045 黒坊主3
高い空。
靡く雲。
吹く風にそよぐ草穂を分けて、真神原を駆け回る姉妹。
深く深く同調して、イメージが合わされば、呼吸も鼓動も溶け合って行くのが感じられる。
阿呼と私、二人は一人。
二人で一人。
互いの波長に乗せて心が触れ合えば、そこに生じた温もりが、かつてよりも尚強く姉妹の絆を高めて行いくのが分かった。
「張り巡らしたぞー」
耳元で放谷の風声が囁く。
黒蜻蛉の羽音は辺りを遠く近く、哨戒でもしているかのようだ。
「藪を出てすぐの場所から、草丈の高さで周りの藪と繋いでやったー。上一面に張ってあるー。草丈の高さだから、飛んだり跳ねたりして自分を引っかけないようになー」
グッジョブ放谷。
今の話からすれば藪を出ればもう蜘蛛の巣の下だ。集中して待てば、こっちを狙う相手は労せずして網にかかる。そこで一発を喰らわせられれば――。
「阿呼、いい?」
愛妹の目を覗き込むと、お母さん譲りの真朱の瞳が揺らぎなく見返した。阿呼は下枝、私は上枝。いつだって阿呼は私を押し上げてくれる。
「阿呼はいつでもおっけーよ」
「さっすが私の妹。それじゃあ行くよ。同調が途切れないように、繋いだ手は絶対に離さないでね」
コクリと頷く愛妹の髪をクシャッと撫でて、蜻蛉狩りの手繋ぎ鬼は藪間から外へ飛び出した。
開けた場所に出ればそれまでの息苦しさから解放されて、けれども今度は対峙の緊張が背中から覆い被さって来る。風は相変わらずの凪。全身くまなく、じっとりと汗が貼り付いた。
耳を頼りに空を探れば、私たちは立ちどころに標的を捕捉した。こっちが手繋ぎ鬼なら、相手も負けじと鬼気たるオーラを背負っている。
でかい――。蝶蜻蛉に似て翅まで黒々と染まった姿は、セスナくらいの大きさがあった。丸く張り出した巨眼を妖しく光らせて、黒蜻蛉は藪間の一本道に影を滑らせ向かって来る。
「来たよ。蜻蛉は大抵水平に飛ぶから、真上よりもかなり手前で網にかかる筈。心を一つにして、お姉ちゃんが見ているものを見て」
「はいっ」
一寸の光陰軽んずべからず。
姉妹四つの瞳を閉じて、私の眉間に天津百眼だけをカッと見開く。ネガのような視界にキラキラと、広範に渡って細く輝くのは放谷が巡らせた糸に宿る星霊だ。そのスレスレを猛スピードで漆黒の蜻蛉が迫って来る。
背筋を抜けて行くのはサスペンスよりもスプラッターを観る時のあからさまな緊張感。繋ぐ手に汗ばみを感じて強く握りしめると、同調した星霊が阿呼の心音と息遣いを運んだ。
ふと、私の小心が伝わりやしないかと気惑いを覚えた刹那、ブォンと振動を伴う低音が響いて、阿呼の前方に二つの輝く八面体――天左右牙が光を発した。
照準は私。
引き金は阿呼。
目標は前方視界直線上。
「阿呼、見えてる?」
天津百眼で見据える的は、ゴツゴツした胸部中枢に薄っすらと輝く若草色。
返事がないということは見えていないのか、私は焦る気持ちが力みに化けるのを必死になって抑え込んだ。
集中――。
奪われて行く距離に怯えるのではなく、近付くほどに正確さを増す照準を勇気と共に受け入れる。
「かかった! 阿呼、今っ!」
糸に肢を取られた黒蜻蛉が、つんのめって体勢を崩した。
今しかない――。
ターゲットの挙動にズレたピントを即座に修正。願う気持ちで妹を待つ。
ヒリつくような長い一瞬。
見えない糸は決して強靭ではない。蜘蛛糸は縦に引っ張る力に対しては頑健無比だが、横破りにされれば脆いものだ。
「見えたっ」
「撃って!」
「天左右牙っ!!!」
間髪入れず水平に打ち出された天左右牙。それが僅かに上ずりながら一直線に迸る。
途中から放谷の糸を裂き、雷音鳴らして突き進むそれは、万が一相手を討ち漏らせば逆転の優位を与えてしまうだろう。
頭上のディフェンスが失われて行くのを目の当たりにしながら、私はただただ当たれと念じた。
「ミツ…ケ…タ……」
ギチギチと鳴る咢の奥から、くぐもった声がこぼれ落ちる。
見つけた? 何を? 藪から飛び出したその時から、私たちの姿は見えていた筈だ。それを今更?
謎めく思考は黒蜻蛉が絡まる糸から脱する光景によって打ち払われた。
やばいっ、外れる――。
「曲がってぇぇぇぇぇ!!」
阿呼が繋いだ手を切って、叫びと共に両の腕を振り上げた。
バチバチバチッ――。
電光を発してカッ飛んで行く光の八面体は、上空に距離を取ろうという目標を追って強引に軌道を反らせた。二筋の曳光が付かず離れず錐揉みしながら二重螺旋を描き上げる。
「行っけぇぇぇぇぇ!!」
仰け反る阿呼を支えに回り、私は喉を痛めるのも構わず、ありったけの大声を張り上げた。
ザザンッ――!!
天左右牙は狙いこそ外したけれど、ヘモシアニンを焦がしながら、二枚の後翅を焼き切った。僅かな煙と舞い散る黒翼を残して、迎撃ミサイルは天高く轟然と消失。
「当たった!?」
目を開けた阿呼が手応えを確かめようと目標を見定める。
「翅に当たった! そのまま落っこちろっ!」
二枚翅となった相手は頭の重みで真っ逆様。それを見た私は咄嗟に願望を口にした。しかし――。
「うそ……」
落下軌道に変化が生じた。
「滑空して来る……。こっちに来る!」
「おいっ、逃げろー!」
鋭い警告が藪中の放谷から発せられた。
私は阿呼の肩に腕を回し、身を翻した途端に盛大にすっ転んだ。こんな時に二人三脚失敗か!
慌てて立ち上がると鼻先を影が掠めて、胴体着陸した黒蜻蛉の巨大な頭部が地煙上げて突っ込んで来た。
ザリザリザリッ――ドドン!!
「ぎゃふっ」
鼻から抜ける間抜けな苦鳴。猛烈な叩き付けに意識が振れて、吹っ飛ばされた私はゴロゴロと遠くまで地面を転がった。
目の前は真っ暗。頭の中は真っ白。
上手く妹を庇えたかどうかも分からない。
ようやく止まれば、鼻と言わず口と言わず、血の味に土埃が混ざり込んでジャリジャリした。
「首刈ー! おい首刈ーっ!!」
放谷の声だ。けれど咄嗟には体が言うことを聞かない。気持ちは飛び起きてるのにまるで糸の切れた操り人形。
やけのヤンパチになってどうにか身を捻れば、相当に飛ばされたらしく、黒蜻蛉の頭から優に五〇米は離されていた。そして恐怖に感情が黒ずむ。
「あああ、だめー! やめてやめてっ!」
土煙が鎮まって視界に入ったのは、飛べない蜻蛉が前肢を掻くようして、意識のないであろう阿呼を口元へと運ぶ光景だ。その肢にどうやら放谷が糸をかけて引っ張ている。
「放谷ーっ! 放谷お願いっ!」
「まっかっせっろぉぉぉぉぉ!」
食いしばる歯の隙間から声を漏らして、懸命に引っ張る放谷。
人の姿では賄えない力を大蜘蛛に移姿て強引に引くのだが、それでも黒蜻蛉の力は大蜘蛛を凌駕しているのか、ジリジリとかけがえのない妹を引き寄せて行く。その歪な大口はまるで、黄泉の国へと転がり落ちる暗い暗い淵穴のようだった。
「だ、誰かーっっ」
私といえば尺取り虫のようにお尻を上げて、必死になって立ち上がろうとするのだけど、どうしても立つことができない。
「誰か助けてっ、阿呼が食べられちゃう!」
届かぬ光景に、もう間に合わないと絶望しながら、私は救いを乞う他に手立てがなかった。
なんて役に立たない姉なんだ。うんざりだっ。愛想も小想も尽き果てる!
お姉ちゃん助けて――。
不意に揺れる脳が幼い頃の自分の声を谺させた。
家の前の道で三輪車を転がしていた私に、お向かいさんの家の大型犬がじゃれ付いてきたことがあった。悲鳴を聞きつけた姉は物凄い勢いで飛び出してきて、自分より大きな犬をバシバシ叩きつけ、ついには足まで出して追い払ってくれたのだ。
(私にだってできるんだよっ)
そう思うのに気持ちばかりで体はてんでバラバラ。
期尅を使って肉体を強化しようにも、揺れた脳やら節々の痛みやら、集中できないから星霊も満足に練れない。
この世界の神は死ぬ――。私も阿呼も放谷も、絶対無敵の存在なんかじゃない。そんな嫌な考えがぐるぐると頭蓋の内を埋め尽くした時、それは聞こえて来た。
ぱからっ、ぱからっ――。
深刻無類の場面にそぐわぬ軽快音が、背後からぐんぐん迫って来る。
新種の耳鳴りかと疑れば、いよいよ間近に迫ったそれは、ダンッと力強い踏切りを敢行して、軽々私を飛び越した。
赤味の強い栗毛の馬だ。
「荊棘!」
嘶きに似た鋭い声に応じて、藪間から極太の茨が無数に伸びた。いつだったか真神で遭遇した妖も荊棘と言ったのではなかったか。でも今はどうだっていい。魔法の森の悪い魔女が使いそうな御業も、救いとなるなら願ったり。
瞬く間に雁字搦めとなった黒蜻蛉目がけて、栗駒は騎虎の勢いで駆け込んで行く。その鮮やかな黄色の鬣、棚引く尻尾。それが一瞬、金糸雀色の振袖と重なった。
「え……、夕星?」
八大神を招いた席で、その袖に喰らいついて大喧嘩した相手の、ツンケンした顔が脳裏を過る。まさか、助けに来てくれたのだろうか。
「夕星っ!」
もう激突する。そう見えた間際に黒蜻蛉の巨眼が底なしの闇色に輝いて、単眼周りの剛毛がシュバッとミサイルの如く打ち出された。
「避けてーっ!」
必死の警告も間に合うかどうか。煉瓦色の馬体が貫かれてしまうのかと危ぶんだのも束の間。
「散!」
その一声で眩い馬体はブワッと花霞になって掻き乱れた。ミサイル針と化した剛毛はビュンと唸って私の真上を過ぎて行く。
夥しく舞い踊る花弁は、群体めいた動きを見せて一点に収束。そこに結ばれたシルエットはやはり馬宮の主祭神。八大神の一柱。野狭飛逆髪夕星媛命だった。
「夕星、お願いっ、阿呼を!」
「はーいよっ、寝てる間に終るよっ」
嘯くようなその軽口も、七百年を生きる八大神なら裏のない本音だろう。そう信じて私は瞬きもせず見守った。何にもまして、その声を耳にしただけでこうも安堵できるのは、彼女が紛う事無き神だからに他ならない。及ばなさに悔しい気持ちもあったけれど、先人の功に縋れる降って湧いた幸運。私は黙って感謝した。
「哈ッ」
夕星はパンッと打ち鳴らした柏手の間から、杖のような長尺の幣串を取り出した。それから神主さんのように、白々と清浄な幣を振り立てては、身動きならぬ黒蜻蛉へと差し向ける。
「荒ぶる霊よ、奇しき霊。清らの玉繭に、折れ臥す身をば、しばし委ねて眠り参らせ――」
それはお世辞にも滑らかとは言えない調子っぱずれの声。紡がれて行くのは祝詞らしき何か。いわゆる古式の手法だ。
夕星ってば随分音痴なんだな、などと思ってしまう辺り、私の本能の部分は既にこの急場を凌いだと判断しているようだった。
「蚕上蔟!」
再び嘶きに似た力強い発声。
黒蜻蛉は完全に白い繭玉の中に包み込まれ、それが徐々に小さく、果て所なく小さくなって、ついに私のいる場所からは見えなくなってしまった。
駆け出した放谷がまだ気を失っている阿呼を抱き起こす。その様子を見届けた私は出し抜けに脱力して、ぐったりと五体を投げ出した。
「助かった……」
張り詰めていた気が抜けてしまえば、意識は痛みや疲労を相手したがらずに、スーッと抜けて行く。
「こらっ、寝てる間に終わったんだからさっさと起きなさいよ」
あ、続いちゃう?
このまま意識を失って、目が覚めたらお布団の中とかいうパターンなのかなって思ったんだけど、違ったのね? そうですか、なら仕方ない。
「……起きれにゃい」
「貴女、猫よりかは犬でしょ」
「起きれないワン」
「バカねー。でも面白いから許してあげる」
そう言って笑うと、夕星は私の首筋をガッと掴んで力任せに持ち上げた。さすが馬だね、馬力が違うよ。でもさぁ――。
「これ猫の持ち方!」
「文句より先にお礼だよっ」
「あ、ありがとう」
「よしよし。――湧魂!」
耳を聾する元気な声。同時に夕星の星霊が私の心臓を鷲掴みにでもしたような刺激が襲う。衝撃や痛みで崩れていた私の星霊バランスは、瞬く間に指先まで整って、多少の痛みは残ったけれど、体調はかつてないほど万全になった。
「凄い! ケロッと治った! ケロりんパッ」
いつの間にか夕星の手が離れて自分の足で立っている。そうと悟った私は一目散に阿呼の下へ駆け出した。黒蜻蛉がいた筈の場所には今はもう何もなくて、傍らに膝を着いた放谷が阿呼を抱きかかえている。
「放谷、阿呼は!?」
「平気だー。ちゃんと息はしてるし、大きな怪我もないみたいー」
「よかったぁ」
安堵の息を吐いて放谷の肩にもたれかかると、一拍置いて戻って来た夕星が阿呼に手を添え、湧魂の御業を施してくれた。
安堵に任せて手当ての遅れた自分が、本当にダメな姉に思えて来ました。ぐぬぬ……。
見れば夕星は低い鼻を天狗っ鼻にして反らすという、なんとも得意気な鼻持ちならない笑顔ですよ。
パンッ――。
「痛っ、なんでぶった!?」
「思わず鼻についたから」
頬を張られた驚きに夕星が目を見開き、そこへ本音を言ってのける私。
仕方ないよ。体が勝手に動いたんだもん。お姉ちゃんの仕事を横取りした夕星が悪い。
「ごめんね。ありがとう」
竹屋の火事が起こる前に謝罪と再度のお礼で鎮火。勿論、上辺でなく心から。
夕星はくしゃくしゃにした新聞紙みたいな顔で睨んできたけど、一転、気を逸らすように長めの溜息を吐いて、
「いーよっ、貴女には借りがあるしね。妹ちゃんを助けたことで返したと思ったけど、今の一発もオマケしといてあげる」
怒らないとは神対応。確かに神様だけどもさ。
「へー、怒らないんだ。でも借りって?」
「審神の小杖の犯人。見つけて引き渡してくれたでしょ」
「あー、ラデルね。会うなり馬乗りになってシバキ回したのにはびっくりさせられたけど」
「悪いことした渡人にはあれくらいが丁度いいのっ」
確かに。殴ってスッキリ放免なのだから、私としても文句はない。ラデルもその後は夕星に協力を申し出て尽力したのだから、わだかまりもないだろう。
癇癪持ちの夕星だけど結構サッパリした部分もあって、そんなところは私も嫌いじゃなかった。
かてて加えてこの窮地から手際よく救ってくれたのだから、いつかは恩返しできるようになりたいなと思いました。まる。
「ん……。お姉ちゃん?」
「阿呼! よかった、気分はどう? 痛むところとかない?」
「よく分からないけど、平気みたい」
本人の口から無事が聞けて、愛妹を失いかけた恐怖の残滓が拭われる。
「立てそうかー?」
「うん、立てる」
放谷に支えられながら立った阿呼だけれど、介添えなしでも平気な様子に、私は嬉しくなって抱き着いた。
「お姉ちゃん、どうなったの? あれ? 夕星さんもいる」
「蜻蛉なら私が倒しちゃったわよ」
「ほんと? 凄い。ありがとうございましたっ」
ぺっこりんと会釈する阿呼から、何故か微妙に距離を取る夕星。私の時みたいにもう一方の頬でも張られると思ったのだろうか。無用の心配だよ。阿呼は天使だからね。私はそう、堕天使だ。
「それで、蜻蛉は消えちゃったの?」
「いやー、夕星が繭に包んで小さくしてたなー。そーだろー?」
きょろきょろと見回す阿呼に、放谷が夕星を指差し示す。相も変わらず不躾だね。
「うん。ほら、これ」
四人の狭間に差し出された掌には、標準サイズの蚕の繭。見ればカタカタと揺れている。
「えっ、この中にあの蜻蛉が入ってんの?」
信じ難い思いを口にすれば、夕星は親指の爪で器用に繭を割った。中から姿を見せたのは鉄紺に輝く蝶蜻蛉。それがふわりと舞って、どこへともなく飛び去って行った。
「どういうことだー? 一体なんの御業なんだー?」
私と同じく魔訶不思議に面食らう放谷。その問いかけに、夕星は、えへんと胸張り得意顔。胸はギリ、私が勝ってる……か? ええ、ええ、目くそ鼻くそですよね。
「蚕上蔟は忍火さんの十八番だよ。繭で包んで元の状態に戻しちゃう。怪我や病気も治せるし、今みたいに変わっちゃった姿だって楽勝楽勝」
さすがは八大神。私なんかにはまだまだ無理そうな、上級者向けの御業らしい。
でもちょっと待って。ひょっとしてこの御業があれば中央高地の巨大昆虫も本来のサイズに戻せるの? だって赤道に滞留してる星霊を沢山取り込んで巨大化してるんでしょ。なんとなく行けそうだよね。
なんて中央高地に想いが及ぶと、その拍子に疑問も浮かんで来た。
「あれ? 夕星ってば、なんでここにいるの? まさか夜刀ちゃんが言ってた助っ人?」
素朴な問いを口にしたつもりが、みるみる吊り上がる夕星の眦。
「まさかってなによっ、その助っ人だよ! いきなり言われて、追われるようにして来たんだからねっ」
「あ、そうなんだ」
「来たら来たで土宮にはいないし、水門神社にもいないじゃない。猟豹神社だって言うから行ってみれば、そこでも出かけた後って話でしょ。たったかたったかバカみたいに暑い中を走って行けば、いきなり空で何かが弾けて、本当にびっくりしたんだからっ」
あー、阿呼の天左右牙が救難信号のように機能したのか。勿怪の幸いとはこのことだ。
私は鼻息荒げる夕星の二の腕を摩って、どうどう、と宥めすかした。お馬さんだから効果は抜群ですよ。
「何やってんのよ」
「どうどう」
「やめなさいよ、人を小馬鹿にしてっ」
目がクワッとなったので止めることにしました。おかしいな。お馬さんなのに……。
「それでどうするー? 今、千軽には風声で事情を話したけど、このまま合流するかー?」
機転の利いた放谷の言葉に、さてどうしたものかと思案を巡らす。
待っていた助っ人が早々に来たのだから、その点では中央高地へのアタックを再開すべきなのだろう。
でも、今日くらいは千軽ちゃんたちとの情報交換に使ってもいいよね。黒蜻蛉が目賢ちゃんの言ってた黒坊主なのか確認したいし、あいつが漏らした「ミツケタ」も何を意味するのか、探れるものなら探っておきたい。それに、夕星も来た途端の大立ち回りで一息入れたいんじゃないかな。
「千軽ちゃんから返事はあった?」
「とにかくこっちに来るって言ってるー」
「そか。ならさ、もう一度風声で、私たちは先に猟豹神社まで戻るって言っておいてよ。それで一晩みんなで過ごして、私たちは明日から中央高地。どう?」
「阿呼はおっけーよ」
「別に、いーんじゃない?」
「ならそー言っとくぞー」
「うん、お願い。それで決まりね!」
私は放谷が御業を終えるとその手を取り、もう一方の手を阿呼と繋いだ。すると阿呼はてらいもなく夕星の手を取って、どことなく照れくさそうな顔の夕星。そうして四人並んで帰路を歩いた。
大嶋を廻る三位一体はここに四天王へと繰り上がって、行くぞ我ら中央高地探検隊。目指すは赤土三宮。虫退治担当大臣は夕星で決まりだね! 以上、組閣終了! あれ、探検隊に政治色が……。
「あ、助っ人任せにさせないようにって、夜刀ちゃんから釘刺されてるからね?」
「まーじか! ちょっと誰か釘抜き持ってない?」
「お姉ちゃん……」
「ないなー」
二人のリアクションが「お姉ちゃんないわー」に聞こえてガックリ来ましたよ、ええ。
でもそうだよね。大嶋廻りの主役は私なんだもんね。だからなるたけ! なるたけ頑張る。それ以上のことは今はまだお約束できそうにありません。




