この親にしてこの子あり
いつの世も男は女を求め、また女は男を求めるもの。「いい女いないかな?」「いい男紹介してくれない?」など、意図をせずとも聞こえてくる若者の悲痛な叫びは、現代の社会に余すことなく発揮され、つまるところ商売が成り立つ。合コンや街コン、結婚相談所にマッチングアプリ、ツイッターやインスタグラムですら今や立派な出会いの場と言え、昭和を謳歌した者ならば便利になったものだと嘯くことだろう。ただ、別に出会いを求めるのはなにも男女間だけの話ではない。幼くして我が子を失った親と、不運な事故で親を亡くした子供。こういったケースもまた存在するわけである。
『この親にしてこの子あり』
白塗りの壁に囲われた簡素な作りの待合室の中で、一組の夫婦が不安と期待に身を寄せていた。
「あなた・・・。私たちで、ほんとうに大丈夫かしら?」
「当り前だよ!僕たちはこんなにも子供を愛しているんだから!」
不安にかれれる妻は夫に寄り添い、夫はそんな妻を勇気づける。傍から見れば理想的な夫婦に見える彼らには、まだ子供がいない。作ろうと努力はしたのだが、その努力は報われることは無く、悲しき事実だけが付きつけられたのだ。双方ともに不能。彼らは泣き崩れ、深い同情に駆られた知人が一つの解決策を勧めてくれた。それがここ。親を亡くした子供の里親を募集する『ひまわり組』だった。
「いやぁー。すみません。お待たせいたしました。当『ひまわり組』を任されております。園長の柳と申します」
私服姿の細身の男が待合室へ入ってくると自己紹介もそこそこに彼らに名刺を渡した。
「ご丁寧にありがとうございます。夫の小林誠二です」
「妻の沙耶です」
「ああ。そんな堅くならなくて結構ですよぉ。子供の多いところですからねー。まぁ、立ち話もなんですしどうぞお掛けください」
気さくな園長の指示に素直に従い、夫婦はソファに腰を下ろした。
「ふぅ。すみませんね。さっき子供たちを寝かしつけてきたところなんですよ。みんな元気に飛び跳ねるもんだからこっちの身が持ちませんね」
「すみません。そんなお忙しい時間にお邪魔してしまい・・・」
「ああ。いえいえ。お気になさらず!いつものことですから!それより、さっそく里親の件になるのですが、申し訳ございませんが、今回はご縁が無かったということに」
「・・・え?」
園長の突然の門前払いに、二人は時が止まったかのように固まり、事態を理解するのに随分時間を有した。
「ど、どういうことですか・・・?私たちでは相応しくないということでしょうか?」
「そんなまさか!事前にプロフィールを確認させていただきましたけれど、旦那さんはお医者さんで奥さんが学校の先生だなんて、お二方以上の経歴を期待していたら一生里親なんて見つかりませんよ!」
「で、では、なぜ私たちではダメなのでしょうか・・・?」
震える声で夫婦が園長に尋ねると、園長はバツの悪そうな顔をした。
「失礼ですけど。あなた方はどこで『ひまわり組』のことを聞きました?」
「斡旋所でお話を伺いました」
「なるほど。つまり、うちがグループEに属することを知ったうえでお越しいただいたわけですね?」
「はい。そうです」
「はぁ~。なるほど。見えてきましたね。そういうわけですか・・・」
児童託児施設には国が定めるグループ分けが存在しており、上はAランクから下はEランクまで。待機児童の精神状態によりランクは左右され、『ひまわり組』はまごうことなき最低ランク。元親の影響やその他諸々の事情により精神に異常をきした子供達を専門に預かる施設だった。
「里親になるなら必ずEランクの施設から。私たちはそう決めてここに来ました」
「お気持ちは非常に立派なんですけどねぇ・・・。それにしてもうちは気性の荒い子も多いですから・・・。少なくともDランクぐらいの施設を訪ねて頂いた方がいいと思いますよ。必要があるとは思えませんが、ご要望があれば紹介状も書きますし、なんでしたら」
園長が話を終えるより先に室内に扉をノックする音が響くと、職員らしき気の弱そうなメガネの女性がドア口から顔を出した。
「お話し中すみません。苅澤さんがお越しなんですが・・・」
「ええ?もう来ちゃったの?こちらにも準備があるってあれほど伝えたのに・・・。はぁ。まぁ、来ちゃったなら仕方ないね。いいよ。サインだけもらって置いて」
「はい。わかりました」
再びドアがガチャリと閉じられると、園長は夫婦に向き直った。
「お見苦しいところをお見せしてすみませんね。どうやら子供の引き取りが予定よりも早くなってしまいまして・・・」
「いえいえ。構いませんよ。それより里親主導で子供の引き取りを決めるのですか?」
「普通はそんなことは無いんですけどね・・・。手続き的なものは済ましてましたから親御さんが勘違いされたのかもしれませんね」
「そう、ですか・・」
「ええ。まぁ、しょっちゅうですよ。Eランクの子供を引き取られるということは、Dランクですら門前払いを食らった親と呼ぶには未熟すぎる方たちばかりです。実のところ、今日引き取りに来た親御さんも、以前、自分の子供を売りに使ったなんて黒い噂のあるご夫婦です」
「売り?売りとはなんですか?」
「つまるところが、売春です」
「そんな!なんでそんな人に子供を引き取らせるのですか!!」
夫婦は激高し園長に食って掛かるが、園長はあくまで冷静だった。
「残念ながら、我々に拒否権は無いのですよ。引き取りに値する規定さえ越えていれば誰であってもね・・・」
「そんな・・・」
居ても立っても居られないのだろう。夫婦は部屋の窓に張り付き外の様子を伺うと、やたら露出の高い金髪の女が可愛らしい男の子の手を引いて車に乗り込むところだった。
「何とかすることはできないんでしょうか?」
「できないですね。国が決めたことですし。待機児童の数は年々増えていますから」
「でも、これではあまりにも子供が可哀そうです」
妻の女は手で顔を覆い、おいおい泣き出してしまうと、園長は不思議そうに尋ねた。
「ん?子供?子供の心配をしてるんですか?」
「当り前じゃないですか!ほかに誰の心配をするんです!」
「ああ。やっぱり。あなた方もよく理解せずに来られたんですね。ここはEランクの施設ですよ。引き取る親が親なら子供も子供です」
夫婦は言っている意味が分からないと首をかしげると、満面の笑みを浮かべて園長は答えた。
「あの男の子。4度目なんですよ!」
「ここを利用するの」