095 千代神の集い
はたり――。
ひと打ちの翅に粉を舞わせて闇に冲るのは鶏冠石の橙を写し取った美しい下翅の蛾――火取蛾だ。
火取蛾は細羽造の社殿群を見下ろす三段廻廊の軒を舞い、廻廊の先に設えられた八角の堂宇へと誘われるように近付いた。
朝日を望む東の円窓から落日を見送る西の円窓へ、迷い込んだ火取蛾が揺れ惑いながら星光の尾を引いて流れて行く。
「菜種梅雨には早かろうが、霧雨に羽を濡らした」
火取蛾と入れ替わりに丈の高い翼持つ神が現れた。
神は猛禽の羽根を縫い合わせた枯野色の外套を外すと、それを掌中に消してドカリと勇ましく胡坐を掻いた。
「何を手古摺ったらこうも遅れて来るかしら。夜っちゃんのとこに集まった時も遅蒔きの出遅れだったのを心は覚えてる」
先に来て茶を啜っていたざんばら髪の小柄な神が、黄ばんだ乱杭歯を剥き出しにして遅参を咎めた。すると翼の神は悪びれもせずにやり返す。
「黙れ鳥もどき。儂は日中の神ぞ。宵に浮かれる貴様と混ぜこぜにされては迷惑千万」
「ひえー! 心びっくり! ひえー! なんて憎まれ口かしら! そんな口叩くなら昼間っから来て待っていればいいじゃない!」
かぽっ――。
涼炉に据えた黒鉄特産の鉄瓶に柄杓を挿して、今一人の神が湯冷ましに湯をあけた。土師器の急須を通してあけられた湯は香炉に焚かれた香りと混じるように湯気を湛える。
続けて余す湯を煎茶碗に注ぐと急須台に急須を戻し、茶筒を倒して転がしながら煤竹の茶合に茶葉をよそう。目分量を計ったら急須の蓋を摘まんでサラサラと中へ。
一連のゆったりとした所作に湯の熱さも頃合いとなって、湯冷ましから急須へ注がれる。
手前奢らず。
華美を誇らず。
物静かな神は急須の手を取って持ち上げると添え手は膝に置いたまま、並べた煎茶碗に急須を往復させてどの碗も濃度を一定に注いで行った。
急須を置いて碗を取り、茶托を添えて翼の神にそっと勧め、次いで今一つの碗を小柄な神にも送り、そちらからは既に空いた碗を差し戻す。
「どうぞ」
一服の芳醇――。
夜気を燻らす茶の香りがすっかり喧しさを洗い流して、上手下手にほうっと息吐く二柱。
「いつもながら忍火の茶は酒にも勝る味わいだな」
「心はお抹茶よりこっちのが好き。お抹茶は緑の髭が付くし、見た目が忍火の血みたいなの」
「おい、よさぬか吸血鬼。折角の茶が不味くなろうが」
鋭い銀眼でひと睨みすれば心も負けじと丹色の目玉でやり返す。
「風声さん」
「ん?」
「心さんは目上の神。余り言葉が過ぎてはいけません。そんなでは遠からず末媛にも嫌われてしまいますよ」
「むう、耳に痛いことを」
八角の堂宇に集う神々はいずれも千代を長らえる古き神。宮の主、忍火媛は四巡りの古株。次いで黒鉄の心媛、風渡の風声媛と続く。
中でも心媛は変わり種。十六夜から朔までを今の姿で、朔を過ぎて望月までを先代で姉神でもある末媛の姿で過ごす。そしてその末媛に珍しくも付き合い下手な風声が懐いているのだった。
「ひひひっ」
「何が可笑しい」
三柱の神々は毎年、春告神事の前になるといずれかの宮に集って宵を過ごした。今年はここ火取蛾本宮。
別にこれといって何がある訳でもない。ただ、明けて行われる春の神事の幕開けを前に、世代も近く胸襟の開ける間柄でしばし語らうばかりのこと。なべて人も神も、春立つと聞けば冬構えを解いて親しき酒徒に会いたくなるものなのだ。
「ところで忍火。あれの様子はどうだ? ここにも来たと聞いたが」
「ひえー! あれですって、ひえー! 皇ちゃん相手に非礼の極み!」
「いちいち騒ぐな。和主こそ何が皇ちゃんだ。戯れおって」
「二人とも――」
お静かに、と飲み込まれた意を察して、心も風声も素知らぬ顔で口を噤んだ。
忍火は迎えの茶を下げて茶器の盆を背越しに送り、壁際に並ぶ酒の支度を御業で寄せた。
燗銅壺の炭壺には既に火が入っており、隣の壺に酒で満たしたちろりを収める。そうして燗付けの間に酒器を整え肴の用意。
「木耳!」
「春の茸か」
取り皿に乗せられた生木耳に思わず心が舌なめずり。風声の視線の先には炭壺の上に置かれた金網に並んで行く肉厚の春椎茸。こうした細々とした支度の一切を主祭の忍火がするのだから、互いの密なる情が窺い知れる。
「首刈様はそれはそれはお元気のご様子でした」
燗銅壺から座に向き直り、忍火はぽつりと口にした。それから袂に手を忍ばせて沙綾形模様の巾着を手に取り、そこから一粒の飴玉を摘まんで口へ。
「酒の前に飴玉か?」
「首刈様から頂いた有平糖と言う飴です。ほろほろとした口溶けが得も言われず美味しいのです」
「心にもちょーだいなっ」
「嫌です」
「ひえっ、けちんぼ!」
「こけはわたくしへのお土産ですもの」
つれなく言って巾着を仕舞うと、忍火は燗の付いたちろりを取って、梅が枝の蒔絵をあしらった燗鍋に移し、盃を回した。
さらさらと湯気立つ酒が心に注がれ、風声に注がれる。風声は盃台に盃を置くと、忍火の手から燗鍋を取って返盃。三方行き渡った酒盃を気持ち掲げて口付ける。
姿勢のよい忍火。
片手で無頼に呷る風声。
ズズッと音を立て、縁を舐め取る心。
「程よく付きました」
「うむ、旨いっ」
「温まるわ」
「桜が薫るな」
「ちろりに桜の葉を一枚忍ばせましたから」
「春うららねぇ」
空になった酒杯の見込みに金箔の巴紋が照り映える。雨足が多少強まったのか、堂宇にしとしとと雨音が注いだ。
「梅も盛りの散り初めか……」
風声のこぼす風流に双方頷いて、それからは燗鍋を回して手酌をしたり、注ぎ交わしたり。肴の茸もほどほどに、ぽつぽつと語らいながら春めく酒を愉しんだ。
「それでどうだ。例の渡人との話は先に進んでおるのか?」
「ひひっ、気になる気になる~」
「混ぜっ返すな。先には儂も西風から回状を受け取った。あの帆紋の出所来歴は掴んでおろうな?」
「心にも届いたけど、てっきり渡人の鉱夫を出入りさせてるからだと思ってた。風声のとこなら関わりない話でしょ? 西風ったら随分念入りよ」
心の言う通り、風渡では魑魅縁と呼ばれる断崖から先へ行く渡人は滅多にない。
目下、赤土は諸事情により渡人の出入りを禁じているが風渡は違う。それでも尚赴く者が少ないのは鳥の目、即ち監視が付くからだ。
渡人は風渡の何処へ行っても空から鳥に見張られる。トーテム参詣を速やかに済ませる他に、少しでも寄り道をしようものなら途端にその目は厳しくなると噂された。
「戦の後しばらくは目を光らせていたが、今はそうでもないぞ。ただ、未だにその頃の話に尾鰭が付いて回っているのだろう。だからと言って別段不都合も感じはせぬが」
風声はカタリと盃を置いて、二粒目の飴玉を取り出す忍火に目を向けた。
「あげません」
「誰も盗りはせぬ。して、どうなのだ? 護解こそ渦中だろう」
「そのことなら勿論、調べは付いています。粗方は一の巴に浚わせました」
「ほう。それで、首刈は何と申した?」
「何も」
「何も? それは大した話ではなかったということか?」
「いいえ。首刈様には調べについて何一つお話ししていませんから」
妙な答えを聞かされて風声は眉を顰めた。チラと窺えば心も目を丸くして忍火を見ている。
「忍火は意地悪。あれを知らせないだなんて、後々恨みに思われても心は知らない」
「そうでしょうか。わたくし首刈様には期待しています。手取り足取り教えられずとも、首刈様ならばきっとご自身でお考えになられるでしょう。こと渡人に関しては、あれほど心を砕く方も他にないのですし」
「待て待て主ら。話が見えんぞ。今の口振りからすると心も何か掴んでいるのか? ならば先ずそれを聞かせろ」
訳知り顔の二人に割って入る風声に向けて、訝る視線が跳ね返る。
「あの時席を蹴った風声が知る必要なんてある?」
「そう。あれはよくなかったと思います」
「何を過ぎたことを。回状が届いたからには儂も知って然るべきだろう。ぐずぐず言わずに疾く話せ」
強硬に主張すれば年嵩の二柱は笑みを含んで空にした盃を盃台に置いた。
忍火は袖の乱れを直し、迷い込んだ蛾を指先に休ませて曰く。
「そうですね。五つ帆の丸を掲げる渡人の寄り合いは、その枢要に魔法使いと呼ばれる御業の使い手がいるようです。彼の者たちの成り立ちは古く、五百の昔の戦よりも前。ともすれば大嶋に寄せて後、百歳も経たぬ頃には形を持っていたようです」
「それは如何にも古いな。して、連中の目当ては?」
「さあ。こうと明らかに言えるものはありません。ですが善事であろう筈もなし。彼の者たちは隠れ潜んで幾星霜。けだしそうと悟られたくない狙いがあるのであり、知られたくない秘密を抱えているのでしょう」
如何にも感情を交えぬ語り口に、風声は燗鍋を取って手酌の盃を呷った。そして一考する。
渡人の到来から今日までの千年。時の流れの裏側に妙なものが潜んでいたものだと。それが昨今、審神の小杖という形で表をちらちらと窺うようになってきた。
「要するに昨今の目立った動きは、連中の狙い目に対して相応の目途が立ったからだと、主らはそう見ているのか?」
「息を潜めていた鼠が身の危険も顧みずに姿を露わにするのだから、意を決するだけの何かがあったということでしょ」
否諾の問に応じた心は、乱れ髪から突き出す尖り耳を探るように動かして、皿に残っていた最後の木耳をペロリと喉に通した。
「あの会合からこっち、心の所にも金堀りのことで渡人が出入りするようになったでしょ? その中にも五つ帆の丸の絡みが随分いる。出入りは凸凹山に限っているけど、金銀の持ち出しはあるし、扇宮周辺にも探りを入れて来てる」
「それをほったらかしか? 追い払えばよかろう」
「だめだめ。泳がせて様子を見なくっちゃ」
「しかし財をどれだけ人の手に回すかは裁量だぞ。それこそ黒鉄の担う大きな役割ではないか。持ち出しなど許してなんとする」
星詠と呼ばれる御業を会得した神々は星霊の願いというか、好みというか、望むべき世界の姿を漠然とではあるが知ることになる。何故漠然かといえば、星霊はこうと明確な意思を示すことがないからだ。他の微生物と同じで、多分に本能的であり、神であってもその意図は読めない。
神々は星霊が溜め込んだ気の遠くなるほどの情報の海を泳いで、多くの推測を交えて星霊の意思を読み取る。そうした中、星霊が種の繁栄の為に最も警戒する存在は人類であろうと推察し、何が人類を星霊の仇と成すのかを考え、対処して来た。そして今日、特に重きを置いていることが二点ある。
一つ、人類に野放図な財を与えてはならない。
一つ、人類を過酷無比な環境に置いてはならない。
本貫星と呼ばれる星霊起源の星が命数尽きて四散した時、星霊は果てのない宇宙を渡り、三つの惑星を経て楓露に至った。
本貫星に人類の影はなく、新天星の内、二つに於いて星霊は人類種と邂逅している。今一つの新天星では人類は既に滅亡していた。
地球と呼ばれる星の記憶では、人類の過度な繁栄の影で他種生命が減衰の一途を辿り、多様な生命の繁栄と共に在る星霊は絶望して次なる星を求めた。
地球は豊か過ぎたのだ。巨富や逸楽を求める飽くなき人類の欲求が自然界の汚染を助長させ、同種の間ですら戦争という破滅的な暴力競争を繰り返した。
一方、隕火球と呼ばれる星では過酷な環境が仇となった。
人類は生存意欲を後押しする知識や技術によって、最終的に肉体を脱却する形で環境を克服。人造の体に記憶を転写することで長らえようと試みた。しかし、そこに星霊の発展性を後押しする心魂由来のエネルギーは存在しない。
残されたのはAI人形と化した機械複製人類と、環境に淘汰され減衰して行く生命群。星霊は隕火球での繁栄を断念し、次なる星――楓露へと渡った。
星霊は万物に宿り、万物の情報を得て、以って多岐に亘る生命の隆盛を後援し、一定の均衡の下に共栄を目指す存在だ。その生命の理想を追う姿は夢見る生命体と表現してもいいだろう。そしてその優し気な夢にこそ、楓露の神々は寄り添いたいと願っている。
「心だって分かってる。財が害になり得ることはね。でも問題はそこじゃない。今黒鉄から渡人に、五つ帆の丸の連中に流れてる財なんて、星霊の記憶からすれば爪の垢にも及ばないでしょ。ほっといていいの。そんなことより心が心配なのはこれ」
言いながら懐に手を突っ込んで、取り出した懐紙を広げて見せる。皺くちゃの紙に墨で殴り書きされているのは文字だか図柄だか容易には読み取れない何かだ。
「……和主。筆神などと呼ばれておいて何をどうしたらそこまで汚い字が書けるのだ?」
「あらやだ知らない? 心のこれは崩しって言うの」
「崩し過ぎだと言うておるのだ。馬鹿者っ」
「ひえー! 馬鹿って言った! ひえー! 心、絶対許さないぃぃぃぃ!!」
「二人ともお静かに。夜ですよ」
「そうは言うが忍火よ。これが読めると言うなら読んで儂に聞かせてくれ」
「辿理――」
「御業で読むのかっ」
「忍火ってば斬新」
辿理の御業で筆の流れを読み解いた忍火は、それでも七分八分を汲むのが精々だった。が、忍火自身、配下の一の巴を使って掴んだ諸々と照らし合わせることで、心と自身の問題意識が貝合わせのように重なる事実を承知した。
「大崩れの九曜紋とでも言うのでしょうか、山津波の後のような惨状ですが――」
「ひどいっ」
「黙っておれ」
「九たりのいずれも、五つ帆の丸の要を担う魔法使いを表しているようです。細かくのたうつ文字は当て字をした名前? それとも仮名でしょうか。更には重ね書きの御神紋。これは魔法使いそれぞれの信奉するトーテムになるかと」
「御名答!」
心は得意そうに言って燗銅壺からちろりを取り出し、燗鍋を満たして盃に注いだ。それを一口に呷って曰く。
「九曜の中心、真神の位置に描いた紋がなんだか分かる?」
「勿体ぶるな、なんだ?」
「ぐるりを囲むのは八大紋。つまり八大神を信奉する魔法使いこが五つ帆の丸を掲げる所帯の要よ。その連中が真央に据えるのは数多ある去り宮の一つ、優曇華宮の御神紋――」
心は言葉を切って丹色の視線を忍火に投げた。それを受けて忍火が続ける。
「優曇華宮は蜉蝣トーテム。渡人が大嶋の土を踏む以前に廃れた宮でした。彼らは大嶋の調べを通じてそれを知り、秘かに目を付けたのでしょう。天変地異に呑まれた里を再び切り拓いて、宮の復活を目指したようです」
「それはまた、人の命を想えば気の遠くなる話だな。して、成ったのか?」
「ええ、そのようです。ただ――」
「ただなんだ?」
「不思議なことですが、その後は宮を盛り立てようという動きはならなかったようなのです」
「では何が為に左様な真似を?」
「分かんない! だから気味が悪い! 心は皇ちゃんに任せるのは心配。忍火は心配じゃないの?」
「ええ。三の巴の報せでは首刈様には西風さんが付くようですし、引き続き三の巴も控えに置きますから欠片の不安もありません。わたくしは単に渡人の動きが気になるというだけです」
「首刈の周辺が安泰ということならそれはいいが。しかし忍火よ。和主、何故首刈を試すような真似をしたがるのだ?」
「それは首刈様がお生まれの頃、稀なる星霊を見たからです」
思案の外から来た答えに風声と心は視線を通わせた。
暗宮は代々、星霊の流れを読み、その盛衰を知る宮筋。初代、神魂召柴闇火取媛命から先代、神魂召惜夜火喰媛命を経て忍火に至るまで、その格別の役割は変わっていない。
宮を包み込む闇の天蓋に星霊の海を描いてその流れを読み解く。障りがあればそれを取り除き、際立つものがあれば顛末を追う。星霊が望むバランスを常に監視している存在だと言えるだろう。
「稀、とは如何なる?」
「それを一口に言えるのであれば稀とは申しません。ただ、どなたからも分かる通り、首刈様に対してはあの夜刀様が真っ先に腕を広げて迎えられました。これまでにはなかったことです。火群様の時にはわたくしも生まれていませんから詳しくは存じませんが、神刀様、二代目真代の次代様、月酔様、先代真代様と、いずれも大嶋廻りを終えて確たる神と認められるまでは何処か突き放すところがあったことをお二人も覚えているでしょう――。それが異例の早さで大嶋廻りを始められた首刈様に対しては知っての通り。万世一代の夜刀様が既にして認めているのです。ですからわたくしも興味があります。何を以ってそうまで首刈様が特別であるのか、ということに」
普段は口数の少ない忍火が珍しく語るので、心も風声もその謂わんとするところをよくよく考えてみた。
そもそも夜刀媛は如何なる神に対しても親の厳格を示す神だ。代を重ねる他の神を自然、子や孫として見るのであって、一人前と認められるまでは確かに厳しい。心にしても風声にしても自身の体験としてそれを知っていた。
一方で一度認められてしまえば途端に気安く馴れ馴れしく、底抜けの慈愛で以って包み込んで来るきらいがある。勿論、口喧しくもあるし、あれこれと注文も多い。しかし、踏み込みが深く、隔てのない人柄には家族的な安心感が宿りもする。だからこそ誰からも愛される。それが夜刀媛という神なのだ。
「確かに夜刀が首刈を認めた節はあるな。そもそも儂の所へ天開神事の挨拶に来たかと思えば、八大を待ち構えて例の集まりに引っ張り込んだ。あれなんぞはその最たる例だろう」
「それに皇ちゃんも普通じゃない。大嶋廻りを始めて水走も道半ばという時期に、あれだけの渡人の話をする。心はびっくりよ。そこは忍火とおんなじで、どうなるものか見てみたいと思った」
「それが理由で金鉱をポンと渡したか」
心は乱杭歯を覗かせてにんまりと笑った。
「そう言う風声も皇ちゃんのことは気になって仕方ないんでしょ?」
「大嶋廻りを滞りなく進めておるのかは気になるな」
「そんなこと言って。赤土でのことも知ってるんでしょ?」
「風の噂に聞きはしたな」
「風の噂って便利よね!」
「喧しいっ」
相も変わらぬ二人のやり取り。忍火はそれを制して「いずれにせよ――」と前置きしつつ話を戻した。
「わたくしは陰に控えて事の推移を見守るつもりです。いざともなれば巴衆を動かせば済むこと。心さんも引き続きそのように願います」
「心は分かった。向こうは向こう。こっちはこっち、ね」
「儂も承知だ。表立って口は挟まず、さりとて放っても置かぬという形が今はよかろう。いざや首刈のお手前拝見、だな」
三柱の千代神は今後も渡人の水面下の動きに傾注。片や首刈皇大神がそれに対してどう動くかという点にも注目した。
大嶋では何かを大きく変えることはそうある話ではない。渡人の到来以降を新時代と位置付けて千年の時を経た現在、新たに立とうとする皇大神が何を成すかは、古き神の好奇を掻き立て、興味を引くに相応しいものだった。
バチン!!――。
「……痛っ」
不意の衝撃が同時に三柱を襲った。
「ひえー! 心びっくり! ひえー!」
突如、頭を打ち据えられたような感覚に捉われる。
風声は立ち上がって外に気配を窺い、ひっくり返った心は目まぐるしく耳を動かして不審を探った。
ただ一人、忍火だけは山の如く平静だ。
「これは報せです。今この場に何事かある訳ではありません。かつて一度、このようなことがありました。二人は覚えていませんか?」
「こんな頭の中で弾ける衝撃、心は初め……あっ!!」
「む? いや、まさか……」
思い当って神妙に返る心と風声。二人は己が思い浮かべた答えの正否を求めて忍火の言葉を待った。
忍火は雨だれ下がる軒を見上げ、柳葉のような触角を僅かに動かした。
「何処の神かは知れませんが、明々白々と神旨を破ったようです」
さらりと述べて、忍火は巾着から有平糖の飴玉を一粒、品よく取って清ました口に差し入れた。




