048 樹海の夜の夢
地上に這い出せば天候は良好。出た場所はゴロゴロした岩の目立つ峡谷だ。いわゆる枯れ谷というやつで、干上がった地面は気味悪いほどの罅が走っている。この手の場所に通り雨が降ると、たちまちぬかるんで霧に巻かれてしまう。
「降って来たら面倒だから、早いとこ向かいの樹海に上がっちゃおう」
「うわー、本当に何もかも大きいのね。それで、あとは森の中を行くだけ?」
初めて中央高地を目にする夕星は向かいの崖上に聳える巨樹の密林を手庇で仰いだ。
「うん。この森を突っ切るとまた断崖があって、地図で見る限りその先の樹海に三宮がある筈。なんにしてもここからは虫も獣も軒並み大きいから、なるべく目立たないように――」
ドドンと遠間の轟きが、空気と言わず森と言わず震わせて私の言葉を遮った。直後に地揺れ。かなり大きい。
「お姉ちゃん!」
「大丈夫大丈夫。結構揺れてるけど、直ぐ収まるよ」
怯える阿呼の小鼻を軽く摘まんで気を逸らさせる。体感的には震度五に近いか、これまで経験した中では一番の揺れだ。ガラガラと崖肌が崩れる中、峡谷の中央に移動してやり過ごす。
「大きな音がしたけど、動山かな?」
「かもなー。もしかして火を噴いたかもしれないぞー」
動山は赤土を象徴する活火山だ。千軽ちゃんの神名――山動弥猛千軽媛命に冠される名も動山から来ている。中央高地に分け入るたびにその雄姿を目にして来たけれど、立ち上る噴煙を遠間に見るばかりで、未だ火柱にお目にかかったことはなかった。
「どっか開けた場所に出たら様子を見てみよう。噴火なら風向き次第でこっちにまで灰が降るかも」
「あー、灰と雨とでドロドロになったことあったもんなー」
「うん、降ってる間は清水の御業があってもどうにもならないから」
水を清める清水の御業は、練り込めば洗濯と入浴を一遍に賄える。けれど、黒い雨が降り続ける内は糠に釘。灰混じりの雨水が耳に入るのを避ける為にも、雨宿りする他手はない。
私たちは樹海に入って、灰や雨が降らない内に少しでも移動しようと獣に移姿た。
「ここは三宮の手前の樹海だから甲虫の心配はそんなにない。境目の崖まで行ったら今日はお終いね。とにかく急ぐよ」
そう告げて、どうせまた放谷が乗っかってくるだろうと待ち構えていると、隣で夕星がお馬さんになった。
煉瓦色の馬体は艶やかに瑞々しく、太陽の光を集めたように明るい金色の鬣と尻尾が見る者の目を眩ませる。額に浮かぶ斑はくっきりとした星型。常々、馬は美しい生き物だと思っていたけれど、神ともなるとこれほどまでか。
そんな風に感じ入る頭の隅で、幾分か冷静な部分の私は、眼前に馬が現れたという事実と向き合った。これを逃す手はないね。
「お邪魔します。よいしょっ」
「ちょっと! 何してんのよ!?」
移姿を解いて夕星の背に手をかけると、光の速さで飛来する文句。
「え、お馬さんに乗せて貰おうと思って」
「ふざけないでよ、私は乗りものじゃないよっ」
「またまたぁ。馬には乗ってみよ、人には添うてみよって言うじゃない」
「貴女ねぇ、もう怒った! 馬宮の眷属には絶対に皇大神を乗せるなって言ってやる。馬車も牽かせないからねっ」
怒るかな、とは思ったけど、ここまで怒るとは思わなかった。
「でも私、お伴の放谷を背中に乗せて走ったよ?」
「こら! そこの蜘蛛!」
「おー?」
「お伴が皇大神に乗るな!」
「おー。でもなー? 乗ってた方が辺りの警戒がちゃんとできるからー」
仰け反った。そんな合理的な理由があったのね。目から鱗だよ。てっきり楽をしようという魂胆だと思ってた。
「じゃあこうしよう。私は放谷を乗せて走る。夕星は阿呼を乗せてあげて? それで二人に周辺警戒を頼もう。私と夕星は全力で走るだけ。役割分担だよ」
「……分かったわよ」
なんだかんだで言うことを聞いてくれる夕星。嫌いじゃない。
夕星は阿呼を呼ぶと、前脚を折り曲げて背に迎え、しっかりと鬣を握る様に促した。馬装がないのでそれが安全帯代わりだ。
「おっけー。それじゃあここから真っ直ぐ南西に走って、樹海が途切れる地点までね」
自らの背に放谷を迎え、いざと前傾姿勢を取ったら、途端に土を蹴立てて夕星がカッ飛んで行った。
おい待て。
待て。
阿呼の体が馬体から浮いて、吹き流しみたいになってたんだすけど。
「ほほー、すごい速さだなー」
「感心してる場合じゃないっ、危険運転にもほどがある!」
泡を食って飛び出す私。でも狼と馬ではどうしたってストライドの差が埋まらない。仕方なく歩幅稼ぎに運動性能の限界まで巨大化。これをやると目立って危険を呼び込むことになるから、本来は逃げを打つ時しか使いたくないんだよね。しかし妹の身の安全がかかってるので、背に腹は代えられません。
「おー、いいぞー。飛ばせ飛ばせー」
期尅で強化した四肢を駆使して、全速力で逃げ馬の尻を追う。
速い速い。私史上最速で追っているのに夕星ったら風のように先を行く。狼は元々が短距離タイプだから、全力で長躯すると簡単に息が上がってしまう。
「ぶはーっ、ぜはーっ、もう苦しい! あんにゃろめ!」
「あははー、あたいに任せろー」
人の背中で至極楽しそうな放谷。その両手がペタリと背中に貼り付いて、
「湧魂ー」
幸用の星霊バランスを整える御業だ。疾駆して乱れまくる私の星霊を端から整えてくれる。これが中々に効果抜群で、呼吸は安定し、繰り出す足も軽くなった。
「サンキュー、放谷!」
これならば、と詰めかける勢いで速度を増して追い上げる。前方から「あぁ~~」と阿呼の上ずる悲鳴。冷静な部分の私は「飛び降りればいいんじゃないかな?」と思ったけれど、きっともう何がなんだか分からなくなっているのだろう。吹き流しにされればそうもなる。
そうこうする内に放谷の貢献も虚しく、体力の限界が近付いて来た。しかしここで妹を見捨てたとあっては姉の立場が廃る。野垂れ死のうが何をしようが、構うものかと開き直って地を蹴った。
パッパカパー!
さぁファンファーレと共にランナーズハイの時間がやって参りました。
こちら中央高地競馬場、密林障害、距離無制限の一騎打ち。
先行しますのは栗毛の馬神、野狭飛逆髪夕星媛命。騎手は真神下照阿呼比売命であります。
これを追って攻め上がるのは大嶋治真神首刈皇大神。打ち跨るは風招放谷姫命。
差すか逃げるか、逃げるか差すか。丁々発止の大一番。
早速観て参りましょう。
どうでしょうか。ようやく追う側の視界に先行馬の姿が見えて来たでしょうか。
スタートダッシュを決めた夕星号に対しまして、鬼気迫る形相で追うのが首刈号。
騎手はと言いますと、一方は振り落とされまいと懸命に鬣にしがみついる。こちらが阿呼騎手。
放谷騎手の方は、これはなんでしょうか。
大口を開け、向かい風に頬をはためかせまして、並ぶ歯列に歯抜けも光るご満悦の表情であります。
さぁ首刈号が詰める。詰めて詰めて詰めかける。
しかしまだだ。まだ届かない。
逃げて差すとは乙の技前。夕星号、未だ十分に脚を残しているようです。
「放谷! はーなーやーつー!」
「なんだー?」
「風声! 風声で止めてっ」
「分かったー」
御業を駆使して追う首刈号。ここで風声は絡めの一手だ。しかしどうやら自ら切る風に流されて夕星号の耳には届かないか。まったく弛まぬ足取りです。
「ランナーズハイで脳内実況がやかましい!」
「どうしたー?」
「跳ぶよ!」
「はいよー」
「跳!!」
跳びました。これぞ障害レースの醍醐味と申しましょうか。大きな影が空から夕星号に迫って行く。
さぁ並んだ。ついに並んだ。
しかし口元を見れば不敵な笑みを浮かべるのは夕星号。
御業なしでも相手にならないと言うかのように、ここから更に前へ出る。
あ、今、靡く尻尾で首刈号の横っ面をはたきました。
「いい加減にっ、しろーっ!!」
疑似餌のようにはためく尻尾にガブリッ――。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
「ほまんまはい、はがーっ!」
体勢を崩した夕星は派手な音を立てて灌木の向こうに転がった。
「なんで噛み付くのよバカァ!」
「阿呼が落っこちそうだったでしょ、バカァ!」
移姿を解いて喧々諤々。
阿呼は目をぐるぐるさせて放谷に抱き留められていた。ナイスキャッチ放谷。
「首刈が急げって言うから飛ばしたんだよっ」
「限度があるでしょ! 阿呼を乗せてるんだからっ」
「だって、誰かを乗せて走るなんて初めてなんだよっ」
「阿呼だって吹き流しにされるのなんか初めてなんだよっ。見なさいよ、ふらふらしちゃってるじゃない!」
「……悪かったわよ。走り出したら楽しくなっちゃって、止まんなかったの」
「今度やったらおっかないよ?」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はーい」
この娘はもう。こんな調子でやって行けるのかな。
「お姉ひゃん、阿呼はらい丈夫らから」
見よ、我が妹を。呂律がちっとも大丈夫じゃない。
「ごめんね妹ちゃん。次からは気をつける」
「……次は、もういいれす」
普段なら社交辞令を忘れない阿呼がこれだ。相当懲りたに違いない。傍から見ても悪夢のような光景だったからね。
ともあれ、大騒ぎしたので樹海の生き物に目を付けられた可能性が高い。早々に場所を移す必要がある。ここからは私が先頭に立ち、騎乗しての警戒役は放谷一人に絞ることにした。
***
同日。首刈からの依頼で先日の地震の痕跡を探しに出た千軽は、いつも通り調査員たちを六名から成る五班に分けて捜索を開始した。
千軽自身はジーノスの班に同行。各班には常から声風の御業をかけた鏑矢を持たせているので、何かあればそれを放つことで、広域に有事を報せることができた。
「ふぅ……」
午前の捜索を終え、木陰のオアシスで昼餉を終えたイビデは、水辺で食器を洗っていた。小波一つない水面はくっきりと青空を映して、中天の太陽をギラギラと反射している。この調子で数日旱が続けば、小さな泉は瞬く間に姿を消してしまうだろう。
「イビデ。飯盒が流されてるわよ」
「…………」
「イビデ?」
「え、ああ、カルアミ。何?」
「何って、飯盒」
洗っていた筈の飯盒がいつの間にか手元を離れていたのに気付いて、イビデは慌てて手を伸ばした。それをまた気もそぞろに束子で磨き始める。
「もう十分奇麗なんじゃない?」
カルアミの指摘通り、飯盒の汚れはすっかり落ちていた。けれどもイビデは手元も見ずに短調な動きを繰り返す。
二人は赤土に来てからの仲だが、イビデが二十七、カルアミが二十五と年も近いことから直ぐに打ち解けた。何より赤土に来た三十名の内、女はお互いだけ。短くも濃い付き合いから、察しのいいカルアミはイビデの上の空の理由にも気付いていた。
「昨日の酒宴で誰に何を言われたの? 元からジーノスに気があるのは知っていたけど、今日はあからさまに目で追いかけていたでしょ」
「うそ、あからさまだった?」
「寧ろあれだけ見られても気付かないジーノスの方に驚かされたわ」
「まあね。でも今更気付かれても困る」
イビデとジーノスはチームを組むようになって二年。怪我で引退した者の穴埋めにイビデが加わった。後からまた人の入れ替わりがあって、ラデルとカリューが参加。ラデルはここしばらくソロ活動をしていたが、首刈との邂逅を節目にチームに戻っていた。
「バースタンと私だったらどっちがジーノスと仲良さそうに見える?」
訳の分からない質問にカルアミは呆れた。
「そこ比べる? あの二人は同郷で、二人して海を渡って来たんでしょう? 男の友情と男女の機微は別物だと思うけど」
「まーそうなんだけどさ。私なりに結構アピールはして来たのよ?」
「微妙でしょ。一緒に飲んでも話すのは仕事のことばっかり。色気の欠片もない」
「いや、だってじゃあ他に何を話すの?」
ジーノスとは武器の手入れや獲物の倒し方の話が盛り上がる。イビデにはそこから艶っぽい話に持ち込む手管がなかった。無論、ジーノスの側から誘い水が向けられたことなど一度もない。
「まあ、私は別に今のままの関係で満足なんだけど」
「それが本音なら飯盒も流れて行ったりはしないんでしょうね」
手元を見るとまた飯盒がない。イビデは慌てて遠ざかる飯盒を捕まえた。
「手が滑っただけだから」
「それはいいけど。昨日の今日でガラッと態度が変わったことには理由があるんでしょ?」
「うーん。実はちょっと首刈様に猛然とプッシュされて……」
「首刈様に? それは……」
カルアミは訝しんだ。狼トーテムの象徴に色恋を示すものはない。強いて言えば団欒だが、それを恋愛と結び付けるのは無理がある。ならば首刈が口を挟んだのは神が施す恩恵としての導きではなく、ただの好奇心なのではないか。その結論に至ったカルアミは、自身の恋を首刈に知られてはまずいと肝に銘じるのだった。
「おーい、ほなそろそろ行こかー!」
千軽の号令に話を切り上げ、二人は午後の捜索に向けて荷を背負った。
***
巨樹の根股にお誂え向きの洞を見つけて寝入ったのは、まだ星も微かな夕闇の頃。
夜半、私は洞の中で目が覚めたのだと思った。野宿の時は狼の姿で眠るから夜目が利く。ところが幾ら目を細めても己の手すら見えない暗闇。
(なんだこれ?)
呟きながらも思い当たる節はあった。その節を手繰り寄せ、俄かに甦る記憶。
(あ、これ昨日見た夢の続きだ)
目覚めと共に奇麗さっぱりと抜け落ちていた記憶。それが眠りの中で妙にしっくりと繋がることがある。夢見の不思議というやつだ。
私は前世の折からそう。起きると忘れてしまうのに、再び眠ると「あ、夢の続きだ」って分かるパターンが多い。友達が夢の話をするのを聞いて、みんなよく覚えているなぁと不思議に感じたものだった。
それはさておき、昨夜の夢の記憶を引っ張り出してみよう。確か昨日見た夢も、星のない夜を塗り込めたような闇の中。今と同じで、阿呼も放谷も夕星も、誰一人としてキャスティングボードには載っていなかった。暗中模索の体で空を掻いていると、やがて押振るような声に揺り動かされた気がした。ハッと振り返れば目に飛び込んできたのは臈長けた縁取りの影。闇の中で影を見分けられたのは、それが薄っすらと白けた燐光を纏っていたから――。
(今日もいるのかな?)
ぐるりを見渡すとやはりいる。烏羽色を漉して流したような例の影。ほっそりとして、どことなく儚くて、でも場面的にはしっかりと不気味さも備えている。
「あの、誰ですか?」
噫になりかけた怖れを呑み込んで、努めて平静に問いかける。
「見つけた」
「おん?」
名乗りを期待していたので、思わず間の抜けた疑問符がまろび出た。
いや、待てよ? 「ミツケタ」と申したか。
刹那の戦慄――。
この影は黒坊主と関わりがある! 確信の脂汗が額に滲んだ。
「えと、どちら様ですか?」
「わたくしは楓露の使い。かつては目張命と呼ばれし古き八大の一柱に御座います」
生唾飲んで耳を澄ませば、柔和で懐深い女性的な声音が耳朶を打った。伏せがちだった獣の耳は、思わぬ安堵を得て前を向く。
「まなばりのみこと?」
記憶を手繰る。それは南風さんや西風さんのお母さんの名ではなかったか。
白守四方鎖目張媛命。夜刀ちゃんとも仲良しの神様で、けれど既に身罷られて、ご存命ではない筈。
「あの、南風さんの、四陣風姉妹のお母様ですよね?」
「かつては、そうでした」
「かつては?」
「今は楓露の使いです。この身は幻のようなもの。わたくしは絶えて、四散した星霊は娘たちに宿り、また楓露へと還ったのです」
やはり南風さんたちのお母さんだ。え、どゆこと?
亡くなった筈の目張命が、如何にも黒坊主に関わりございと、私の夢枕に立っている。
黒蜻蛉との激闘と今のこの静かな対峙とが、上手いこと噛み合わないのだけれど、果たしてこの邂逅は何を意味しているのだろうか。
「あの、どうして私を探してたんですか? 目張様は黒坊主と関わりがあるようですけど。そもそも楓露の使いってなんなんですか? 私は一体どうすれば?」
分からないのだから聞くしかない。黙っていれば罷り間違って相手の態度が豹変しないとも限らない。今とばかりに私は頭に浮かんだ疑問符をズラリ並べた。
「生憎と全てをお話しするだけの時間は御座いません」
「そうなの?」
そこをなんとか。焦らしプレイは嫌いです。
「皇大神様は急ぎ皀角子の社にて鉀兜姫に会われませ」
「それはもう必死になって向かってますけど」
鉀兜姫と言うのは赤土三宮、皀角子神社の主祭神、育守鉀兜姫命のこと。行けと言われずとも大嶋廻りの道半ば。艱難辛苦を乗り越えて行かねばならぬ社の主だった。
「三宮へ行けば何か分かりますか?」
「はい。そちらにてお待ちしております」
「えっ、ちょ、ま」
しゅわしゅわしゅぽんと掻き消えた。待ったをかけた手は空振って、指の隙間を密度の濃い闇がぬるりと抜ける。
まるで夢卜のような一幕だ。脳裏に浮かぶのは清沢哲夫の詩、一篇。
「迷わず行けよ、行けばわかるさ。ってことですかぁ」
そこに待つのは期待すべきものなのか、危ぶむべきものなのか。頭の中はぐるぐるし始めた。
「ん? 何か光ってる」
誰憚ることなく闇間で身悶えていると、不意に視界の隅に転がり込む光点。私はてくてくと歩み寄って身を屈め、摘まみ上げては掌に収めた。
「なんだろ?」
それは緑色に輝く武骨な三角錐。天辺には黒々とした小さな穴があって、何やらフジツボのようにも見える。
「おひさし」
「うわぁ!? しゃべったぁぁぁぁぁ!!」
思わず放り出すと、光るフジツボはその輝きを増してみるみる膨れ上がり、見覚えのある像を結んで眼前に佇立した。
「投げた。ひどい」
「目賢ちゃん!」
飄々と立ち現れたのは赤と緑を基調にした南国風の三ツ小袖を纏う小柄な影。それは避役神社の主祭神、彩窶目賢姫命だった。今し方手にした緑のフジツボはカメレオンの眼を模っていたのだ。
「お、おど、驚かさないでよ」
「占々と、真神の夢に辿り着き」
目賢ちゃんは卜占系の左右宣を得意とする神様だ。黒坊主の動きを探る夢占で私の夢に辿り着いたのだろうか。実際、目張命は黒坊主と曰くあり気なのだから、そう考えれば合点が行く。
「今の、見てた?」
「はい」
「どう思った?」
「鉀兜姫と会うに如くはないかと」
「それは分かるけど目張様のこと。目賢ちゃんは古い神様だから分かったんじゃない? 幻だって言ってたけど本物?」
夕星に聞いた話では目賢ちゃんは相当古参の小さ神だ。ならばシルエットからでも目張命の真偽が見て取れた可能性はある。
「姿、声、似てた」
「なら本物?」
「夢は夢」
「もー、直ぐにそうやって混ぜっ返す」
「夢に囚われてよきことはなし」
左様か。
確かに、大事なのは現実だ。金も銀も夢の中では泡沫に過ぎない。
「りょーかいっ。とにかく皀角子神社に行けってことだね」
「あい」
「ところで目賢ちゃん」
ギョロギョロ。
「またこの手の夢を見るかもしれないから、その時は最初からいてくれる? 気持ちがとっても助かります」
「あい」
色よいお返事に一安心。さてさて、それではお目覚めと参りましょうか。
「じゃあまたね」
立ちどころに姿を消す目賢ちゃん。次回の夢に心強い味方を得た私はすっかり忘れていた。私ってば夢の記憶を日中に持ち越せない性質なんだよね。どうすんのこれ、マジで。




