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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の三 赤土編
59/172

057 真神の歌

 ドンッ――。


「うひゃあ!」


 鉄扉の向こうに気配を探ろうと耳を寄せたら向こう側から叩かれた。たわんだ門扉に突き飛ばされるようにして私はゴロゴロと柱間を転がった。これでも皇大神なんですけどねぇ。この世界、まじで皇大神に優しくない。


「いったたたた。何今の!? ドンッてされた!」

「めちゃくちゃ転がったなー」


 笑いごっちゃない。真神の格納庫には狂犬でも飼っているのか。


「これは中々やんちゃな子がいるみたいだね。骨が折れそう」

「開けたらどうなっちまうかなー」


 ぶっちゃけ開けたくない。寧ろ厳重に封印してしまいたいくらいだ。

 自我を持つ兜鎧傀儡が目覚めたのだから、動いていること自体はおかしくはない。でも、それが何故か暴れるニュアンスで、こっちとしては堪ったもんじゃなかった。

 目張命まなばりのみことは格納庫に収まる不知火を「甘え癖が抜けない」と評していたけど、開けた途端にじゃれつかれでもしたら、私普通に死ぬからね? この世界の神は不死身じゃないんだから。


「阿呼が心配そうにこっち見てるぞー」

「なんでもないって言っておいて」


 今となっては阿呼が付いて来てなくてよかった。阿呼も真神の神だ。不知火がじゃれつく相手を求めていると仮定して、当然真神筋の阿呼も対象になるだろう。

 さて、どうするか。開けた途端にダッシュで逃げる? あるいは柱の陰に隠れるとか。でもそんなピンポンダッシュみたいな真似、皇大神がやることではないね。


「よし、先ずは守りを固めよう」

「守り? どーすんのさー」

「これよ、これ」


 私は木切れと石くれを袂から取り出して放谷に見せてやった。


「ほほー、木賊とくさ石動いするぎかー。そいつを盾代わりにするんだなー」

「そゆこと。いでよ木賊! 石動!」


 ぽいぽいっと放れば木切れは木人形に、石くれは石像にと早変わり。いずれも小人サイズだけど、大きさは後から星霊を注ぎ足して調節すればいい。私は柱間から少し離れた位置に木賊と石動を配置すると、放谷を呼び寄せた。


「おー、あたいは何するー?」

「柱の狭間に蜘蛛の巣を張ってくれる? 向こうが飛び出して来たら巣に引っ掛かるでしょ? そこを木賊と石動で抑え込んじゃえないかなって思って」

「分かった。まかせろー!」


 役割を振られたのが嬉しかったのか、放谷はましらのように柱を登って、流れる手際で巣を張り巡らせた。

 私は私で木賊と石動をサイズアップ。独角仙ひとつぬひじり眼百鬼まなきりを参考に、相手の足にしがみつくのに丁度いいサイズに仕立て上げる。上手くすれば巣を突破されたとしても機動力を削ぐことができるだろう。

 さてもお立会い。準備も整ったし、いよいよ扉を開けますか。鈍鉄の扉の手前には蜘蛛の巣。その手前に木賊と石動。更に手前に放谷と並んで、私は星霊を繰り出した。

 腰溜めに構えて突き出した両手から、若草色の星霊が蜘蛛の巣をすり抜けて注がれる。そこに描かれた神紋がエメラルドの輝きに満たされて、ズンと下腹に響く重低音を合図に恐怖の門が開かれた。さてはて、鬼が出るか蛇が出るか。


 オオオォォォォォン――。


 呻きと共に物凄い勢いで兜鎧傀儡が飛び出して来た。頭頂の紅蓮から次第に橙へと様変わるグラデーションの獣皮鎧。所々に当て金の銅が輝いている。楓露なにがしに見せられた映像に登場した赤狼武者だ。鋭い爪を模した金手篭手かなてこてがギラリと光り、不知火は真っ向蜘蛛の巣に飛び込んだ。


「ばっちりかかった! どうよ!」


 ご機嫌な声を上げ、放谷に向かって親指を立てる私。慢心ここに在り。蜘蛛の巣は間違いなく頑丈だった。けれども、次の瞬間、それを支える柱が丸ごと抜けた。


「ほわっ!?」


 けたたましい音を立てて流造の庇が崩れ落ちる。ドーム一杯に響き渡る音に阿呼も夕星もギョッとしたことだろう。私も負けじとギョッとした。瓦礫の下から不知火が飛び出して来たのだから。


「木賊! 石動! 足止めしてっ!!」


 とんでもないド派手な立ち回りになったと内心冷や汗をかきながら、どうにか二体を制御して不知火の左右の足に組み付かせる。が、したり顔には至らない。不知火は尚も足を引き摺るようにしてこちらへ迫って来たのだ。


「待て! 待て! お座り! おあずけ!」


 二重の策も焼け石に水。後のなくなった私は必死になって命令した。無論、調練もしていない相手に通用する訳がない。不知火は長い金手の三本爪で床をガリガリしながら、半ば匍匐前進の体で鼻先にまで詰め寄った。


「わっ、我は! 我は大嶋治真神首刈皇大神なり! お願いだから止まってぇ!」


 咄嗟に神名を唱える。咄嗟が過ぎて威を込めるのを忘れました、はい。もうダメだ。オワタ。私はギュッと目を閉じて、その時が訪れるのを待った。

 ……あれ? 来ない? これは最期の瞬間には時間が長く感じられるというあれかな? ほら、走馬燈が見えたりするやつ。ぽいよね? 違う?


「首刈ー、大丈夫かー?」

「ん? どうなったの? 目、開けて平気?」

「おー、自分で見てみろー」


 そろりと耳を立てながらゆっくりと目を開けば、相変わらず目の前には不知火。けれど、完全に伏せの姿勢になっていて、さっきまでの騒ぎが嘘のように静まり返っていた。


「えーと?」

「さあなー」


 狐に摘ままれたようにへたり込んでいると、そこへ阿呼と夕星が駆けつけて来た。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「あ、うん。なんともない」

「貴女、何やったのよ? 間口が滅茶苦茶じゃない」

「うん。しっちゃかめっちゃかだね。でも私は頑張ったんだよ」


 事実。

 そうだよ。私は頑張った。結果はご覧の通りだけど、そこを責められても困る。ともあれ不知火が大人しくなったなら、散らかした後始末をしましょうか。と、立ち上がって見渡したところで私は気が付いた。不知火の兜の耳が伏せているのだ。兜の下は鼻面の長い面皰めんぽうに覆われて、暗い眼窩に赤い光点。それが上目遣いに私を見ていた。


「ねぇ、不知火。貴方ひょっとして私に構って欲しかったの?」


 ピコピコッと耳が動く。狼同士の耳話に長けた私には分かった。やはり不知火は目張命が言った通り甘え癖が抜けないのだ。あの狂犬じみたアクションからそれを察せとは無理難題に違いないが、今こうして見ればちゃんと伝わる。


「そっか。ごめんね。こっちも初対面でおっかなびっくりだったから。怒った訳じゃないんだよ?」


 私は背伸びをして、迫り出す鼻の頭を撫でた。あかがねの冷やりとした感触。なのに不思議と温もりが感じられる。

 主人である火群命ほむらのみことと離れて四千年。眠らされていたとは言ってもそれは長い長い孤独に違いない。私や阿呼に故郷の気配を感じて、テンションが振り切れてしまったのだろう。


「真神に帰りたい? 火群様に会いたいよね」


 耳の動きが肯定する。取り分け火群様の名には尻尾も動いて、瓦礫の粉塵が舞い上がった。


「おーけー、分かった。落ち着いて。げほっげほっ、まじ尻尾やめて」




 ***




清水すがみず!」


 粉塵に塗れた私たちは、さながらコントの爆発オチのような姿を御業で清めた。瓦礫の撤去には木賊と石動を当てて、一先ず蔵から出てきた三領の兜鎧傀儡をひと所に集める。


 不知火――。頭頂から背なに紅蓮の毛並みを流して、萌えるような橙色の獣皮鎧を纏った赤狼武者。獣皮の下はあかがねの胴鎧と具足を着け、巨大な三本爪の金手篭手かなてこてが猛々しさをいや増している。反面、耳と尻尾がやたらと動いて、最早可愛く見えて仕方がない。


 段切丸つだきりまるは黒鹿毛の馬を思わせる青光りした鉄鎧。浅葱色のたてがみは隆々と立ち上がり、ぶっ違いに背負った刀の柄が両肩口に突き出している。刀は左右の腰にもあって計四本。兜の前立ては上昇する籠目の流星。特徴的なのは鞍型の肩鉀たかよろいと馬の関節、蹄を持った足だ。


 眼百鬼まなきりは二体よりもほっそりとしたシルエットで優美さに抜きん出ている。肉弾戦なら頼りなくも見えるけど、チカチカと明滅するネオンのような百眼模様を見れば、御業比べでどのように立ち回るのか胸騒ぎすらしてくる。


「ちょっと休憩しようか」

「まーた暢気なこと言いだして」

「だって鉀兜よろいと姫がまだだし、この子たちに乗る練習は全員揃ってからでいいでしょ?」


 先達である目張命のレクチャーを受けると考えれば、私、夕星、そして鉀兜姫と、生徒が揃っていた方が都合いいに決まってる。それより何より、自我があると分かった以上、私たちはこの子たちに対して、何故今、眠りから呼び覚ましたのか説明をする責任があった。


「不知火、段切丸、眼百鬼。私の言葉は分かる?」


 投げかけた言葉に三領の兜鎧傀儡はそれぞれの方法で応を示した。不知火は耳話。段切丸は蹄を鳴らし、眼百鬼は百眼模様の明滅。うん、モールス信号は分かんないからね?


「えっと、とりあえず貴方たちを起した訳を説明するね。実は――」


 私は端的に三つの要点だけを話した。

 四千年前、御業比べの余波で、この中央高地に地殻に到るほどの傷ができてしまったこと。それによって星霊がこの地に集中し、バランスが崩れて崩落などの現象が相次いでいること。そしてその原因を調査・解決する為に兜鎧傀儡の力を借りたいということ。

 段切丸と眼百鬼は不知火を挟んで向かい合い、審議に突入した模様。不知火だけは真っすぐ私の方を向いてパタパタと尻尾を振っている。


「いやいや、遊ばないよ? 貴方も審議に参加しなさい。耳を垂れてしょぼくれたってだーめ。体格差を見れば分かるでしょ。貴方じゃれつく。私潰れる。ね?」


 不知火は仕方なしといった風に肩を落として審議に加わった。よしよし、それでよろしい。


「ほんとに通じてんのかー?」


 放谷は頭の後ろで手を組んで、さも見ものだなといった調子だ。その隣では阿呼が爪先立ちになって、審議の中身を読み解こうとでもいうのか、一心に兜鎧傀儡に見入っている。まぁ不知火に限って言えば、耳や尻尾の動きで察せられる部分もあるかもしれない。


「首刈ってば変わってるわね。有無を言わさず乗り込めばいいじゃない」

「そうは行かないでしょ。この子たちには自我があるんだから。夕星だってそんなこと思ってないくせに」


 夕星は「まぁね」と笑った。大嶋では神も人も物を大切にする。それは付喪神の存在にもしっかりと表れている。三領の兜鎧傀儡は私たちの御祖みおやが手塩にかけた子供のようなもの。そう思えばこそ、馬車馬のように扱う気にはなれなかった。


「なんか揉め始めたわね」

「そこはかとなく嫌な予感」


 見れば段切丸と眼百鬼が不知火を指差して責めるような構図。それを受けて、不知火は地団駄踏むように足を鳴らすと、ビシッとあらぬ方角を指差した。目で追えばそれは水走の格納庫。

 私は珍しくピンと来た。段切丸と眼百鬼は、地殻に傷を付けたのはお前だろうと不知火を責めているのだ。そして不知火は水走の格納庫に眠る竹葉蛇ささへみも同罪だと訴えているに違いない。


「ストップ、ストップ! 喧嘩しないの!」


 三領ははたと動きを止めて私に向き直った。素直でよろしい。

 さて、どうしようか。揉めるくらいなら何か、三領ともにやる気になるような提案が必要だ。現地に赴けば恐らくは一働きも二働きもして貰うことになる。ならば報酬はあって然るべきではないか。彼らが一律に納得するであろうもの。それは――。


「いい? この件で協力してくれたら、ご褒美にみんなを故郷に帰してあげる。不知火は真神の大宮。段切丸は野飛の馬宮。眼百鬼は白守の峰峰宮。ねっ、みんなだって帰りたいでしょ?」


 言い終えぬ内に眼百鬼が物凄い勢いでネオンの百眼をチカチカさせ始めた。不知火は千切れんばかりに尻尾を振り振り。段切丸に至ってはバク宙を決めるというオーバーアクション。


「分かった。分かったから落ち着いて! 暴れる子はご褒美なしだよ?」


 ピタッ――。

 現金な奴らめ。しかし今の喜びようを見たら胸も痛むというものだ。何故ならこの子たちはとばっちりでここに封印されていたも同然。やらかしたのは私のご先祖様や夜刀ちゃんであって、この子たちが追うべき責任ではない。せめてこの場を解散して、故郷に連れ帰ってあげればよかったろうに。


「よし! じゃあちょっとだけ前払いしてあげようか」


 私はそう告げて、兜鎧傀儡から少し距離を取るように移動した。


「前払いって、お姉ちゃん、何をするの?」

「それは勿論、歌を歌うんだよ」

「おー、いーなー。異世界まほろばで故郷を見せてやるのかー」


 その通り。察しがいいね、放谷。


「でも、私は野飛や白守には行ったことがないから、真神の景色で我慢してね。貴方たち、こっちへ移って来る前は真神の辺りで御業比べをしてたんでしょ?」


 三領は頷くように兜を傾げた。月卵山つきのかいやまを破壊して風合谷かそだにを作った事実からすれば、あの界隈の記憶はあって当然だ。異世界まほろばの景色にいざなえば少しは慰めにもなるだろう。

 私にしても、ここしばらくは忙しさに追われて、ゆっくりと故郷に想いを馳せる暇もなかった。阿呼にしたってそうだ。放谷は……まぁそうだとしておこう。

 私は軽く顎を引いて目を閉じると、右手の人差し指を立てて唇に触れた。歌うのは真神の歌。水走を旅して歌を作ったように、故郷を思い返しながら作った歌。そこに過ごした夏と秋に、想像の冬と春を繋ぎ合わせた四季を辿るメロディ。



 月を追う 夢に

 神代かみよの森の 奥深き


 闇に問う 迷い消ゆ

 巡り行く この命



 始まりは真神を象徴する氷輪。冬の月が蒼々と照らすしめやかな冬木立。春隣はるどなりの風を追って木々の間に間に狼たちは走る。

 闇を裂く遠吠えが響けば、群に与えられた使命は明らか。この真神で、命の限りを生きて行くのだ。



 星に歌う 真神原まかみのはら

 集いし群れは 四季渡り


 いつか帰る 愛の宿り

 あなたのもとへ 行くよ



 森を飛び出せばそこは星の降り注ぐ真神原。夜を駆け日中ひなかを潜り、春夏秋冬を巡る旅。その先にはきっと、帰る場所があり、待つ者がいてくれる。不知火にはきっと火群命の姿が垣間見えただろう。



 雪に映え 花も舞え

 流れる星の 霊響たまゆら


 鳴けば風 心触れ

 いまたわぶる 日々を



 光り輝く雪化粧。花も舞い散る春の嵐。夏空をゆく星々の煌めき。秋の風立てば心は騒いで、遠く離れていてもそこに過ごした日々を思い出す。私も阿呼も放谷も、決して真神の景色から切り離されてしまうことはない。



 息吹く夏よ 燃ゆる秋よ

 たなうらの恋 追いかけて


 冬を越えて 春に目合めあ

 眠れ愛しき 吾子あこ


 あなたのもとへ 行くよ



 氷面鏡ひもかがみに季節を映せば、青葉の夏、紅葉の秋。季節を追うように恋をする生きとし生けるものたち。厳しい冬を耐え忍び、春に巡り会えたなら、そこには新たな命が育まれる。

 会いに行こうよ。誰にだって会いたい人がいる。だから会いに行こう。


 詩行に巻かれて螺鈿のように色目を変える真神の風光。

 目にしたもの。まだ見ぬもの。織り交ぜながら歌い上げる幻想は、ドーム全体を銀幕スクリーンにして、触れる近景、見晴らす遠景と、流れる四季を呼び醒ます。

 隠居山。長床。お宮の外れの庵。真神原。石舞台。蜘蛛隧道。風合谷。

 誰時たれどき。昼下がり。灯点ひともし頃。夜の帳。

 花日和。八入やしおの雨。鮎の風。忘れ雪。

 日に月に、匂い立つほどの無雑な山水には、それぞれが忍ぶ里心に従って、思い思いの色雫を落していけばいい。誰にも侵すことのできない、自分だけの景色があるのだから――。


「ふぅ、おしまい。……どうだったかな?」


 私自身、ここで生きて行こうと決意した真神の景色だ。上手く見せられたという自負はあった。歌い上げたという心地のよさも。


「お姉ちゃんすごい。阿呼たちまるで里帰りしたみたいだった」

「ほんとなー。紅葉の風合谷なんて目にしたこともないだろーになー」


 阿呼は真朱まほその瞳を潤ませながら、放谷は空色のそれを輝かせながら、弾む声で言ってくれた。これぞ正に歌好き冥利に尽きるというもの。

 さて、夕星や兜鎧傀儡たちの反応は――。


「貴女!」


 様子を窺おうとした途端、目の前に躍り出てきたのは夕星だ。余りの勢いにおめめがパチクリしちゃう。


「びっくりした。いきなり大声出さないでよ」

「次、次!」

「ん? どうしたの? 何が言いたいの?」

「赤土が片付いたら次は野飛に来てよっ。それで野飛の歌を作って!」

「おおう」


 両肩をガッチリ掴まれガクガクされてしまいました。そんなことを言い出すだなんて、夕星も余程今の歌を気に入ってくれたようだ。

 嬉しいなぁ。でも一足飛びに来いと言われても、予定としては次は護解。そして青海と続いて野飛へ行くのはその後だ。まぁそうと決め込んだ訳でもないから、この場では言わずにおこうか。


「分かった分かった。考えとくから」

「約束だからねっ」

「だから考えておくって」

「よし、決まりね!」


 決まったようです。はい。

 夕星ったら黒いおめめを爛々と、小鼻まで膨らませて押しの一手ときた。この状態の暴れ馬をまともに取り合えば馬鹿を見る。適当に流しておくとして、とにもかくにも兜鎧傀儡の反応を確かめなくては。そうだよ、彼らにこそ聴かせたかったんだから。


「みんな、今の景色見えた? ちゃんと感じられた? 私は古い時代の真神を知らないから、上手く伝わらなかったかもしれないけど」


 オオオォォォォォン――。


 不知火は天を仰ぐようにして唸りを上げた。遠吠えだ。その様子から確かに感じるものがあったのだと手応えを感じた。ああ、よかった。

 段切丸は蹴伸びの姿勢から両腕で空を掻くようにして、竿立ちの馬を思わせる反応を見せた。

 眼百鬼はというと、一層激しく例のモールスを発している。うん、だからそれ分かんないからね?


 ズッシーーン!!


 突然足下が揺れに揺れた。驚き振り返れば、天蓋の穴から降りて来たのだろう、独角仙ひとつぬひじりが立っていた。迫りの円盤台は目張命の説明から稼働できるようになっていたので、今は二基ともドーム内に下げて、穴は地上まで貫通している。


「おっどろいた。鉀兜姫のご到着だ」


 出迎えにと駆け寄れば、独角仙はゆっくりと片膝立てに腰を落とした。次いで胴鎧の部分がパカッと開き、ひらり舞い降りたのは初めて目にする千早姿の美少女。てっきり見知った蛹がご登場と思っていたので、駆け寄る足は勢いを失った。


「え、誰?」

「あら! いやですわ。姿形は変われど、わたくしはわたくしなのですわ」

「えーっ!? 鉀兜姫なの? えっ、蛹から孵っちゃったみたいな?」

「仰る通りなのですわ。せめてここまではと、一生懸命この子を動かそうとしましたら、力籠る余りに殻が破れてしまったのですわ」


 そんなことがあるのか。いやいや、確かに蛹のままではかんじきのペダルには足が届かないし、操縦桿の竹筒もまともには握れない。私の想像の中ではウンウンうなりながら必死に手足を伸ばす鉀兜姫が、勢い余って完全変態を遂げた様子が好き勝手に再現された。

 それにしても見事な変貌を遂げたものだ。背丈は私と然程変わらない。目を瞠るのは殻を脱ぎたての瑞々しい肌。それが生成きなりの千早と合わさり、涅色くりいろの袴と明瞭なコントラストを描いている。


「とっても奇麗! 思った通りの美人さんだ。おめでとう、でいいんだよね?」

「はい。首刈様にお褒め頂けて、とっても嬉しいのですわ」


 ころころと鈴を鳴らす声は相変わらず。額からは触覚がにょっきり。兜虫らしいまんまるパッチリな黒紅くろべにの瞳は吸い込まれるようで、控え目な赤香あかこうの唇の上には、愛らしい小さな鼻がちょこんと乗っている。襟足から頬髪に向けて長くなる、斜めに切り揃ったおかっぱは雌兜の円い胸甲を彷彿とさせた。


「見違えたわね。それに、ここまで乗って来ただなんてやるじゃない」


 夕星を始め、追っ付けやって来たみんなも口々に、華麗なる変身を遂げた鉀兜姫を褒めそやした。放谷などはどうしたら自分も蛹になれるかなどと真剣に頭を捻り出す始末だ。気持ちは分かる。みんな女の子だから、奇麗になることには興味が尽きないもんね。

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