おじいさまの昔話、もしくは
おじい様お得意の昔話
どうしたんだい、坊?おや、退屈なのかい。まあこの辺は山ばかりだからなぁ。最近の子にはつまらないだろうねぇ。何か面白い話をしてほしい?うーむ、面白い話と言われてもの。そうじゃな、桃太郎とかはどうじゃ?え?そんなよくあるお話じゃなくてもっと新しいのがいいと?おばあ様が、おじい様ならセンス溢れるオリジナル物語を話してくれると言っていた?やれやれ。しかし、そうさなあ。そこまで言われたならばとっておきの話をしてあげよう。1人の少年と少女の物語を。
我らが今より少しだけ神秘に近かったころ、不思議な力を持った存在が世界にあふれていた時代の話じゃ。すべての始まりは少年と少女があの山の頂上で出会ったことじゃ。当時は子供でも働かなくてはならなくてな。少年は親の手伝いで山で薪拾いをしとった。
「うーん。売れそうな薪がないな」
薪拾いをする子はたくさんおってな。ちゃんとしたものはあらかた取られ、小枝ばかりが残っておった。じゃから少年もよい薪をなかなか見つけられずぼやいておった。そんな折に、パチリ、という音が聞こえての。少年はもしやクマかと、肝を冷やしたそうじゃ。
おお、そうじゃとも。最近はめっきり見なくなったが、あの山にはクマがおったよ。それどころか……いや。話を戻そう。
「誰だ!!」
少年は精一杯心を奮い立てて振り向いた。本当にクマじゃったら今まで拾ったものを放り捨てて逃げねばならんからの。しかしそこにおったのは可愛らしい女の子でな。
「……」
見たこともないほど可愛らしかったよ。白い肌で黒髪がとても映えてな。正直な話、しばし見惚れておった。その娘の口元からちらりと見える八重歯にも、少年を見つめる金色の瞳にも心奪われておった。
「あんたこそ誰よ」
お淑やかな見た目とは裏腹に気の強い女子でな。少年は日々の山を駆け回っておるからかなりいい体格じゃったが、それにもかかわらず突っかかってな。そのおかげで少年も何とか我を取り戻した。
「……いや、すまない。てっきりクマかと思ったんだ」
「私のどこがクマに見えるって言うの!?」
もちろんクマに見えたわけがない。しかし、見惚れていたなんて恥ずかしくて言えんかった。ゆえにただ謝ることしかできんかったそうじゃ。
「すまない」
「ふん。あんた目が悪いんじゃないの?」
少女はそう言ったが、すぐにしまったという表情をしたんじゃ。少年は左目を隠すように包帯を巻いておってな。少女は本当に目が悪いのだろうと思ったんじゃろうな。
「見ての通りだ」
少年の方も口下手じゃからいらんこと言っての。別に目が悪いわけでもなかったんじゃがな。うまく説明できなんだ。
「っ。……ごめんなさい」
「いや、別にいい。だから、気にしないでくれ」
少女は大分申し訳なさそうにしとった。そんな少女を見て、少年も内心は大慌てでの。まぁ、感情を表に出すことが少なかったから少女には分からんかったろうが。だから少女は何とかお詫びをせねばと思ったんじゃろうな。しばし考え込んでおったが、少年が薪をほとんど集められていないことにふと気が付いての。
「あっ、そうよ。ねえ、薪を集めているのよね?」
「そうだ」
少年がそう答えると、パチン、と手を合わせての。朗らかな笑顔で少年を誘ったんじゃ。
「じゃあ、ついてきて。薪がたくさん落ちてるところを知ってるわ」
少年は無言でうなずいての。それを満足そうに見て、彼女は軽い足取りで歩きだしたんじゃ。
ん?少年は笑顔にやられて声を出せなかったんだろうって?坊、おぬし鋭いな。笑顔が綺麗すぎてな。ほぼ反射的にうなずいたんじゃ。
さて、しばらく少女の後をついていくと段々と緑が濃くなっていっての。ほとんど踏み荒らされていないよな場所にたどり着いたんじゃ。そこにはよく売れそうな薪がたくさん落ちておってな。
「ほら、ここならたくさんの薪が拾えるわ」
木漏れ日の中でそう笑う少女はとても可憐だったとも。正直薪なんてどうでもよくなっておったわ。
「ありがとう」
その礼が何に向けたものかは、傍から見ていれば簡単に分かったじゃろうな。しかし少女も鈍感での。薪が落ちている場所へ案内したことへの礼と勘違いしてな。自慢げに胸を張って答えてくれたよ。
「ふふん、私にかかればこれくらい簡単よ」
これが二人の出会いじゃった。それからというもの、少年と少女はその場所でよく会っての。他愛もない話をしたものじゃ。少年は村での出来事の話。少女は山での出来事の話。楽しい時間を過ごしておった。
そうそう。少女もよく少年にお話をせがんでおったよ。しかし少年もそこまでお話を知っとるわけじゃない。加えて、少年も気遣いというものが出来んから、少女に桃太郎や一寸法師のような話をしては不機嫌にさせてな。途中からは少年が考えたお話をしてやったんじゃ。
そんな風に多少喧嘩しつつも穏やかな日常を過ごしとったが、ある日少女が言ったんじゃ。
「あーあ。これからもずっとここであなたと話していたかったな」
「……すればいいじゃないか」
少年はかなり勇気を振り絞ってそう答えた。何せ初恋じゃったからな。この程度の言葉を告げるのさえ一苦労じゃった。
「ダメよ」
しかし少女の返事はつれないものじゃった。ちょうど日が雲で隠れておって、表情はよく見えんかったが声には明らかに拒絶の色があった。
「だって、私たちは一緒にはいられない。分かってるでしょう」
しかしな。表情も見えず、声色は拒絶であったとしても、少年は自分と彼女が同じ気持ちだと信じた。だからこそ挑むように言ったのじゃ。
「いいや、わからない」
「……どうして?どうしてわからないの!私たちは絶対に別れなきゃいけないの!それが私たちの未来なのよ!」
少年に対しての言葉じゃったが、自分に言い聞かせているようでもあった。少年もそれを理解しておったが、それでもなお決して譲れぬものもある。じゃから少し感情的なってしまっての。
「違う!未来は自分たちで決めていくものだ!既に決まってるわけじゃない!大事なのは僕たちが何をするのかだ!」
未来は自分で創り上げるもの。少年は特にそれを信じておった。それゆえ未来は決まっていると諦めている少女の言葉にむきになってしまったのじゃな。しかし少女としてもそう簡単には曲げられん。結局どちらも引き下がれなくなっての。
「分からず屋!」「意地っ張り!」
そりゃすごい剣幕で言い合いをしてなぁ。鳥や小動物が一斉に逃げ出したそうじゃ。それで結局、その日は喧嘩別れをしてしまってのぉ。しばらくは少年もあの場所に行かなんだ。
ん?未来は切り開くものは父親の口癖だと?うむうむ。あいつが小さいころからよく言い聞かされておったからな。我が息子ながらしっかり育ってくれたと思うぞ。育ちすぎ?腕相撲で全く勝てない?他の大人には勝てるのに?はははっ。なに、焦ることはない。いずれ勝てるようになるとも。
さて、しばらくあの場所に行かなかったと言ったがな。少女に会いたくなかったわけじゃない。意地を張っておっただけでの。ある日、とうとう我慢できずにあの場所に行ったんじゃ。
「「あっ」」
少女もその場に来ておったよ。少年としてはとても嬉しかったが、喧嘩別れした後じゃ。どう仲直りしたもんかと頭を悩ませた。まぁ少女の方も同じ気持ちだったじゃろうが。
「……あー、お、おはよう?」
全く口下手な男じゃ。少女も虚を突かれたというか呆れたというか。馬鹿馬鹿しくなったんじゃろうな。
「……ははっ、あはははっ」
「ははっ」
思わず笑い出してしまってな。少年も照れ笑いをしておった。結局それが仲直りの合図になった。とは言え何も解決はしておらん。しかし、いやだからこそかな。
「君が好きだ。ずっと一緒にいたい」
口下手故に飾り気も何もない、自分の気持ちを伝えたんじゃ。
「……えっ」
一瞬、少女は何を言われたのか分からなかったらしいが意味を理解した途端、顔を真っ赤にしてなぁ。それがまた凄く可愛かった。しかし、すぐに顔を曇らせてうつむいて返事をしたんじゃ。
「駄目よ。気が付いているでしょう?だって私は」
「そんなことは理由にならない。僕は、自分の気持ちを伝えた。だから君も、ダメとか無理ではなくて、本当の気持ちを教えてほしい」
あの時の少年は一歩も引く気はなくてな。少女の瞳を真剣に見つめてそう伝えたんじゃ。あの時の少年は少女が何者だろうとかまわなかった。そんなことは初めて会った時から気が付いていたのだから。
「わたし、私は――」
「いつもコソコソと、どこへ行くかと思えば。人間のガキと会っていたのか」
少女が顔を上げてこたえようとした瞬間に、少女の背後からそいつが現れた。金色の瞳を爛々と輝かせて、その鋭い牙を見せつけるように笑っていた。もし奴に角が生えていなかったとしても、正体はすぐに確信できただろうな。
「な、なんで」
「うまそうなガキじゃないか。もらうぜ」
奴はそんなことを言って少年の方へと歩いてきおった。少女はただ震えておったよ。奴は強い鬼でな。同族であろうとも喰らう恐ろしき怪物。少女は逆らえなんだ。そう、その時までは逆らうことはできなかったはずじゃ。だが――。
「どういうつもりだ?」
両手を広げ、少年の前に立ちはだかったんじゃ。震えが止まったわけじゃない。それでも少年を守りたかった。ただそれだけのことだったんじゃろう。
「ダメよ。こいつは、こいつは、私の大切な人だから!」
それが彼女の答え。どんなに諦めようとしても捨てられない、本当の気持ち。
「く、くは、くははははっ!鬼が人間に恋するか!?無様な姿だなぁ!いいぞ、そうまで言うなら」
あの鬼はそう笑った。少女は助けてくれるのかと期待したが、そんなわけがない。少年は気が付いておった。何せあの鬼は、最初から少女も少年も同じような目で見ておったからな。
「二人仲良く喰らってやるよ!!」
まずは少女を喰らおうと手を伸ばした。少女は咄嗟に動けなず、目をつむったそうじゃ。ああ、安心した直後のことだから仕方がなかった。しかし、そう、逆に言えば、鬼の言葉を予感していたら動けるのでな。
「させるかっ」
二人の間に割って入った。足は震えていたし、喉もひりついていた。けれど見過ごすことは出来なかった。体が勝手に動いていた。
「なら先に死ね」
「やめてぇー!」
鬼にとっては多少順番が前後するだけだったはず。少女も少年が死ぬ未来を予感していただろう。だが、少年だけがその場で違う未来を視ておった。大嫌いで、ずっと隠していたその左目でな。
鬼の手が少年に触れる直前に包帯が解けて、自身が忌み嫌っていた赤い瞳が露わになった。鬼も、少女も、その瞳に気圧された。ただの赤ではない。深く深く突き刺さる真紅の瞳。
「僕は死なない。彼女も死なせない」
鬼は思わず飛び退いた。その瞳に宿る力を感じ取った故に。鬼は人よりも自然に近しい存在だからこそ、その力に敏感であった。されど、すぐにその力がどういうものかも正しく理解した。
「なめるなよガキ!そんなもので人が鬼に勝てるものか!」
そう吠えて、鬼は少年に飛びかかった。恐ろしい速度でな。人間の反応速度を超えていただろう。しかしその速度故に、合わせられた時は簡単に投げられる。そして合わせる事など、来ると分かっていた少年には容易かった。
ズシン、と鬼の巨体が投げられ大地を揺らした。少女は何が起きたのか理解できていなかっただろう。目の前であの恐ろしき同族喰らいが倒れている。少年に反応できる速度ではなかったはずなのに。そんな呆然とした少女へと、少年は振り向いて笑う。
「大丈夫。だから離れていろ」
「な、め、る、なぁ!」
少女が反応する前に鬼が咆哮と共に立ち上がった。その剣幕は凄まじく少女は身動き一つとれなくなってしまった。そして鬼は前とは比較にならない威圧感で少年をにらみつけ叫んぶ。
「ただ未来が見えるだけのガキが、ふざけるんじゃねえぞ!!」
怒号ととも少年にめがけて拳が、蹴りが、舞う。一つでも当たれば、いや、かすっただけでも大怪我は免れないだろう。しかし少年はその猛攻を全て紙一重でかわす。鬼の未来を視て事前に動くことで人間では反応できない速度に対応しているのだ。だが逆に言えば。
「どうしたぁ、動きが遅れてきているぞぉ!!」
そこまでしてやっと紙一重。一つでも間違ったら致命的な重圧。そして鬼と人間の体力の差。少年の反応がいつ間に合わなくなってもおかしくはなかった。加えて、
「その身の丈に合わない力がいつまでもつかなぁ!?」
「っ!」
目が焼ける様に熱い。頬を赤い水が伝う。未来視は人間は過ぎた力だ。それを頻発させれば当然代償が伴う。
「おらっ!」
「―-ぐぅっ!っあ」
ついに鬼の拳が少年を捉えた。少年は咄嗟に左腕でかばったものの地力が違う。軽々と左腕を壊されてしまった。激痛で思わずもだえる。だがそれでも。少年はまっすぐ鬼をにらみつけた。
「まだだ、まだ」
少女を背でかばいながら強がる。少女から見れば、少年に勝ち目はない。だというのに少年は決してあきらめない。
「はっ!しぶといな。いやそもそもだ。その過ぎた力でもうわかってるはずだよなぁ?」
鬼の言うとおりだ。その時初めの少女も気が付いた。未来が見えているとしたら、当然この戦いの結末も見えているはずで。そしてこの勝ち目のない状況であれば。
「ああ、最初から視えている。だけどそれがあきらめる理由にはならない」
少年は残った右手を握りしめる。鬼に食われる未来が視えていても、ただただ愚直に今だけを見つめて行動していた。なぜならそれは
「未来を決めるのはこの目じゃない。神様でもない。ましておまえでもない。ただ、今、何をするかだ」
だからやるしかない。そう心の中で呟いて、少年は鬼へと駆け出す。
「笑わせるなよ!」
勝ち目はない。もし仮に拳が鬼に届いたとしても、人の力では鬼に傷一つ付けられない。何よりこのままでは鬼に殴り殺されて終わるだろう。そう、少年一人ではどうしようもなかった。
「あ、ああああああぁ!」
少女が鬼へと飛びかかる。鬼の事を良く知るからこそ怖くて怖くて動けなかった。だがそれでも立ち向かうのだ。少年と一緒にいたいから。
「小娘が!邪魔をするなっ!」
いくら同族と言えど力の差は歴然だ。普通なら簡単に振りほどかれる。だが少女は決して鬼から離れなかった。鬼に噛り付き、動きを抑える。
「おおおおお!」
拳では鬼を倒せない。だから少年は落ちている枝を蹴り上げて右手でつかむ。少年の左目はもう何も見えない。だがそんなことで彼は止まらない。いや、それこそが未来を自分で創り出すための第一歩だと信じて突き進む。
そうして少年は鬼の左目に枝を突き刺しての。全霊を込めた一撃で鬼は倒れたという訳じゃ。その後、二人はもちろん結ばれた。まだまだ大変なことはあったがな。少年も少女も未来は自分で決められると信じた。なにより最愛の人と一緒だったんじゃ。それはそれは幸せに生きたよ。これでこの物語はおしまい。めでたしめでたしじゃ。
ん?そういえば少年は少女にどんなお話をしてあげていたのか?ふふっ、さてなぁ。じゃが少女はいたく気に入っておったよ。曰く、センスあふれる物語じゃと。
或いはただの惚気