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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の三 赤土編
57/172

055 楓露なにがし

 ついに辿り着いた物部大社殿の地下中心部。助っ人の夕星ゆうづつは元より、急遽ジーノスたち調査員の力も借りて、最終局面では大蠍三体の猛追もあって大いに肝を冷やした。

 今、私たちがいるドームは、固く閉ざされた東西の門扉によって安全が確保されている。そして南側には九つの鉄扉が並ぶ兜鎧傀儡とがいくぐつの扇形庫。うずく好奇心に押された私は、ドーム中央から真神の祠に向けて一直線。ところが軽快な足取りは瞬く間に空を掻いて、ものの見事にズッコケた。ビッターン――。


「!? ……たたた。なんでこんな場所に段差があるの? んもう!」


 強かに打ち付けた鼻を、これ以上低くなってくれるなと摘まみ上げれば鼻血がたらり。


「お姉ちゃん、足元にはちゃんと気をつけないと」

「はい。ごめんなさい」


 涙目で謝罪しつつ、阿呼の治癒に身を任せる。「痛いの痛いの飛んでけー」と符丁の言葉が飛び出せば、立ちどころに痛みは消えて気分もスッキリ。


「まったく首刈はあわて者なんだから」


 悪かったね。どうせ私はクリスマス前にやって来るサンタだよ。ついでにプレゼントの袋も置き忘れてくるタイプさ。


「うるさいなぁ。夕星は馬宮の蔵へ行けばいいでしょ」

「ほんと口だけは元気よね。それより、上を見て御覧なさいよ」

「上?」


 見上げれば、吊り灯篭の明るさに見逃していた大きな穴。まあるい口を開けた二つの大穴からは外光が差し込む様子はない。翻って足元を見ると、丁度天蓋の穴と同じくらいの面積が、五〇糎程の段差で床面に沈み込んでいる。


「あれ? これどっかで見たよね?」

「おー、こいつは半円の広間にもあったやつだなー」

「それだっ。てことはやっぱりあったんだ。闘技場の中央に出る迫り出し。これを動かせたら後の出入りが楽になる」


 仕掛けを調べて貰おうと振り返れば、ジーノス、イビデ、カルアミさんと、居並ぶ渡人の視線が刺さる。特にカルアミさん。ズッコケて鼻血垂らした私を可愛いものを見る目で見つめるのは止めましょう。

 私は膝立ちの姿勢から立ち上がって、膝の汚れをはたき落とした。


「えっと、私たちは扇形庫の方を見に行くんで、三人は二基の迫りと南側の壁なんかも調べてくれる? 迫りが動けば帰りはそこから出られるし、壁にはまた隠し扉があるかもしれないから、お願い」


 単に帰るだけなら茅の輪でいいけれど、迫を下げられれば、兜鎧傀儡を移動させるような事態にも即応できる。

 明るくて見渡しも利くドームの中なら手分けをしても問題なかろうと、私たちは三方に分かれた。神々は扇形庫、カルアミさんは迫り、ジーノスとイビデは南面の壁へ。




 ***




 北面に並ぶ扇形格納庫、そのど真ん中の一つに近付くと、大きく迫り出した流造ながれづくり特有の庇の蔭に私たちは収まった。柱間を見上げれば、両の柱を差し渡すようにぬきと呼ばれる横木が通っていて、庇を支える鳥居になっている。額束にかかる神額には金色に輝く三文字。


「ふー、ちー、びー?」

不知火しらぬいだよ」

「ほほー」


 たどたどしい誤読を訂正しつつ、これは恐らく中に納まる兜鎧傀儡の名前だろうと推察して、私は夕星に声をかけた。


「夕星のお婆ちゃんの兜鎧傀儡って、確か段切丸つだきりまるって言ってたよね」

「そうよ」

「じゃあ先に馬宮の蔵へ行ってみて、神額にそう書いてあるか確かめよう」

「ならそうしましょ」


 目の前の鉄扉には真神の御神紋。私は直ぐにも中を覗きたい誘惑を負かして、事前の情報集めを優先した。


「最後の最後が野飛だった……」

「首刈が決めた順序で歩いただけでしょ。要は勘が鈍いのよ」

「いちいちうるさい」

「でもお姉ちゃん、全部の御神額を確認できたから」


 妹の心配りに気を取り直し、帳面に書き留められた文字を改めて確認してみる。九つの蔵は真神を中心に暦順に並んでいて、左手は水走、護解、青海、赤土。右手は逆順になって白守、黒金、風渡、野飛。それぞれの神額の文字がこちら。


 野飛は段切丸つだきりまる

 風渡は朱鳳凰あかみとり

 黒鉄は筆禍仙ひっかせん

 白守は眼百鬼まなきり

 真神は不知火しらぬい

 水走は竹葉蛇ささへみ

 護解は十把骨とたばりかばね

 青海は玄神波くろかんば

 赤土は剛礼号ごうらいごう


 物々しい名前もあれば、あでやかさを感じさせるものもあり、けれども兜鎧傀儡の名と思えばこそ、総じて強そうなイメージが付きまとう。

 まぁ、竹葉蛇っていうのはどうかなと思いましたけどね。竹葉ってお酒のことでしょ? やっぱり夜刀ちゃんは夜刀ちゃんだったよね。そんな風に思いました。まる。


「それじゃあ夕星。開けてみてよ」

「私が先でいいの?」

「わざわざ真神の蔵まで戻るのもなんだし、それに段切丸って記念すべき最初の兜鎧傀儡とがいくぐつなんでしょ? どんなのか興味あるもん」

「はいはい。じゃあ開けてみましょ」


 鉀兜よろいと姫の話によれば、段切丸は夕星の祖母、野飛焼のとびくぶ退紅妖星媛命あらぞめのあまつきつねのひめみことが創り上げた史上初の兜鎧傀儡だ。全ての兜鎧傀儡の原型となった一体なら、そこに生じる興味は尽きない。

 夕星がスッと鉄扉の正面に立つと、私たちは脇侍のように傍らに控えた。突き出された両の掌から夕星の星霊が御神紋へと注がれる。淡く輝きを増していくのは、駈け行く馬体の後ろ半身を箒星のように描いて丸く綴じた飛馬流星。


 フッ――。


 その時、心なしか辺りが暗くなった。

 なんだろう? 気になって後方を振り仰ぐと、天蓋中心部の吊り灯篭が明かりを落している。あれれ、と思った次の瞬間、隣の吊り灯篭からも明かりが消えた。そこからはもう次々と同心円に光が絶えて、これが舞台照明ならダンダンダンと消灯音が響き渡ったことだろう。


「夕星ストップ! なんだか様子が――」


 言い終えぬ間に辺りは真っ暗。すると直ぐに中央付近に明かりが灯った。カルアミさんの杖の明かりだ。そしてずっと奥まった辺りにも光点が一つ。恐らくジーノスたちが角灯カンテラに火を入れたのだろう。


「阿呼、ランタン出せる?」

「うん、ちょっと待って」


 阿呼は輪違わちがいいからランタンを取り出すと、そこへ合の手のように夕星が指を鳴らし、いきりびの火を投げ入れる。


「で? どういう事態な訳?」

「分からないけど、ちょっと用心した方がよさそう」


 夕星の落ち着いた声に応じながら、私は大きな声で後方のジーノスたちに無事を尋ねた。先ずカルアミさんが杖の明かりを揺らしながら「大丈夫です」と返して、続いて南面の遠間からジーノスの声。どちらも暗くなった以外は問題はないようだ。


「とりあえず真ん中に集まろー!」


 号令を発してカルアミさんのいるドーム中央に集合。何事もなく合流を果たし、やれやれ一体何だろうねと互いに小首を傾げれば、そこへ突然、黒目近目に闇が押し寄せ、一瞬にして明かりも誰も彼も掻き消えてしまった。




 ***




「ほわっ!? なになに? みんな無事!?」


 文字通り一寸先は闇。耳に痛い静寂に囲まれて、返る言葉は一つもない。


「阿呼! 放谷! どこ!?」


 虚しく響く自分の声。

 返事は元より気配がない。

 だーれもいない。

 だーれもいない。

 私は咄嗟に手首の輪違に触れた。明らかに異常事態だ。ここは夜刀ちゃんなり千軽ちゃんなりを呼ぶべきではないのか。茅の輪を潜ればそれは可能。けれどもその間、行方も知れないみんなを取り残して行くことになってしまう。


「首刈様」

「うひぃ!? 誰っ?」


 声と同時に何かが手に触れて、思わずズサッと飛び退る。闇間にひょっこり現れたのは、南国調の小袖がややもするとサイケデリックな彩窶目賢姫命いろやつすめがしこひめのみことだった。


目賢めがしこちゃん! 驚かさないでよぉ」

「あい」


 私の手を取ろうとした小さな手を引っ込めて、相変わらずな口調の目賢ちゃん。大きな目ばかりをギョロギョロさせている。


「これってどうなってるの?」

「それはあちらへお伺い」

「へ?」


 目賢ちゃんの円らな瞳が、互い違いの動きを止めて一点に注がれる。その先を追うと、白い燐光に浮かび上がる目張命まなばりのみことの姿があった。


「お待ちしておりました」

「あ、どうも。って、え? ひょっとして私、今寝てます!?」

「失礼ながらお呼び立て致しました。余りに兜鎧傀儡に夢中のご様子で、わたくしのことなどお忘れになってしまわれたかと」

「あ、はい。いえいえ! そんな」


 ご指摘通り、門を潜る前には心に留め置いたものを、ドームを見渡した瞬間にコロッと失念していた。


「えっと、それで。みんなは無事なんでしょうか? ドームの明かりが落ちて、真っ暗なままなんじゃ?」

「御心配には及びません。今は首刈様がお眠りになられて慌てている様子ですが、それもこれからするお話が済むまでのこと」


 途端に目張命の形を成していた燐光が揺らめき始めた。不気味に思って半歩後退ると、深い闇は白々と明けて、まるで一瞬の内に白と黒とが反転したかのように視界が明るみに晒される。

 打って変わって場景は一面の白。白亜の世界の只中に向き合う目張命は、それまでの影を脱ぎ捨てるようにして端正きらぎらしい姿を顕した。

 雪女だ――。

 これが第一印象。

 雪白の肌に白絹の衣を着流して、薄曇りのような浅紫あさむらさきの瞳が艶やかに潤んでいる。その目元は北風さんによく似ていた。顔立ちそのものは南風さんに近い。スラリと長い手足は西風さん。白花しらはな色から藍白あいじろのグラデーションを描く流氷のような長い髪は末っ子の東風さんを思わせた。


「おひさし」


 隣りで目賢ちゃんがペクリとお辞儀をする。それを受けて目張命は僅かに羽角を動かしつつ、小さく顎を引いた。はんなりと慎ましい所作がよくお似合いです。と、思ったのですが、


「ねぇ、見て見て! わたくしったら昔のまんまの姿よ~。嬉しいぃぃ」


 あ、砕けるの? ここで? この展開で? それは読めなかった。

 てっきり神秘の向こう側にいる雪女かと思ったら、一転してご近所にいそうな若奥様のムード。こっちは腰が砕けたよ。

 目張命は袖口をキュッと摘まんでひらひらくるり。いやぁ実にお若い。なんて、私がおじさんなら手を打って褒め称えていただろうけど――。


「あの、いいですか?」

「あら御免なさい。わたくしったらついつい舞い上がってしまって」

「はぁ」

「この場所はわたくしの記憶に濃く刻まれた場所でしょう? だからこうして姿形もくっきりと現わすことができるのです」

「そうなんだ。へー」


 テンション上がり過ぎでしょこの人。ほっといたらキレッキレなムーブでヴォーギングでも決めそうな勢いだ。

 多分、兜鎧傀儡流行の時代に、私のご先祖様や夜刀ちゃんたちと、ひっきりなしにここへ出入りしていたんだろう。けれどそれと明確な像を結ぶこととがどう繋がるのかは分からない。


「本題に入って貰っていいですか?」

「勿論ですとも」


 そう言う割りに目張命は目賢姫を抱きかかえて、かいぐりかいぐりしている。久闊を叙すのは分かるけど、もうちょっと真面目にやって頂けませんかね。


「ではお掛けになって下さい」


 その言葉に、私と目張命の近間で床面が丸く迫り上がった。程よい高さで止まったのは白磁の円柱。そこへ互いに向き合うように腰を掛ける。目張命は膝の上に目賢姫を乗せたまま続けた。


「差し当たって、首刈様には状況を理解して頂く為、わたくしの身に起きたことからご説明致ししましょう」

「それは助かります。是非お願いします」

「はい。ご承知置きの通り、わたくしは既に現世うつしよを去った身の上。今こうしてここにおりますのは、星霊に留め置かれたわたくしという存在の記憶――情報の縒り合わせに過ぎません」

「だから幻だと?」


 星霊は私の理解で言えば情報生命体とでも言うべき一面を有している。浸透、融合した先の情報を、集合知という特性から種全体で共有しているのだ。また、星霊と融合した個体もそれらの情報を引き合いに、例えば想起を通じて御業と呼ばれる現象を紡ぎ出すことができる。

 私なんかは多分に感覚で御業を使っているので、理屈を捏ね繰りだすとややっこしくていけない。ライトフライ級の脳はあっという間に負担が激しくなって、ややもすると気が滅入ってきてしまう。


「えと、難しい話になりますか?」

「なるべく噛み砕いて説明します」

「ぜひぜひ!」


 意を汲んでくれた目張命に感謝しつつご拝聴。

 先ず分かったのは、目に見えない微細な一個の星霊が、星霊という種としての全体知識を保持している訳ではないということだ。微細な一個の星霊はあくまでも宿主の情報、宿主を介して得られた情報を持つのみで、種全体からすればそれは情報の断片に過ぎない。

 例えば、目張命の情報は目張命と融合していた星霊や、彼女が御業を用いるなどして放出した星霊に色濃く宿っているのであって、目張命が訪れたこともないような場所では希薄であり皆無ですらあるということになる。これまで茫洋とした影だった姿が、今こうして明らかとなったのは、この場所が所縁ゆかりの地だからこそなのだろう。

 但し、どこであっても明確な像を結ぶことは不可能ではないと目張命は言う。何故なら全ての星霊は情報連結ネットワークによって繋がっており、どこからでも情報を引き出せるからだ。この点は、宿主の意識がスタンドアロンであるのに対し、星霊の意識は常時オンラインと考えればいい。


「なるほど。で、それと今のこの状況とが何か?」

「それはひとえに、何故今、わたくしがこの場に像を結んでいるかという事情に繋がります」

「それって、前にも言ってた楓露の使いだからってことですよね?」

「そうです。私は何も自らの意思でここにいるのではありません。わたくしという存在は死と共にこの星のあらゆるものに溶けて星霊の営みの一部となったのです。ですがここへ来てわたくしを揺り起こす存在が現れました」

「揺り起こすもの?」

「はい。それが楓露なのです」


 獣の耳の狭間でクエスチョンマークがぽよんってなった。だって、楓露って私たちが暮らしてる惑星の名前だよ? へんてこなこと言ってるって思うじゃん。さもなきゃ同姓同名の楓露さんがいるとか?


「どちら様ですか?」

『どちら様、ではない。複雑奇怪の外来種エイリアンめ』


 驚いた。驚きの度が過ぎて全身がグラッと来た。

 つい今までたおやかな声を発していた目張命の口から、地鳴りのような深い声が響いたのだ。しかもエフェクトをかけたように雑味が絡まり、声の向こうの正体というものが全く見えて来ない。ぶっちゃけ聞き違いだったことにしてしまいたいくらい。


「……え? 今なんて?」


 どう切り込んでいいのか分からずしどろもどろになる。その間に目賢ちゃんがテテテとやって来て、私の膝にちょこなんとお座りになられた。表情からは窺えないけど、びっくりしたんだろうね。分かりみ。


「あの、目張さん? 大丈夫ですか?」

「失礼しました。この場はわたくしに任せて頂いたつもりでしたのに、出てきてしまいましたね」

「んん? 何がです?」

「楓露です」


 はて? いや、これもう私には分かんないよ。


「少々お待ち下さいね」


 そう言ったきり、目張命は目を閉じて黙りこくってしまわれた。


「目賢ちゃん、今のってなんだと思う?」

「異質」

「何が?」

「目張様の内側、別の気配」


 内側と言われて脳裡に浮かぶのは天津百眼で覗いた時の黒々とした目張命の姿だ。ならばさっきの声は黒坊主のものだろうか。仮にそうだとすると、黒坊主が謎の楓露さんてことに? 分からない。ただ、一つ思ったことがあったのでそれを問いに出してみた。


「異質って、ひょっとして星霊と似て非なる感じだったりする?」 

「正鵠」


 ほほう、こちらは正鵠せいこくを射たか。

 星霊と似て非なるものとはカルアミさんの言葉だ。彼女が千軽ちゃんたちと地割れの調査に行った先で見たという黒い靄のようなものを指している。

 一方でこれを聞いた阿呼は、その靄が黒坊主の出現する原因ではないかと推察した。霊塊たまぐさりが化け物を生むなら靄は黒坊主を生む。そうした見立てからだ。私もみんなもそれを聞いて、言い得て妙、無きにしも非ず、と思ったものだった。

 さて、目張命は未だ沈黙を保っている。うつつに残してきたみんなが心配ではあったけど、今は目の前の状況を把握するのが先。

 天津百眼で見た限り、黒蜻蛉と目張命はどちらも同じ黒坊主だ。違いと言えば、今目の前にいる黒坊主は目張命という自我付きの衣を羽織っているという点で大きく異なる。柔和な物腰にすっかり油断していたけど、掌の上で踊らされるような事態は避けなくてはならない。そこで問題となるのが――


「楓露ってどういう意味で言ってるのかな? 目賢ちゃんは分かる?」

「難解」

「だよねぇ」

「恐らくは――」


 避役の神の考察に耳を傾けようと思ったら、折しも目張命が目を開いた。


「お待たせしてしまいました」

「あ、いえ。平気ですけど」


 むしろそっちが平気なの? と内心を取り繕えば、目張命は居住まいを正して真っ直ぐこちらを見据えた。梟神だけあって中々の目ぢからです。むむ、負けないぞ。


「申し訳ありません。説得はしたのですが、どうしても直接話したいということでしたので、ここからはお相手を代わります」

「代わる? えっ、楓露にってことですか?」

「はい。それではご歓談下さい」


 ご歓談!? いやいやいや、ドキドキはあるけどワクワクがソールドアウト! ワゴンに売れ残ってるのはハラハラだけなんですけど。ほんと、なんて言うか南風さんのお母さんだよね、この人。

 胸につかえたヤキモキをげふんげふんと追い払えば、目の前でフッと気配が変わった感じがして、目張命の白く長い髪が頭頂から黒々と塗り変わって行った。

 おでましだ。大丈夫かな? 普通に話せる相手ならいいけど。




 ***




「主が皇大神とやらか」


 明らかに険のある声が白い世界にこだました。地鳴りのような声だ。軽く偏頭痛にでも襲われた気分になる。その姿は髪色を除けば目張命のままだというのに雰囲気はがらり一変。


「えーと、はい。私が皇大神の首刈です。貴方が楓露さん?」

「如何にも」

「そうですか。でも、あれですよね? 楓露さんと言っても色々いそうですし……。それで、そのー。どちらの楓露さんでしょう?」


 何にもまして楓露を名乗る意味が分からないので、私としては順当なリアクションを返したつもり。ところがどっこい。立った立った! 目くじらが立った!


「主はとぼけおるのか! 地表の瘡蓋かさぶたと思うて目こぼししてしおれば、好き放題に暴れまわってからに。連中の元締めこそが主であろう!」

「ひぇぇっ」


 けだしご立腹のご様子だ。さりとてこちらは身に覚えがない。どう対応すればいいのかてんやわんや。私は目賢ちゃんの手をギュッと握って、波立つ心を鎮めるよう努めた。ここで相手の感情レベルに合わせてしまっては、がっぷり四ツになってしまう。とにもかくにもクールダウン。会話に打ち水を撒かなくては。


「えーと、初めましてですよね? 何をそんなに怒っているのか私には――」

「黙れ。我は長らく主を探しておった。こうしてまみえたからには事の始末を付けて貰うぞっ」


 やおら立ち上がって捲し立ててくる態度も怖いけど、何が怖いって話し運びが下手クソ過ぎるのが本当に怖い。こんなの喧嘩にしかなんないじゃん。いや、我慢はするけど、こっちにだって限界はあるからね?


「えっと、ごめんなさい。一体全体なんの話か分かりかねるんですけど」


 事実。圧倒的、事実。


たばかりは無用。我は主ら星霊と接合リンクした。今や主らの言語とやらにも十分に長じておる。故に、この場にてハッキリと申し渡すぞっ」

「やです」


 拒絶。絶対的、拒絶。


「なぬっ!?」


 もういい。話の筋も見えない内から勢いで押し切られたんじゃ碌なことはない。ここらで一旦シャットアウトするよ。


「嫌ですよ、そんなの。いきなり出てきて勝手に怒って。のっけから最後通牒みたいなこと言われても困るじゃないですか。それに言葉を覚えたって言いましたよね? だったら尚のこと順を追って、きちんと事情を説明して下さいっ」


 言ってやったぞ、と。


「ぬぅ……」


 呻きと一緒くたに瞋怒いかりを呑み込む楓露なにがし。ここで踏み止まるだけの冷静さは持ち合わせているようだ。

 勢いを削がれた相手はまるで南風はえさんみたいにドッカと無造作に座り直して、雑然と両の手を打ち鳴らした。それは五指を開いて合わせる柏手とは別の、合掌の響き。

 乾いた音は白亜の空間に響き渡り、かすかに消え入った時には対面の座にある瞋怒りのオーラも嘘のように静まっていた。


「事情と申したか」

「ええ、そう申しましたね」


 それまでのかなまりのような重たい鋭さを抑えて、低目のトーンが静かに耳朶を打つ。ようやく落ち着いて話ができそうかな? 私は半跏はんかを組む相手を前に背筋を正し、続く言葉に獣の耳を傾けた。


「一にして全たる主が知らぬ由もないとは思うが、まぁよかろう。事の始まりは主らの数えにして四千年前に遡る」

「はい。そんな昔のこと私が知ってる訳がない。よって責任も負えません。Q.E.D.――証明終了」

「おい貴様」

「黙って。それにしてもまたまた四千年前ですか。その符号は今や私の頭痛の種ですよ。赤道直下に星霊が集い始めたのが四千年前。地震や中央高地の崩壊、そこから連想される霊塊たまぐさりの化け物の頻発なんかもそう。全部が全部今に顕著化している赤土問題の起点と言って差し障りはないでしょう。いわば歴史の転換点ですよね。更に言うなら兜鎧傀儡が流行した時代とも重なっていて、ご先祖様や夜刀ちゃんが色々とやらかしたのも四千年前です。ええ、ええ。分かってますよ。どうせ全部繋がってるんでしょ? でも私は認めない。認めたくない。だって認めたら貴方、嵩にかかって責め立てようって気なんでしょ?」

「分かっているではないか」

「いや、分かってませんよ。認めてないんですから」


 言い切った内容は私自身の頭の整理にも役立った。しかもそれを聞いた楓露なにがしが「分かっているな」と言ったことで、全てが繋がるという結論に行き着きもした。問題は楓露なにがしが、如何なる立場からこれらに不満を抱いているのか、だ。


「見よ」


 楓露なにがしがブワッと袖を振ると、白一面の空間に幾つものパネルが投影された。いきなり未来的だなあと面喰いつつ、そこに映し出された映像群を覗き込む。ざっと見て取ればどれも物々しい場面。即ち戦闘だ。

 恐らくは兜鎧傀儡だろう巨躯を唸らす雄偉の術合戦。一方では黒坊主と思しき黒獣と神々のせめぎ合い。ふと、千軽ちゃんが黒坊主と戦ったという話を思い出して、無数のパネルにその姿を探した。すると別件。ありありと記憶に残る憎い奴がいましたよ!


「あっ、黒蜻蛉! やっぱりあんた黒坊主の親玉なんでしょ!?」


 過日悪戦苦闘した黒蜻蛉との戦闘場面が目に飛び込んで、私は反射的に叫んだ。それに応じて吠えるなにがし。


「何を申すかっ、斯く言う主は星霊の親玉ではないか!」

「はい?」


 親玉? 私が? 星霊の? 何やら誤解があるようです。


「別に親玉ではないですよ。勘違いしているみたいですけど、星霊と融合していても私は私の意思で生きてるんです。単に扱える星霊の量が多いってだけ。楓露の最高神ではありますけどねっ」

「それは我だ」

「はぅん?」


 さりげなく皇大神アピールしたら頓珍漢なレスポンスを頂きました。


「主らが楓露と呼ぶこの惑星ほし。それこそが我だと言っている」

「…………ぱーどぅん?」


 沈黙が痛い。

 え? 何? この楓露なにがしが惑星楓露なの?

 なんのこっちゃである。

 いやいや、待って。そんなのってあり得る……の?

 私はちょっと待ったのポーズを取り、躍起になって頭の中を整理した。

 そもそも星霊は寿命を迎えて爆散したという何処ぞの星の精のような存在だ。それが三次元空間的に繋がった広大無辺の闇の向こう、未知なる銀河のハビタブルゾーンに到達することで今日まで幾つかの惑星を経て存続してきた。

 夜刀ちゃん曰く、本貫星から始まって地球、隕火球、結氷球とハビタブルプラネットを経由して楓露に到達し、今現在の繁栄へと繋がるシナリオが事実として存在している。

 つまり、そうした星霊の過去や経緯を考えた場合、楓露にオリジナルの星霊的存在があったとしても何ら不思議はない。そう結論付けることは可能、だよね?


「え、そういうことなの? ごめん、ちょっと待って。待って下さいね。頭がこんがらがってきちゃって……」


 実際問題、ここから先の話し運びをどうすればいい? 目の前の楓露なにがしが言葉通り惑星楓露であるならば、星霊を惑星外生命エイリアンと断じた言葉は正しい。星霊と融合している私自身も、エイリアンに準じる者として見られてしまうだろう。

 いや、でも待って欲しい。

 転生して、犬かと思ったら狼で、それが大神になって、今度はとうとうエイリアン。ちょっとこの転生どんでん返しが多過ぎやしませんか!?

 待て待て、落ち着け。とにかく冷静に考えよう。星霊がエイリアンであることは、星霊にまつわる話――即ち外宇宙からこの星に辿り着いたというエピソードからして明白だ。それを今更突き付けられたからと言って狼狽える必要はない。

 ただ、私は動転してしまった。突如登場した楓露なにがしにエイリアンという事実の念押しを受けたことで、まるで他のことまで図星を突かれたように狼狽えてしまったのだ。この状況はよくない。こうした場面では浮足立つほど足元を掬われる結果になる。


「仮に、あくまでも仮にですよ? 貴方が楓露由来の先住的な存在だとして。私たち何か悪いことしましたか? 貴方の方こそ、今こうして映像で見せてるように、黒坊主を使って私たちに害を与えてるじゃないですか」


 その辺どうよと反論してみる。無論、黙ってはいないだろう。現状、分が悪いのはこちらだ。そのことは肌合いからひしひしと感じられた。で、当然楓露なにがしは憤慨する。


「愚や愚や! 妖災わざわいをもたらせしは主らぞ。事の始まりをとくと見よ」


 またも立ち上がった楓露は広げた両腕に抱え上げるようにして、一つの場面だけを、これぞ証言映像だと言わんばかりに拡大、照らし上げた。

 それは如何にも男の子が好きそうな、ハンドメイド調の個性あふれる巨大人型――兜鎧傀儡の戦いだ。広いと思った闘技場を所狭しと動き回っては、ガッシンガッシンぶつかり合う迫熱の一戦。思わずス〇ブラか? と思いたくなるような躍動とブッ飛びが間断なく繰り返されている。

 一方は鎧武者的な造りで赤毛の狼をかたどる狼面兜の巨人。今一方は竹筒を撚り合わせてこさえたような不格好な木人形。

 赤狼武者が紅蓮の火焔を放てば、擦れ擦れで避けた竹人形はばらばらと腕部の竹筒を解き、多節棍のように振り降ろす。結果、悪魔の仕業か何かのギャグか、闘技場の地面は真っ二つ。衝撃波と共に、そこから数百(キロ)に渡って巨大な地割れを走破させた。


「ええー、何これぇ……?」


 一体何を見せられているのだろう、と茫然自失の体で目を奪われていると、地割れに落ちかけた赤狼武者がどうにか這い上がって、その首元辺りから胴鎧がパカッと外れた。

 中から出てきたのは狩衣を纏った燃えるような橙髪の女性。身に纏う衣や精悍な顔立ちが男性を匂わせるものの、女性特有の美が口元や柳眉に窺える。そして何より目を引いたのが、橙髪の上にちょこなんと鎮座まします獣の耳。同族だから分かる。その女性は狼トーテムの神様に違いなかった。


「ええっと……」


 こりゃまずい。あれ絶対ご先祖様だよ――。自然、耳は伏せ、彷徨う視線も伏目がちに斜め下。


まばったか。斯様な主らの振る舞いが延々と続けられ、ついには地殻を割ってしもうたのだ! そこから染み入る星霊が我をも取り込まんと流れ込んで来よる。地表で何があろうと我は知らぬ。好きにするがよい。されど我が領域を侵すとなればこの際だ。出て行って貰おうではないかっ」


 おお、もう。激しく逆切れしたいです。言っちゃなんだけど私は仮免で皇大神やってるんだ。その私にどう責任を負えというのか?


「出てけ? それって宇宙へってこと? 冗談じゃない! 私はこの惑星ほしに来て、広がる景色を見て、歌声高らかにここで生きて行くと決めたんだ。あのオレンジ髪の狼神まかみはご先祖様に違いはないけど、だからって私が責任なんて負えるもんかっ! そんなの本人に言ってよ!」


 ぐらぐら煮えた脳に映像の続きが飛び込んで来る。

 ご先祖様が竹細工の人型の足元で何やら苦情を申し立てていると、やがて竹人形の胸も開いて、中から白藤色しらふじいろの千早に本紫ほんむらさきの袴を巻いた小柄な女性が現れた。それを見た瞬間、私の「逆切れして白紙に戻すぞ」大作戦はを断念を余儀なくされてしまった。


「ああー、やっぱり夜刀ちゃんじゃーん……」


 突いて出た言葉は罪過の追認にも等しいものだったろう。同族の登場にすら瀬戸際を感じていたのに、トドメとばかりに知り合い登壇。

 いつもの見慣れた黒ゴスルックではないけれど。置き眉が目にも新しいけれど。どこからどう見ても紛う事無き夜刀媛様。そう判じてしまった以上、もう、気持ちが言い逃れを許さない。

 映像ばかりで音声がないからなんとも言えないものの、勝者の高笑いを上げているらしい夜刀ちゃんが如何にも小憎らしいではないかっ。

 でも! 諦めたらそこで試合終了だよ。


「分かりましたっ」


 無理やりに負けん気を引っ張り出して堂々言い放つ。


「ほう、大人しく出て行くか」

「全力でお断りしますっ!!」


 両手を突き出すオーバーアクションで、あらん限りの全力拒否。


「なぬっ!??」


 誰が出て行くもんかっ、そんなの集団自殺だよ。

 星霊自体は融合を解いてまた別天地の惑星を探すかもしれない。けど、それだって果ての知れない長い旅だ。そして私たち楓露生まれの生き物は、今更星霊と分離したらどうなるかなんて分かったものではない。下手をすれば絶滅エンドすらある。となれば断固受け入れ拒否だ。

 さりとてやらかしたのはこちら側。責任という責任をかなぐり捨てたのでは先の見えない話になる。ここは星霊側の非を認めて、事態収拾という路線で歩み寄りの道を見出せはしまいか。


「要は、地殻にひびを入れたことが気に食わないんですよね?」

「そうだ。そこから星霊が浸透して我をも取り込もうとしておる」

「やめさせます」

「如何にして?」

「如何にしましょう?」

「出て行け!」

「絶対にやです!」


 怒り心頭の大家に対して居住権を振りかざす私。ここらでかなり堂々巡りしたのでカットします。

 だって、分かんないよそんなの!




 ***




 楓露と話して分かったこと。それは、楓露としては地殻の内側が平穏であれば他はどうでもいいと考えている節がある、ということだ。これはきっと地球にしたってそうだろう。例えば第三次世界大戦が起きて人類はお終いだーみたいな事態になっても、地球にしてみれば地表の出来事なんて何のことはなくって、人類史が滅びようとも地球史は続いて行くんだよ。

 ところが今回の場合は話が違う。星霊は楓露に来てあらゆる存在ものに浸透、融合したけれど、地殻という終着点があった。どっこいその隔壁を戯れに打ち破ってくれたのがご先祖様であり夜刀ちゃんだ。ものの見事にしでかしてくれた。

 星霊は地殻に生じた亀裂を察知して、まだ先があると知ってしまった。となれば本能的に浸透、融合を試みるのも仕方がない。そのようにして今日まで存続し、繁栄してきた種なのだから。


「とにかくですね。分かって貰いたいのは星霊には悪意も欲もないということです。単純に手段なんです。生きて、繁栄する為の」

「主らの事情など知ったことではない」

「ですよね! なので今、必要なのは地殻の亀裂を塞いで元通り星霊が浸透できない環境に戻すことではないでしょうか?」

「言うは易しよな。手立てがあると申すか?」

「勿論、手立てはいつだってあります。私は楓露の最高神です。潜在的には万能なんです! ただ、しばらく時間が欲しいなーって……」

「何を申すか。我は既に幾千の年月を耐えて来たのだぞ」

「分かってます。でも! それだけ我慢できたんなら、あとちょっとくらい我慢できるでしょ? 絶対私が何とかしますってば!」

「……ふぅむ。そこまで言うのであれば一つ話しをしておこう」


 パッションで押し切った効果だろうか、楓露は硬化していた態度を改めて、何やら語り始めた。それは如何にしてこの四千年を耐え忍んできたかというお話だ。

 楓露は当初、自己修復による星霊の遮断を試みたという。それに対して星霊は密度を増して突破を試みた。それを跳ね除けて傷口を塞ごうと力を集約すれば、星霊側もどうにか突破せんとして益々密度を増してくる。結果、両者の間に長い長い、実に四千年にも及ぶ膠着状態が生じることに。

 つまり今、赤道直下を濃密な星霊が覆っている状態は自然科学的に証明されるものではなくて、楓露の防御を突破しようとする星霊の本能から生じた状況ということになる。

 結果、星霊の供給過多が低緯度帯の動植物や大地そのものに影響をもたらし、巨大化や崩壊、霊塊たまぐさりの化け物の頻発まで含めた異常を引き起こしているのだ。逆を言えばこれらの問題を解決することで赤土の状況は一変するに違いない。無論、容易くはない。けれど、やってみるだけの価値はある。ならば、できるかどうかはこの際考慮の外に置いてしまえ。


「なるほど。今の話で私たちの目的は合致したと言えますね」

「ほう。それは死ぬ覚悟ができたということか?」

「はい? 何でそうなるんですか!?」

「主が黒坊主と呼ぶ影。あれは主を見出す為だけのものではない。主の核を打ち砕く為に放った刺客でもある」


 怖い単語が飛び出した。

 核というものは理解できる。星霊は融合した宿り先に核を結ぶものだ。例えば湧魂わくたまの御業は星霊核を刺激することで対象の星霊バランスを整える。

 分からないのは私個人の星霊核を打ち砕くことが、どう解決に繋がるのかということ。私自身は楓露に転生してから一年にも満たないペーペーだ。それを思えば私の核、というより皇大神の核という狙い眼が浮き上がってくるのだけれど……。


「刺客ってなんですか? どうしてそんな話になるんですか?」

「主の核は主自身の核であると同時に、星霊という種全体の核でもある。そを砕けば星霊は容易に滅びよう」

「!!?! いやいやいや、ちょ、ちょっと待って。待って待って!」

「さて如何したものか。ようやく見つけた念願の核を前にしてはのう」

「いやいやいや! ほんと待って! 私がどうにかするって言ってるじゃん! ここまで話を聞いといて今更それは無いでしょ!?」


 楓露の言うことが嘘か本当かは分からない。星霊について私はまだ知らないことばっかりだ。

 確か八大神を集めた会合の時に磯良いそらちゃんが、星霊の根源は星詠ほしよみという御業を会得することで覗くことができると言っていた。けれど今の私には使えない御業だ。

 恐らく楓露は本当のことを言っているのだろう。あの黒蜻蛉が漏らした「ミツケタ」がずっと耳について離れなかったのも、私に宿る星霊核の生存本能が刺激された可能性はある。だとすれば今、楓露なにがしがその気になったら、未熟な私の核などあっという間に砕かれてしまうのではないだろうか――。


「とにかくここは穏便に。穏便に行きましょう。ね? ね?」

「かっかっか」

「何笑ってるんですかっ」

「主らの言う愉快という感情かの」

「私は欠片も愉快じゃないですよっ」

「まあよい」


 よくない。


「主という核を探していたのは真のこと。されど打ち砕こうとは今思いついた戯言よ。先に申し渡した通り、我が望みは主らの退去、それのみだ。主の力で如何様にもすると言うのであれば、よかろう。しばしの時を待つとしよう」

「ホントに!? ありがとう! 絶対なんとかして見せるからっ」


 この楓露なにがし、人が良いのか悪いのか。ホントやヤキモキさせてくれる。でもこれで、どうにか次のステップを踏めそうだ。

 思うに楓露なにがしはヒッキーなのだ。地殻という外皮を境に内に籠って外の様子には興味がない。幾重にも重なる地層をはじめ、海洋、陸土、それらを包み込む大気圏。全てがどうでもいいという筋金入り。陰に籠った自己中さんで癇癪持ち。けれども今し方話が纏まった点を見れば妙に話せる部分もあって、そこが救いと言えるだろう。

 その楓露に対して、私たち星霊サイドが求めるものは絶対的に平和な関係だ。今や彼が惑星楓露そのものであるという事実を私は疑わない。大宇宙を彷徨った星霊がようやく辿り着いた楽天地の主として認めよう。そうなればなんとしても和平、和睦、友好条約といった前向きかつ良好な関係を結ぶ必要がある。まぁ、楓露さんとしては不可侵条約で十分なんだろうけどね。


「では方針が決まったところで今後の連絡についてなんですけど。こうして夢世界でたんびたんび会える感じですか? 経過報告とかはどうすれば?」

「経過など知らぬ。結果を出せば伝わるのだ。主は此処で約したことを成就させることにだけ専心せよ」

「あ、はい」

「ではの」


 それっきり気配は消えてしまって、黒く染まった髪色も元通り白に戻ってしまった。

 まったくもって気が抜ける去り際ではないか。会う機会が増えれば仲良くなるチャンスも増すものと思ったのに、清々しいほどの丸投げだ。無事に事が運んだとして、これ、最終報告すらいらないまであるよね。


「ふぃ~、疲れたぁ」


 どっと漏れ出す疲労の溜め息。張り詰めたものが去って、凝りに凝った首や肩を回せば、コキコキと音が鳴る。 


「ちょっと目賢ちゃん、随分大人しかったじゃない」

「小さ神の出る幕でなし」

「えー? 皇大神の苦境を察して助け舟とか出して欲しかったよー」

「ごめんして?」

「ふふっ、何それ。まぁ可愛いから許しちゃうけど」


 正直、言葉はなくとも居てくれるだけでどれだけ助けになったか。一対一の場面ならこの結果に辿り着いたかも疑わしい。


「や、でもよくやったよね、私。だって楓露から出て行けって言われたんだよ? 無理難題にもほどがある。急にそんな話振られてよく凌げたもんだ」

「ご立派」

「あい」

「あい」


 符丁のように口癖を借りれば律儀に返してくる目賢姫。それにしてもこの先、どう具体的に動いて行ったものか。それを思うだに痛む頭を抱えていると、対面の座に目張命が目を開けた。


「あ、お帰りなさい」

「はい、只今戻りました。如何でしたか、楓露とのご対面は?」

「如何って、まぁ、歓談にはならなかったですよね」

「ふふふ」


 なにわろてんねん。

 聞けば一連の話の流れは目張命も聞いていてとのこと。ならば尚のこと何処に笑う要素があったと言うのか。


「まぁ私としても大見え切った手前、この件に関してはできる限りのことをしたいとは思ってます。けど、何せ地殻がどうのとスケールの大きな話ですから、どこからどう手を着けたものやら……」


 率直に述べると目張命はうんうんと頷いて、


「ここからはもよいの間の皆さんを交えて話をされた方がよいでしょう。首刈様、ご心配には及びません。わたくしにも考えはございますから」

「そうなんですか? 是非聞かせて下さいっ」


 今やその成り立ちは黒坊主といえども、やはりこの人は八大神なのだ。立場を寄せてすけてくれると言うならこれほど頼もしいものもない。


「お話しはまた後程。ひと先ずはお目を覚まさせて頂きます」


 目張命がかざした右手をワイパーのように左右に振ると、たったそれだけで私の意識は仰向けに倒れ込むようにして遠のいて行った。

 なんにせよ、なかなか皇大神らしかったよね? 星霊の危機によく頑張ったよね? この頑張りを阿呼たちに見せられなかったのが悔しいよ。

 そして夜刀ちゃん。ご先祖様もだけど、やってくれたのう。

 こうなったら絶対この問題を解決して、頭が上がらなくしてやるぞっ、うん。

 勿論、夜刀ちゃんに対してマウントを取りに行きたいとかじゃないんだよ。ただ、私は大嶋廻りを終えたら正式な皇大神になるんだから、みんなから慕われている夜刀ちゃんの尻拭いすらできる皇大神――そこを目指すのは間違いじゃないと思うんだ。

 よし、目が覚めたら早速みんなと作戦会議をしよう。あ、その前にお夕飯かな?

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