恋遊(デート)
冬休みに入って、直ぐに先輩からメールが来てた。
文面には デート行こっ! の一言と日時だけ。それから一週間。
俺は、阪急梅田駅のビッグマン広場の大きなモニターの前にいる。
結局、先輩は15分遅刻した。
「ごめん、待った?」少しバツの悪そうな顔をしている先輩。
「さっき来たばっかやし、全然待ってへん。」よくある社交辞令を述べる。
「そうなん、ほんなら行こ?」
先輩は、もこもこの白いコートの中に、もこもこ素材のマフラーを付けて羊の様な柔らかしさが全身から滲み出ている。
「あれ、先輩ちょっと背縮んだ?」と言って頭を撫でてみた。
すると、先輩はちょっと驚きながら、顔を膨らませて無言の抵抗をする。
「先輩をいじるな、年上やぞ」
「先輩らしくないし、早生まれなだけやん」俺と先輩は実質同い年だ。
「それでも学年は一つ上なの!」先輩は拗ねてしまった様だ、ふてくされた顔をしてしまった。
ビッグマンの前で待ち合わせたのはいいが、一月の梅田は、駅構内を吹き抜ける風が体の芯を冷やす。さらに、予定は先輩が決めているらしく、俺はこれからの予定を知らない。
「今からどこ行くん?」
「ご飯行こ」お昼ご飯を探しに行く為、阪急三番街に向かう。
「そのもこもこマフラーかして?めっちゃ寒いし」
「ダメです、あんたに貸したら私が寒いし。」先輩は寒がりで、マフラーを取られたくないのか手でマフラーを必死で守っている。
しかし、先輩は身長が145くらいしかなく、170少しの俺でもすぐ取れた。
「こら、返せ、先輩命令!」
「こんなとこで、先輩の威厳使わんでも」
先輩のもこもこマフラーは、微かに石鹸の匂いが鼻腔を刺激する。さすが、もこもこなだけあって保温性は完璧だ。
先輩の方を、横目で見るとかなり寒がっていた。自分の首に巻いていたマフラーの半分を先輩の首に巻いてあげる。
先輩は目を丸くして、「どういうつもり?」
「寒そうやったし」
「ばか…」小声でそう呟いた。これやから鈍感なやつやって言われるんやわ。
「なんか言った?」
「何もいうてへん」そう言ってさっきの言葉を取り消す様に舌を出してベーっとした。
「マフラーあったかい」サラッと気遣い出来るとことか、かっこいいわ。
「早よいこ〜」気付けば、サラッと手をつなぎながら、三番街に向かっていた。
館内図を見ながら尋ねる。
「ご飯何にする?」
「あんたは?」
「ハンバーグ!」
「あんた、昔から子ども舌やんな」
「好きなもんはずっと好きやねんし、しゃーないて。」
「ほんならハンバーグにしよか、お子ちゃまやけど」軽く先輩にからかわれた。
ハンバーグ屋さんに入る。メニューを見ながら、何にしようか考える彼。横顔を今までしっかり見た事がなかったけど、よく見ると結構可愛い顔をしている。
「俺決まったで、決まった?」と子供の様な笑顔。
「あんたが決める前に決めてました」
「チーズハンバーグ!」
「おこちゃまや。」
「チーズハンバーグは大人でも食べるし、偏見や。」私は彼の頭を撫でて
「ごめんね」と少し自分でも可愛めに言ってみた。
「う、うん」と彼はめちゃめちゃ照れてる顔で許してくれた。心の中で、ちょろいと思ってしまったのはここだけの秘密。
注文を終え、チーズハンバーグとオニオンハンバーグが運ばれて来る。
二人で手を合わせ、いただきますをして食べる。
彼がハンバーグをいっぱい口に含みながら「そういや、何で今日はデートなんかに誘ってくれたん」
「どうせあんたやったら暇かなって、会いたかったし」
「暇なんは否定できんけど、デートって言い方がさ、カップルみたいちゃう。」彼が純粋な眼差しをこちらに向ける。
「カップル…」あかんあかん、過剰に反応してしまった。
「顔赤いけど、熱ちゃう」彼が冗談交じりに言う。
「熱ちゃうわ、ハンバーグが熱かってん、デートはデートやから!それ以上の意味はないて」
「こうやって、年明け早々一緒にご飯食べてるのとかカップルっぽいやん」
「カップルちゃうって」
「そう…」その時、彼の声のトーンが少し落ちた気がした。
その後、冬休み期間のいろんな話をして楽しんだ。
食事が終わり、会計をして店を出た。外は少し雪が降って来て路面が濡れている。
「次はどこに行くん?」
「初詣行きたいんやけど、もう行った?」
「いや、家から出てへんから行ってへんわ」
「まあ、それは薄々分かってたけど、行こか」彼女は苦笑いをしている。
「そもそも、今年初めて会ったしな」
「あ!ほんまや気付かんかった、あけおめ」
「はい」彼が手を差し出して来た。
「何の手?」
「お年玉は?」彼が意地悪そうな顔してこっちを見ている。
「あんた、ちょっとしか変わらんし、ありませーん」
「えー、こここそ先輩権限使うとこやで」
「ないの、はよ行くで」彼はブーブー言いながら、付いて来る。
なんだかんだで、神社にやって来た二人。
冷たい水で、手を清め本殿へと向かう。
「何お願いするん?」
「内緒、言ったら願い叶わんし」
「俺は、先輩がもっと綺麗になります様にってお祈りしよ」
「今でもまあまあ美人キャラでいけてます」
「そういうの美人は自分から言わんで、モテませんようにとも祈っとこ」
「もう勝手にして、早よ祈るで」
彼といるとペースが乱れる私。それでも彼といるのが楽しい、この気持ちが恋だと気づくにはそう時間はかからなかった。
横で神様にお祈りしている彼は、ブツブツ何か言いながらお願いしている。
「終わったし、行こか」
「うん」
「結局、何お願いしたん?」
「あんたには言いません」
「えー冷たいなあ」
「あんたが他の人からもてへん様にってお祈りしたわ笑」
「何でや、これでも結構声かけられるねんで」
「え?ほんまに…」ちょっとショックやわ。
「嘘に決まってるやん。モテへんし、誘われてないから冬休みの間、家から出てないんやろ」
「それもそうやな」ちょっと良かった、安堵した。
彼が本殿横の社務所を指差し「お守り買う?」
「そうやね、せっかく来たし、買うとこ」
社務所の中には、お守りがたくさんあり、無難な私には何を神様に守ってもらおうか迷ってしまう。
「これにしよ」彼がおもむろにとったのは、勝守だった。
「何でこれなん?」
「何か強そうやん、勝てそうやし」
「あんた、何も所属してへんやろ」
「あんたもや」
「あんたは、私のこと先輩と呼びなさい」細かいとこはとことん細かいからなあ。
「もうわかったから、次どこ行く?」必死で話を変える。
「そうそう、見たかった映画があるんやけどなー」
「映画か、まあ外ブラブラするより寒ないからいいわ」但し、先輩の過去の会話からするに100%恋愛映画なんだろうなという予想はついた。個人的にあまり恋愛映画は見ない。現実味があまりないし、キュンキュンしないからだ。まあ、今日くらいは先輩に付き合ってあげよう。
映画館について、先輩が券を発行して来た。そこには最恐と書かれていた。変な恋愛映画のタイトルだと勘違いしていたが、見るからにホラー映画だった。
「ほんまにこれ?」
「うん、せやけど、もしかしてあんたビビってるんとちゃう」先輩はなぜか飄々とした顔でこっちを向いて笑っている。
「いや、先輩いっつも恋愛映画やし、びっくりしただけ。」と一応繕っては見たが、やべえ、普通に怖いの無理やし。絶対、先輩知っててわざと選んだやろ。
案の定、俺はびびり倒し、あんだけ自信を持ってた先輩も映画の前半で自分の想像を超えてしまい、そこから先はずっと目を瞑っていた事を俺は知っている。
映画の途中で、先輩から手を握ってくれたが、終わった時には冷静になったのか手を離されていた。
映画が終わり、「ちょ、怖すぎるやん、話と違う」と彼が文句を言って来た。
正直、自分でもこんなに怖いとは思わず、彼に賛同するしかなかった。
「ここまでとは思ってなかったわ」
でも、私には映画で一つ確認しないといけない事がある。
それは、彼が手を映画の最中につないできた事だ。正直、心臓がドキドキしたのはホラーよりも彼の手の温もりの方だった。
「あんたに一つ確認したいんやけど、映画の時、手握ってきたやろ」恐る恐る聞いてみる。
「え、つないできたのはそっちが先やろ」噛み合わない会話。
「まあ、どっちでもええわ」
「そやな」お互いの顔を見て、照れ笑いを浮かべる。
そろそろいい時間やし帰ろ。駅へと向かう。
阪急梅田駅には夕方特有の電車待ちの列ができていた。マルーン色の車体が駅構内に入って来る。
運よく、二人掛けの座席に座る事が出来た。扉が閉まり、電車が動き出す。夕方から夜に染まる街を見る。横に座る彼は疲れていたのか、寝てしまっていた。
改めてみると、綺麗な横顔。そっとバレない様に手を握ってみた。彼は気づいたらしく、私は手を引っ込めた。
「どうしたん?」
「今日は楽しかったかなって、いきなりやったし」
「うん、先輩と久々やったし」彼の屈託のない笑顔にいつも私はやられる。
決めた。
「もう先輩って言わんっとって」
「え?いつも先輩って言えっていうのに?」
「もういいの、先輩じゃなくて名前で呼んでほしい」「私が神社で願った事、好きな人といれる様にやってん、あんたの事すきやねん」
「そうやったんや、俺の願い事は今年こそ好きな人に告白することやってんけどな、お守り買ったやろ?」
「勝守?」
「自分の精神面が強くなれたら、告白出来るかなって思ってんけど、先に言われてもうた」
「その好きな人って、私?」
「そやで、それ以外誰がおるんよ、こんな男に声かけてくれるんは先輩しかおらんし、好きです。付き合ってください」私は泣きそうになりながら、コクッと頷いた。
「また、先輩って言ってるし、名前で呼んで!」
「はい、麻衣さん」なんだかとてもぎこちなくなっている。
「さんも要らない。もう一回」
「えー、厳しいなあ。」ふうと一息ついて覚悟を決めた様だ。
「麻衣、好きです。」
「私も。お守りの意味なくなっちゃったね。」
「記念やし、対等な関係でいれるように持っとく。」
「日常生活では、先輩やし。」結局、先輩なのは変わらんのね。
『ありがとう』二人が心の中で呟いた。
車窓の街並みが一段と綺麗に映りながら明るい未来へと進んで行く。
⦅終⦆