005 放谷
地中の住処は昼間のように明るかった。聞けば、代々の家主が星霊の御業で明るく保って来たそうだ。この明るさが絶える頃には追風が自分で明るくできるようになっているのかもしれない。そんなことを思いながら探検気分で内部の隅々に目を通して行く。
中は狼よりも人が住むのに適した造りになっていて、壁も土剥き出しではなく漆喰で固められていた。家を一軒そのまま地中に埋めました、と言った感じの設えだ。
私たちは突き当りの横手にある囲炉裏の部屋でくつろいだ。天井にはちゃんと煙を逃がす穴もある。
お宮の庵やここにあるような人の暮らしの必需品は、三宮から茅の輪を通して取り寄せているのだとか。人っ子一人見かけないこの真神で様々な品が不足なく揃えられているのは有り難いことだった。
「これはいい隠れ家だね」
「だろ?」
追風は小鼻を膨らませて嬉しそうに笑った。古来、隠れ家という響きにはロマンがあるもので、何も男子に限ったものではない。
追風は笹の葉に包んだ鹿肉を持ってくると、胡坐の上に乗せた俎板に乗せて、ぶつ切りにし始めた。阿呼は串を取って肉を通して行く。私は囲炉裏の灰を掻いて埋め火を探し、新しい炭を足して、焙るのに程よい熾火を仕立てた。何もしていない放谷はまるっきり賓客の扱いだ。おかしいね。さっきまで敵だったのに……。
炭火を囲うように串が並ぶと、じきに焙られた鹿肉の芳ばしい匂いが充満した。頃合いになって皆が手を伸ばすのを見ながら私は一人我慢。獲りたて下拵えなしの鹿肉ともなると臭みが強い。狼の時は平気で生肉を齧っても、人の姿だと前世の生活習慣が影響して、みんなより神経が細やかになる。
「喰わねーの? 硬くなるぞ」
「喰うよ! 私の串はそっとしておいてっ」
「お姉ちゃん、喰うよだって」
追風の台詞に咄嗟の掣肘を放てば、そこを阿呼に突っ込まれる。行儀や言葉遣いに関しては阿呼は結構口うるさい。そんな身内のやり取りを見て、放谷が「喰え喰え~」と嗤った。
「はなやっこ、うるさい」
自由過ぎる珍客に軽く八つ当たり。
「はなやっこじゃない。あたい放谷」
「えー? どんな字を書くの?」
些細な反駁に問い返すと、放谷は肉を平らげた串で灰に字を書いて見せた。それにしても何がそんなに楽しいのか、放谷はずっとにこにこしている。釣られ笑いで場も明るくなるのだから、文句はないけれど。
「ほー、そー書くのかぁ。あ、私はね」
言いかけて少し逡巡する。字面がね。でもまぁ名乗った相手に失礼になるので、私は放谷の串を借りて灰に名前を書いた。
「これで首刈って読むのよ。よろしくね」
「首刈ー!? 凄いな首刈。首が飛んでくなっ!」
放谷は「おっかねー」と言いながらお腹を抱えて笑った。軽くトラウマな字面をいとも容易く弄んでくれたよ。正直このギラギラネーム、お母さんに抗議した時、心の中ではギャン泣きだったんだからね!
私がそんな風に胸の内の癇癪に燻っていると、追風と阿呼も順々に自己紹介を済ませて行った。
放谷は嬉しそうに私たちの名前を何度も何度も復唱した。それがピタリと止んだなと思ったら、放谷は急に胡坐を解いて正座に直った。なんだろうと様子を見ていると、両の手を膝に乗せ、今度は深々とお辞儀をする。えーと?
「大嶋治真神首刈皇大神。風合谷の笹蟹、放谷が畏まって願い奉るー」
突然の神名に応じて自然と身が引き締まった。
「先の皇大神、真代命より賜りし御祖の御恩。大嶋廻りのお伴となって報じたく。この放谷をお傍に置いて頂けますよう。平に、平にー」
突拍子もない上に随分と堅苦しい言い回しだけれど、要は大嶋廻りに付いて行きたいということか。そう理解したところで私は首を傾げた。
真代命とは私たちのお母さんのことだ。お母さんが、かつて大嶋治真神真代皇大神だった頃に、放谷の御祖、つまり親やそのまた親といった祖先の誰かが恩を受けたのだろう。
頭の中を整理した私は一つ咳払いをして威儀を正し、頭を下げたままの放谷に向けて言葉をかけた。努めて丁寧に。
「放谷の望みはよく分かりました。ですが、そのような目的がありながら、追風を襲い、私を襲ったのはどうしてなのですか?」
追風も阿呼も、それはそうだというように頷いて返答を待った。
私を試したということだろうか? 敵として現れ、道化のように笑顔を振り撒き、囲炉裏を囲めば旧来の友にも似て身近さを感じさせる不思議な放谷。あれこれ考えていると、放谷はお辞儀したままの姿勢から、先刻の厳かさなど欠片もない潰れ声で答えた。
「ちょっとふざけただけなんだよー」
言い草。
思わず笑いが込み上げる。左右を見ても絶対に笑ってはいけないホニャララ的な空気が漂っていた。
「ちょっとしたおふざけで人を簀巻きにするような娘を連れて行ける訳ないよね?」
そっちがそう来るなら意趣返しとばかりに、ささやかな意地悪を言ってみた。すると――。
「えー、やだやだー。あたいも一緒に行くんだー」
ただでさえ丸まっている体勢で膝をかかえ、右に左に揺れる放谷。なんだその動きは。面白い。
「どーしよっかなー? おぶざけする娘がお伴じゃ不安だもんなー」
「意地悪だー、ひどいぞー!」
ついにゴロゴロ転がり始めた。隣では追風と阿呼が声なき笑いを漏らしている。
「あたいちゃんとお伴できるー。ひとりぼっちは嫌だー。ひとりぼっちち! あちちっ、あっちぃ!!」
転がり過ぎた放谷が囲炉裏に落ちた。
飛びあがって灰を撒き散らし、届かない手で焦げた背中を摩ろうと必死だ。
こっちはこっちで、頭から灰を被され真っ白けっけ。炭の破片や火の粉も飛んで大騒ぎになった。
「分かった、あっつ! 分かったから落ち着いてっ」
「お姉ちゃん、おめめに灰が入ったぁ!」
「あづっ、暴れんなバカ! げほっげほっ」
「ひー、やけどしたー、ひー!」
滅茶苦茶だ。面白がってからかった結果がこれだよ。
私は水筒の水で阿呼の目を洗い、順々に全員の目元を拭って、火傷をしたという放谷の背中を確かめた。
「服がちょっと焦げただけじゃん。肌はほんのちょっと赤くなってるけど大袈裟! 全然大丈夫だよ」
「そかー」
けろっと喉元過ぎた顔をして、その笑顔にゃ文句も出ない。
互いを見れば目元ばかりの灰を落して、まるで仔ダヌキの集会だ。誰かが噴き出せば互いに指差し笑って、それが止むと後の掃除が大変だと打ち揃って途方に暮れた。
「ごめんなー?」
「いいよ。それよりも、これからお伴、よろしくね」
掃除に取りかかりながら、私は勿体振っていた答えを口にした。それを聞いた放谷のキラキラ輝く瞳といったら、今にも小躍りし出しそう。底抜けに素直で可愛い娘だなあ。
「あたい、がんばるー!」
「はいはい。阿呼とも仲良くしてあげてね」
「おー、阿呼、よろしくなー」
「うん。よろしくね、放谷」
こうして新たに三人体制となった大嶋廻り一行。互いに手を取り、小さな小さな円陣ができあがった。
「おい、さっさと手を動かせよ。ここがお前らの今日の寝床だぞっ」
「ごめんごめん」
追風の白けたジト目に突き刺され、飛んできた雑巾を受け取って、さぁ、お掃除お掃除!
囲炉裏に灰を掻き戻し、払った茣蓙を裏返して、どうにかこうにか部屋は落ち着きを取り戻した。元の配置に腰を落ち着け、ひとしきり笑い合って、目尻に溜まった涙を拭う。
「えらい騒ぎで目も冴えちゃったし、寝る前に少し話そうよ」
そう切り出して、私は放谷に改めて事情を訊ねた。
それによると、なんと放谷は真神二宮にあたる蜘蛛神社の主祭神で、神名を風招放谷姫命と言うのだそうだ。
真神は他の地方と違って三つしか神社がない。一つは勿論、我が狼トーテムの真神大宮。これが一宮で、続く二宮が放谷の蜘蛛神社。最後が三宮の犬神神社だ。この内、二宮と三宮はいずれも真神に立ち入ろうとする者を阻む役割を担っているという。きっと二宮では蜘蛛の巣を張り巡らせているのだろう。
「今から百年は昔の話になるかなー。海の向こうから来た連中が、真神の奥に押し入ろうとしたことがあって、どうやってか三宮を上手く躱してあたいのかーちゃんと一悶着あったのさー」
「海の向こうから来た連中?」
「そー。渡人って呼ばれてる奴らだなー。連中は中々腕の立つ手練れで、かーちゃんも随分手古摺った。でもその時、折よく大嶋廻りから真代様が帰って来て、かーちゃんを助けてくれたんだー」
「お母さん凄かったんだ。ね、お姉ちゃん」
「そりゃあ私たちのお母さんだもん」
「で、その渡人ってのは結局なんなんだ?」
つっけんどんな聞き方をした追風は形こそ私よりか小さいけど、昔っから向こうっ気が強い。
「護解には海の外から来た連中の街があるって言うだろー? あいつらは大嶋のあっちこっちを突っついて回る面倒な連中なんだよー」
護解は南北に分かれる大嶋の北部南端にある地域だ。その南には月ヶ瀬海道と呼ばれるくびれ部分があって、更に行くと南大嶋の二つ名で通った赤土の地に到る。
大嶋を取り巻く潮の流れは外海からの侵入を阻むと伝えられていて、ただ一筋、護解の岸に続く海路だけが開かれていた。その海路を伝って来た者たちこそ渡人。彼らは護解を中心に、隣り合う水走や青海にも暮らしていると言う。大嶋はおろか真神すら出たことのない私たちには、些か想像の及ばない話だ。
「その渡人さんたちは何が目当てで真神に来たの?」
「さー、なんだろーなー。多分、お宝目当てじゃないかー?」
放谷の答えに長床の雲脚台に並んだ数々の品が思い浮かんだ。遠目に見ただけでも神秘的な気配を漂わせていたお宝の山。
「要はそいつら泥棒ってことか。ふざけやがって」
「泥棒はいけないことなんだよ」
弟妹が口を揃えて言った。私だってそんな連中に真神を踏み荒らされたくはない。けれど放谷のはあくまでも当て推量。それを理由に渡人とやらを泥棒呼ばわりするのは早計だろう。そこで私は話題を別のものに切り替えた。
「それはそうと放谷」
「んー?」
「私、放谷とやり合う前に、なんだか茨のお化けみたいなのに襲われたんだけど。放谷は何か知ってる?」
「茨のお化けー?」
「そう。黒っぽくてシュルシュルッて伸びてきて、私足に怪我しちゃった」
「なんだ。そんなのがいんのかよ。危ねーな」
他人事のように言う追風に私はビシッと言ってやった。
「追風、ここら一帯あんたの縄張でしょ。本当ならあんたがなんとかしとくべきじゃないの?」
「おー、今度見に行っとくよ」
暖簾に腕押し。まあ私たち兄妹はまだまだなりたての神様だから、自覚や責任感が今一なのも仕方ないっちゃ仕方ない。
「そいつは多分、荊棘だなー」
「おどろ?」
「うん。草叢のあっちこっちに潜んでて、通りかかった人間を襲ったり追っ払ったりするんだー。そーゆー言い伝えが昔からある」
「へー……。いやでも私も阿呼も神様なんだけど?」
「ちっこいから間違えられたんじゃないかー? 向こうもまさか神様とは思わなかったんだろー」
「何それ。適当過ぎない?」
「でもお姉ちゃん。お姉ちゃんが光ったら引っ込んだでしょ? あれってきっと神様の気に当てられて気が付いたからじゃないかな?」
なるほど。あの光が私の神様としての資質のようなものだったのだろうか。そう理解すれば荊棘とやらが引き下がったのも頷ける。
「それにしても妙なものがいるんだね。なんて言うか、妖怪みたいなさ」
「荊棘に限らずその手のものは大嶋にはごしゃまんといるぞー」
「そうなの?」
「そりゃそーさー。言ってみればあいつらは、あたいら神の飯の種のようなもんだからなー」
「飯の種? 妖怪が?」
「そーだぞー。いーかー。星霊は昔から宿主の想像を喰らうって言われてる。宿主が想像することで御業が使えるってのもそう。想いや考えに反応するのが星霊だー」
確かに似たようなことは教わった。星霊の御業はすべからく想起によってもたらされるものだと。それと飯の種とどう繋がるのか。
「例えば荊棘なー。あれも嶋人たちが昔から、そんなのがいると信じてるから本当に存在するんだー。長い間、広く信じられてきたことは星霊が本当にしちまう。中には荊棘みたいによくないものや怖いものも沢山混じってる。でも、そんなもん放っといたら嶋人の暮らしは立ち行かないだろー? そこであたいら神がそれを退治する訳さー。するとどうなるー?」
「どうなるって……、退治したんなら平和になるんじゃないの?」
「そー。平和になった嶋人たちはあの神様のお蔭だ、この神様のお蔭だってありがたがるよなー。それが信心を生んで、集まった信心は社の格を高めてくれる」
「おお、そんな絡繰りが!?」
「うん。でなー、信心が集まって社格が高まると、信徒に返る加護にも厚みが増すんだー。だからあたいら神にとって荊棘みたいな伝承の妖は飯の種になるって訳さー」
社の加護には二種類ある。
一つは鳥居によって示される神域への加護。各宮社のトーテムの獣は神域にいると外敵や病気などから守られる。取り分け最内の三の鳥居から中はあらゆる生命を守るとされていた。
二つ目は個々の信徒に降る加護。これは信仰するトーテムによって異なる。主にはトーテムの獣の特性が宿る言われていて、例えば狼トーテムなら鋭い嗅覚や長躯する健脚、群を率いるカリスマなどが挙げられる。信心の深さ次第で二つ以上の加護を得られることもあるそうだ。
「星霊が本当にする、か――」
長年に渡って多くの者が信じる。それは集団による想起と言えるだろう。それが伝承と言う形で様々な存在や現象を顕す――。
悪しき伝承を滅ぼし、栄えある伝承を残すことで、楓露のトーテム信仰は一万五千年の長きを繋いできたのだ。
「ありがとう放谷。私たち大宮で多少は勉強して来たけど、たったひと月だから、本当に基本的なことしか知らなくて。今の話も初めて聞いた」
「大嶋廻りはそーゆーもんだからなー。ほとんど何も知らずに旅に出て、行った先で色々教わる。だから知らないのは当たり前だー。あたいも真神の外のことは詳しくない。だから一緒に旅をするのが楽しみなんだー」
本当に楽しみなんだなと思わせる表情に思わずほっこり。釣られてこっちまで楽しみになってきた。未知の冒険に新たな仲間と来れば楽しくならない訳がない。
「でもお前、真神の外のこと知らないんじゃ、お伴ったって役に立つのかよ」
「それはー……」
図星を突かれた放谷はしどろもどろになって、さっきまでの笑顔があからさまな愛想笑いにシフトした。ここは助け舟を出すところだね。
「追風は余計なこと言わなくていいの。真神の外を知らなくたって、放谷は私たちよりよっぽど物知りなんだから。ね?」
「おー、あたい頑張って役に立つぞー」
放谷は見る間に元の笑顔を取り戻した。うん、やっぱり放谷はこの笑顔だよ。
「それで放谷。明日は二宮まで案内して貰うとして、それから先はどうする? 三宮を目指すのは当然だけど、私も阿呼も本当に外のことは分からないし、最初はどこを目指せばいいのかな?」
「三宮から先かー。あたいが三宮で聞きかじった話だと、真神を出て直ぐは水走だなー。道が南と西に分かれてて、西に行けば青海に出るし、南に行けば水走の奥だー。そのまんま水走を通り抜けちまえば護解に出るぞー」
お母さんから教わった基礎知識に照らし合わせれば、真神の南西にある青海は、文字通り海に向かって開かれた景勝地の多い地方。一方、南の水走は幾筋もの川と湖が見られる、こちらも風光明媚の地だという。
「阿呼は青海がいい。海に行ってみたい」
はい決定。阿呼の行きたい場所へ行こう。と内心即決して話を進める。
「私たち、本格的な旅支度は三宮で整えるつもりだったから、ほとんど手ぶらなんだけど、二宮でも揃う?」
「それは三宮だなー。あたいんとこは大宮と同じで禁足地の中だし、蜘蛛衆もいないからなー。三宮なら水走の街も近いから大抵の物は揃うだろー」
「分かった。三宮ね。でもなんで二宮には宮守衆がいないの?」
「大昔は谷に幾つも里があった。でも今は人っ子一人いないよー。三宮に大きな摂社があるから蜘蛛衆は大抵そっちにいるー。たまーに二宮に来て境内のお清めとかしてくれるけどなー」
宮守衆の起源は動物から転じた始祖人類。中でも神を祀る側に回った者たちだ。その末裔は神として祀られた者に遠く及ばずとも御業を扱うことができた。
彼らは広く人と交わり、今日では本来の姿がトーテムの獣か人かは問われない。神様はみんな元が獣だけどね。ただ、獣と人、双方の姿を行き来する御業が使えない者は、宮守衆として認められないらしい。
我が大宮に宮守衆がいないのは真神全体が外界から封鎖された禁足地で、人と相対することがないから。彼らは普段、狼の姿で野山に暮らしている。かつて境内に集まった狼たちのほとんどが大宮衆だと聞かされた時には驚いた。中には従神も混じっていたという。
ちなみに、大宮の宮守衆は大宮衆、蜘蛛神社の宮守衆は蜘蛛衆というように、各宮社の名を冠して呼ぶのが慣例。真神衆ではなく大宮衆なのは、真神大宮の正式な名称が単に大宮だから。前世でもお伊勢様は神宮とだけ呼ぶのが正式だから、そんなところもよく似ていた。
「昔は二宮参りが大宮詣でと同じ扱いだったんだけどー、谷が寂れてからは三宮参りに取って代わられちゃったからなー」
「そうなんだ。それは残念だね」
「なあ、三宮まで食いもんとかどーすんだ?」
「虫でも鳥でも引っ絡げて喰うさー」
追風が問えば、放谷がとんでもないことを言い出した。
やめて。歯抜けの放谷がいい笑顔でバリボリと小鳥やら何やら頭から齧る姿を想像してしまったじゃないか。人の姿の時は極端に野趣溢れる食事は遠慮願いたい。人でいる時は人のお食事、それがルール。
「追風、何か少し持たせてくれない?」
「いーぜ。まだ鹿肉あっから灰に突っ込んどくよ。妹二人を手ぶらで行かせらんねーもんな」
「は?」
「ん?」
「いやいやいや、追風が弟だよね? 私お姉ちゃん」
これは異なことを承る。と私が宣えば、
「はぁ!? ふざけんな、逆だろっ」
と青筋立てそうな勢いで気色ばむ。浅黒い肌なのに目に見えて紅潮しているのが分かっちゃうくらいだ。けれど姉として譲れないものは譲れません。私は仔狼の頃の取っ組み合いの呼吸で言い返した。
「逆なわけないし、背だって私の方が高いもんね!」
「関係ねーから! 狼は雌の方がでっかくなっからっ」
「それはもっと大人になってからの話でしょ。今だって私より大牙の方が背ぇ高いもん」
「屁理屈言うなっ、おいらが上だって!」
「なら阿呼に聞いてみよっか? 阿呼はどう思う?」
なんでだよっ、とガ鳴る追風を無視して、ここで私は阿呼に答えを求めた。
「一番は大牙お兄ちゃん」
ちょっと考えて先ず一答。私はさもありなんと頷いてみせる。
「二番は首刈お姉ちゃん」
色めく追風を制して、更に先をと促す。
「月光お兄ちゃんが三番で、追風お兄ちゃんはその次」
私の中の模範解答と完全に一致!
私は追風に向き直り、軽く握った拳を腰に当て、渾身のドヤ顔決めつつ、これでもかと、ない胸を張ってやった。
五つ子に姉も弟もないと言われればそれまでだけど、世の中には序列というものがあるのだよ。えっへん!
勿論、神の位でなら私の方が大牙よりも上。神道で例えるなら、かの天照大神と同じ最高神に当たるのが私だ。大嶋を始め楓露全土に広がるトーテム信仰に於いて、祀られる神々の頂点に立つ存在。それがこの私、なの、です、が――。御覧の通り、本人にはその自覚が全く以って芽生えてないのでした。まる。