006 連尾穴闇 -しきもなぐら-
翌朝。私と阿呼、放谷の三人は、未だに「おいらが上だ」と燻る追風を残して一路、二宮を目指した。そして私は心に誓う。次に会う時にはぐうの音も出ないほどお姉様になって見せようと。
さて、揚々と先頭を往くのは蜘蛛神の放谷。腰裏に差した山刀を抜いて草を薙ぎながら進んで行く。その後ろに市女笠を被った阿呼が続き、私は追風から護身用にと貰い受けた手槍を取って殿を歩いた。
追風と別れたことで、私はふと、旅立ちに際して会うことのなかった兄弟を思い浮かべた。
大牙こと隠居大鉢坐大牙神は、お宮の北に鎮座する隠居山に移ってお山の神様になった。
隠居山というのはその昔、星霊が流れ星に乗って降り立った場所だ。星霊はそこから楓露全体に広がって行ったと伝わっている。あるいはお山そのものが、姿を変えた流れ星なのだとも。
そのお山の中腹に抱かれるようにして湧水を湛える池が隠井。月光こと隠井月光尊は、清らかなる湧き水の守り神だ。
その水を一口飲めば立ちどころに病は癒え、心に安らぎを得るという霊験あらたかな湧水。ひょっとしたら放谷の母親を苦しめた旅人たちの狙いはそれだったのかも。
「お姉ちゃん遅れてるよー!」
「ごめーん。ちょっと大牙たちのこと考えてた」
「お兄ちゃんたちのこと?」
「うん。追風には会えたけど、大牙にも月光にも、それにお父さんにも会えず仕舞いだったからさ」
「そっか。でもほら、道結を覚えたら会いに行けるから」
「そだね」
「狼は仲いいなー」
「蜘蛛さんはちがうの?」
「んー、ちょっとなー」
垂衣の奥から投げかける阿呼の問いに、放谷は山刀を右左、右左と持ち替えながら返事を寄越した。
「かーちゃんはあたいが生まれた時に死んじゃったなー。一緒に沢山生まれたけど、あたいたち一緒の巣には暮らさないんだー」
山刀を収めて頭の後ろで手を組む放谷。声色は普段の調子でも、背中には一抹の寂しさが宿っているように感じられた。
「あたいたちは生まれて直ぐ、谷を渡る風に乗って散らばってくんだー」
「じゃあずっと一人ぼっちだったの?」
「そーかなー。あたいは一番遠くまで飛んだから、風合谷の星霊もわんさか取り込めた。だからあたいがかーちゃんの次の主神になったんだー。それで、死んだかーちゃんの身体を、食べた」
「たべ、た?」
二人の会話を聞いていたら急にグロい話になった。阿呼が立ち止まったので自然、私もそれに倣う。それを察して放谷はくるりと向きを変えた。
「そー、食べた。だからかーちゃんが卵の中のあたいたちをすっごくすっごく大事にしてたことも今は知ってる。でもいいなー、狼は。あたいは家族で話したことないからー、ちょっと羨ましいんだー」
そう言って放谷は持ち前のいい笑顔を振り撒いた。
食べたことで分かった。それはつまり、母神の星霊を取り込むことで情報、即ち記憶を共有したということだろうか。死によって初めて知る母の愛。それは群れ成す狼の密な絆からは想像し難い。私の知る家族は前世も今生もなく、もっと身近で、温かくて、心の支えとなるものだったから。
私は勝手に同情してしまい、熱くなった目頭を誤魔化しながらぎこちない笑みを作った。
「たくさんお話ししようね」
駆け寄った阿呼が放谷の手をギュッと握る。
「おー、いいぞー。なに話そーかー?」
そんなやり取りを見守りながら、私はこの先も上手くやって行けそうだなと感じていた。
放谷は今みたいな話もあっけらかんと明るくするし、阿呼は人の心にスッと寄り添うところがある。どちらも宝石のように貴重な個性だ。
やがて隊列は南中した日差しを避けて木陰に身を寄せた。今や南方の山並みも間近。揺るぎない万丈の壁を巡らせている。
私は追風が用意してくれた鹿肉を取り出し、小刃を使って切り分けた。それを摘まみながら、阿呼の質問を皮切りに御業談義が紐解かれる。
「ねぇねぇ放谷。蜘蛛と人の姿を入れ替えるのなんて言う御業?」
「移姿だぞー。え? 阿呼は移姿を知らないのかー? じゃあどうやって狼に戻るー?」
「阿呼もお姉ちゃんも今は戻れないの」
放谷は目を白黒させた。豆鉄砲を喰らった顔と言ってもいい。
「信じられないなー。移姿ってのは御業の基本中の基本だー。二人なら狼、あたいなら蜘蛛。本当の姿に戻れないのに大嶋廻りなんて大怪我の元だぞー」
「でも阿呼たち、お母さんからは道結を覚えなさいって言われただけよ。放谷は道結使える? 使えるなら阿呼たちに教えてくれない?」
「道結は知らないなー。あたいずっと谷暮らしだし、出かけるって言っても谷の終わりにある三宮くらいだから、歩いたり風に乗ったりするので十分だー」
「そうなんだ。じゃあ他のこと聞いてもいーい?」
「おー、なんでも聞いてくれー」
私はすっかり打ち解けた二人の会話を耳をそばだてながら聞いていた。何しろ御業は魔法そのもので、異世界転生の花形スキルだ。昨晩の話にも出た伝承の妖退治には欠かせない要素。語り継がれることを考慮に入れれば道結や移姿といった基本の御業に留まらず、派手めな御業を覚えて行く必要もあるだろう。それに旅をする上で便利な御業だって覚えたい。
「でもどうして御業には名前が付いてるの? 思いのままになんでもできるなら御業は御業でいいんじゃないの?」
「それはなー。星霊の御業ってのは本当になんでもできちゃうだろー? そうすると頭がこんがらがってきちゃうよなー? それだと困る。だからこれをする時はこれ、あれをする時はあれ、って名付けをしておくといーんだ」
「放谷が人になったり蜘蛛になったりするのは移姿ってこと?」
「そーそー。阿呼が狼になっても、首刈が南瓜になっても、姿を変えるのは移姿。移姿ってそーゆーもんだー、って当たり前に思ってることが大事かなー。慣れてくると移姿って念じただけで反化できるよーになるからなー」
なんで私は南瓜なんだ。などと思いつつ、二人の会話を反芻してみる。
要は道を繋ぐのは道結。姿を変えるのは移姿。と、イメージを固着する為の名付けなのだろう。呪文みたいに口に出してみるのも効果的かもしれない。
放谷の言う通り「想像でならなんでもできる」と言うのは浅薄者の大風呂敷で、人の想像力なぞ取るに足らない。例えばいつも使っている道具類。これを頭の中の想像だけで形にしようとしてもディティールはあやふやになる。そんな取るに足らない想像力が御業として確たる現象を引き起こす理由は偏に星霊の存在にかかっている。星霊は宿主の想起に反応するだけでなく、その持てる情報を駆使して想起を補完する。それによって望む現象を具現化させるという仕組みだ。
星霊による想起の補完は星霊との親和性が高い者ほど強い。皇大神である私などはその最たる例と言えるだろう。と言ってもまだ何一つ御業を使えない身の上だけどね。
「ずっとずっと昔から。色んな奴が色んな御業を使ってなー。あ、これは便利だなーとか、これは凄いなー、ってのには名付けがされて広まってったんだ。だって自分で一から考えるより、借りてくる方が楽ちんだろー? 借りてきて、それを自分の使い易いように練り込む。その内に自分だけの御業だって紡げるようになるぞー。そんでそれをまた誰かが使うって寸法さー」
「へー、阿呼にも御業が創れるんだ。放谷は誰から御業を教わったの?」
「かーちゃんだよー」
かーちゃんは食べちゃったのでは? と思いつつも、私は黙って続く言葉に耳を傾けた。
聞けば、一番長く谷を渡った放谷は、社に戻って母神の体を齧り、神名と母神の思い出とを受け取ったのだそう。また、放谷の他にも、遠くまで飛んだ順に何匹かは名付けを受けて神になっている筈だと言う。ただ、話したこともなければ会ったこともないそうだが。
「あたいはかーちゃんの思い出の中から御業の記憶を手繰って、一つ一つ、コツコツ身に付けてったんだー」
「へぇー。じゃあじゃあ、移姿の他にはどんな御業が使えるの?」
「それなー」
ニッと笑って右手の人差し指を立てた放谷は、それをくるくる回してビシッと頭上の枝葉に突き付けた。するとバサバサッ、ザワーッと騒がしく葉擦れの音がして、はらはらと木の葉が落ちる。
放谷はそれら木の葉に再び人差し指を向けてくるくる回した。すると今度は木の葉が旋風に巻かれたように、その場でくるりくるりと舞い踊り始めた。
「わぁ~、お姉ちゃん見て見て! すごいすごーい!」
阿呼は紅緋の瞳をキラッキラさせながら、宙を舞う木の葉を捕まえんと、両手を伸ばして回転した。やがて放谷が指を引っ込めると旋風も解けて、木の葉はゆっくりと地面に添う。
「放谷は風を操れるんだ。羨ましいなー」
私は羨望と賞賛の拍手を送った。
「風招なー。やろうと思えばもっと強い風も起こせるよー」
感心して言う私に得意満面の放谷。親指を立てて鼻頭を擦って見せる仕草は愛嬌たっぷりだ。彼女の神名は風招放谷姫命。その名に冠する御業ならば、十八番に違いない。
「二人とも御業のことが気になるなら、三宮に行って聞くといーぞー」
「そうなの?」
「うん。三宮の主祭は年季が入ってるから、御業にも詳しいし、やり方も教えてくれる筈だー」
「おお! それは是非ともお願いしたいっ」
私は思わず身を乗り出した。
「首刈は皇大神だし、阿呼はその妹だろー。二人とも一度覚えちゃえばあたいなんかあっという間に追い抜いちゃうさー。なんたって星霊量が違うからなー」
「え? でも放谷だって二宮の神様だよね。一宮とに二宮ってそんなに違うの?」
「そりゃそーさー。九つの一宮は星霊が直々に作ったんだぞー? 中でも真神は一番の格上だぁ。皇大神の首刈なんて、あたいからすりゃ雲の上どころかお月様の横だよー」
「いや、そこは上でいいでしょ!」
「そおかなぁ?」
最後のおとぼけは聞き流すとして、今のはキャパシティのお話だ。私のキャパを以ってすれば相当手広くやれるというニュアンスで受け取った。でも、だからこそ御業の御の字もこなせていない現状が歯がゆく感じられるんだ。素質はある。技術がない。そんな宙ぶらりんな立ち位置なのです。けれどそれも、今や三宮という光明を得た。
「よし、それじゃあ出発。小一時間は経ったし、そろそろ先へ進まないとね」
***
アルプス一万尺 小槍の上で アルペン踊りを さあ 踊りましょ
ランラランラン ランランランラン ランラランラン ランランラ
ランラランラン ランランランラン ランランランラン♪
一万尺に テントを張れば 星のランプに 手が届く Hey!
ランラランラン ランランランラン ランラランラン ランランラ
ランラランラン ランランランラン ランランランラン♪
昨日見た夢 でっかいちいさい夢だよ のみがリュックしょって 富士登山 Hey!
ランラランラン ランランランラン ランラランラン ランランラ
ランラランラン ランランランラン ランランランラン♪
夢で見るよじゃ ほれよが浅い ほんとに好きなら 眠られぬ Hey!
ランラランラン ランランランラン ランラランラン ランランラ
ランラランラン ランランランラン ランランランラン♪
景気付けにと歌い出せば、すっかり遊びで覚えた阿呼が付いて来る。その内、放谷も調子っぱずれなラララを重ねて、どんどん声が大きくなって行った。
分かるよ、その気持ち。歌には心を膨らませるパワーがあるからね。
歌う三人列車が夏の終わりの野を往くよ。途中の水場で水浴びをして、空になった竹筒を満たし、誰かが疲れたら手を上げて小休止。線路は続くよどこまでも。
「着いたぞー」
あ、続かなかったね。でもまぁ着いたのならよしとしましょう。
「見て、お姉ちゃん。おっきな洞穴! 中は真っ暗よ」
可愛い妹の歓声も私の胸には響かない。JK由来の感性が暗くてじめじめした場所はノーサンキューと物申す。けれど仰ぎ見ればノの字に反り上がった険しい山。七分の緑の先に三分の岩肌が切り立つ様は、仮に狼に戻れたとしても越えられそうにない。
あれは羚羊か山羊の領分だな、と諦めて暗い口穴に目を戻す。雨晒しの古い丸太が立っていて、削がれた面に二行、「真神路」「蜘蛛隧道」と刻まれていた。
「この隧道を抜ければ蜘蛛神社の境内だー。中は暗いからー」
言うが早いかドロンと変身。
「あたいに乗ってけー」
鉄黒の大蜘蛛に化けた放谷が、はよ乗れとばかりに背中を押し付けて来る。丸い腹部はふさふさの毛に覆われていて、思いのほか乗り心地は悪くない。
放谷は私たちを背負ったまま音もなく入り組んだ道を進んだ。その速さたるや滑るかのようで、入口からの光はあっという間にシャットアウト。
途中上下したり、やれ天井が低い、蜘蛛の巣がある、と頭の上げ下げを指示されながら複雑にうねる闇を進んで行った。
「ん? あれ? なんか……」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
それが何やら足首に絡み付くものがある。一瞬思案して、私は放谷が安全帯代わりに糸を巻いてくれたのかと考えた。
「なんでもない」
「そう。それにしても真っ暗で何も見えないね。こんなに暗いと狼の夜目があっても迷子になりそう」
「そうだねぼわぁぁぁぁああああ!!?」
「お姉ちゃん!?」
いきなり足を引っ張られて、私は放谷の背中から引っぺがされた。しかも物凄い勢いで後方に引き摺り込まれて行く。
「放谷! お姉ちゃんが落っこちちゃった!」
「あ、いけねっ。うっかり話すの忘れてたー」
「なんのこと!?」
「ここ、闇撫がいるから気を付けないとー」
「やみなで? 何それ? ……あ! ひょっとしてまた妖?」
そんな悠長な会話もあっという間に遠のいて、やたらと狭い穴蔵を通ったと思ったらポンッと広い場所に出た。
「いたたたた……。なんなのよ、もう!」
辺りは光苔が生えていて、その仄かな光を所々から突き出す水晶柱が増幅している。それでも薄暗いけど、空間は直径二〇米ほどの球形で、奥まった所に黒い巨大な磯巾着のような妖物が蠢いていた。
「キモッ! 何これぇ?」
擦り剥いた手足もそのままに、尻餅ついた格好で限界まで後退る。と、遠間から「今行くぞー」と叫ぶ放谷の声。こっちは怪我で満足に動けない。ならば直ぐに来て貰わねば。
「こっちー! 早く早く! なんか変な磯巾着みたいのがいるー!」
声に反応したのか、揺ら揺らと蠢いていた闇の触手が八方大手を広げて威嚇してきた。
そういえば昔、磯だまりで磯巾着に指突っ込んで遊んだ記憶がある。その祟りが時空を越えて今ここに――。などと要らぬ妄想を逞しくしていると触手がぬるり。
「ぎゃー!! 無理無理っ、磯巾着は小さいから可愛いんだ! こっちくんな、あっち行け!」
痛む手を押して手元の石を次々投げた。触手は触手で器用に石を弾きながら迫って来る。もうダメか。震え上がって目を瞑りかけたところへ穴から飛び出す騎兵隊。
「来たぞー」
「お姉ちゃん!」
放谷の背を飛び降りた阿呼が私を庇うように覆い被さる。妹を盾になんかしたくなかったけど、あちこち打ち付けていて、思うように動けなかった。
「怪我したの? 痛むの?」
「なんか一杯ぶつけて一杯擦り剥いた」
「見せて」
奪うように手を取った阿呼は驚きに目を瞠った。見ると右掌はざっくり切り裂かれて血がドクドク流れている。血なんか前世で毎月見飽きていたけど、抉れた手を見ればさすがに気が遠のいた。
「痛いの痛いの飛んでけ! 痛いの痛いの飛んでけー!」
必死に傷口を押えておまじないを口にする阿呼。その健気な妹の肩越しに、私は放谷と妖の戦いをぼんやりと見ていた。
「連尾穴闇かー。手足の数で勝ったからって、このあたいに敵うと思うなよー」
不敵を口にする放谷は目の前の異形を見ても泰然自若。その大きな背中は頼もしくて、これが神かと妙に感心させられた。
互いに隙を窺うような重苦しい沈黙。先に破ったのは連尾穴闇と呼ばれた怪異。
シュババッ、シュルン! と蛸に倍する闇の触手を矢継ぎ早に繰り出して放谷の巨体に襲いかかる。迎え撃つ放谷はそれでも微動だにしない。一呼吸に触手に囚われ、「なんで!?」と混乱する私の耳に力強い声を轟かせた。
「八方紮――!!」
ぶわっと包囲網の内側から無軌道に氾濫する糸束。溢れた糸は盲滅法触手に絡み着いて絞り上げ、ブシュッと黒い飛沫が上がったかと思うとバラバラに触手を断ち切った。
連尾穴闇は切り詰められた触手を尚も動かし、傷口から墨を吐くように黒い体液を噴霧する。放谷は私と阿呼を庇うように立ちはだかって、一陣の風を巻き起こし、迫る霧を薙ぎ払った。そうして間髪入れずに上体ごと前肢を大きく振り上げ、
「こいつでお終いだー! 大鋸っっ!!」
気合一閃。振り下ろした前肢から二筋の衝撃波が迸った。それは奥壁面に張り付く連尾穴闇の本体を奇麗に三等割して完全に動きを奪った。
「やったの……かな?」
「そうみたい。まだ動かないで」
終わってみれば呆気ない。さっきまで目まぐるしく乱雑に動き回っていた画面が、今は水を打ったような静けさに包まれていた。
「ごめーん、首刈ー。大丈夫だったかー?」
振り向いた放谷は大蜘蛛の姿を解いて歯抜けの顔にバツの悪そうな表情。
確かにこれは放谷の失態だ。お伴を許されて浮かれていたのか、知っていた筈の妖の存在をド忘れしていたのだから。けれど、今目にした雄姿を思えば、どうして文句を言えるだろう。私はその背に神を見たんだ。
「ありがとう。お蔭で助かった」
私は素直にお礼を言った。放谷はキョトンとして、それから持ち前のイイ笑顔を見せてくれた。
「でも今回だけにして」
「お、おー」
「阿呼もありがとうね」
「うん。お姉ちゃん、少しは痛くなくなった?」
言われて右手の大怪我を思い出す。私は覆い込む愛妹の手をそっと外して覗いてみた。
「あれ!? 怪我がよくなってる。ね、ほら、さっき見た時より傷が小さいし、血も止まってる」
「ほんとだ。阿呼のおまじないが効いたのかな?」
「きっとそうだよ。絶対そう。私が光った時みたいに、阿呼の星霊が怪我を治したいって気持ちに応えてくれたんだよ」
「おー、それが星霊の本質だからなー」
掌の怪我ばかりではない。連尾穴闇に引きずられる間にあちこち打ち付けた体中の痛みが引いている。小さな怪我は何処にも見当たらないし、右手も後はこのままで自然に治るだろう。
そんな瓢箪から駒の成果もあってすっかり気を持ち直した私たち。幹道に戻り、再び放谷の背に乗って蜘蛛隧道を先へ進んだ。
「あー、びっくりした。結局、連尾穴闇ってなんだったの?」
「あいつは闇撫って呼ばれる妖の一つだなー。洞窟とか隧道とか、日中でも暗い場所に住み着く化怪の一味さー」
「はー、そんなのがねー。にしても途中の穴狭くなかった? 大蜘蛛の姿でよく通れたね」
「あー、あそこは通れるギリギリまで体を縮めたんだよー」
「そんなこともできるんだ。放谷は本当に凄いね」
「ねぇ、放谷の元々の大きさってどれくらい?」
「あたい? あたいの元の大きさは阿呼の掌に乗るくらいだぞー」
「へぇー! 阿呼見てみたい!」
「えー、今やったら潰れちゃうよー」
さもありなん。暗がりの隧道に静かな笑いの花が咲いた。暗い場所って何故か声を潜めちゃうよね。そして私たちは再び光の世界へ――。