻撃しそうになる雰囲気を出したので、慌ててレトロは会話を続ける。
「あの、えっと、その、何と言えば良いのでしょうか。えっと、とりあえず色々教えて頂けますか?」
レトロの意識は村人とリージュに向かっているので、あまり上手く話す事は出来ずにワタワタしてしまったのだが、コレスタは自分と話すのに緊張していると受け取ったので、そのまま会話は続く。
「俺は、栄えある王都所属の騎士隊、上位隊である第二隊の副隊長であったコレスタだ。少々事情があり、今は騎士隊を辞めて自分を見つめ直す旅をしている所だ」
レトロは、名前どころか所属まで暴露して見せた目の前の男が、明らかにムロの敵である事を理解した。
当然レトロの表情は一気に能面のようになり、目つきは鋭くコレスタを見つめている。
そんな姿を初めて見た村人は、今までのムロ達の話から、目の前の男が敵である事は理解した。
「自分探しの旅?どうせ失態を犯して追放でもされたのではないですか?プライドが邪魔して本当の事は言えませんか?少し調べれば、その程度の嘘は直ぐにバレるとは気が付きませんか?その程度だからそんな状態の貴方を誰も助けてくれないのですよ」
見た目ボロボロのコレスタに、厳しい一言、いや複数の言葉の槍を飛ばすレトロ。
内容が直ぐには理解できずに、一拍おいて顔を真っ赤にして怒るコレスタだが、既に村人が全員武器を構えてこちらを睨んでいるので、何も口にする事はできない。
「図星のようですね、今まで分不相応の副隊長の座に居られたのも、隊長の功績を横取りしていたからでしょう。その程度の器しか持たない貴方とこれ以上話す事はありません。目障りですからこの場からすぐに消えてください」
とどめを刺しに来たレトロ。
その姿を驚きながらも優しい目で見つめるムロ。
コレスタは自分の置かれている状況がかなり不利であると理解したので、何も言い返す事が出来ずに、馬に乗りその場を後にする。
だが、今後の行き先だけは決定していた。
そう、シアノのいるメンタント公爵領だ。
その原因は、薄汚れていた赤髪っぽい色の髪の毛をした男、ムロにある。
ムロの腰に巻かれていたベルト、それは騎士隊の隊長のみが身につける事が出来る物だったのだ。
ムロ本人ですらそんな事を意識すらした事が無いので、使い慣れたベルトをしていただけだ。
普通の人であれば、いや、騎士隊の隊員ですら気が付く事はできないが、誰よりも隊長と言う地位を望んでいたコレスタだから気が付く事が出来たのだ。
隊長のみが身に着けられるベルト、そして赤髪、がっしりとした体躯と言う事実と共に、良く考えれば、声もどことなくムロト元隊長に似ていたと気が付いたコレスタ。
ドロニアス国王が血眼になっても探す事が出来なかった犯罪者のムロトを見つける事が出来たのだ。
この情報があれば、メンタント公爵にも受け入れてもらえる可能性が高いと踏んだのだ。
そう結論付けたコレスタは、あの場で揉めてムロトが隠れてしまうより、自分がさっさと撤退した方が有益だと判断した。
急ぎ、メンタント領に向かうコレスタ。
その姿が見えなくなって数時間後に、ようやく待望のバージル伯爵一行がこの名も無き村に到着した。
少し前の殺気だった雰囲気は一変し、大歓迎ムードになった村。
この村の食事の事を聞いていたために、期待に胸を限界まで膨らませているバージル伯爵。
ついでに事務仕事から逃れる事が出来た喜びも加算され、大はしゃぎだ。
当然この村は秘匿事項になっているので、この場に来ている伯爵のお供はあの時の四人の騎士達だけになっている。
「ようこそお越しくださいました。私がこの村の村長を務めさせて頂いておりますサリナと申します」
「おお、サリナ殿か。よろしく頼む。バージルだ。俺は堅苦しいのが嫌いでな。もっとこう、ざっくばらんに、おおらかに、楽しく行こうじゃないか。それでな、着いて早々申し訳ないが、こいつらに振舞ってくれたと言う食事?是非とも俺に食べさせてはもらえないだろうか?」
伯爵という身分の貴族が、獣人に対して普通に仲良く話してくれている姿を見て、今まで迫害されていた村人は喜びに打ち震える。
「こいつら、いつもいつも、ここの食事を自慢しやがって、鬱陶しい事この上無いからな。だが、俺もそこまで言われている料理、是非とも食べたいじゃないか。ダメか?」
「いえいえ、滅相もございません。既に出来上がっておりますので、どうぞこちらへお越しください」
「本当か?おい、聞いたかお前ら。すぐにでも食べられるぞ。だが、お前らは俺が食べた後だ。あれだけ自慢しやがったからな」
「はぁ~?それは無いでしょうバージル様」
「そうですよ、そんな小さな事を気にする性格じゃないでしょう?」
「そこまで言うのでしたら、今後書類仕事手伝いませんよ?」
「確かに!!」
何故か領主であるバージルがタジタジになっている。
「わかった、わかったから。書類は頼む。この通りだ!」
何故か偉そうに胸を張っているバージル伯爵。
何とも騒がしいが、穏やかな楽しい空気が流れて、数時間前の許しがたい出来事は全員の頭から完全に消去されていた。
その後は、バージル伯爵一行がお土産に持ってきた大量の食糧と酒が展開されて、大騒ぎに発展した。
そんな騒ぎが開始される直前、未だ誰も酔っぱらっていない状態で一瞬真剣な表情をしたバージル伯爵から爆弾発言があったのだ。
「そうそう、ムロト隊長、いやムロ、俺は貴殿を爪の先程も疑ってはいない。むしろ尊敬していると言っても過言ではない。当然貴殿の住むこの村も俺の力及ぶ限り庇護させてもらおうと考えている。その手始めとして、この周辺の領地、あのメンタントのジジィから分捕ってやったわ。ガハハハハ」
「いよっ、流石はバージル様!!」
「書類仕事は苦手だけど、嫌がらせは大得意!」
バージル伯爵の発言にかなりの衝撃を受け、ポカンとするムロ、レトロを始めとした村人達。
その後の騎士達も、バージル伯爵を持ち上げているのか、落としているのか分からないのだが、そこから大宴会は始まった。
比較的早い時間から始まった宴会、夜中になると既に死屍累々とした様相を呈していたのだが、前回の教訓から、ある程度飲んだら回復を行っているムロとレトロは無事だった。
その二人とリージュの視界には、最早何を言っているのか分からずに飲み続けているバージル伯爵と騎士達。
村民は全員その場でダウンして雑魚寝状態になっていた。




