千手の異形
「これより、神隠しへと突入する! 敵のタイプは不明、決して気を抜かず、国民の平和を守る為戦い抜け!」
今回の指揮権を握る男、大久保憲忠が言うと、揃った隊兵達は口を揃えて、はいと応える。
「それじゃあ栗咲、結界は頼んだ」
「お気をつけて!」
神形で人避けと認識阻害と防音の結界を張る栗咲鞠へ言うと、大久保は真っ先に扉を開き、侵入する。
それに隊兵達も続いて入り、最後に、綾香と歩鹿乃のみが残った。
「じゃあ、先に入るから」
「ダメよ」
「いや、許可は降りてる」
「そうじゃないの――――――」
「また、あっちで会おう」
そう一言言って、歩鹿乃は神隠しへと足を踏み入れた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「来たか、やっぱり綾香さんは…………」
「まあ納得はしてくれませんよね」
大久保は、歩鹿乃と綾香の事を心配している様だったが、当の歩鹿乃は全く別の事に驚いていた。
「これは…………教会ですか?」
「だろうな、気味が悪い」
扉の先は、何処までも広がる平原と、そこにポツンと建っている建物。
教会というよりは、大聖堂だ。
「獣じゃないですかね」
「ああ、人型か異形型で確定だろう」
「まあ、見れば分かりますよ。もう来ますね」
「ああ、来てる―――総員、警戒を怠るな! 来るぞ!」
大久保が叫ぶとほぼ同時、大聖堂の表にある唯一の入り口から、手が出る。
「まさか、人型か?」
「いや、違いますね。1つや2つじゃない」
次から次へと手が現れ、大聖堂入り口の淵は、完全に手で埋め尽くされた。
「装飾のつもりですかね?」
「いや、這い出ようとしてるんだ―――もう出る」
瞬間――――――大聖堂の入り口から壁へと罅が入り、壁中へと。
建物全体へと広がり、そして破壊した。
「出たぞ―――千手だ!」
隊兵の1人が叫ぶ。
千手とは、5年前に確認されて、その時いた隊兵を300人中286人殺害した異形型使徒だ。
無数の手と、細い胴体。
如何にも、異形だ。
「総員、下がれ!」
大久保が叫ぶ。
それを聞いた隊兵の多くは命令通りに即座に逃走を。
残りは――――――傲りを。
「大久保上等兵! 異形型ならば、この前も倒したじゃないですか!」
「今回は駄目だ!」
「何故ですか、説明を!」
「今そんな時間はない! 黙って下がれ! さもなくば――――――」
死ぬぞ――――――そんな言葉を大久保が言い終える前に、傲りを捨てずに下がらない隊兵達は、大量の手の波へと飲み込まれた。
「止まるな、見るな、気を使うな! ただ自分だけが逃げ果せる事だけ考えろ!」
何度も共に任務を乗り越えた仲間の死を悼む時間など無い。
人の体軀など軽々超える大きさの波の危険性は、速度こそ遅いが、通常の津波以上だ。
「大久保上等兵、危ない!」
大久保の背後に迫る一本の手を見て、1人の隊兵が叫ぶ。
そして、余所見をしていたせいで自分は手へと飲み込まれて行く。
「お前ら死なずに、歩鹿乃綾香の到着を待て!」
決死の覚悟で、大久保は死に行く己の最後の命令を残す。
思い残しの無い様に、綾香が自分達の元へと辿り着いた時には皆が死んでいたなんて自体は起こらないように……………………。
「貴方も、一緒に姉さん待ちましょうよ」
大久保の直ぐ側で、そんな声が鳴る。
次の瞬間、破裂音の様な音が鳴り響く。
歩鹿乃が大久保へと迫り来る手を蹴飛ばしたのだ。
「僕は、2回蹴った筈だ」
瞬間、今度は蹴ってもいないのに破裂音。
肉と肉を、怪力でぶつける様な音。
歩鹿乃の神形は応用が効く―――ただ相手に何かさせる以外にも、自分を強化するなど。
そして、文法を変えるなど。
過去を捻じ曲げる―――過去を説得して、出来る限りで自分の都合の良い様に改変するのだ。
「下がりますよ、走って」
「あ……ああ」
大久保からして見れば、想定外の戦力。
如何に綾香の弟だろうと、所詮は学生だと思っていた。
しかし、それに救われた。
この喜ばしい裏切り、震えずにいられようか。
大久保の脳裏には、綾香の他にもう1人の男も存在したが―――それら全てを消し去って、今は千手からの逃走を再開する。
綾香到着まで、残り3分。
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にしても、後出し二回攻撃は狡い