レトロのスキル(1)
流石はリージュ。天才なのは間違いない。
既に軽い怪我であれば瞬時に治せるくらいの回復術は習得してしまった。
俺の魔力を強めに貸与して、未だ背中で眠っているレトロに使用する。
もちろん彼女の足の怪我、そして見えない場所の怪我があれば回復するためだ。
俺はと言えば、リージュから受けている身体強化のおかげで、一切の疲労を感じる事は無い。
ひたすら王都から離れる方向に歩を進めている。
リージュは、俺の魔力を元に周囲の警戒を行っており、かなり遠方でも魔獣を発見した場合は魔術で仕留めている。
万が一にも俺達の近くで戦闘になる可能性を排除しているのだ。
レトロにゆっくり寝て貰いたいのだろうな。
やはりリージュもレトロを相当気に入っているようだ。
安心した。これから少なくとも暫くは行動を共にするのだから、仲が悪いと目も当てられない。
やがて夜が近づいてきたので、リージュが仕留めた魔獣の一部を拾って近くの洞窟に入る。
当然リージュが探し出してくれた場所で、中も命の危険があるような魔獣はいないために、安全である事は確認済みだ。
枯葉を魔法で集めて作った布団に、そっとレトロを寝かす。
リージュは、そのレトロの上に移動して寛いでいる。
「リージュ、少しレトロの事頼んだぞ。俺は外で肉を焼いているからな」
「ピュー」
洞窟の中に肉の匂いが充満するのを防ぐため、外に出る俺。
もちろん、リージュによる身体強化をしたままだ。
突然何かに襲われても対応できるようにするためで、もちろんリージュには魔力を貸与したまま。
外で肉を焼くのだが、孤児院時代の経験が生きているのか、中々の焼け具合になったのではないだろうか。
道中にさりげなく調味料になりそうな木の実があったので、リージュに集めておいてもらっており、それを適当に振りかける。
分量は良く分からないが、何となく振りかけて良い匂いがしたので、問題ないと判断する。
実際にしゃれた料理などした事もなければ、食べた事も無いので仕方がない。
一時期、第一隊の騎士隊長と言う立場だったが、部下の手柄を横領していると思われていたので、そう言った会に呼ばれた事は無かった。
ま、呼ばれても断っていただろうから問題ないけどね。
でも、一度は豪勢な料理を食べたかったという気持ちは捨てきれない。
だが今はこの肉料理が最高の料理だ。
リージュの力で傷が癒えているレトロは、精神的な疲労だけ何とかなれば問題ないはずだ。
そう思いながら、俺は中々に良い匂いのする肉を全て持ち、洞窟の奥に引き返す。
すると、既にリージュの楽しそうな声と共にレトロの声も聞こえてきた。
彼女の声には張りがあり、精神的にも回復してきたと判断した俺は、急ぎリージュとレトロの元に戻る。
「起きたか。体調はどうだ?」
「ありがとうございます。おかげさまですっかり良くなりました。あの……私、重くなかったですか?」
リージュを撫でながら、おずおずと聞いてくる。
いくら俺でも、こんな時にはどのように答えるかは知っている。
「ああ、身体強化をしていたから全く重さなんて感じなかったぞ」
「そ、そうですか」
あれ?何か間違えたか?
若干リージュの視線も痛いし……なんだか、何やっているんだ!みたいな感情が伝わってくる。
申し訳ないが、今の俺にはこれが限界だ。
少し話題を変える事にしよう。
「と、ところで、今後の事だけど……俺とリージュは二人で住める場所を探していたんだ。もちろん今後はレトロも一緒に行動してもらうつもりだが、旅の途中で君がやりたい事、住みたい場所ができたら、遠慮なく言ってくれ。君の安全が確保できるのであれば、そこに住んでもらっても構わない」
「ありがとうございます。ゆっくりと何をしたいかも考えていきたいと思います」
少し前までの彼女の希望は、母親と共に過ごす事だったはずだ。
俺としたことが……嫌な事を思い出させてしまっているに違いない。大失敗だ。
次の話題に移す必要があるな。
「それじゃあ、今後の活動を安全にするために、ある程度スキルについて教えて貰えないか?いや、もちろん言いたくなければそれでも良いぞ」
特に戦闘系のスキルであれば、秘匿したくなる場合もある。
弱点や得意な術を、将来敵になる可能性がある者に教える事になるからな。
俺とレトロは出会ったばかり。
当然自分の身を守るために、秘匿できる逃げ道を作っておかなくてはいけないだろう。
彼女はどう少なく見積もっても、暫くは俺の庇護下にいる事位は理解しているはず。
そう考えると、俺の機嫌を損ねないように、言いたくもないスキルを言わなくてはいけない状況には持って行きたくはない。
そんな心配をよそに、レトロは自分のスキルについて話し始めてくれた。
驚く事に、俺と同じく、特殊スキルの持ち主だったのだ。
スキルの名前はスケジューラー。
俺には見えないが、紙の様な物が出てきて、何やら書き込むことが出来るスキルらしい。
彼女自身、何かを忘れないように使っていると言う事だった。
だが、俺には特殊スキルがただのメモ書きであるはずがないと分かっている。
そもそも、気の毒ではあるが彼女の魔力は本当に少ない。
その状態で起動した特殊スキルの能力であるがゆえに、メモ書きしかできないのは間違いない。
そこで俺の魔力を貸与したらどうなるか?
楽しみじゃないか。
「レトロ、良く聞いてくれ。俺の能力は他人に俺の魔力を貸与できる能力だ。今の君の魔力では、君自身のスキルを全く使いこなせていない。そもそも、特殊能力がメモ程度の機能で終わるはずがない。これから君に少し強めに魔力を与える。そこでもう一度スケジューラーを起動してくれないか?」
「え?はい。わかりました」
少しの驚き、少しの期待、少しの緊張が伝わってくるが、こればかりは試していくしかない。
俺は自分自身の特殊スキルである魔力貸与を起動して、レトロにも魔力を貸与する。
「わ、すごいです。なんだか体の中から力が沸き上がってくる感じがします。これが本当の魔力なのですね」
そう言いつつ、レトロはスケジューラーを起動したようだ。
なぜわかるかと言うと、驚きの声と共にレトロの動きが完全に停止したのだ。
流石の俺も、この状況を見ればその程度の事は理解する事が出来た。
暫く動きのなかったレトロだが、恐る恐るスキルについて試しているように見える。
何かを書き込んだり、真剣に見ているようなので、俺とリージュは邪魔をしないようにおとなしく肉を食べる事にした。
恐らくある程度試した後に、説明をしてくれるだろうからな。