夢と悪夢と現実の狭間
夢は誰でも見る。見た事はあるだろう。
時には悪夢を見る事もあるだろう。
修哉、どこにでもいるただの男子学生。
彼も最近は不快感が残る悪夢をよく見てしまう。
起きたときに不快感が体に残るほどの夢を見続ける。
夢を夢と気づかず。
もしかしたら、すでに夢と知りながら。
嫌な夢を見た、最近は特に夢見が悪い。
その中でも今回のは強烈だった。森の中に座っていて、なぜか体が動かない。近くの木が話しかけてきて動けないことを教えてくれる。
「シュウ君は動けないんだよ、森に来たら動けなくなるの?どうして座りに来たの?」
夢を見ている間っていうのは見ている間は気が付かないし、整合性が取れない事にも違和感を感じない。木が喋った事も、話した内容がどこかおかしい事も、そもそも木が喋った事にすぐ気が付いた自分も、そのまま受け入れてしまっていた。
見えた世界全てが赤い、受験問題で答えを隠すような赤いフィルムを通したような世界、動けない状況だったらしい夢の中で、周辺を見渡せていた事も今ならおかしいと感じる。
落ち葉を踏むような音が聞こえてくる、いや霜柱を踏み潰すような音か。周りをみても何もいない、音は少しずつ少しずつ大きくなっているようだ。
真っ赤な世界には森しか見えないのに、音はどんどん近く激しくなってきて、僕は後ろに大きな獣がいるような確信があった。生ぬるい吐息が首元にあたる感覚があって、強い恐怖を感じて振り返るがそこには森しか見えない。
突然、右手を動物に噛まれたような感覚があって右手をみる。右手を噛まれたように思ったけど、血がいない。でも真っ赤な世界でよくわからない、ケガはしているのか手をジッとみる。次の瞬間、頭の両側から釘が刺さってくるような感覚と同時に、視界が地面から森を見上げるように変わった。
「君は動けないんだよ、シュウ、痛くないからさ」
ここで目が覚めた。真っ赤な世界があまりにも印象に残り、頭に釘が刺さったような感触はまだ残っている。つい何度もさわって異常が無いか確認してしまう。夢の中ではシュウと呼ばれていた、自分の名前は修哉だ、あだ名もあるけどシュウなんてだれも呼ばない。
顔を洗って歯を磨いて、いつもの朝の用意をするが、どうもすっきりしない。ついつい頭も触ってしまう。右手もあるし、頭も変な所はないはずなのに、心配でちょっとジャンプしてみるけど何も変な所はない。洗面台から母さんが朝食をセットしているテーブルに行く。
「あんた、頭さわったりジャンプしたり何してたの?」
椅子に座ったとたん、姉ちゃんがトーストをかじりながら質問してきた。洗面台の様子を見られてたらしい、変なことしているように見えたんだろうな。
「いや、変な夢見てさ、真っ赤な森で怖い思いするの」
「えー、それで、ジャンプすんのおかしくない?」
「その森で、頭に変な感覚があって動けなくなったんだよ、動かないとこあったら嫌だなって」
「寝ぼけすぎ、修哉の変人」
夢見が悪くて気分良くないのに、変人呼ばわりされるとは。姉ちゃんはいつも口が悪い、普段は平気だけれども今日はイライラさせられるな。
トーストに塗ってあるバターはもらい物の良いやつだけど、今の気分だと味がしないように感じられる。姉ちゃんはさったとトーストを食べ終えて、スマートフォンをいじっている。
「夢占い、欲求不満の象徴です。特に恋人がほしい思いの現れだってさ、もてない子だからねー、嫉妬もあるかなー、彼女できなくて悲しいんだねー」
「なんだとこの野郎」
「怒ったー、行ってきまーす」
姉ちゃんは、牛乳を一気に飲むと、さっさと出かけていく。入れ替わりで母さんが椅子に座って、神妙な顔をこちらにむけてくる。
「あんた、ここんとこよく変な夢見たって言うよね、何かあったの?」
「いや、別になんもないよ」
そう、別に何もないんだ。いじめられたりもしてないし、テストもそこそこだったから追試の心配もない。ストレスが夢に出るっていうけど、そんな大きな悩みは今は抱えていない。
「本当に?」
「何も無いって」
心配症な母さんに色々言うと、後が面倒になりそうだ、あんまり夢の事は言わない方がいいかもしれない。
「行ってきまーす」
用意してもらったお弁当をカバンに入れて玄関に向かう。
そんなに気にする事もないかもしれない。夢なんて誰でも見るもんだ。
無難に1日を過ごして、帰ってきた。
今日も学校では特に困る事もなく、クラスメートと話をして、授業を受けて、昼ご飯を教室で健汰と机を合わせて食べて、掃除して帰ってきた。本当になんてことない1日だった。でも頭のどこかに夢の事がひっかかっている。
あの赤い森は何だったんだろう、何でシュウなんて言われたんだろう、今日の夜はどうなんだろう、別に変な夢を見るくらいはどうってことないけど、気持ちいいもんじゃない。
夕飯も食べたし、風呂にも入った。あとは寝るだけだけど、ホラーを題材にしたテレビを見た後のような居心地の悪さが消えてくれない。もう怖い話でトイレに行けなくなるような年でもないし、気にしなければどうってことないけれど。少し不安な思いが抜けないまま布団に入る。
水の中にいた。足元から砂浜のように細かい白い砂が一面に広がっている。右を見ても左を見ても、水の青しか見えない。夜のように思うけれど上を見るとプールの底にもぐって見る空のように光輝いている。見えるのは砂と水と光、水の中と分かるけれど息は苦しくない。
泳いでみようとするけれど、体を動かしても泳げない。
「あれ、おかしいな水の中って泳ぐものじゃないのか」
声に出してみると、水の中なのに声が出た。泳ぐのではなく足を出してみると歩けた。水の底にいるのに、砂浜を歩いているような感覚だ。でもどっちを見ても水の青、遠くは何だか暗くなっていて青から濃紺に最後は黒に色を変えていて足元の砂しかはっきりわかるものがない。
なんとなくウロウロと歩いてみる、段々と足元の砂が青い色を帯びているように感じてくる。ふと後ろを振り返ってみると、何もなくなっていた。白い砂も見上げた時に目に入った光も何もなかった。
ここで僕はゆっくりと沈んでいる事に気が付いた。真っ暗な青の中にゆっくりと沈んでいく。確かに歩いて走っている感覚はあるが、進んでいない。息も苦しくないのに、息が出来ていないんだ。このままどうなってしまうんだろう。
目が覚めた、全身汗をかいていてベタベタする。風邪で鼻が詰まった時のような息苦しい感覚が鼻と喉にある。風邪でもひいたかと思ったけれど、だるい感じはない。ただ、息を上手くできていないような感覚と、波に揺られたあとのような奇妙な浮遊感が体に行き渡っている。
念のため、熱を測ってみたけれど、熱はなかった。咳も出てないし、鏡で喉を見てみたけど腫れているような印象はなかった。医者じゃないからみてもわかんないだろうけど。昨日と同じように姉ちゃんに変人呼ばわりされながら準備をして学校に行く。
学校までの道のりで体に残っていた夢の感覚はずいぶん薄くなったような気がする。爽快な気分にはとてもなれないけれど、何とか無難に一日を過ごした。数学は自習になったから、寝ててもよかったんだけど、寝ると今朝の夢の続きが始まるような気がして眠りたいとは思えなかった。
「おーい、修哉。コーヒー飲んで帰ろうぜ」
友人の健汰がこっちの姿を見つけて声をかけてくる。こいつがコーヒーと言う時は必ずハンバーガーとか出す店に行くんだよな。このすっきりしない気分も健汰が少しは晴らしてくれるかもしれない。
「イートインがオープンしたとこ行こうぜ」
「いつものバーガーじゃないんだ、予想が外れた」
「行くだろ?」
「ハイハイ」
電車通学の奴も多い。駅の学校がある方は色んなお店があるけど、反対側は急に畑ばっかりになる。家はその畑の中にあるから、駅までの道は一緒だから時間が合えばよく一緒に帰って寄り道している。
健汰が足を止めて、笑顔で振り向いて指をさした先を見ると、クレープの文字が目に飛び込んできた。
「まさか、クレープ」
「クレープだぜ」
イートインは広めに作られていたけど、男同士で来ているのは僕たちだけ。健汰の肝の太さというか、この色々気にしない所はすごい。健汰はコーヒーと、2度と言えないんじゃないかと思うような長い名前のクレープを注文をしている。
「そうそうこれが食べたかった」
「この店で一番でかいんじゃないかそれ」
注文口は並んでいたけれど、意外とイートインは空いていて、すぐに座れた。
「修哉、最近どうした?なんか冴えない感じだよな」
突然言われてびっくりした。まぁ、今朝というか、ここの所の夢が気になっていたから、姉ちゃんにも連日変人と呼ばれるくらいだから、いつもと違っていたんだろう。
「あー、最近変な夢みてさ、なんか気になってんだよ」
「へー、はいふぇんなほとてもあふの」
「食ってからしゃべれよ」
健汰はもうクレープなのか、クリームなのか分からない物で口を膨らませている。
「あんなほうは、しなふぃほうはいいんほ」
「だから食ってからしゃべれよ」
クレープを食べ終わるとコーヒーをすする。甘い物を食べた後のブラックコーヒーは妙に美味しく感じられる。それが、作り置きの安いドリップコーヒーでも、なんか癒される美味しさがある。
「まぁ、夢なんだから気にしない方がいいんじゃないか」
「うーん、さすがに連日見てるから、どうもね」
健汰は眠りが浅いんじゃないか、気になる事があって頭が興奮してるんじゃないか、とか色々と考えてくれる。スマートフォンで調べてみても、ホットミルクがいいとか、湯船につかるのがいいとか当たり前の事しか出てこなかった。
お店を出て、駅に着くまでも色々と話したけれど、気にしないという結論にしかたどり着かなかった。健汰はあんまり夢を見ない体質らしい。一緒に食べたクレープはイートインの中こそ落ち着かなかったけれど気分を少し持ち上げてくれたようだ。
「それじゃーな、あんまり気にすんなよ」
「はいよ、またね」
健汰を見送ると、僕も家に向かった。
空を飛んでいた。自分と同じ高さには綿あめみたいに柔らかい感触がある雲が浮いている。眼下には岩がゴロゴロ転がっていて、所々に杉というのか、葉っぱが妙にツンツンと尖っている背の高い木が生えている。だいぶ前に習った森林限界という言葉を思い出すが、山の上に生えている木まで背が高い事に違和感を感じる。
違和感がある、夢の中なのに、夢の中ってのは夢であるってことにすら気が付かないんじゃないのか。
「あ、これ夢だ」
夢の中で夢と気が付く、明晰夢ってやつか、初めての体験と思ったら、落ちている事に気が付いた。なんとかしようともがいてみるが止まらない、ゴロゴロしている岩の中でも剣のように鋭くとがっている岩に向かって落ちていく。
岩に当たる瞬間にシュウと呼ぶ声が聞こえたような気がする。
目が覚めた、ソファに寄りかかってうたたねをしてしまっていたらしい。目の前のテーブルにはトーストとサラダ、殻のついたままのゆで卵が置いてあって、姉ちゃんがコップに牛乳を入れてながら、からかうように話しかけてくる。
「あんた、2度寝?はやく食っちゃいなよ」
「あんた具合悪いの?大丈夫?」
家にソファあったっけ、なんてどうでもいい事を考えながら、椅子に座る。姉ちゃんは牛乳の入ったコップから、ヘアピンやヘアクリップを取り出して髪につけている。母さんはトーストに佃煮を乗せて箸でちぎって食べ始めている。いつもの朝の光景。
何かおかしい、まだ夢の中なのか、思わず言葉が口から出る。
「あんたら、誰だ」
「「あー、シュウが気づいちゃった」」
目が覚めた、目の前には母さんと妹がいる。
「にい!心配したんだからね」
「よかったよ、よかった、母さん心配してたのよ」
周りを見渡してみると、カーテンがあって、カードはこちらと書かれたテレビがあって、ちいさなテーブルがあって、まるで病院のようだ。
「何、ここ病院?」
「にいちゃんは、家に帰ってきたとたん倒れたんだよ」
「救急車の中でずっとうわごとみたいな事言ってて」
どうやら具合が悪かったらしい、倒れるくらいだったのだから連日の変な夢はその前触れだったのかもしれない。検査とかも終わっているみたいで、後は結果待ちということらしい。
「健汰とクレープ食べてた時は平気だったんだけどね」
「あんた食べられたの?本当に大変な病気が見つかってね」
「そうそう母さん安心してね」
なんだ、結果待ちのはずなのに、もう結果知っているみたい。姉ちゃんと母さんの言っている事が違う気がする。いやまてよ、ここにいるのは妹で、姉ちゃんじゃない。やっぱり違う。
違和感がある。頭に衝撃が走ったようだ。ズキンと強い頭痛がしている。夢で痛みがあるのか?、僕には妹はいない、ここも夢だ、まだ夢を見ているんだ。
「あれー、シュウ気が付いているみたいだよ」
「ほんとうだ、シュウは気が付いてる」
飛び起きる、ベッドから飛び降りて両手を前に出すと、鉄パイプみたいな黒い棒が手の中に現れていることに気が付く。
「もう食べられないね」
「そうね、動けるんだもん」
もう姉ちゃんでも母さんでもない、人の形はしているが、その輪郭はボンヤリとしていて全身の色も黒や濃紺にドブのような緑と灰色を混ぜ込んだ気色の悪い色に変わっている。2人だった人の形はいつのまにか一つになっていてぐちゃぐちゃとした塊になっている。
「うわぁぁ!!」
気色悪さ、恐怖、不安、不快感、気持ち悪い感覚と恐ろしい感覚が同時全身を支配する。手に持っていた黒い棒を思いっきり叩きつける。グチャりとした感触が手に伝わってくる。
「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」
「ギィヤアァアァァァァア!!」
こんなに気色悪い声は聞いた事がない、こんなに恐ろしい声はしらない。この声を出している塊は様々に色を変えながら小さくなっている。
「キィヤアァァ!」
「イヒュイィィ!」
どんどんと声は小さくなり、塊も小さくなる。
「ヒィ」
「キュ」
砂粒のように小さくなるとフッと消えてしまった。
手に持っていた黒い棒もフッと消えてしまった。
なんだったんだろう。でも怖いという感覚は無くなっている。
目が覚めた。目の前には母さんと姉ちゃんがいる。
「修哉!しんぱいしたんだからね」
「よかったよ、よかった母さん、心配したのよ」
周りを見渡してみると、カーテンがあって、カードはこちらと書かれたテレビがあって、ちいさなテーブルがあって、まるで病院のようだ。
「何、ここ病院?」
「あんた、3日も起きなくて、一回は心臓止まったんだよ」
「原因わからなくて、AEDですぐに心臓動いたから、母さんもう、だめかと」
母さんはハンカチで目元を覆っているし、姉ちゃんも目が潤んでいる。
クレープを健汰と食べて家に帰ってから、僕は部屋でうたたねをしてしまったらしい。夕飯になって呼んでも出てこなかったから、姉ちゃんが部屋に入って体をゆするとかしたけど、全然起きなくて。思いっきり頭を殴ったけれど、それでも反応が無かったから変だと思って救急車を呼んだらしい。
ガチャリとドアが開く音が聞こえて、医師と看護師が入ってくる。
「目が覚めたんですね、よかった」
「先生ありがとうございます」
今回3日間も起きなかった事の原因も心臓が止まった原因も分からないらしい。持病もないし、血液もレントゲンもCTも、色々検査したけれども異常なしということしか分からなかった。念のため今日は入院したまま、退院後も違和感があればすぐに来るように強く言われた。
翌日、荷物をまとめて退院する。単身赴任していた父さんが来るまで迎えに来てくれていた。痛むのは頭の一部だけだが、姉ちゃんはどんだけ思いっきり殴ったんだろう。
「修哉、電話もらった時には心配したぞ。俺がいない時に目覚めるなんて」
「あー、父さん寂しかったの?」
「馬鹿言うな、父さんいつも寂しかったんだぞ」
「あなたも修哉みたいに倒れないでね、私心配」
そういえば、今は夢の事が気にならなくなっている。昨日も夢は見なかった。久しぶりに見る父さんと、安心したような母さんと姉ちゃんの顔が妙にうれしい。
「修哉、あんた何ニヤニヤしてんのよ」
「いや、姉ちゃんが頭殴ってくれたおかげかもな」
「殴られてうれしいの?変人」
久しぶりに家族全員を乗せた車は、家に向かって進んでいく。
あの日以来、夢を見ることは減った、本当にたまにしか見ない。夢を見ると必ず、夢と気が付くようになった。
あの時に夢と気が付かなかったらどうなったんだろう、もう2度と起きる事はなかったかもしれない。
起きている時にもこの時間が夢なんじゃないかって、ふと思う事あるけれど、僕は現実を生きている。
現実も夢と感じたら、夢になるのかもしれない。夢も現実と感じたら現実になるのかもしれない。
「イヒ、シュウ、キヒャ」
今も僕は夢を見ている。もちろんこれは夢と気が付いている。
だから、気が付かなかったらどうなったんだろう、という疑問の答えは出ないままだ。
読んでいただきありがとうございます。
こんなテイストの物は初めて書きました。読みにくい部分も多かったとおもいます。
見ていた皆さまに感謝。
連載始めました。今後もよろしくお願いいたします。