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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の三 赤土編
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067 後夜の狂乱3

 有明の 月の羽衣 舞い降りて

  庇の影の 薄ら射したる


 そんな静けさを装う夜にありながら、霊猫じゃこう神社の御神座は俄かに落ち着きを失っていた。

 それもその筈。社の主祭が八大神の要と目される夜刀媛の手で封じられたとなれば、果然、末の神々から宮守衆に至るまで、肝に風を通したような心許なさを感ぜずにはいられない。


「いずれにせよ状況は思わしくないわ。せめて皇大神が戻る前に事を収める。然らざるまでも事の由を掴んでおかなくてはならないでしょう。それでこそ社の面目も立つというもの」


 御神座に社の族神、円香まどか笛模ちゃこもを並べ、その脇に立って夜刀が言葉を発した。外陣には座して侍る従神たちと霊猫衆。皆一様に畏まって聞き入っている。


「夜刀媛様、おばーちゃまはー?」

「ちゃーこ、おばーちゃまに会いたいの」


 話の呑み込めない幼な神が二柱、祖母をせがんで蛇神を見上げた。今一人、最前まで愛発あらち姫が看病していたという綾目あやめは、無事快方に向かって、今は奥の座敷に寝かされている。

 夜刀は膝を折って幼な神に傍み、双方の頭を優しく撫でた。本来であれば次代を担う二人に対し、事の次第を伝える責任が夜刀にはあった。しかし、いとけけない子らに筋目を通したところで、それが反って不安を煽り、か弱い胸を苛むばかりなら益体もない。

 赤土の八大たる千軽が首刈とともに不在の今、夜刀は年長の神として場を引き受けることにした。


「お婆様のことは私に任せておきなさい。直ぐに会えるわ。貴女たちはしばらく離れの母君の元へお行きなさいな。綾目姫も霊猫衆の手で運ばせましょう。姉妹三人で待っておいでなさい」

「……はい」


 頭で分からなくても心で感じるのか、返事をした円香は笛模の手をきゅっと握り、笛模は頷いたきり俯き加減。

 夜刀はそんな二人を霊猫衆の手に預けて離れへと向かわせ、また一方の衆には奥座敷の綾目を床ごと運び出すよう促した。そして残る衆と従神とを集めて、本殿を忌籬いかきの結界で囲うよう指図する。そこへカルアミを伴ってイビデとジーノスが戻って来た。


「夜刀媛様、遅くなりました。それで、これからどうなさいますか?」


 普段ならジーノスが前へ出るところを、蛇トーテムの信徒だからと譲られたイビデが緊張気味に問いかける。夜刀は影玉を掌中に転がした。


「今からここで影間封かげまふうじを解くわ。本人に話を聞けるなら、それが一番手っ取り早いでしょう。万が一に備えて本殿を忌籬いかきで覆うから、御業が使えるならそちらを手伝って頂戴」

「承知しました。魔法使いのカルアミにはそちらを手伝わせます。私とジーノスは御業の心得はありませんので、何か別命があれば仰って下さい」

「ならその堅っ苦しいのをやめて頂戴。これ言うの二度目よね?」

「そうは言われましても……」


 敷居が高い。首刈は生来の気安さを持っているが、夜刀は砕け調でも品位というものを手放している訳ではない。神話の始まりから今に至るまで長らえてきた神を向こうに回して、望まれたからと言って、早々心安く受け合える筈などなかった。


「まあいいわ。それじゃあ貴方たち二人には太刀持ちでもして貰いましょうか」

「太刀持ち、ですか?」


 そうよ、と認めて夜刀は物招ものおぎの御業を繰った。すると蒲葡えびぞめの布に巻かれた二振りの太刀が現れて、それぞれイビデとジーノスの手に収まる。

 はらりとはだけた布から覗く柄頭には磨き上げられた冑金かぶとがね。そこから一糸も乱れぬ柄巻つかまきを辿って細工も美麗な縁金ふちがねつばが光る。

 イビデの手にはあけの下げ緒も鮮やかな白鞘の打刀うちがたな

 ジーノスの手には大層立派な帯執おびとりの付いた赤鞘の太刀。

 いずれ劣らぬ神気を発して、淡く燐光すら帯びていた。


「え……。これを持てと?」


 やばい――。直感と同時にイビデの本能は逃げ腰になった。

 調査員という仕事柄、これまでにも宝と称される類の品を目にした経験はあった。しかし今、手の中にある品はそこいらの洟垂れ小僧が見てもそうと分かる神宝のお手本のような逸品だ。見た目よりは遥かに軽い。しかしてその重みは筆舌に尽くしがたいものがあった。


「あの、できれば辞――」

「貴女の手にあるのは神刀しんとう罔象瀬切丸みずはせきりまる。我が水走の地をひらいた蛇川の初水しょすいを集めて打った刀よ。懐かしいわねぇ。私にとっても久方振りのお目見えだわ」


 辞退叶わず。イビデの頭蓋の中は「川と同い年の刀ってなんだろう」との疑問が諦観と一緒くたになってぐるぐると渦を巻き始めた。それを察したジーノスも先手を打って諦める。


「こちらはどのようないわれがあるのですか?」

「その子は神太刀かんだち突智転つちころばし。私が退治した蛇の化怪けかいの尾から鍛えた一振りね。切っ先を向ければ触れもせず立ちどころに相手を転ばせる。正に我が転宮まろびのみやの代名詞とも言うべき神宝よ」

「そのような大層な品に触れさせて頂けるとは、光栄の極みです」


 どうしようもなく棒読みになる。決してわざとではない。人は精神に来るものがあると、自然とそうなってしまうのだ。


「両脇に控えていなさい。忌籬いかきの支度が整い次第、手早く始末を付けるわよ」


 言いながら夜刀は内陣の座卓に影玉を置いた。その様子を見つつ、二人は外陣の際に片膝を着く。左近のイビデが右手に柄頭を突き出すようにして捧げ持ち、右近のジーノスは対称の位置から左手に柄頭を差し出す。座卓の端に玉を置いて戻った夜刀は二人の狭間に陣取った。


「段取りはこうよ。影玉を割れば愛発あらち姫が現れる。先ず以って貴方たちを襲った時の様子と違いはしないでしょう。それを御業の檻で閉じ込めて、言葉が通じるならば話しを。通じぬのであれば別の手管で以って事の次第を解き明かす。その太刀はあくまでも万が一の為のもの。さて、万が一とはどんな時?」


 クイズとかいいですから普通に教えて下さい。そう思うのだが、さすがにそれを口には出来ない。二人は顔を見合わせてしばし答えを譲り合い、結局信徒であるイビデが口を開いた。


「そうですね……。例えば、御業の檻を破られた時、でしょうか?」

「そうね。それこそ万に一つのことだけれど、その時には斬り伏せて従わせる他ないでしょう」


 神を斬る。それは言葉通りの意味ではあるまい。夜刀の幼な神への接し方を見れば、それを泣かせるような真似はすまいと、イビデもジーノスも言葉の裏を理解した。


 一方、カルアミは従神や霊猫衆に混ざって忌籬いかきの支度を進めていた。

 これまでにも白守の南風媛、野飛の夕星媛らが披露してきた忌籬だが、衆を成して社殿を囲うとなれば作業も大掛かりなものとなる。竹笹の柱を等間隔に立て、それらに紙垂しでを垂らした縄を通わせ、本殿をそっくり囲い込む。それぞれの柱から銘々の星霊を注ぎ込み、縄を通じてひと繋がりと成したところで、本殿を丸ごと覆う忌籬を編み上げるといった段取りだ。

 カルアミは活き活きとしてこれを手伝った。何しろ渡人がこのような体験をする機会など、滅多矢鱈にあることではない。そもそも西方大陸に端を発する渡人の社会は国家を始め、何事も競争に本義を置く社会だ。魔法使いの間でも協力体制を敷くより競い合う場面の方が遥かに多い。このように集団での施術を実践する機会など、渡人同士の間ですら中々得られるものではなかった。

 カルアミは自分が担当する竹笹の前に立って、最初に施術をリードする従神の星霊が通うのを待った。やがて隣を担当する霊猫衆が竹笹に触れる。一呼吸置いてカルアミも竹笹に触れ、そこに通る星霊との同調を試みる。

 総勢三十名近い同調は、登山で言うなら最後尾のペースに合わせるようにして徐々に成立し、カルアミの意識は縄を通じて本殿を周回し始めた。数周して縄を流れる星霊にムラがなくなると、今度は竹笹に沿って意識は上昇。全ての竹笹から伸びた星霊のラインが本殿を包む格子模様を編み上げながら、星霊のドームを築いて行った。

 その頃になるとカルアミの意識の視点は社殿を俯瞰していた。初めに、星霊の描く格子の一つ一つが互い違いに明滅を始め、無色と若草色の市松模様が浮かび上がった。やがてその明滅がテンポを落とし、市松模様が消え去ると、社殿は完全に若草色の結界に閉じ込められた。集団施術による忌籬の完成だ。


「さあ、忌籬が完成ようね。では始めるとしましょう」


 夜刀は内陣と外陣の境界に立って、奥の神座みくらとの間にある座卓、その手前端に置いた影玉を見据えた。

 左手にかしずいていたイビデは、いよいよという機に、ふと向こうついのジーノスを見た。畳みかける展開に落ち着く間もなくここまで来たが、今、頼もしき蛇神の脇に控えてじっとしていると、大船に乗った気持ちからか、ようやく辺りが見えてきた気がしたのだ。その中で、何よりも喜ばしいのはジーノスの無事だ。イビデ自身も九死に一生を拾ったとなれば、それを噛み締めるのは今を於いて他にないように思われた。


「んん?」


 小首を傾げながら覗き込んで来る夜刀に対し、イビデは緊張すべき場面で気を逸らせたことが失礼に当たったかと、即座に姿勢を正した。


「な、何か?」

「匂うわね。貴女」

「えっ、……臭いますか?」


 神を相手に立ち回ったのだから当然、大汗も冷や汗もかいた。しかしそれをジーノスの耳に入る場所で言われては耳朶も赤く染まるというもの。調査の現場では気にも留めないが、御神座の清浄の只中となると指摘された臭いばかりが漂う気がして、イビデとしても落ち着かない。


「貴女、私は春告はるつげの神よ? 忍ぶれど色に香りに恋慕の情は伝うもの」

「……」


 え、そっち? いや、だとしてもなんで言うのだこの神は! と、イビデは真っ赤になって俯いた。そこへ来て要らぬことを言う男がいる。


「なんだイビデ。好いた男がいたのか? 隠していたとは水臭いな」


 あんただよっ、この朴念仁!

 赤くなったものか青くなったものか、イビデはまとわり付く雑念の対処に追い回された。その様子を見て夜刀が笑うのだから、イビデは己が神が如何に性悪かを垣間見た気がしてグラグラした。


「さあ、お戯れはここまで。貴方たちも気を抜いては駄目よ」


 どの口が言うのか。しゃあしゃあと滑らかな二枚舌を操って、夜刀は正面に向き直った。そして両の手を合わせる。五指は開いて柏の葉を形取り、金色の蛇目かかめを閉じて言の葉を紡ぐ。


日月じつげつ久しからず。光と影の繰り事なれば、今、影にゆわいしものを、光以て解き放つなり」


 パンッ――。

 柏手が清冽せいれつに響き渡り、手と手の狭間に光が宿る。


断影たちかげ


 夜刀がピタリと合わせた手を僅かに離すと、そのあわいから一閃の光が奔って座卓の影玉を貫いた。影玉は左右に断ち割られ、煙立つように黒い帯状に解けて行く。

 ジーノスとイビデはそこに愛発姫が現れるのかと固唾を呑んで目を凝らした。しかし何者も現れない。そこへ被せて夜刀が新たな御業を紡ぎ始めた。


くろがねの、正金まさがね取りて、練鉄ねりかねの、鉄垣かなくねを編む、その鉄垣かなくねを――」


 指甲套を嵌めた小指を立てて軽く握った拳を寄せ、夜刀は指甲套を二度、切り火を切るように鳴り合わせた。すると音と共に弾けた星霊が麻の葉模様に広がって、座卓ごと空間を囲い込む。瞬く間に檻の形が整うと、丁度座卓を床にする格好で、星霊は練鉄ねりかねに変じて堅固な牢を顕した。


「……しくじったわね」


 夜刀の漏らした言葉に、侍る二人は真意を知ろうと目を向けた。すると、右肩口から仰け反る格好で上体を捻った夜刀の右肘から先。これがすっぱりと無くなっていた。




 ***




「今の音は何!?」

「後ろからやな」


 傀儡を反転して所々ブロック崩し状の壁面を窺えば、目を凝らす間もなく亀裂が走り、次の瞬間には砕けた岩とつぶてが飛び散って濛々と粉塵が噴き出した。


「見えない! みんな離れて!」


 後背から肩を抱くようにして星霊の翼を打ち、私は真後ろに飛び退すさった。それを追って粉塵の中から飛び出して来たのは巨大なあぎと


地竜じりゅうや! はよ上がりぃ!!」


 屈強な剛礼号ごうらいごうが横に付いたと思ったら、不知火の腕を取って振り回すように上へ放る。そこへ口径三〇米はあろうかという悪夢の鮫歯が襲いかかった。


「千軽ちゃん!!」


 私がこれまで目にした地竜のどれよりも大きい。大人しい筈の地竜が獰猛に牙を剥いて来る以上、霊塊たまぐさりの化け物と化しているのだろう。


「媛様、今参ります!」


 上昇する私と入れ替わりに、たぎち姫の駆る潺薙せせなぎが一直線に降下して行った。飛行機雲のように走る帯状の煌めきは水泡だ。

 潺薙せせなぎは激流の如く、そのゴツゴツとした鰐皮を模す鎧の突起から水刃すいじんを無数に伸ばして、躊躇いなしにあぎとの中へ突っ込んだ。

 剛礼号を呑み込むかに見えた地竜は飛び込んできた潺薙に押し返され、後頭部を激しく壁面に打ち付けた。谷に響き渡る衝撃が脆くなった崖肌を剥がし、がらがらと崩れ落ちる。


水門闢みとびらき!!」


 地竜の大口を伝声管にして滾姫の声が一帯に響いた。そして時を置かずに口から大量の水が溢れ返り、その真下、人で言えば喉ら辺が八方切り裂かれて血染めの水を噴きこぼす。

 圧倒的な水量が岩棚を覆い尽くし、滝となって暗黒の淵へと流れ落ちれば、そこから立ち昇ったのはせ返るような臭気。それがガツンと私の脳幹をシバキ倒して、急転直下に目を回らせた。


「ひゃっはー!! くっさー!」

「!? どうした首刈ー?」


 説明不能。置いてけ堀の放谷を尻目に私の脳は快楽けらくに震えた。いや、そのことすらも理解できてはいない。種を明かせば地竜の放った血臭は犬万いぬまんだ。これを肺腑一杯に吸い込めば犬に近しい私の正体は打ち震えてよろこぶ。人間の部分がいくら臭がっても到底制御は不能だった。


「臭い! 気持ちい~、臭い!」

「落ちてる! 落ちてるぞー、首刈―! おいってばー」


 人の姿になった放谷が激しく私を揺さぶるのだが――ごめん。これ、もうどうしようもない。このまま落ちるところまで落ちますよ。きっと少し離れた位置で阿呼も同じ憂き目に遭っているだろう。けど本当に無理。ここまで強烈に鼻から脳に抜けたら、まったく以って処置なしだ。


「あひゃひゃ、もう最高!」

「おい、こんのバカたれー!!」


 ハイになって上昇する魂とは真逆に、肉体は物理的なロウを目指して落ちて行く。泡を食った放谷の叫びばかりが幾重にも槽内に谺した――。




 ***




 駆け出し者の皇大神が闇間に落ちて間もなく。猛烈な臭気は谷を登って今一柱の犬神、馳哮はせたけ姫の鼻をも苛んだ。


「うっは。これダメっす! あたしこれ吸うと駄目になるっすよぉ」

「うるさい。当頭つつめきさんおねね」

「しびっ。風招かざおぎ!」


 蝉神の操る風が押し寄せる臭気を打ち払うと、臭気から解放された馳哮姫は悉平丸しっぺいまるの胸甲を開いて盛大に換気した。


「あざっす! にしても今の臭い、亀裂から上がって来たっすよね?」

「あい」

「しびっ」

「真面目に聞いて下さいっす。あの臭いはやばいっすよ。蚯蚓みみずの臭いっすから、首刈様も阿呼様もひょっとしたら……」

「しび?」

「しび、じゃないんすよ! 目賢めがしこさん、風声みさをは繋がるっすか!?」


 目賢姫は自らの傀儡、賺心裳すかしごろもの首を横に振ってみせた。

 本来、犬万とは蚯蚓を日干しした時に発する臭いを指す。道端で干からびた蚯蚓の死骸ひとつでも犬は狂ったように身を捩る。今し方の臭いは日干しされたそれとは異なっても、余りに強烈であったが為に犬の系譜の神々を十二分に玩弄した。


「どうするっすか? 虫の方は御業の範囲内に収まってるっすから、あたし一人でもなんとかなるっす。二人で様子を見てきて欲しいっすけど」

「しー。今、媛様と話す」


 目賢姫は焦る馳哮姫を制すと風声通信を千軽に繋いだ。眼下には夜陰を掠め取って昼日中のように明からけるあかときの空間。そこに吸い寄せられた巨虫たちが出鱈目な軌道で飛び続けている。


「来るなと」

「は? どういう意味っすか? 首刈様たちは無事ってことっすか?」

「亀裂、下る。それ霊塊を生じる危険、ある。と」

「どういう意味っす?」

「媛様たち、星霊の雲間を抜けて、霊塊を発症したそう。あてくしと当頭姫には雲間を抜ける愚は冒すなと」


 目賢姫と当頭姫は昨夕で霊猫神社へやって来たので、昨日の降下には参加していない。千軽は霊塊を発していない二人の降下を認めなかったのだ。

 しかしその回答は馳哮姫にとって満足の行くものではなかった。馳哮姫が固執するのはあくまでも皇大神である首刈とその妹阿呼の安否だ。犲狠さいろう神社は犬神神社と同様、赤土固有のイヌ科動物を祀る神社。そこには狼の系譜の末端を担う神として実に愚直な拘りがあった。


「霊塊がなんすか! それを言うならあたしは昼間に一遍降りたっす。なんならお二人が残って、あたしが行けばいいって話じゃないっすか!」

「落ち着くびっ。あかときはどうしるび? ここで光を解いたら、それこそ一斉に虫が亀裂を降りてくびっ」


 いざ行かんと胸甲を閉じた悉平丸を寸胴の連蝉つるせみが後ろから抱き止めた。その様子を尻目に、落ち着き払った声で目賢姫は言う。


「行く方法、ある」

「しび?」

「媛様は星霊の雲間、抜けるなと。であれば当頭姫」

「わたくしび?」

「貴女の磐貫いわぬきなら下ること可。馳哮さん残して、星霊を迂回して向かう」


 七重当頭姫命ななこしのつつめきひめのみこと七歳ななとせを土に暮らす蝉神。故に地に穴を穿つ磐貫いわぬきの御業を得意とする。目賢姫は磐貫で下層まで縦穴を開き、星霊の雲海を避けて行こうと言うのだ。


「さすが目賢さんっす!」


 手の平くるり。馳哮姫は尻尾を振って手を叩いた。悉平丸の尻尾もシンクロして大いに暴れる。


「承知しび。馳哮さんはここに残るしびびっ」

「仕方ないっす。お二人にお任せするっすよ」


 己の役割は巨虫を光の御業で引き付けておくこと。首刈から言い遣った役目だけに、ここは馳哮姫も素直に肯いた。

 悉平丸から離れた連蝉は自由落下で降下を始める。それを追って賺心裳も身を逆様に落ちて行った。

 梢を抜け、地面が迫っても二領の傀儡は速度を緩めず、激突寸前の間合いで連蝉が御業を繰り出した。


磐貫いわぬき!」


 兜鎧傀儡を通じて増幅された御業は木の根を押し分け土壌に大穴を穿つ。地の闇に飛び込んだ二柱は堅固な岩盤をものともせずに掘り進め、落ちるように下層を目指した。




 ***




 一方、内から外に食い破られた地竜は苦痛に怯んで絶壁の穴へと引っ込んだ。岩棚の血溜まりに颯爽と立った潺薙せせなぎの眼前を、真っ逆様に落ちて行ったのは不知火。それを目にしたたぎち姫は我が目を疑い狼狽えた。


「……何事ですか?」

「何事やあるかい! 拾いに行くでぇ、はよしぃ!」

「滾さんが首刈様を撃墜したー! いーけないんだぁいけないんだ!」


 真っ先に降下した剛礼号を追って、軽口残して斑良まだら姫の疾風はやちが下る。理解及ばず出遅れた滾姫の前に、遥か上方から段切丸つだきりまる独角仙ひとつぬひじりが戻って来た。


「どうしたの? 今、首刈が下に行かなかった? てゆーかこの酷い臭いは何!?」


 矢継ぎ早の夕星に、滾姫は見たままを説明した。しかし誰も犬万とイヌ科の接点を知らず、首刈の奇行を理解し得なかった。落ちたのか降下したのか、いずれにせよ放ってはおけない。


「まったく。帰ろうって言っといて自分は降りて行くってんだから、振り回されるこっちは丸っきり道化じゃない」


 やる方ない愚痴を吐いて淵底を覗き込む夕星。


「貴女たちはここに残って、地竜が戻らないように穴を塞いでおいて。何かあれば呼ぶから」

「承知しましたわ」

「お気を付けて」


 段切丸は亀裂に飛び込み、独角仙と潺薙は壁面の大穴と向き合った。同じ頃、真っ先に落ちて行った不知火の中で、放谷は一人奮闘していた――。

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