041 ランペイジ!
下生えを掻き分け、灌木を飛び越えて、目の前に立ち塞がる巨樹を右へ、左へと躱す。脇目も振らぬ足繰りは、獲物を追う時よりも遥かに必死な逃げの疾駆だ。大口を開け、赤い舌を振り乱しながら、体内を経巡る熱気をこそげるように吐いて出す。
「阿呼っ、来てる!?」
後方にピタリと付けた妹から短い吠えが返って来た。警報だ。耳を伏せて後ろに集中。ブイィィィィンと大気を震わす敵の羽音が確かに聞こえる。疾駆に伴う下生えの擦過音に紛れて、それはジリジリ迫っていた。
赤土――。
私たち姉妹がこの地に来てから早、三ヵ月が経つ。暦の上では冬だというのに、常夏の赤土は容赦なく暑い。特に今いる中南部域は中央高地と呼ばれる赤道直下の低緯度帯だった。
平均海抜は一五〇〇米。
この低緯度熱帯は全てが巨大だ。森も、そこに棲まう生き物も全てがだ。それは常識の範疇を遥かに超えていて、繰り広げられる生存競争も野生の限界を優に突破していた。
中でも危険なのは巨大昆虫。それも強固な外骨格で全身を包み込んだ甲虫たち。彼らこそが支配者だ。
「首刈、今どこだー?」
耳元に舞い込んだのは声を飛ばす風声の御業。発信者は放谷。故郷真神で出会った私の親友。
放谷とは樹海に入って直後、甲虫の襲撃を受けた時に別れ別れになっていた。だから今、こうして生存が確認できただけでも幸運だと言える。
合流を図るべく、私も放谷から教わった風声を投げ返した。
「どこ走ってるか分かんない! 分かんないよ! 放谷は今どこ!? 無事でいるの!?」
「場所はこっちも分っかんないー。幽身で消えてるからあたいは無事だー」
合流は断念せざるを得ないか。けれどそう遠くは離れていない。私の風声は未熟で、余り距離を飛ばせないのだ。
放谷は幽身の御業で透明化しているようだから、一先ずは安心だろう。今はとにかく、私と阿呼を追撃してくる虫を振り切る。その一点に集中しなくては。
「阿呼! とにかくジグザグに進んで森を突っ切るよっ」
私も阿呼も移姿の御業で狼になって、歩幅を稼ぐ為に大型化した姿は全長五米、肩高は二米にもなる。それでも追っ手は迫っていた。限界まで大型化すれば今以上のサイズにもなれるけれど、そうすると今度は体を持って行かれてしまって、反って狼の運動性能を損ってしまう。
「お姉ちゃん、二手に分かれる!?」
「ダメッ! 何があっても付いて来てっ」
追走劇の最中に離れ離れになるのは悪手だ。土地鑑もない巨樹の森では再会の目途が立たない。今はひたすら巨樹を縫うように進むだけ。敵を巻きさえすれば、放谷は探知系の索が使えるから、きっと私たちを見つけ出してくれる。
「放谷! 定期的に風声を送って。私の返事が届かなかったら離れたってことだからね!」
「分かったー」
どこをどう走っても景色の変わらない巨樹の密林。蔦を引っかけないよう注意しながらの疾駆は、それだけで神経の磨り減る作業だ。
周囲の明るさがやや強まったかと感じられた辺りで、歪な根上がりの下を滑るように潜り抜ければ、続くと思った密林が断崖に途切れていた。
「あぶぶっ! 曲がって!!」
後続の阿呼に警告を発しながら左九〇度の旋回。そのまま崖沿いを疾走する。断崖の向こうに続く密林との距離は一〇米超。側溝のよう穿たれた崖の深さは三、四〇米はありそうだ。
バッサァァー――。
後方から枝葉を打ち破る音が降って来た。直後、森の中ではくぐもっていた羽音が崖沿いに力強く響き渡る。思わず振り返れば勢い余った巨大な鍬形が崖の上を大きく旋回しているのが見えた。
「ああ、もう! しつっこいっ!!」
そのまま向こうの密林に突っ込めばいいものを、踏ん張ってこちらへ向かって来る。
昆虫の翅の動きは鳥類のそれより遥かに優れている。知ってた。でもね? だからって、全長一〇米に届く巨体を悠々と飛ばすのはやめませんか?
「お姉ちゃん! 前からなんか来る!」
ほほう? 今度は前か。この忙しい時に一体どこのどなたですか!
ヤケクソ気味に前を睨めば、崖下を巨大な長虫が向かって来る。ここで地竜のお出ましか!
地竜。それは赤道直下の巨大王国でも最大と目される生物。有り体に言えばとんでもなくでっかい蚯蚓様です。はい。
「放谷、崖に出たんだけど見当付く? ついでに言えば後ろ鍬形、前地竜!」
「まじかー。崖なら風を読めば行けると思うー。待ってろー」
「待てないっ、走る! 超走ってるからそっちも急いでっ!」
放谷の神名は風招放谷姫命。風にまつわる御業に長けた蜘蛛トーテムの主祭神だ。私も阿呼もその放谷より格上の神様なんだけど、格だけ高くて中身は駆け出しというね。もう、ほんと助けてっ。
「お姉ちゃん、もう追い付かれちゃう!」
阿呼が決断を求めている。過剰な運動でひっくり返りそうな胃袋を腹筋締めて抑え込み、私は相変わらず無い知恵を絞った。
もう一度巨樹の森へ紛れ込むか。
いや、それだと谷を目指してる放谷と行き違う。
合流を優先するならその選択はない。
かと言ってこのまま崖沿いを走っても追い付かれるのは時間の問題。
ならば――。
「ギリギリまで引き付けて地竜に飛び乗るよ!」
「え!?」
「信じてついて来て! タイミングはお願い。阿呼の合図で跳ぶからね!」
「分かった!」
合図は直ぐにも来るだろう。地竜との距離は目測三〇〇米。全幅一〇米の崖にみっちりのサイズなら、全長二〇〇米はある筈。なるべくケツッぺたに降りて、素早く切り返し、頭を目指して駆け戻る。鍬形は森を飛び出した時のように旋回の余勢で大きく後れを取るに違いない。それに獰猛性はない地竜だけど、サイズの優劣を考えれば鍬形が追跡を諦める可能性だってある。そうだよ、あるある! ワンチャンあるよっ!
「来たよっ」
眼下に地竜の頭部と行き違った。半球状の頭部を土汚れにくすませて、続く胴体は赤々と大地の血流を思わせる。
地竜は攻撃を受けると内側にめり込むように閉ざした口を開き、輪状に並んだ何層もの鮫歯で反撃してくる。けれど体表は分厚いので、私たちが飛び乗る程度なら攻撃とは感じない筈だ。
「お姉ちゃん、今っ!!」
地獄の羽音がもう真上か。そんな錯覚をする頃合いで合図が飛んだ。
「降りたら切り返して、全力で頭まで走って」
鋭く告げながら体は宙に舞う。あいきゃんふらいっ!
阿呼が地を蹴る音が続き、目測二〇米強を落下する。落下地点は地竜の終端一〇米手前。私は着地と同時に疲労困憊の足がよれて、硬い体表に顎先から突っ込んだ。
「んごっ」
蟇蛙の断末魔のような圧喉音。バウンドした首は危険領域まで仰け反って、後頭部に抜けた衝撃から一瞬お星様がこんにちは。はい、こんにちは!
「お姉ちゃん大丈夫? 怪我は?」
「プライドが少々」
無様な着地にお姉ちゃんの自尊心が傷付きました。その頭上を振動が伝わるほど強い羽音が掠めて行った。
「な場合じゃなかった! 頭まで走って!」
案の定、舞い上がりながら大きな旋回に入った鍬形を尻目に、私と阿呼は地竜の頭部へ向けて身を翻した。そこへ放谷からの風声通信。
「崖に出たぞー。どこだー?」
「ここ! ここ! 地竜の上!!」
「えー? 地竜なんていないけどなー?」
「冗談ポイして早く来て! 今すぐ索って!」
「分かったー」
本当に分かっているのかね? 勘繰りたくもなる間延びしたお返事。
崖は直線ではない。放谷は視線の通らない場所に出たのだろう。探知の御業でどうにか見つけ出して貰わねば。
「お姉ちゃん、もう先頭よ」
「よし、人に移姿て小さい的になろう」
「うん、それで?」
「それで……。一応戦う準備、かな?」
ドロン! 人の姿に転身すれば、その姿は私も阿呼も赤土へ来てから随分と成長していた。目安を言えば体格的には私が高一、阿呼が中二くらいだろうか。プロポーションについてはご想像にお任せします。
「天津百眼!」
神宝の名を唱えれば、私の眉間に第三の眼が開かれる。両の眼を閉じて開眼した天津百眼に集中。視線の先には地竜のケツッぺた上空に舞い戻った巨大鍬形。
「どう?」
「霊塊なし! やっつけちゃダメなヤツだ」
霊塊――それは万物に宿る星霊が老化等を理由に変調して、癌細胞のように瘤化したものを言う。取り分け、生物に宿る星霊が霊塊を発症すると、狂暴化したりして退治の対象にもなる。
私が初代皇大神から受け継いだ神宝、天津百眼は星霊を見る眼だ。見据えた対象の星霊を精査して、最初期の霊塊すら看破できる。ところが眼前に鍬形にはその断片すら窺えなかった。素で襲われてますね、ええ。
「どうしよう? 元々やっつけられそうもないけど、追い払えるかな?」
「天左右牙だと強過ぎるかも」
阿呼が受け継いだ天左右牙は、私の天津百眼と一対の神宝だ。攻撃型の神宝で、阿呼はその扱いにずっと苦労していた。例えば今ここで使ったとして、下手をすると足場の地竜まで傷付けかねない。そうなれば寝た子が暴れる大騒ぎ。鍬形と地竜のサンドイッチにされてしまう。
旋回を終えた鍬形は、やっとこ型の大顎をギチギチ鳴らして迫って来る。耳障りな音だけど挟む速度そのものは鈍い。それよりも鋭い先端を刺突に使われる方が厄介だ。
「引き付けてから跳で回避。いい?」
「うん。崖上まで飛ぶ?」
跳は狩りや接近戦で役に立つ脚力強化の御業だ。跳躍距離は消費する星霊量で変化する。私も阿呼も神格だけ高いから星霊量は唸るほどあるけど、跳躍みたいな一瞬のタイミングにその全てを放出できる訳ではない。その辺は技量の問題で、今の私たちにとって崖上まで二、三〇米となると難度としてはまずまず高かった。
「よし、跳、移姿、跳の順で、水平に避けてから崖上に上がって、そのまま走るよ」
「分かった」
ブイィィィィィン――。
頭上に迫った鍬形が急角度で落下突撃を開始した。一瞬嫌な考えが過って阿呼と顔を見合わせる。阿呼も同じ想像をしたらしく、可愛い顔を顰めて見せた。
「跳!!」
地竜の後尾側へ全力全開の水平跳躍。着地と同時にズブリッと嫌な音がして、足下が大きく波打った。振り向けば錐のような大顎の先端を地竜に突き立て、見事なまでに逆立ちになっている鍬形。突如の痛みに地竜は大きく鎌首をもたげた。
ほら見ろっ、言わんこっちゃない!
「阿呼! 移姿て走って!!」
ドロン! と大狼に転じて目の前にせり上がった地竜の急坂を駆け上がる。逆立ちのまま六本脚をジタバタさせる鍬形の脇をすり抜け、崖の高さを越えた地竜の頭頂から渾身の跳躍。すると悠々対岸の崖上に着地した。そのまま息も吐かせず走る走る。ほどなくして後方からズドォォォンと物凄い地響きが鳴り渡った。
「きゃあ!」
「阿呼!? うわっ!」
妹の悲鳴に振り返ろうとしたものの果たせず、私は足場もろとも崖下に落下した。地竜が自らを地に打ち付けた大激震で、崖の柱状節理が崩壊。私たちの足場を奪い去ったのだ。
崩れ行く岩を飛び石にして落下の衝撃を殺して行く。こうなるともう、全てがイチかバチかで、一々足場になりそうな岩を探している暇もない。
「ぶべっ! けへっけへっ」
どうにか無事に崖下に下りると、崩落で生じた土煙に巻かれながら、被害の少ない崖底中央に転がり出た。
「おーい、何だ今の音はー?」
「地竜だよっ、放谷は何やってんの!? 早く来てよっ、今どこ!?」
だんだん腹が立ってきました。勿論八つ当たり。
「ずっと崖にいるー。今ので索途切れたけど、近くにはいる感じだなー」
「私たち今崖下に落ちたから、下を見てて」
「えっ!? よく生きてたなー。ここから落ちたら死ぬだろ、ふつー」
鈍い私でも今のはピンと来た。これは崖違いだ。お互い別の崖にいて、でもある程度は近くにいる状態だ。
「お姉ちゃん危ない!」
警告と同時にドッスン! 黒い塊りが眼前を塞いだ。地竜による叩き付けの反動で吹き飛ばされてきた鍬形さんだ。さんを付けてあげたんだから大人の対応を要求する!
「ちょっと放谷、マジメに早く来て! 前門の鍬形、後門の地竜なんだよっ」
「天左右牙!」
私の悲痛な声に被せて阿呼が神宝を解放した。白い巨狼の両肩近く、浮遊する二つの八面体が、バチバチと高圧電流を思わせる怪音を立てていらっしゃる。慣らしで扱っていた頃からその貫通力は折り紙付き。強力無比だが制御の難しい神器だった。
「コントロールできそう?」
「わかんにゃい!」
「わかんにゃいか! 仕方ないねっ」
前傾姿勢の阿呼は遠吠えするように上体を伸ばして叫んだ。
「霹靂!」
雷電を纏う光の牙は即座に真横にすっ飛んだ。
へ? 真横?
いくらなんでもノーコン過ぎると目を瞬けば、阿呼自身も天左右牙の飛んで行った方向に走り出した。
「お姉ちゃんも早く!」
訳も分からず付いて行くと、崖下に大口空けた穴がポッカリ。阿呼に続いて飛び込むと、中は巨狼には狭過ぎて、私たちは直ぐに移姿を解き、最奥に身を寄せて振り返った。
「大き過ぎたかな? 入って来られちゃうかな?」
心配そうに言う阿呼を見て、ようやく意図を悟る私。即席シェルターの入り口を確かめて、さぁ間口のサイズはどうでしょう? OK! 地竜は防げる。鍬形は……。
「ギャー! 来たー!!」
影が差したと思ったら入口に大顎を突っ込んでガリゴリやり始めた。怖すぎて涙が出る。
これはもう時間の問題か、と次善の策に頭を巡らせようにも、恐怖に上ずる思考がどうしたってまとまらない。入口を削り上げた鍬形が半身を捻じ込もうとするのを見て「もうダメか」と姉妹抱き合い震え上がったその刹那、黒い影が音もなく滑り込んで来た。
「待たせたー」
「放谷!! おそっ、遅いよバカァ!」
「おー、ごめんなー」
「どうするのお姉ちゃん? どうしよう? 放谷、なんとかしてっ!」
阿呼も一杯一杯です。情けない最高神とその妹を背に回し、放谷は「まかせろー」と親指を立ててニッと笑った。ヒーローかあんたは! 期待していいんだろうね!?
「移姿! かーらーのー、蜘蛛糸千引ー!」
放谷は体の至る所に出糸突起を出して、一気に糸を噴出させた。蜘蛛糸が瞬く間に穴を塞げば、それは堅固な盾へと成り代わる。やるじゃん!
蜘蛛糸の壁の向こうで、ゴッゴッと鍬形が大顎を繰り出す音がしたけれど、頑丈な糸の盾はビクともしない。
「助かった?」
「おー、もう安心だー」
放谷が寄って来て、私と阿呼の震える肩を撫でてくれた。
「怖かったぁ……。放谷、ありがとう」
阿呼が放谷の手を取って、そこに頬を擦り寄せる。その横で私は腕時計よろしく左の手首に嵌めた輪違を外し、星霊を込めて茅の輪に変化させた。
「お? どーすんだー、首刈」
「帰る!」
「阿呼も! 阿呼も帰る。ここ怖い」
放谷は困ったような顔をして頭を掻いた。
私も阿呼も意志は固い。もう嫌だ。こんなことがもうずっと続いているのだ。四六時中巨大生物に追い回されて、生きた心地なんてどこにもない。いやだいやだいやだ! もう帰る!
「道結!」
私は茅の輪に道を開いて、阿呼の手を引いて飛び込んだ。仕方なさそうに付いて来る放谷。出た先はまた別の穴蔵だ。
勝手知ったるその洞窟を駆け下り、広々とした地下大空洞へ出て、地底湖に架かる橋を渡った。荘厳な社殿の階を駆け上がり、御簾を払い退けると、暗がりの外陣を走って内陣へと転がり込む。
「うわーん! 夜刀ちゃーん! もうやだよぉ」
「夜刀さん助けてー」
「ぶふぉっ」
盛大な酒飛沫を噴き上げ、慌てて口元を拭ったのは年降る蛇の女神。そこへ向かって一目散に、私も阿呼も両手を突き出しわんわん泣きながら、両サイドから袖にへばりついた。
「ちょっと貴女たち、これで何度目!? 離れなさい、ほら、あっ、洟を擦り付けるんじゃないの、こらっ」
イヤイヤと首を振りつつ目一杯しがみ付く狼姉妹。漆黒のゴスロリ衣装に身を包む女神は両腕を取られて身動きもままならない。
「ちょっと放谷! いるんでしょう? この二人を引き剥がして頂戴」
「おー、また来たー」
「また来たじゃないわよ! 何度来れば気が済むのっ、ええ? そのたんびに私の両袖はべちょどろじゃない。いい加減にして頂戴!」
放谷によって引き剥がされた私たちは、夜刀ちゃんの左右斜向かいの席に強制的に座らされた。
以上、冒頭からここまでが、言ってみればパターンな訳で……。
でもね?
ハッキリ言って赤土はやばい。暑くてやばい。デカくてやばい。中央高地がやばい。ええい、この際だ。何もかもがやばいのだ!
そりゃあ最初の内はよかった。
一宮の橒牙大神宮へ行って、それから主祭神の千軽ちゃんと一緒に北部原野の神社に挨拶をして回った。珍しい景色を見たり、小さ神のみんなと会ったり、それはもう楽しかったものだ。
ふた月もすると水走の閑野生で出会った渡人の調査員たちがやって来て、それじゃあ神と人との協同で霊塊の化け物退治に取りかかりましょうと、再会を祝しながら計画を立てるなど、ここまでもよかった。問題はその次ですよ。
千軽ちゃんは調査員のみんなをフォローしながら赤土北部で退治を続けるからと、私たちには中央高地の地図をポンと渡して行って来いと言うのだ。一緒じゃダメなのかと問えば、赤道直下の中央高地は何もかもスケールが大きいから人間には荷が勝ちすぎる。そう言うのである。
その時は私も阿呼も放谷も、そうですか、相分かりましたと了解して、じゃあ先ずは中央高地のど真ん中にある三宮、皀角子神社を目指しましょう、と北部原野に残るジーノスたちに壮行会まで開いて貰って出発した訳ですよ。
はい。ここから地獄が始まりました。
もう何度言ったか分からないけど、デ カ 過 ぎ る だ ろ !
規格外だとかなんだとか、辞書にある言葉の限りを軽々通り越して行くんですよ。無理だよそんなの。神様だろって? ご冗談! 生後一年にも満たないひょうろく玉ですよこっちは。ええ。
とにかく大きくて、本当に固くって、裏っ返せばグロくって、虫という虫が大嫌いになりそう。
皀角子神社というのは兜虫の神様を祀る神社でしてね。行けば行くほど甲虫に襲われるんです。霊塊の化け物でもないのにどうしてって思うけど、彼らは大きいだけで普通に虫だから、当然言葉も通じません。それで私にどうしろと?
なんでも中央高地は、赤道に滞留する濃密な星霊の影響で一から十まで巨大化しているらしいんだけど、知ったこっちゃありませんよ。大体これ、本気で大嶋廻りを断念せざるを得なくないですかね? そこの所を、私も阿呼も訴えたい訳で。
「聞き飽きたわよ、その愚痴は。もう少し聞きやすく小噺みたいに新ネタも織り交ぜて仰いな」
「夜刀ちゃん酷い!」
「とにかく自力でなんとかしなさい。皇大神でしょう。それと、ちゃんは止めなさい」
「えー、だってもう私の方が背ぇ高いもん」
「形だけ大きくても中身がこれではねぇ」
「うっ! 阿呼もなんか言ってやって」
私が支援を要請すると、阿呼はぼそりと呟いた。
「夜刀さんが言いました。次は赤土へ行きなさいって」
「うっ……」
見事に刺さった。そこに勢い付いて私は言った。
「そうだよ! 夜刀ちゃんが言ったんじゃん! それなのに助けてって言っても、口を開けば自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力自力――」
「うるさーい! 分かったわよ! 何か考えておくからっ」
「本当に?」
「本当ですか?」
狼姉妹のうるふるアイズでこれでもかと見つめてやった。どうする? うるふる、ってなもんである。夜刀ちゃんは白群の唇をヒクヒクさせながら金色の蛇目を泳がせた。
「ほ、本当よ。万古の神たる私が嘘を吐く訳ないでしょう。しばらく時間は貰うけど、泥舟に乗ったつもりで待ってなさい」
「あーっ、今、今、泥舟って言った!」
聞き捨てならぬと私。
「聞き違いよ。ちゃんと大舟と言ったわ」
いけしゃあしゃあと夜刀ちゃん。
「むむむ……」
「とにかく、私が段取りを付けるまでは自力で頑張ってご覧なさい」
「ええー、無理だよもう、死んじゃうよぉ」
「なっさけないわねぇ……。どうしてもの時の相談は千軽にすればいいでしょう?」
「だって、千軽ちゃんは渡人のみんなと一緒にいるから、かっこ悪いところ見られたくないんだもん……」
獣の耳を垂れて、人差し指をツンツンと突き合わせてみました。だって、せめて人間の前でくらい、いいかっこしておきたいじゃない?
「あ、そう。今更だと思うけれど、分かったわ。それじゃあ誰か助っ人を行かせるから、当面、四柱で頑張りなさい。それならいいでしょう?」
「助っ人!? なら南風さんがいいっ!」
私は水走の旅で気心の知れた、大好きな梟神の名を挙げた。ところが夜刀ちゃんからは「あの娘は今一人で白守を見ているから無理よ」とにべもないお返事。
「ええー」
「人選は私に任せなさい。八大でなくとも腕の立つ神はいるのだし、満足の行く助っ人を送り込んであげるから」
「直ぐに?」
「任せなさい」
「ちゃーの間で?」
「ちゃ、ちゃー? ええ、そうよ」
「はぁい。――で、今夜は泊って行ってもいいよね?」
上目遣いでおねだりすれば、夜刀ちゃんは溜息一つ漏らして、仕方ないわね、と応じてくれた。
私たちはこうして久方振りに平和な一夜を過ごし、明けて翌日、再びこの世の地獄へと赴くのでした。まる。




