卑怯な手も程々に
投稿二日目!
楽しい
冷たいコンクリートの床の中心に一つ、小さく脈打つ温もりがあった。
それはいずれ人類の強敵となりうる存在、人型使徒の子であった。
歩鹿乃達は、まだその脅威を知らない。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「淳くん! ちょっといいかな!」
そんな雨宮の声が、歩鹿乃の机の横で響いた。
「どした、昨日の話?」
「そう、昨日私が足引っ張っちゃったから謝りたくて」
「そんな事ない、俺の方こそだよ」
「それこそないよ!」
雨宮がここまで責任を感じるのには、理由があった。
ペアを組んだ歩鹿乃淳。
彼は、中学の頃から有名人だった。
両親と姉が揃って神崩しに所属している事と、極めて成績が優秀だったからだ。
実技に於いては特に、中学の教師陣では相手にならないほどの実力を持ち、神崩し幹部が会いに来ているなんて噂も存在した。
そんな噂が立つ程の実力者ならば、自分に合わせようとしてくれて、その所為で負けたのではないかと責任を感じていた。
「とりあえず、アレは戸部先生が強すぎた。一人でも無理」
「確かに先生は強かったけど………………」
「そうゆう事だよ」
そんな事を言っていると、この問題に関係する女、戸部が教室へと現れる。
「悪いけど歩鹿乃、ちょっと付いて来て」
「はい! 今行きます。ごめん雨宮さん、ちょっと行ってくる」
「うん、分かった」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「お前だけ再テストだ」
「理由を聞きたいです」
職員室に連行され、歩鹿乃が聞かされた言葉は意外にも再テスト。
この場合のテストとは、実技のことだ。
「お前、本気じゃなかったな?」
「何のことか分かりません」
「中学入りたては、もっと強かった」
「気のせいですよ―――成績良かったですからね、初期の衝撃とかがあったんでしょう。今は慣れただけです」
「そうか? 私の目に君は、弱くなった様に映っているが」
「先生の僕を見る目が変わったんですよ。昔は中学生基準の期待度で、今は高校生基準で。あとは、きっと僕が成長をしてない、停滞してるからそう見えただけですよ」
「そうか成程…………つまりお前は、私の目が濁っていると言いたいわけだな?」
「はい、そうです」
互いに若干の苛つきを孕みながらも、静かな睨み合いが続く。
「私の目から黒く光り輝いている事を証明してやる。濁り一つないほどにな」
「先生、それじゃ今の話の意味がないんじゃ…………」
「どっちにしろもう一度戦うのは決定だ! 黙って諦めて、今すぐ着替えてくるんだな」
「え、今すぐですか?!」
「ああそうだ―――私の気が変わって両親に告げ口なんてされたくなければ、今すぐにだ」
その言葉は、抉る。
歩鹿乃の心のより深くを、抉る。
「…………ッそれは、絶対にさせませんよ」
「いやあ、親御さんはお前が危険な使徒と戦うのを嫌がってたからなあ。教師に楯突いたなんて知れば即座に退学を進める手紙が届くはずだ」
態とらしく言う戸部を、歩鹿乃は睨みつける。
苛立ちなんかじゃない、殺意すら孕ませた視線で。
「なんだ、そんな目もまだ出来るじゃないか」
「絶対に許しませんからね」
そう言うと、歩鹿乃は乱暴な足取りで職員室を出る。
「あ、山崎先生もうお帰りで?」
「戸部先生………教室に忘れ物をしたので、それを取ったら帰りますよ」
「そしたら途中、歩鹿乃に7番まで来る様伝言お願い出来ませんか」
「いいですよ、それじゃあお先に」
「お手数おかけします」
白髪の増え始めた初老の山崎に伝言を頼み終えると、戸部は自分の椅子に体重をかけて、少し仰反る。
思うは一生徒の歩鹿乃淳だ。
彼に掛けた残酷な言葉を頭の中で繰り返しながら、机に置かれた珈琲を一口で飲み干す。
「ああ立教、また言いすぎたよ」
空になった珈琲カップの底を眺めながら、一人つぶやいた。
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