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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の三 赤土編
58/172

056 憑き神

 もよいの間と呼ばれるドームで目覚めた私は、心配して目覚めを待っていたみんなに急展開を告げ、皀角子神社へと戻って来た。

 早速ひとっ風呂浴びてさっぱりと身綺麗にしたら、鉀兜姫よろいとひめを交えて夕餉の卓を囲い込む。

 御食屋の円い座卓には果物料理がずらりと並び、別棟に案内されていたジーノスたちの姿もあった。


「座って待っててくれてよかったのに」

「いえ、さすがにそれは……」


 遠慮しいというか、神を前に慎み深い渡人たちに着座を勧めて、私たちも適当な並びで腰を下ろす。私は渡人の側に詰めてイビデと隣り合う位置へ。後は鉀兜姫が来れば勢揃い。


「あれ? お座布が三つ余ってる。並べ間違い?」

「違うみたいよお姉ちゃん。お料理とお座布団の数は合ってるもの」


 勘定してみれば阿呼の指摘通り。今ここには大嶋廻り一行の四柱と三人の渡人。残る座には鉀兜姫の他に二人の計算になる。


「お待たせしてしまいましたわ」


 ふよふよと蛹の体を浮かせて現れたのは鉀兜姫。その後ろからトテトテと入って来たのは原色の小袖に袖を通した小さ神だった。


「目賢ちゃん! 来てくれたんだ」

「あい」


 ご丁寧に立ち止ってうやうやしくペクリ。夢の中ばかりでなく、ついに現実でも来てくれた。気にかけてくれているんだなぁと思うと、嬉しさに笑みがこぼれた。更にその後ろからスラリとした白装束の女神が登場。


目張まなばりさん!? え、ここ夢の中じゃないですよね?」

「楓露の計らいで、これより先、皆様と同道させて頂くことになりました。この現身うつしみも楓露が用意してくれたものです」

「ほわー、そんなことが――。あ、こちらが前々から話してた白守の先代、目張さん。みんなもご挨拶して」


 促せば順々に挨拶が交わされる中で、夕星も丁寧なお辞儀をして年長の神を敬った。身罷られた神であっても年功序列の礼節は損なわれないようだ。

 十の座が埋まると互いの肩が触れ合う距離で座は賑わった。渡人たちも、ここしばらくの赤土暮しで神々との相席にはそれなりに慣れた様子。私は鉀兜姫に目配せをして、座の音頭を預かった。


「さて、先ずは皆さんお疲れ様でした。食事の方は適当に始めちゃって下さい。私と目張さんとであらましを説明して行くんで、その間は食べながら聞いててくれればいいです」


 待ってましたとばかりに有りの実(なし)に齧りつく放谷。それを皮切りに皆、皀角子衆ご自慢の果物料理を口へ運ぶ。順々に運び込まれる筈の料理があらかじめ出揃っているのは、私の方からお願いしたからだ。大事な話しの最中に横合いから料理を足されては集中が途切れるし、放谷辺りは話半分にしか耳を貸さなくなるだろう。

 私は自らも料理に手を付けながら、ある程度、みんなの胃袋が落ち着くまで様子を見計らって話を始めた。阿呼たちにしてみれば、もよいの間で突然寝こけた私を前に、すわ何事かと慌てたのだそうだけど、その間夢時空で見聞きした話を滔々と紐解いて行く。

 合間合間に目張命の捕捉を頼んで進めて行くと、楓露登場のくだりで座の空気はがらり一変した。うん、分かる。


「待って。その楓露って、この星を指して言ってるの?」

「夕星正解」

「正解って、何よそれ?」

「何って今言った通りだよ。楓露はこの星そのものであって、言い換えるなら原住の星霊みたいなもの。私たちに宿る星霊は例えて言うなら宇宙からの移民になるのかな」


 一様に面喰っているけど、直々に対面した私に言わせれば、この場の衝撃は私が受けたそれと比べれて雀の涙程度のものだ。見よ、放谷は一瞬止まった口をすかさずもぐもぐやりだした。その程度なのだ。


「はい、続けるよ」


 私はみんなの意識がその場に留まらないよう、一度手を叩いて話を進めた。ここから先はどう説明しようと聞き手の口は開いたまま塞がらないだろう。

 九柱の神々が中心となって赤土の地で行われた御業比べ大会。そのドンチャン騒ぎが勢い余って地殻に傷をつけ、眠れる楓露ししの怒りを買った。店子が暴れて大家に叱られるの図にピタリとはまるシュールな話。落語みたいな本当の話なのだ。結果、何が起こったか。


「つまり我々が測り兼ねていた赤土の異変の原因は、古の九柱の神々の、その……不始末によるもの。という事ですか」

「まったく以ってその通り」


 ジーノスの遠慮がちな確認に、ズバリ、ピシャリと言い切る私。不始末などとはこの際手ぬるい。星霊とその融合先である全ての存在を危機に晒した大失態。それをどんな言葉で言い表せると思うてか。


「それで、お姉ちゃんはその楓露さんに、今の状況をなんとかしますって言ったのね?」

「言った。言いましたとも。何故なら、それを言わずして事態を収められる状況にはなかったからね」


 已む無き決断であったには違いない。あの場で機転を利かせて何らかの冴えた提案ができるほど私の脳は造りがよろしくない。


「よし、分かった。夜刀ちゃん呼び出そ。あと私のお婆ちゃんも。どっちも当事者なんだから当然よ。首刈、貴女、火群様は呼べる?」

「無理かな。会ったことないし」

「ならとりあえずは二人でいいや。直ぐにも呼ぼう」

「や、夕星、それはちょっと待って」

「どうしてよ?」


 夕星の言い分は尤もだ。私だってその考えは脳裏を掠めた。けれどこれから先のことを思えば、先ずは私たちでできることをするべきだと、思案した先で私はそう思い直したのだ。


「みんな聞いて」


 私は口先の尖った夕星を制して全員を見渡した。


「この件に関して、どうしても手に負えないってなるまでは、私たちの力で対処したいと思う。私のご先祖様や夕星のお婆ちゃん、夜刀ちゃんたちが負うべき責任は確かにあるよ。でも大嶋廻りでこの赤土にやって来て。その原因が分かって。解決策も見つかった。楓露は地殻の亀裂さえ塞げばいいって言ってくれてるんだし、先ずは私たちで取り組んでみたい」


 自力でなんとかしなさい。そう言われ続けてきた手前、私にだって意地はある。意気地はないけど意地はあるのだ。

 座を見回せば皆々、思い思いに頭を悩ませている。腕組みしたり、天井を見上げたり。顎髭を擦ったり、鼻の頭を掻いてみたり。ギョロギョロしている神もいれば、ためらいもなく食べ続けている神もいる。あんただよ。


「放谷」

「んー?」


 とぼけた顔で見返してくる。それからゴクリと杏を嚥下して、プイッと種を吐き出した。


「やろーやろー。あたいらでやれるんならそれに越したことはないさー」


 はい一票。私は見込んでいたのだ。放谷なら考えなしに両手放しで賛成してくれるだろうと。勿論、阿呼だって賛成はしてくれるだろう。ただ、賢い阿呼は考えなしにとは行かない。多少のことではビクともしない、中々の精神の太さを持っているけれど、今回は事が事だ。


「えっと、阿呼も賛成だけど、お姉ちゃん」

「ん、なぁに?」

「地殻に入ったひびを塞げはいいのは分かったの。でも、それをどうやるの?」


 そこなんだよね。何をすべきかは分かっているし、心の内ではやると決めた。けれども今この場で手立てを述べよと言われてしまうと弱い。とは言え阿呼から出た質問は予測の範囲内。当然、対策は考えてあります。いわゆる「こんなこともあろうかと」というやつだ。


「うん。それについては私からではなしに、目張さんに説明して貰おうと思う。目張さん、お願いします」

「え?」

「どうぞ。お願いします」

「……はい」


 無茶振り。打ち合わせとかこれっぽっちもしてません。

 それでもどうにか貰わないことには困る。目張命は先に槍玉に上げられた夜刀ちゃんたち同様、本件の当事者世代であり、連帯責任を負うべき立場なのだ。ただ一点、申し訳なく思うのは、目張命が既に落柱した神であり、死者に鞭打つような振る舞いになってしまうこと。後で幾らでも謝りますので、今だけなんとかして下さい。


「そうですね。今のわたくしは楓露の分身わけみに星霊から引き出したわたくしという情報を貼り付けた存在です。故に楓露の視点や思惑、記憶といったものを、ぼんやりとではありますが共有しています」


 言葉を選び取るように、ゆっくりと目張命は語り出した。

 今の彼女がどういった存在かは、端的に黒坊主と言っただけでは説明できない。そもそも黒坊主が如何なる成り立ちの存在であるかを私たちは知らないのだ。

 話を聞くにつけ、分かってきたのは楓露と星霊の違い。星霊は引き離そうが隔絶しようが、宇宙を股にかけてすら種として常に全体が繋がっている。

 一方で楓露は分身わけみとして一部を切り出すと、母体の片鱗は残っても、根本は分離体として確立されるのだという。母体である楓露の側からは自由に接触アクセスでるそうだが、逆は不可能とのことだった。


「今、わたくしの手元にある記憶によれば、楓露は分身を大地の亀裂から地表に向かわせ、現地の生物と融合しながら、それを探知針として星霊の中核である皇大神を探していました」


 詰まる所、黒坊主とは皇大神を発見する為のセンサーだったのだ。星霊の浸食に憤懣を抱いた楓露は尋ね回るなどという下手には出ず、喧嘩上等で鉄砲玉のように黒坊主を送り出していたという。なんとも傍迷惑な話だ。

 不審な地揺れ。不審な地割れ。いずれも楓露が黒坊主を送り出す際に生じたもので、カルアミさんが星霊との近似性を見抜いた黒い靄は分身の残滓だと明かされた。


「四千年を耐え忍んできた楓露ですから、地殻のひびを修復すれば事を収めるとの話に嘘偽りはないでしょう。ではその手段ですが、これはわたくしにも楓露にも明確には分かりかねます。楓露にその手立てがあれば、何も星霊に手を出すまでもなく自ら塞げは済んだこと」


 冷や汗がたらーり。このまま結論としては手立てがないということで収まってしまうのか……。周りの視線がそれとなく私に集まり出した。やめてっ、見ないで!


「ですが、わたくしは地殻の罅に近付く以前に排さなくてはならない問題があることを知っています。その為の考えがある、という点については夢の中で既に首刈様に伝えてあります」


 確かに、考えがあるとは聞かされていた。そして私はそれに大いに期待したのだ。だからこその無茶振りだったのだけど、今回はどうやら空振り。目張命の考えとは問題解決に直結するものではなく、その前段階のものだと言う。


「なるほどですわ。地殻の罅については実際に目にしなければ解らないということもありますわ。そしてその前に今一つの困難が待ち構えているのですわね。ならば先ずはその困難を排除する手立てをお聞かせ願いたいのですわ」


 鉀兜姫が蛹の体をゆらゆらさせながら話の焦点を絞った。

 うん、そうだね。ない手立てを今あれこれ言うより、もう一つの問題とその対策があると言うなら話はそこからだ。私は首肯して目張命に続きを促した。


「はい。先ず、くだんの騒動により生じた亀裂は、わたくしも当時目にしましたが途轍もない規模のものです」


 でしょうね。うちご先祖様と夜刀ちゃんのコンボ技が決まったんだから相当だ。悪夢のような共同作業だったに違いない。


「そこは今や、楓露の防御を越えようとする濃密な星霊で満たされています。そして、その星霊目当てに、星霊を吸収するように進化した虫たちが群がっているのです」

「うげろっ!?」


 反吐が出た。反吐ってホントに出るんだ。

 思わず漏らした呻きにみんなの視線が刺さる刺さる。阿呼の耳がピコピコして「お姉ちゃん、お行儀!」と訴えかけてきた。

 だって仕方ないじゃん。群がってるって言ったんだよ? ただでさえトラウマな巨大昆虫が犇めき合うのを想像してごらんよ。誰だって反吐が出る。


「首刈様、お加減がすぐれませんか?」

「いえ、大丈夫です。続けて下さい」

「はい。その為、地殻の罅に臨むにはそれらを排除する必要があります。わたくしは考えました。その為の手段として兜鎧傀儡を用いればよいと」


 え?

 うそん。

 あれに、乗るの?

 誰が?

 私?

 ……無理だよ。

 一連の心の声を耳と尻尾と円らな瞳で精一杯表現してみたの、です、が――。


「一つは不知火しらぬい。これは首刈様であれば動かせます。次いで段切丸つだきりまる。こちらは夕星様。そこにわたくしの手になる眼百鬼まなきりを加えて三領」


 あ、領って言うのはね。鎧を数える時の単位なんだよ。読み方は「りょう」でも「くだり」でもおっけー。なんて現実逃避していても始まらない。バチコリご指名を受けてしまいましたぁ!


「やっ、ちょっと……。私、ですか?」

「はい。扱いはお教えします」

「んんっ……。そう、ですか」


 ここで蹴ったら作戦はご破算。一から考え直しのドッチラケ。この面子でやろうと言い切った手前、ここで私自らが卓袱台をひっくり返す訳には行かない……か。行かない、よね?

 チラリと周囲を窺えば異を唱えそうな者はだーれもいない。何故だっ。


「分かりました。やりましょうとも!」


 もうヤケだ。こうなったらやりますよ。他でもないこの皇大神首刈が先陣切って乗り込んで差し上げましょう。ピーカンの下で暴れまわった合戦神事。あのノリで行けばやれる! 巨大昆虫とやり合うリアルな想像なんぞ床下にでも埋めてしまえっ。腹を括った私は者ども出合えと鼻息荒くして、正座から胡坐にドッカと座り直した。


「それじゃあ明日はもよいの間でしたっけ? 地下のドームへ行って、そこで兜鎧傀儡とご対面ですね。私と夕星と目張さん。三人が乗り手になるとして、他の面々についてはどうします?」

「いいえ首刈様。乗り手は三人ですが、眼百鬼にはわたくしではなく阿呼様に乗って頂きます」

「……ん? え、なんで?」

「それは、今のわたくしには兜鎧傀儡を操るほどには星霊を通わす力がないからです」


 黒坊主だからか。でも、だしとてもなんで阿呼? ダメだよ。危ないよ。お姉ちゃんは認めません。


「それは無理なんじゃないですか? 眼百鬼は白守の主祭筋でなくても乗れるんですか?」

「仰る通り、印色いにしきによって白守の神だけが動かせます」

「だったら!」

「ですが阿呼様はその神名から察しますに月神。憑く神にして憑かせる神ならば、わたくしの身をり寄せて、白守を纏うこともできるでしょう。ですから眼百鬼も動かせます」


 私は阿呼を見た。

 お母さんと同じ白無垢赤眼のアルビノで、毛足の窄まる短い垂髪に可愛く並んだ獣の耳。神名を真神下照阿呼比売命という。そう名付けられた時から月神の定めを受けたまったき白の狼だ。いつでもどこでも私に付いて来てくれて、暗い道行きも月明かりのように照らしてくれる心の支え。

 月神が付き神にして憑き神であることは私も知らないではなかった。けれども未だ成長を待つ身の私たち姉妹。私が皇大神として未熟であるように、いくらしっかり者の阿呼とはいえ、憑き神として十分とは言い難いのではないだろうか。


「平気よ、お姉ちゃん。阿呼やってみる。試してみたい」


 案じるあまりに揺らいだ私の瞳を、阿呼はしっかりと受け止めた。

 姉として、その言葉を信じるべきなのだろうか。さもなくばあくまでも案じるべきか。

 私と阿呼は二人で一人だ。この星に生れ落ちてから今の今まで寄り添って離れることのなかった存在。心の中の宝石箱で一番に輝いている最愛。

 私は一度、ゆっくりと瞼を閉じて、それからしっかりと阿呼の瞳を見つめ返した。


「阿呼が頑張ってみたいって言うんなら、うん。お姉ちゃんは応援するよ」


 上枝ほつえを繁らせ庇になって、守るばかりが姉ではない。いつも支えてくれる健気な下枝しずえを、今は私が支える番だ。

 それは飾らない素直な気持ちで、けれども少しは姉らしかろうと、自身納得する思いもあって、阿呼の「ありがとう」の言葉に数粍ほど鼻が高くなる誇らしさを感じる私なのでした。


「よし! この話はこれで決まりね。私もきつねお婆ちゃんの段切丸には乗ってみたかったし、異存はないよ。で、次に決めるのは残る人手をどうするかだっけ?」

「そだね」

「何よ? 急に白けた声出して」

「べつに」


 見つめ合い信じ合う姉妹の余韻をもう少し味わっていたかったんだよ。なんて、のんびり構えてる場合じゃないのは分かってる。夕星が話を切り替えたのは正しい行為だ。


「それでしたら、わたくしも参りますわ」

「ん? 鉀兜姫の今の発言はどうゆうこと?」

「ですから、わたくしも独角仙ひとつぬひじりでご一緒させて頂きますわ」

「おおっ、それは助かっちゃう!」

「畏れ多いですわ首刈様。虫の犇めく場所であるなら、わたくしもお役に立てると思ったのですわ」


 それは間違いない。兜虫を祀る三宮の神が帯同するとなれば、こと虫対策は砦のように揺るぐまい。ありがたやありがたや。


「あい」

「はい、目賢ちゃん」

「赤土の 杜の柱の こころざし 奇異あやしきを見て いかで黙然もだある」


 ここで一首詠んじゃうのか。

 えーと、どういう意味だろ? 赤土の杜。これは鎮守の杜だよね。柱は神様だろうけど、主祭でいいのかな。で、志と。あやしいってのは不審な感じ? 危ない感じ? そして、いかでか。出たよこれ。古文の授業で習った気がする。んー、思い出せない。最後のもだあるも分かんない!


「今のはひょっとして夕占ゆうけでしょうか」

「あい」


 カルアミさんと目賢ちゃんの短いやり取り。


「カルアミさん意味分かったの? ゆうけってなに?」

「あ、はい意味は分かります。夕占は左右宣そうのりに分類される御業で、辺りの言葉から一語一語を取り出して意味のあるものに組み替える卜占のことです」

「へー。で? で? 意味は? 意味を教えて」


 考えあぐねて停滞気味になった思考が幼児のような言動に表れる。それを隣のイビデが他から見えないように袖を引いて、


「首刈様。ハイティーン首刈を落してます」

「!!」


 ボソッと言われて背筋が伸びた。ハイティーン首刈はできる首刈。これ大事。落しちゃダメ。


「ごほん! カルアミさん。分からない人もいるかもしれないので、説明をお願いします」


 無論、私だよ。あと放谷も確実だね!


「はい。只今、目賢姫様の詠まれた三十一文字が意味するところは、――赤土広しに祀られし神々の心意気。それは問題を知って黙っているようなものだろうか。いいえ、そんな筈はありません――。というものです」


 いかでか! そういえば反語だった気がしてきました。なるほど、そういう歌意だったのか。


「ということは、つまり? この件に関しては赤土の神々も協力してくれるって意味合いでいいのかな?」

「あい」

「それは結構なことです。小さ神であっても鉀兜姫のように兜鎧傀儡を受け継いでいる神は他にもいるでしょう」


 目賢姫の肯定を引き継いで目張命が先を拾った。目張命は阿呼に言って帳面を取ると、粗方料理の片付いた座卓に置いて、地図取りした物部大社殿の地下見取り図を押し広げた。


「この環状通路の脇に伸びる鍵状の道は、突き当りが小さ神の兜鎧傀儡を収めた蔵になっています。それらを調べて赤土の神々の格納庫があれば、社に赴き協力を取り付ければよいかと思います」

「えっ、行き止まりだと思ってた場所が全部格納庫なんですか?」

「はい。当時は神々がこぞって御業比べに興じていましたから、小さ神の兜鎧傀儡も数多く納められています。封印の際、催の間に通じる門扉同様、全て隠し扉にして閉ざしました」


 ふうむ、そうか。神々の間で大流行したのだから、小さ神の兜鎧傀儡が眠っていても何らおかしいことはない。皀角子神社は最寄りだから自前の蔵に入れていたとして、遠方の神々は九柱に倣って持ち込んでいた。きっとそんな感じなのだろう。


「では首刈様。我々は明日、そちらの調査に回ります」

「あ、ジーノスお願いできる?」

「勿論です。我々三人にどなたかおひと方同行して頂ければ捗るかと思いますが。如何ですか」

「じゃあ目賢ちゃんお願い。赤土の御神紋は網羅してるだろうし、占いの御業で調べ物とか手助けできたりするでしょ。頼めるよね?」

「あい」

「あっ、でも待って! 式星霊しきしょうろうがいたら一柱だと拙いか……」

「式精霊がどうかしましたか?」


 キョトンとしたのは目張命。いや、貴女なら御存知でしょうが。


「あれって襲って来るじゃないですか」

「まあ、襲われたのですか?」

「そうですよ。六体出て三体は倒して、一体は尻尾をチョッキン。あとの二体は追い払った感じです」

「不思議です。あれは御業比べで破損した兜鎧傀儡を運搬する目的できつねちゃんが創ったものなのですけど」

「え、そうなの? ねえねえ、夕星のお婆ちゃんが創ったんだって」

「そんなこと言われても。でも確かに作業用ならあの弱さも分かるわね。うちのお婆ちゃんのことだから、大社殿を閉鎖する時に見回りの機能でも付けたのかも」

「そっか。作業用なら式星霊は目張さんの方で制御できる感じです?」

「今の私の星霊量では無理ですから、後ほど取り扱いをお教えします」

「了解ですっ」


 さて、明日やることは大体決まった。班構成は二組。

 一班は私、阿呼、夕星に加えて目張命と鉀兜姫。もよいの間で銘々兜鎧傀儡の扱いを身に付ける為、四苦八苦することになるだろう。鉀兜姫も独角仙に乗った経験はないそうなので、一緒にトレーニングだ。

 二班はジーノス、イビデ、カルアミさんの三人と目賢姫。環状通路の枝道にある小さ神たちの格納庫を調査して貰う。式星霊は目張命の教えに従って夕星に制御して貰えばいい。調査後は兜鎧傀儡を所有する小さ神を訪問して、協力を仰ぐという二段構えのお仕事だ。当然、茅の輪を用いた神域間の移動に限るので、ジーノスたちが巨樹の森の脅威に晒されることはない。


「よーし、がんばるぞー!」

「なーなー、あたいはー?」


 うん、がんばろう。明日からが勝負だ。


「なー首刈ー。あたいは何すんだー?」


 ……ごめん放谷。完っ全に忘れてた。




 ***




 翌日。私たちは物部大社殿の地下、もよいの間に集まった。昨日は灯篭の灯が落ちて闇に呑まれたドーム内も、今は再び明るさを取り戻して地下の閉塞感はどこにもない。ないのだけど――。


「ちょっと放谷。いい加減へばり付くのやめてよ」

「やだー。ひっついてないと忘れられちまうからなー」

「だからごめんて謝ったじゃん。それに昨日の話でしょ」

「やだー。絶対に離れないぞー」


 めんどくさい上に物理的に邪魔っけ。昨夜決まった班割りにただ一人記載漏れがあった恨みは殊の外重かった。完全に子泣き爺になってる。まあズッ友の存在を忘れていたのは私も悪い。しばらく好きにさせて、ほとぼりが冷めるのを待つとしよう。にしても重い。


「えー、それではみなさん。予定通り二手に分かれて行動を開始です。二班はお昼時になったら戻って来てね」

「承知しました。では行って参ります」


 踵を合わせて一礼すると、ジーノスは班を率いて西の大扉を出て行った。既に大蠍の制御は目張命まなばりのみことの仲介で夕星に移っているので、外周路に出ても安全だ。


「イビデ!」


 呼びかけに振り返った彼女にグイッと親指を立てたりしてね。イビデは「やめてください」みたいな顔をして両手を振った。やめる訳がない。私の秘かな楽しみだよ。

 ちなみに、カルアミさんは目賢姫を抱き抱えて行きなすった。小柄な小さ神が可愛くて我慢できなかったのだろうか。目賢姫も動くのを億劫にしてる神様なので、丁度いいっちゃ丁度いい。でもルックス的には目賢ちゃんてキワモノ系だよね? ソフトモヒカンに揉み上げクルンだし、おめめは互い違いにギョロギョロと動く。カルアミさんの可愛いものアンテナの受信領域は相当に広いと見た。


「いつまで見送ってるの。私たちも行くわよ」

「分かってるってば。余計な荷物がへばりついてて足取りが重いの!」


 当然ながら荷物とは放谷のこと。最早、主人とお伴などという設定は完全にゴミ箱、いやさ焼却炉に放り込まれた感がある。夕星すら見かねて何度も離れなさいと言ってくれているのにコノザマ。


「放谷さぁ、もうそのままでいーから、せめて小蜘蛛に変身してくれない?」

「わかったー」


 あ、言うこと聞くんだ。なんだ、最初からお願いしておけばよかった。

 フッと背中の重みが消えて、小蜘蛛になった放谷は肩口から髪を伝いピタリと耳の狭間に陣取った。


「放谷。絶対耳の中とか入らないでよ? それやったら絶交だからね」

「おー、平気だー」


 獣の耳の中に異物が紛れると、本当にもう気が狂わんばかりの不快感に襲われる。幸いなことに人の姿であれば手が届くからいいのだけど、これが狼の場合はのたうち回る羽目になる。今の放谷のサイズであればすっぽり収まりそうで、やるまいとは思っていても耳の付け根がチリチリした。

 さて、兜鎧傀儡への機乗を目的とした私たち一班は、第一の難関をクリアせんと揃い踏みで白守の格納庫前に立った。あ、訂正。鉀兜よろいと姫は独角仙ひとつぬひじりを持って後から来る予定。なので現状、揃い踏みではありませぬ。

 立ち戻って、格納庫の造りはどれも同じ。壁面から突き出した流造の庇の下に鳥居型の柱間があって、その神額に銘々収められた兜鎧傀儡の名が刻まれている。鈍鉄の門扉には燦然と輝く御神紋。観音開きのそれは目測で片幅四米、高さ一二米の大きがある。


「それじゃあ阿呼、目張さん。準備の方をよろしく」


 白守の格納庫に収まるのは眼百鬼まなきり。機乗に望むのは創り手である目張命と、その目張命を憑かせて挑まんとする我が妹、阿呼だ。

 月神――。

 それは真神の主祭筋に於いて雌の白狼に顕われるとされる神格。阿呼は元より、先代皇大神であるお母さんも同じく月神だ。更に遡れば三代と六代の皇大神も月神様。

 皇大神が月神である場合は、代々真代(ましろ)を名乗るのが定式きめしきとされていて、真名まなは隠し名として伏せられる。憑いて憑かれてその本性を揺らめかすが故に、己の軸となって他を寄せ付けない力を発揮する真名は外してしまうのだそう。

 皇大神でない阿呼は自らの神名に真名を刻んでいる。これは皇大神に対して真名を隠すことが非礼とされているから。代わりに「呼」の文字が宛がわれていて、それが月神としての力の発現を許しているらしい。

 らしい、と言うのは、私自身は月神にまつわるあれこれを聞きかじった程度にしか知らないからだ。大宮の庵で過ごしていた頃、お母さんは月神の教えを施す為に、阿呼だけを連れて行ってしまうことが都度都度あった。一度ついて行こうとしたらお母さんは私にこう言った。陽の神は陰の神の隠事かくろえごとに触れてはならぬものだと。

 陰陽は星霊が個に宿って得る個性の一つだ。私は陽で阿呼は陰。勿論、陽中の陰や陰中の陽があって、星霊核の個性が一辺倒に偏ることはない。星霊核には他にも四魂などの要素もあるけれど、それはまた次回に譲ろう。


「始まるぞー」


 頭のてっぺんから声が落ちて、思考に埋没していた意識が浮かび上がる。見れば柱間に向き合って二柱。阿呼と目張命が互いに両の手を結んで瞼を閉ざしている。

 阿呼は掌を上にした受け手。目張命はそこに覆い被せる添え手。それは昨夜、幾度も目にした光景だ。二人は月神の御業を織り上げる為、遅くまで同調練習を繰り返していた。


「上手く行くよね?」

「そりゃ行くさー。考えんなー。信じろー」


 どっかで聞いたような台詞だね? と、気を逸らされて、心なしか不安も和らいだ。ホント重宝する相棒だ。

 隣を窺えば、珍しく夕星が真剣な面持ちで柱間の二柱を見つめている。私もそれに倣って、最早脇目も振るまいと翡翠の瞳を真っ直ぐに据えた。


 すぅ――。


 澄ませた耳に阿呼の微かな呼気が触れた。そこから伝わる緊張が全身を金縛りのように結い付ける。落ち着け。私が緊張してどうする。案ずるよりも産むが易し。声なきエールよ阿呼に届けっ。

 そして依り寄せの詔刀言のりとごとが三十一文字に結ばれる。


「うけきりきー、くすしくすぬきあれませるー」


 普段使いよりもちょっと大人びた阿呼の声。「あ」の音が僅かに上ずれば、幼い頃の遠吠えの練習風景が垣間見えたかのようだった。あ~あ~と間延びして鳴く阿呼は男兄弟によくからかわれていたものだ。そんな時分と比べたら、随分と大人になったんだなぁ。月神として立つ妹の姿に、私はそんな感傷を抱いていた。


「あとなとよりてー、しらじらーまゆーみー」



 浮け来りき くすくすぬき れませる


  りて 白々眞弓(しらじらまゆみ) 



 不思議な歌――。

 船に乗ってやって来た不可思議な力が、大嶋を串刺してお生まれになった。私と貴方を今、一つに縒り合わせましょう。輝く月にもなりましょう。

 更に解けば、船に乗って来た不思議な力とは隕石と共に飛来した星霊のこと。惑星楓露に辿り着いて、新たな生誕の時を迎えたのだ。私は星霊、貴方は楓露。そのふたつを一つに縒り合わせて、輝かしいお月様の姿に結ぶ。即ち月神たる阿呼の内に、黒坊主として蘇った目張命を迎え入れるということになるのか――。


 オオオォォォォォン――。


 サッと耳が伏せて、まるで蛾の翅を描いた様な格好になる。今し方の唸るような、吠えるような声は何? 私は咄嗟に音のした方向――真神の格納庫に目を向けた。


「うわ、御神紋が光ってる……」


 左隣の真神の格納庫。閉ざされた門扉に描かれている神紋、氷輪に狼が淡く白い輝きを放っていた。


「ちょっと、なんで真神の神紋が光るのよ。貴女、何かした?」

「なんで私が。知らないよ」


 ヒソヒソ声でやり取りするも、深く術に入り込む阿呼と目張命は全く気付いてない様子。何はさておき見届けようと向き直った視界の隅で、真神の神紋の輝きは静かに薄れて行ったようだった。

 次の瞬間、二柱の互いに重ねた手の辺りがグニャリと歪んだ。あ、歪んだ。と思った時にはそれがうねって渦を巻く。見ている方は言葉もない。阿呼の姿は白く長く渦に巻かれて、目張命は黒く溶け入り流転する。白と黒とが相身互いにマーブル模様を描いたかと思うと、流れは弛緩してシンボリックな紋様が浮かび上がった。


「あっ、陰陽魚!」


 突いて出た言葉が合図であったかのように再び渦が巻き始める。ぐるぐるぐる。こっちは真剣に見入っているものだから、段々と目が回ってきた。視覚情報に騙された脳感覚が足元をふらつかせる。よたっと傾いで転びそうになると、夕星が肩を掴んで支えてくれた。


「ごめん、ありがと」

「どう致しまして。それよりほら、見なさいよ」


 クイッとぞんざいに小顎で示す馬神様。言われるままに目を向けたら、渦は再び弛緩して新たな紋様を描き出した。


「今度は氷輪だ」

「うん。それに止まったみたいよ」


 真神の御神紋から狼の頭を抜いた形で、白い氷輪が内に夜空を抱えていた。そしてそのまま完全に静止したのだ。


「え、どうなってんのこれ?」

「知らないわよ。私だって初めて見るんだもの。分かってないみたいだけど真神の秘術よ、これ。普通は他所の神になんて見せないんだから」

「へー。いや、そんなことはどうだっていいよ。阿呼は!? 目張さんはどうなったの?」

「どうだってって、貴女ねぇ」


 罷り間違って事故でもあったかと、私は心許ない膝を拳で叩いて駆け出した。


「阿呼! 目張さん! 無事なの!?」


 立体化した氷輪の前に立ち、触れようとしたその時。指先を放谷の糸が絡げて引き戻した。


「触るなー。これ多分、首刈が触っちゃダメなやつだー」

「なんで!?」

「なんでって言われてもー」

「分かんないなら邪魔しないでよ。何かあったらどうするの!?」


 ボカッ――。


「痛っ!?」


 ゲンコツが降ってきた。普通はポカッなのに、今ボカッていった。……痛ぁい。

 ちなみに、拳の飛来を察した放谷は素早く飛び降たらしく、私の隣に人の姿を現した。


「落ち着きなさい、このおバカ。この紋は陰の秘術を編み上げたものでしょ。その手で触れたらそれこそ事故るかもしれないよっ」


 ああ、そうか。私のこの手は陽の手だ。今、月神として陰の力を振るっている阿呼とは端的に相反する手。その程度の勘働きもなしに、止めてくれた放谷に文句を言ってしまった。昨日といい、今日といい、ズッ友に対する仕打ちではない。


「ごめん放谷。夕星も。でも、じゃあどうしたらいい?」


――もうちょっと待ってて。


「もうちょっとってどれくらい?」


――あとちょっと!


「なんで分かるの」

「首刈。貴女、誰と話してるの?」

「え? 誰って……。あっ、今の阿呼の声だ!」


 左手を金床、右手を鎚にしてポムッと打てば、その拍子に神紋は回転しながら、氷輪の白が内側の黒を覆い隠してしまった。


「白々眞弓ね」

「なるほどっ、術は続いてたんだ」


 夕星の指摘に納得の私。目の前で回る白い円盤は繊月せんげつから眉月まゆづき弓張月ゆみはりづきから望月もちづきへと変貌を遂げた真冬の月――氷輪だ。それがぐんぐん縮こまって、形を変えて人型へ。白い髪が揺れたかと思えば、その上にちょこなんと獣の耳。我が愛妹、阿呼の姿に違いなかった。


「阿呼! おかえりっ」


 不安から解放された私は感極まって阿呼を抱きしめた。


「お姉ちゃん、苦しいよ」


 身を捩る妹。私は肩に手を置いて少し距離を取り、ビフォーアフターに異変はないかとつぶさに確かめた。


「そんなに見られたら阿呼、穴が開いちゃう」

「大丈夫。どこにも穴は開いてないみたい」

「もう、お姉ちゃんたら」


 一抹の照れと拗ねを覗かせる愛らしい表情に、私の心は晴れの海の穏やかさを得た。横合いから夕星が「無事に憑かせられたの?」と問えば、阿呼は「はいっ」と誇らしげなお返事。


「万事順調ってことだなー。さぁじゃあ次はどうするー?」


 予定通りに事が運んだとなれば次は眼百鬼まなきりとのご対面だ。


「阿呼、任せてもいいのかな?」

「うん、平気よ。阿呼に憑いてる目張様がちゃんと教えてくれるから」

「分かった。じゃあ私たちは下がって見てるね」

「はい」


 柱間に阿呼一人を残し、三人並んで後から見守った。盗み見るように真神の格納庫を窺うと別段変わった様子もない。先刻の唸るような響きは何だったのだろう。


 ゴゴゴゴ――。


 鈍鉄の門扉に星霊が注がれ、峰峰宮の御神紋――四ツ羽根風車が今にも回りだしそうに生き生きと輝く。鉄扉は重々しく開かれ、暗がりの中で何かが動いた。


 ズシン――。


 足元が揺れる。目を凝らせば格納庫の奥から何かが迫って来る。ズシン、ズシンと歩を進め、それは阿呼の前に立ち止まった。銀雪の輝きを持つ優美な兜鎧傀儡、眼百鬼まなきりだ。


「さすがの迫力ね。どこもかしこも鏡みたいに磨き上げられてる」


 夕星が賞賛するのも頷ける。素人目に見ても確かに格好いい。

 皀角子神社の独角仙が鎧武者なら、こちらは甲冑の騎士だ。すらりとスマートなシルエット。一際目を引くのは羽搏くような形の肩当ポールドロン。兜の額には御神紋の風車があしらわれて、風車の芯に輝くのは梟の左眼。まんまるパッチリのおめめではなくて、目当てを見抜く鋭い眼光を宿している。そしてその眼の模様が全身くまなく至る所に刻まれていて、刻印から数十糎の宙空に浮き出た眼紋が、ネオンのように入れ替わり立ち代り明滅していた。


「文字通りの眼百鬼、だね」

「いーなー。あたいの社にも兜鎧傀儡が隠されてないかなー」

「探せばあるかもよ。あれ? ちょっと待って。阿呼はあそこに立ったまんまなのに、どうして眼百鬼は動いたの?」

「さー?」


 私は二人に誘いかけて阿呼の下へ向かった。振り返った阿呼はやり切った感溢れるイイ笑顔で迎えてくれた。ほんと可愛い。これ、私の妹。


「お疲れ様、阿呼」

「うん、上手にできました」

「凄いね、眼百鬼。格好いいね」

「そーなの! 阿呼もきれいだなって思った」

「それでなんだけど。この子、自分で勝手に動いて出てきたよね? それとも阿呼が何かしたの?」

「ううん。阿呼は何もしてない。ここにいる九領の兜鎧傀儡は、みんな自我があるんだって」

「そうなの?」

「うん。目張様がそう言ってた。扉を開けたことで目が覚めて、だからこうして出てきてくれたの」

「へー! それは凄い」


 なんとなんと。九柱の神々が造った兜鎧傀儡にはそれぞれ自我があるのだと言う。だとしたらこの神宝を創り上げるのに用いた御業は命形呪みょうけいじゅになるのだろう。いつか私も自分の兜鎧傀儡を創れちゃったりして……。ん? 待てよ。


「阿呼ちょっといい?」

「なぁに?」

「今の状態で目張さんと話せるのかな? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「うん。じゃあ代わるね」


 そう言って目を閉じた阿呼は、しばしの沈黙を経てゆっくりと瞼を開いた。そこに見えたのは真朱まそほから浅紫あさむらさきに色を変えた二つの瞳。目張命の瞳だ。


「お呼びでしょうか、首刈様」

「あ、はい。えっとですね」


 阿呼の姿、阿呼の声で語る目張命。ちょっと直ぐには慣れそうにない。


「憑き心地はどうですか?」

「すこぶる良好です」

「それはよかったです。星霊と楓露の組み合わせがちょっと気がかりだったので」

「この分ならば心配はなさそうです。お聞きになられたいことはそれだけですか?」

「あ、いえ。実はですね」


 ここで私は依り寄せの儀式の間に起こった出来事を伝えた。阿呼が神事の嶋歌を詠み上げ、二柱の神が混然一体となろうとしていたその時、真神の格納庫から深い呻きのような音が響いた事実を。


「今、阿呼から九柱の神々が創った兜鎧傀儡には自我があるって聞いて、それでかなって思ったんですけど。扉を開けた訳でもないのに、目覚めたりするものですか?」

「大社殿を封じた時、全ての兜鎧傀儡は眠りに就かせました。ですから、目覚めたとしたなら今この時でしょう。恐らく阿呼様の、真神の神気かみけに当てられてのことと思います」

「なるほど。で、開けちゃっても平気なんでしょうか? いきなり飛び出してきたりとかしませんか?」

「それはなんとも言えません。ただ、不知火は火群様が大層可愛がっていた兜鎧傀儡です。そのせいか甘え癖の抜けないところがありますから、子孫である首刈様に対しては飛びついて来ないとも限りませんね」


 やめて。兜鎧傀儡のサイズで飛び付かれたら贔屓目に見てもロードピザの完成だ。ぷちっと逝っちゃうよ!


「とりあえず、扉越しに様子を窺ってみては?」

「……ですか」


 已むを得まい。甚だ不安ではあるけれど、今更退いてどうなる訳でもない。私は頬をピシャリと叩いて、いざ鎌倉と踏み出した。


「さぁ、みんな。次は真神。不知火の番だよ」

「は? 私は段切丸つだきりまるの方に行くけど?」

「え?」

「え? だって依り寄せの儀式は無事に済んだし、眼百鬼とも対面できたじゃない。あとは別に一緒じゃなくても問題ないでしょ」


 ふーん。そゆこと言うんだ。いーよいーよ。薄情者。


「じゃあ阿呼と放谷、行こ」

「阿呼はこれから眼百鬼と星霊を馴染ませないといけないから」

「そっかぁ」


 妹に振られた。哀しみ。

 でもそこは仕方ない。阿呼は目張命を憑かせているという特殊な状況だ。本来白守の筋にしか動かせない眼百鬼を扱うには色々と手順を踏んだり手間をかけたりが必要だろう。


「結局来るのは放谷だけかい」

「しょぼくれんなー。あたいがいれば百人力だー」

「分かった。いざとなったら身代わりになってね」

「やだー」


 おい。百人力で全力回避と申したか。

 胸の泉にこんこんと湧く不安を抱えつつ、回避力だけは百人力のお伴を従えて、私は真神の格納庫へと足取り重く向かうのでした。まる。

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