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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の三 赤土編
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072 黄金の階2

 水走を旅した時と比べれば、実に目まぐるしかった赤土の日々。それもいよいよ大きな節目を迎えようとしてしていた。

 何もかもがいびつに膨れた中央高地にあっても、常夏の極彩は鮮明な記憶として刻まれている。

 動山いぶりやまは遠く水際立ち、赤き風は青楓あおかえでを撫でる。

 土より出でし宮魂セミの声。

 獲物を狙う避役カメレオンの眼。

 原色の花々と、そこに群がる数多の虫。

 見知らぬ姿、耳慣れぬ声をした鳥獣たち。

 それら全ての営みを裂いた亀裂の狭間に私はいた。


「ついでに言うと下手人もるけどね」

「んー?」

「なんでもない。なんでもない」


 独り言に反応した相棒を適当に流して、下手人の乗る竹葉蛇ささへみをチラ見する。

 私はたもとから取り出したふた欠片の金を一つ放谷に手渡し、今一つを自らの掌中に収めた。


「いい? 放谷。霊猫神社でやったみたいに最初はみんなで同調するよ」

「おー」

「私は全体の絵図を描いて行くから、その中から金の縄の部分を放谷が動かして行く感じでお願いね」

「えー。考えなくていーって言った割りには難しそーだなー」


 何を今更。この最終局面で楽な仕事なんてある訳がない。お膳立ては全部こっちでするんだから、割り当て分はしっかり働いて貰わないと困る。


「考えなくていいから感じて」

「まーやってみるさー」

「まじ頼むからね。渡した金をしっかり握って、感触を掴んでね」

「分かったー」


 元より頭ではなく肌合いで動くタイプの放谷だ。多少の不安はあっても、そこは御神酒徳利な私との仲。根っ子の部分ではしっかりと信頼を寄せていた。


「よし、じゃあ始めよう」


 鳥居型の背もたれに身を預ければ、放谷の重みも加わって軽く軋みが漏れた。その音が繰り返し出るように、背中越しに圧を抜いてはまたかける。そうしてテンポが出来上がれば次第に息も整って、集中も深まって行く。

 瞼を閉じて星霊を流す。

 私の腕を肘掛けにしている放谷の腕。

 胸にもたれかかる背中。

 接する全ての面から緩やかに(アダージョ)で流し込んで行く。

 二つの鼓動が一つになれば、リズミカルな波形が脳裏に浮かび上がってきた。


「不知火」


 呼びかけて、練り合わせた星霊を不知火の五体に満遍なく送り込む。鉢金の天辺から毛沓けぐつの先まで、草摺くさずり比礼ひれも漏らさず、結い留めの緒一つ余さずに――。


 オオオォォォォォン――。


 漲る星霊に押されて不知火が吠えた。私は瞼を開いて、不知火の視線の向こうにいる竹葉蛇ささへみを見据えた。


「夜刀ちゃん!」


 集中の妨げになるので風声みさをは使わない。届かぬ声で呼びかけて、私は三位一体となった星霊を一筋に解き放った。

 若草色の光の帯は歩く速さ(アンダンテ)から始まって中くらいの速さ(モデラート)へ。そしてインパクトの瞬間はやや弱く(メゾピアノ)

 瞬間、竹葉蛇は束ね合わせた各所の竹筒を展開した。

 水流を思わせるあおい星霊が無数の筒から流れ出す。渦を巻いたかと思えば、私が届けた若草色の星霊を帯取りするように巻き込み始めた。

 柔らかな若草色と水の深きを彩るあおとが混じり合って一つに溶ける。竹葉蛇は星霊が織り成す水球の中に浮かんでいるかのようだ。そして、水球の表面を剥離した流れが左右に伸びて弧を描き、段切丸つだきりまる剛礼号ごうらいごうに届けられる。


「うわ、時計回りに流すんじゃないの? これはイメージ修正だ」


 一方にだけ流すと思っていた星霊が双方に流れ出したのを見て、私は混乱した。しかし、こんな出端でつまづいている場合ではない。夜刀ちゃんの意図が分からなくても、考えあってのことだろうから、こっちが合わせるしかない。

 やがて、段切丸と剛礼号を経由して太さを増した星霊が、双方からこちらへ向かって来た。


「はいぃ? なんで阿呼に回さないの!?」


 冷や汗が首筋を伝い、じわっと厭な脂汗が額に幾つもの玉を結ぶ。星霊の導線は阿呼を省いて、半円を描いている。


「慌てんなー。落ち着けー」


 棒束子のようにまとめた髪で顎先をくすぐる相棒。

 そうだ、落ち着け。一つ一つ片付けて行こう。今はこちらへ伸びて来る星霊の帯を受け止めることだ。一方に意識を寄せてはいけない。左右同時に漏らさず受け取らなくては。


「来るぞー」

「おけまる!」


 予想を外されていや増す緊張感。

 同調しながらゆっくり選曲しようと思っていたのに、開始数分でもうお腹一杯だよ。早く帰りたいぃぃ。

 と、そんな不安を丸めてバットでカッ飛ばしてくれたのは受け止めたばかりの星霊だ。

 放谷の太鼓。夕星のポルカ。千軽ちゃんの銅鑼タムタム。耳覚えのある賑やかなそれらが脇に控えてしまう程に、一音のしょうは神さびた音色を引いて聞く者の心を奪い、そこに絡まる篳篥ひちりきたえが川の流れの様々を描いて胸に迫った。

 初めて触れた夜刀ちゃんの波長は実に高貴で尚且つ圧倒的。そしてその中に星霊の流れをどう紡ぐかの思惑――青写真までもが紛れていた。


「なるほど! りかい!」


 理解はしたけど、その内容は途方もなく厳しいもの。あ、くらくらする。眩暈めまいが……。

 説明しよう。

 私を取り囲む四柱の円を時計回りに星霊を流し、各人が私に向けて星霊を注ぐ。それではダメだと夜刀ちゃんは言うのだ。

 何かダメなのか?

 曰く、リスクヘッジができないと言うのである。これから頭上の星霊まで取り込んで循環させて行った場合、夜刀ちゃんはさておき、阿呼、夕星、千軽ちゃんの誰かがどこかで失調したらその時点でバランスは崩壊してしまう。そうした事態を避ける為に、夜刀ちゃんは敢えて時計回りの流れを切り捨てた。

 ではどうするのか。

 答えは輪っかを四つに増やす。完成形は流れる星霊の四つ葉のクローバーと言ったところか。

 私、夜刀ちゃん、夕星、私の第一ループから、

 私、千軽ちゃん、阿呼、私の第二ループへ。

 私、阿呼、夕星、私の第三ループから、

 私、千軽ちゃん、夜刀ちゃん、私の第四ループへ。

 つまり。今、左右から戻って来た星霊はそのまますれ違いに左右へ流せばいい。すると夕星と千軽ちゃんから阿呼に流れて、阿呼から私へと戻って来る。一旦四つのループが完成したら一方を逆流させて、二つの8の字を重ね合わせたクローバーが形成されるって訳だね。


「……うん、待って。これ私の負担がハンパなくない? どう考えても私が舵取り(ボランチ)だよね?」


 そう独り言ち、一先ず左右に星霊を流しながら、私は思考を深めた。

 時計回りの流れから単純に私に星霊を集める方式がリスキーなのは分かる。誰かが失調すれば端的に供給バランスが崩れるからだ。

 対して、私自身をも一つの通過点とした場合、受け取る量を私の方で調節してしまえばいい。私が終点ではないのだから余剰分はそのまま流れて行く。となれば流れの中で誰もが状況を把握し、誰もが対策をとる機会を得る。中でも、頭上から星霊を取り込む役目の夜刀ちゃんは、状況に合わせて周回毎に取り込む量を調節できるようになる。


「理屈は分かるけど……。上手くやれるかな」


 再度襲い来る不安。

 しかしここで逃げ出したのでは皇大神の名が廃る。真神に残した家族や同族たちの面目だってあるだろう。なればこそ、為せば成る為さねば成らぬの心で歯を喰いしばる外はない。

 一人決意めく私に背後の阿呼から星霊が返って来た。愛妹の遊び歌にも似た明るい波長に細やかながら癒されて、六柱の同調が成ればすかさず夜刀ちゃんへと送り込む。

 夜刀ちゃんは練り上がった星霊を水球の表面の流れに巻き込むと、球体を斜めに割った下半分を逆流させ始めた。そして一方を私に。もう一方を夕星に向けて走らせる。


「何だか目が回るなー」

「のんきっきは黙っててくれる?」


 出番待ちの放谷はお気楽なもんだ。こっちは今度は右から左、前から後ろという訳には行かない。夜刀ちゃんから突き返された流れを直角に曲げて千軽ちゃんに受け渡す。次いで夕星から送られて来る流れを、これまた曲げて阿呼にパス。……合ってるよね? あーもう面倒臭い! こんがらがる! 脳が痺れるぅ!


「ダメよっ、首刈!」

「えっ!?」

「曲げなくていいのよっ」


 そうなの? そうだっけ? 分かんないけど言われるままに前から後ろへスルーした。しかし夜刀ちゃん、よく私が曲げようとしてたって気付いたなあ。さすが八大の要だけはある。でもそーなると次に夕星から来る星霊も曲げずに右から左?


「えーと。私、夜刀ちゃん、夕星、私、千軽ちゃん、阿呼、で私。おおっ、曲げる必要なかった! あー、よかったぁ」


 こうゆうちょっとした勘違いが命取りだよね。とにかくも流れの方はこれで固定。もう変更は一切認めないよ。


「首刈」

「えっ、なに夜刀ちゃん? またなんか失敗した?」

「そうじゃないわ。少し落ち着きなさいな」


 またのお叱りという訳ではないらしい。とはいえこっちはこうして風声通信するだけでも冷や汗もの。さっさと用件を聞いて集中したいというのが本音です。


「で、何?」

「ええ。これから吹き溜まりの星霊を取り込んで行くわ」

「お手柔らかにね」

「分かっているわよ。徐々にするから、許容できなくなったら言って頂戴」

「分かった。それだけ?」

「ええ、それだけよ。流れが整ったら後の舵取りは任せるわよ」

「おけ、はあく」

「もっとまともな返事をなさい」

「はいっ、分かりましたぁ!」

「結構」


 先生みたいな口振りを最後に通信は切れた。

 徐々にやる、と言うのだからここで多少まとまった時間が稼げる。ならばその間に異世界まほろばを展開する為の歌を選んでしまおう。


「放谷」

「んー?」

「今日まで赤土を旅して来て、どうだった?」

「そうだなー。まー、てんやわんやだったなー」

「だよねー」


 日めくりの記憶を巻き戻して行けば、これがまあ呆れる程に喧しい日々の連続。これに当て嵌まるような歌はちょっと持ち合わせがない。穏やかな日の一日でもあればよかったのだけれど、今更言っても仕方がない。

 切り替えよう。今やろうとしていることに関してならどうだろう。ざっくり言えば修復であり、復元であり、原状回復というテーマになるけど。うーん、これも中々……。


「ん? 待てよ」


 舞い降りた閃きは無味乾燥なイメージを払拭して、そこに血の通ったイメージをもたらした。


「どーかしたかー?」

「そうか。これって復興だ!」

「ふっこうだ?」


 その発音じゃ八甲田山だよ。験が悪いからやめとくれ。

 きょとんとした相棒を置き去りに私は光るキーワードを握り締めた。復興となれば先程までとは大分話が違ってくる。かつて在ったものが失われ、そこから再び立ち上がろうという健気で、そして勇敢な姿勢。

 災害。被災。夥しい傷跡を一つ一つ塞いで、過去という教訓を携えながら未来へと歩んで行く。その姿はただただ尊い。そして、そうしたテーマを扱う歌なら枚挙に暇がなかった。

 さあ、何を選ぶべきか。

 単にテーマが合えばいいという訳でもない。これからやろうとしている大それた試みを思えば、私自身の心に深く根差した一曲であることが必要だ。ならば、それは一体どの曲になるのか。

 想い巡らせていると、不意に金継ぎに着想を得たことから心が遡って、目皮まかわの裏に呉の景色が浮かび上がった。

 かつて大きな軍港を有した街は度重なる戦火に晒され荒廃したと聞く。私はその時代を生きてはいないけれど、伝え聞いた話と目にした復興後の姿に、呉で生きる人たちのエネルギーを肌で感じ取ることができた。ただ、私が通った橿原の学校では呉の復興について教わることはない。教科書に載るレベルとなると――。


「広島、か……」


 広島は祖父の出身地で呉とは近い。私も姉も祖父母と一緒に路面電車に乗りに行ったり、地元球団の試合を観戦しに行ったものだ。勿論、原爆ドームもこの目で見た。平和記念公園では滝のような千羽鶴が下がり、平和の鐘が響いていた。蝉時雨の中に佇むのは供養塔や慰霊碑。そして、なんと言っても衝撃だらけだった資料館。


「似てはいないよね。何一つ同じじゃない。でも」


 置き換えて考えることはできる。

 アフリカ地溝帯とも見紛う巨大な亀裂を生じた夜刀ちゃんやらかし事故の威力。この大地溝帯に、一体幾つの広島市が敷き詰められるだろうか。考えるだに気が遠のく。時と共に濃密になって行った星霊は土地と生き物とに霊塊たまぐさりを生じ、崩落や狂気、或いは死をも招いた。そういったものが確かに原爆や放射能といったものに置き換えることができる。


「鐘ーは鳴るー。平和ーの鐘にー」


 一節口遊んで「これだな」と思う。曲は、ひろしま平和のうた。戦火に焼かれ、まるで死んでしまったかのような広島の街を甦らせる為に作られ、歌われ続けている歌だ。

 夏、広島に寄せられるエールは世界中から集まって来る。その全てを縒り合わせて、毎年、終戦記念日に歌い継がれてきた一曲。照りつける太陽の下、緑の公園に響くのは楽団と合唱隊が紡ぐ願いの込められた歌。それは私の胸にもしっかりと刻まれて、夏が来れば合図のように心にこだました。

 よし、これならば――。

 呼吸と共に自信を深め、私はここに選曲を定めた。


「そろそろ行けそうかー?」

「うん。そろそろ始めよっか」

「おー!」


 元気よく振り上げられた放谷の腕が顔面にブチ当たる。


「ちょっと!?」

「悪いー」


 狭いんだからよしなさい。鼻の頭がジンジンするよ。

 ともあれ準備は整った。私は流れている星霊に意識を寄せて、これまでより更に太ましく練られているのを確認した。これといった変調は感じられない。外から取り入れた星霊も、夜刀ちゃんを漉し器にして問題なく馴染んでいるようだった。


「みんなー! 始めてもいーい?」


 この分ならばと四方に風声を投げれば、待ってましたとばかりに快諾の返事が戻ってくる。


「阿呼はいつでもおっけーよ」

「待ちくたびれたわ。さっさと初めて頂戴」

「いつでもえーよー」

「張り切り過ぎておかしなことにならないよになさい」


 心配ご無用。

 これと決まった歌があって、詩の世界に飛び込んだならば、そこから先はもう私の独壇場だ。御一同、先を憂い給うな。この首刈皇大神をひたすらに信じて付いて参られい!

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