第二隊コレスタの行動
コレスタは何かを考える余裕はなかった。
ただ単純に、後方から迫ってくる気配のある魔獣から逃走する事だけを考えて、ここまで来た道のりをひたすら戻っていたのだ。
そう、つまり数日前に宿泊した町、バージル伯爵領にあるメルナの町へ……
他の生き残っている隊員達も、副隊長であるコレスタに続くように必死で走っている。
だが、普段何の鍛錬も行っていない隊員。挙句に武器を投げつけた後に逃走しているものだから、反撃する事も出来ずに後方にいる者から徐々に人数を減らしている。
先頭をひた走るコレスタや、そのすぐ後ろを走っている隊員には、後方から絶え間なく聞こえる同胞の悲鳴が聞こえてくるたびに、走る速度が上がっていく。
限界を超えて走り続けているのだ。
だが、そのような速度で数日かかっていた距離を走り切れるわけがない。
自分の足の動き、息苦しさに意識が向き始めた頃に、ようやくその考えに至ったコレスタ。
必死で打開策を考えるも、直接的な攻撃ができる訳もなく、罠など仕掛けている時間もなければ、知識も道具もない。
だが、コレスタは一つだけ閃いた。
走りながら、必死で後方にいる隊員に告げる。
「お前ら、何とかしてメルナの町に辿り着いて状況を知らせろ。そしてバージル伯爵領の騎士を派遣してもらえ。俺は、お前達が少しでも有利になるように別行動をして魔獣を引き付ける。第二隊の目標は、お前達の誰かがメルナに辿り着けば良い。お前達も、もう少ししたら各自別の道でメルナを目指せ」
息も絶え絶えだが何とか言い終えたコレスタは、脇道に逸れる。
だが、先頭にいるコレスタが脇道に逸れたとしても、少し後方にいる魔獣達は気が付かない。
第二隊隊員は、副隊長の自己犠牲の精神に感動しつつも、必死で指示通りメルナの町を目指す。
更に走り続けて道が分岐した場所で、同じ道を行くのではなく、副隊長の指示通りに隊員は各自で行動する。
こうなると、魔獣としては全てを追うわけにはいかず、迷いが生じる。
今回の魔獣は、あまり知能が高くなかったのだ。
とある一本の道を先頭の魔獣が選択すると、その魔獣に続いて全ての魔獣が後を追い始めたのだ。
一方、早期に魔獣の標的となっている第二隊の塊から離脱した副隊長のコレスタ。
記憶を頼りに崖の方向に向かい、人が一人通れるほどの隙間を発見する。
メンタント領に向かっていた際に見つけた場所だ。
そこには水もあり、入り口の隙間は非常に小さいので、今回の魔獣が入って来る事は無い。
必死で隙間の奥に行き、倒れ込むコレスタ。
「は~、は~…‥‥」
未だ呼吸は落ち着かないが、震える足に力を入れて、湧き水のあった場所に移動する。
あまり広い空間ではない為に即到着し、顔を突っ込むように水を飲み始める。
かなりの時間をかけて水を飲んだ後、座り込んで体力を回復させる。
「ふ~。えらい目に遭った。だが、俺が離脱する時点でもある程度の隊員が残っていたはずだ。暫くここで身を隠し、救援を待つか……」
今はこれ以上動ける気がしないので、横になって休むとすぐに意識が飛んだ。
コレスタが既に小さな空間で寛いでいる時、ある道を選択した第二隊は壊滅状態になっていた。
一気に攻撃を受けるのではなく、徐々に後方の隊員から攻撃を受けるので、恐怖によって完全に理性を失ってしまった。
そのため、街道ではなくあちこちに逃げる第二隊隊員。
魔獣側も、その姿を追い続けるのにかなり時間がかかっていた。
何せ、平気で崖下に飛び降りたりする者がいるので、魔獣としても追いかける事が難しかったのだ。
かなりの時間が経過したが、攻撃対象を全て倒した魔獣は再びメンタント領の方向に戻るのだが、第二隊の隊員が分岐した分かれ道に来た際、鼻の利く魔獣が、他の道に逃げた第二隊の隊員の存在を感知した。
既にかなり落ち着いている魔獣は、難なくその存在に気が付いたのだ。
第二隊の隊員達は街道を逃げているので、道中には商人達も存在する。
不幸な商人は、隊員に馬を奪われてその場に放置されていたりするのだ。
そこに追いかけてきた魔獣と遭遇して不幸な状況になる大惨事が発生した。
だが、この馬のおかげで、ある隊員は無事にメルナの町に辿り着く。
馬に乗って現れた第二隊隊員の姿を見た門番は、無言で門を閉めてやろうかと考えていた。
何せ、傍若無人な振る舞いをしていた奴の顔を忘れる事が出来なかったからだ。
しかし、馬上の男は鬼気迫る勢いで何かを必死に訴えている。
嫌な予感しかしなかったが、町の安全に関わる事である可能性があるので、渋々隊員の話を聞くために近づく門番。
そこで耳にした情報は……このメルナの町に、今までメンタント公爵領を囲っていた魔獣の群れがやってくると言うのだ。
確かにメンタント公爵領が魔獣の群れに襲われていると言う情報は入っていた。
一時期は助勢に向かおうとしていたのだが、王都に助力を頼んだと聞いたので、警戒態勢を取るに留めていた。そして、その討伐に向かう第二隊を激励しようと準備をしていたのだ。
実際に王都から元第一隊、現第二隊がメルナの町に来たので、態度は非常に不満ではあったが、安全は確保されるだろうと言う期待はあった。
しかしその結果は散々だ。
門番にしてみれば、態度だけはでかいくせに敗走した挙句、その魔獣をメルナの町に引き寄せたと思ったのだ。
この情報は即領主であるバージル伯爵に伝えられる。
もちろんバージル伯爵は、メンタント公爵に魔道具による確認を行った。
その結果、確かに第二隊はメンタント公爵領に来たがあっけなく敗走し、その後を全ての魔獣が追っていったと言うのだ。
つまり、門番からの情報は正しい事になる。
本来は、その情報をメンタント公爵がバージル伯爵に即連絡をするべきなのだが、メンタント公爵は自分の領地が救われた事から、他はどうでも良いと考えたのだ。
むしろそのままバージル伯爵領地が魔獣に落とされれば、自分の領地に併合してやろうとすら思っていた。
バージル伯爵は怒り心頭だったが、何を言っても暖簾に腕押しのメンタント公爵に愛想をつかし、即メルナの町の防衛に着手する。
魔獣の情報すら開示しなかったメンタント公爵ではあるが、この場にはその場所から生還した第二隊の隊員が存在する。
そこから得た情報を基に魔獣を特定し、相性の良い攻撃の布陣を整えたのだ。
その結果、圧倒的な戦果を収める事が出来、メルナの町には一切の被害が出る事は無かった。
それどころか、ほぼ全ての魔獣の素材を攻撃陣と町の住民に還元したので、バージル伯爵の評判は今まで以上に上がっていた。
当初メンタント公爵は、バージル伯爵領地の陥落の一報を待ち続けていたのだが、ようやく入ってきた情報は魔獣の完全排除と、素材の入手の一報だったので、自らの作戦が失敗した事を悟った。
この時点で、両貴族間には深い溝ができたのだ。