第二隊副隊長コレスタ
「クソ、何故我らが第二隊などに降格された挙句、メンタントまで行かなくてはならないのだ。どうせ大した事のない魔獣共だろう。王都から地方に移動するのも大変なのを知らんのか。気安く依頼を出しやがって」
「コレスタ様のご指摘、ごもっとも。そもそもメンタント領程度は失っても一切キューガスラ王国に損害は無いと思いますが」
何故か強気の発言のコレスタと、激しく同意している腰巾着。
メンタント領は、地方ならではの特産物である特殊な鉱石の産地である為、キューガスラ王国としても重要な領土であるのだが、知らないのか、知っていてわざと惚けているのか、領土が不要と言う極論まで持ち出している。
「ですが、何故最近は魔獣の話を良く聞くようになったのでしょうか?」
「そんな事は決まっている。我らの待遇改善をするべきところを怠っているせいで、我らが出撃していなかったからだ」
何故か自分達が出撃すれば、魔獣の総量が減っていたはずだと主張するコレスタ。
今までの戦闘時、剣の一振りすらせずに、ムロトのかなり後方で震えていた一行とは思えない発言だ。
実際の所は、確かにムロト率いる部隊が出撃しなくなっていた事。そもそもムロトが不在である事によって討伐数が激減している事が原因の一つ。
更には、ムロトが魔力貸与をした時の爆発的な戦力増強の気配を感じていた魔獣達は、本能に従ったのか身の危険を感じて大人しくしていたのだが、その気配が一切なくなった事により魔獣の動きが活発化したのだ。
逆に言うと、ムロトが孤児院にいた頃の日常に戻ったと言える。
とは言え、今回遠征に行かなければ第十隊に降格と言う、屈辱的な対応がなされるとあっては、出撃するしかなかったコレスタ隊。
結果的に愚痴を激しく零しつつ移動しているのだ。
王都からメンタント公爵領は、かなりの距離がある。
国王からの命令は、今まで依頼のなかった領地からの緊急依頼であった事、鉱石産出の重要拠点であった事から、急いで向かう様に指示を受けていたが、不満に溢れているコレスタ隊は特に急ぐわけでもなく行軍していた。
「なんでこんなに時間がかかるんだ!」
怒りを露わにするコレスタ。
その原因は、野営の準備にある。
訓練もせず、只々ムロトの後ろについて行っていただけで、震えて隠れている以外の経験がないコレスタ隊。
当然、何故貴族の自分がそんな事をしなくてはいけないのか……と言うプライドによって、遅々として野営の準備が進まなかったからだ。
一応副隊長であり、実質隊長であるコレスタの怒りを買うと後が面倒なので渋々準備をするのだが、自ら野営の準備が出来る者がいない為、その準備だけで数時間かかった挙句、正に初めてキャンプをしに来た子供が準備した野営状態になっていた。
食事はパサパサ、寝床もボロボロ、テントは辛うじて内部空間を確保できる……そんな素晴らしい野営で一泊したのだから、当然疲れは溜まる。
ある意味、一般の人達よりも遥かに体力がない第二隊。一泊しただけで疲労困憊の様相を呈していた。
普段横柄な態度を取り続けていた者達の集まりであり、誰よりも不平不満にだけは敏感なため、二日目の道中も不満だらけの行軍になり、更に移動距離は短くなる。
本来は馬車で12日程度の行軍。但し騎士隊であれば10日を切るとされている行程だが、この第二隊には当てはまらない。
既に12日を過ぎているのだが、このままではあと数日かかりそうだ。
但し、今日宿泊しているのはキューガスラ王国のメンタント領地に接している、別の貴族、バージル伯爵が治めているメルナの町。
野営ではないのだ。
今まで溜りに溜まった不満が、この町で爆発する。
いつも以上の横柄さ、横暴さを発揮して、到着から数時間のうちに町中に悪評が行き渡る程だ。
行軍速度とは違い、悪評は比べ物にならない速さで動かす事が出来る第二隊。
ただ、第二隊としてはまともな食事、寝床、更には風呂まで入る事が出来たので、疲れはとる事が出来た。
翌朝は誰もまともに起きる事は無かったが……
昼にようやく活動を始めた第二隊だが、既に町の者達からは汚物を見る目で見られ、嫌悪感丸出しの態度を取られているので、見送りもなければ激励もなかった。
万が一ではあるのだが、この第二隊が任務に失敗した場合、魔獣の群れがこの町に進路を変える可能性がある。
このような事情から、本来であれば町を上げて歓迎・激励をするところではあったのだ。
確かにそこまでの考えに至っていた町長も歓迎の準備をしていたのだが、初対面の挨拶から横柄な態度を取られたため、急遽歓迎の宴は中止になった経緯がある。
「ハン、全く躾がなっていない町だ。国王からの依頼を実行すべく活動している我らに対しての扱いがなっていない」
「まったくですな。本来はもっと大々的に歓迎されて然るべきです。この町については、任務終了後に処罰を進言しては如何でしょうか?」
自分の行いは善であり、自分が気に入らない態度は全て悪と断じているコレスタを含む第二隊ならではの結論に達した。
この隊の隊員は、昔と違って親である貴族からの期待が膨らんでいる事を肌で感じている。
そのため、何としても第一隊に返り咲く必要がある。
最悪は第二隊維持でも問題は無いのだが、第十隊降格だけは受け入れる事は出来ない。
そもそも、その条件となっている出撃拒否は回避したので、降格は無いと全員が思っている。
任務失敗や、それによる被害が甚大であった場合の降格の可能性には思い至っていなかったのだ。
なぜならば、彼らの思いは……自分達は龍すら無傷で退ける精鋭なのだから。
こうして多少の英気を養った第二隊は、少しだけ行軍速度を速めてメンタント領に進む。
この任務終了後には、メンタント領で豪遊できると信じて疑っていないからだ。
最後の距離に関してのみ行軍速度を若干早めたが、到着が早まる事は無かった。
間もなく到着するかどうかの場所で、近くの崖に存在した人が一人通れる程度の隙間を見つけ、何かお宝が無いか探しに行く始末だったからだ。
一方のメンタント領。
当初想定した日程を過ぎても、第二隊の影すら見えない。
一日程度であれば誤差の範疇なのだが、二日、三日経ってもその姿は見えなかった。
流石に冒険者や騎士も疲弊し、防壁内部に貯蓄していた食料の残りも少なくなってきた。
一刻も早く魔獣を片付けて、外部との交易を開始しなくてはならない状況に陥っていたのだ。
当然領主であるメンタント公爵は、魔道具によって王都に現状を訴える。
しかし、その回答は第二隊を既に派遣済みと言うそっけない回答しか返ってこなかったのだ。
彼方此方で魔獣による被害が発生し、その対応の為に地方に騎士隊を派遣している状況なので、上位の隊を既に派遣したメンタント領に構っていられる状況ではなかったのだ。
「お父様、困りました。いくら私の統治術でも、想定と異なる動きをされては、良い結果は出せません」
この期に及んで尚、全ての失敗は他人のせいだと言い張るシアノ。
だが、娘を信じて疑わないメンタント公爵は否定しない。
「シアノの言う通りだ。全くけしからん。騎士も冒険者も不甲斐ないし、第二隊も何をやっているのだ。全員揃って厳罰に処す必要があるな」
「私の統治術でも、そのようにするのが良いと出ております」
今まで通り、嘘を織り交ぜたスキルの結果を伝えたシアノと、その話を聞いて再び罰だけを与える方向に向かう領主。
必死で防戦していた冒険者、助力に向かった騎士達を労う気持ちは爪の先程も持ち合わせていなかった。