公爵令嬢レトロ(1)
新作です。
宜しくお願い致します
「お姉さま、またそんな薄汚い恰好をして……少しは公爵令嬢としての身だしなみをしては如何ですか?」
いつもの通り使用人達に交じって庭の掃除をしていると、正妻の娘である一応妹のシアノが、煌びやかなドレスを見せつけるようにしながら話してくる。
「申し訳ございません。私はそのような美しいドレスを持ち合わせておりませんので」
これもいつも通りの返事。
中身も本当の事だから仕方がないのだけど、私の言葉を聞いて、周りにいる使用人やシアノも、いやらしい笑みを浮かべている。
「そうだったわね、いくら公爵の血を引いているとは言え所詮は妾の子。私ったら、ついうっかりしていましたわ」
毎日毎日飽きる事無く似た様なうっかりを繰り返すシアノの言う通り、私のお母様は妾。
私の方が早く生まれたせいかは分かりませんが、妬みからか、本妻からの攻撃にさらされたお母様は、体調を崩して臥せっているの。
そのお母様のお世話も使用人がするわけではなく、私が全てしている。
もちろんお料理も私がしているのだけれど、食材は好きな物を好きなだけ使う事が出来る事が唯一の救い。
本当はもっとお母様の近くにいてあげたいのだけれど、あのシアノ達が煩いので、使用人と同じ、いえ、きっとそれ以上の仕事をこなしているの。
そんな状態を見ても、お父様は何も言っていないと思う。
そうであれば、お母様のためにもっといろいろして下さっているはずだから。
でも何かお母様の為になるような事をして頂いているとは今まで一度も感じた事は無いですし、私はお父様のお顔を見た記憶すらありません。
今の私とお母様の扱いを見ると、私達が邪魔で仕方がないのでしょう。
それならば、今すぐにでも追い出して下さっても良いのに……と、愚痴をお母様にこぼした事があるのですけれど。
「悲しい思いをさせてごめんなさいね、レトロ。でも、10歳のお誕生日になればきっと素敵な力が現われるわよ。その力で……って言うのも悲しいけれど、きっと皆の見る目も変わるわよ。お父様もあなたに会いに来て下さるわ」
10歳になると、人は何かしらのスキルが発生するの。
何かの術を行使するスキル……戦闘系では、魔術や剣術。
他にも魔道具を作る事が出来るスキル……錬金術もあるわね。
でも、中には聞いた事も無いような特殊な能力を持っている人がいるらしいの。
もちろん、その能力が国家や貴族の益になる能力であった場合は相当な好待遇になるみたいと言う噂だけれど、実際にそのような人を直接お見かけした事がないのでよくわからないわ。
私が知っている特殊能力をお持ちの方は、誰もがご存じのムロト様と言うお名前の、このキューガスラ王国の騎士隊長をされているお方。
何でも、次元の異なる魔力を扱える能力という事らしいのよ。
でも、今の私にはどうでも良いお話です。
私の魔力はほとんどないので、お母様が仰っている特殊能力に目覚めても、大した事は出来るはずはないわ。
なぜならば、どんなスキルも魔力が必要。そしてその魔力は10歳を境に減少も増加もしない。そして私はもうすぐ10歳の誕生日を迎えるの。
産まれたての赤ちゃんにも負けそうなほどの魔力量しかないままに……
いけない、私とした事がつまらない事を考えてしまったわ。
早くお母様にお食事を作ってあげないと。
急いで厨房に行き、奇麗に並べられている食材から今日の朝食に使う物を選んで、ひたすら調理するの。
流石に長くこの生活を続けているので、私のお料理の腕はかなりあるのではないかと思っているわ。
普通の貴族令嬢は、使用人が全て行うので比較にはならないけれども……
この厨房にいる使用人も、私、そしてお母様を気遣ってくださる方はいないのよ。
以前は一人いらっしゃったのだけれど、シアノからの嫌がらせがあってからすぐに辞めてしまったの。
元々あまり私に対して好意的ではなかった使用人の人達も、まるで腫物を扱うような態度に変わったのもこの頃ね。
と、こんな事を考えながらでも手は動く程に私のお料理の腕は上がったので、もうすぐ完成しそう。
……よしっ!できたわ。
私とお母様の二人分のお食事を持って、私とお母様のお部屋に向かったの。
私とお母様のお部屋は、厨房からそう遠く離れていないので運ぶのは苦にならないわ。
でも、朝は煩いし、日当たりも良くなく、二人が眠るスペースと、床に座れる広さがあるだけのお部屋なの。
「お母様、今日のパンはとても良くできたと思います。きっとおいしいですよ!」
「いつもありがとうレトロ」
フフフ、私はお母様のこの笑顔が大好きなの。この笑顔を見るために美味しいお料理を作っているといっても過言ではないわ。
最近、お母様の調子が良くなってきている事も、私のお料理に対する力が入る要因の一つ。
実はこのパン、とある薬草を細かくして混ぜ込んでいるの。
このパンを食べてから、お母様の調子が明らかに上向いてきたのよ!
そんなお食事をしている時に、お母様がこう仰ったの。
「レトロ、あなたにばかり苦労を掛けてごめんなさいね。それで……あなたのお誕生日、もう過ぎてしまっているのだけれど、シアノ様のお誕生日の日に、共にスキルの鑑定を行うとお達しがあったわ。シアノ様のお誕生日はかなり先なので、待たせてしまうけれどもごめんなさいね」
シアノ……私の妹。毎日毎日同じような嫌みをわざわざ言いに来る妹。
年齢は同じだけれど、私の方が一年程早く生まれているので、かなり待つ事になりそう。
「大丈夫ですよ、お母様。私はスキルに何かを期待しているわけではありませんから。あっ、でも、調理や錬金のスキルがあると良いかもしれません」
これは私の本心。
調理はもっとお料理が上手になるかもしれないし、錬金はお母様の体調をもっと良くする事が出来る物が作れるかもしれない。
それに、お母様にも伝えてないけれど、私は周囲の嫌がらせがない環境、このお屋敷の外でお母様と暮らしたいと思っているの。
そのためにも、錬金や調理があれば生活の糧になるのではと期待しているわ。
でもそれは夢物語。私の魔力ではどんなスキルでも、大した術にはならないから……
全てのスキルは、魔力量に応じて力が変わるのは周知の事実ですものね。
そうは言っても、今の私のお料理であれば、どこかで雇って頂く事は出来るのではないかしら?
何もしなければ現状から変われないのだから、前を向かなくっちゃ……
それに、スキルの鑑定も後になって良かったと思っているの。
余計な事を考えずに、お母様の体調の事だけを考えて行動する事が出来るのだから。
その間にお母様の調子がもっと上向いてくれれば嬉しいわ。
でも、実を言えば、私は自分のスキルがどのようなものが知っているの。
お母様の期待?予想?通りに、私のスキルは誰も聞いた事が無いスキル。
実は私の10歳のお誕生日を迎えた後、何かを書き留める事ができる紙?の様な物を出す事が出来るようになっていたの。
私はお料理に必要な素材や手順をその場で書き込めるので重宝していたのだけれど、他の使用人達が使っているのを見た事もないし、私のこの紙の様な物も見えていないみたい。
その時点で、私が得る事が出来たスキルは、私の期待した調理や錬金ではない事を理解していたのですが、私の貧弱な魔力でも思いのほか使い勝手が良いので、重宝していました。
そんな事をあの時は考えていたわね。