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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の二 水走編
41/172

039 会合の結末

 間借りした部屋に戻った私たちは早速、ここまでの経過を踏まえて検討を交わした。

 心媛は明確に賛成票を投じてくれたし、千軽媛の具体的な要望も渡人との対話を前提としている。加えて南風さんとお姉さんの西風媛も賛成票と見做みなせば、最終的には夜刀媛の評も加わるから五票と大きな前進だ。

 場全体の印象を見ても、渡人との対話をどう進めて行くかに向かいつつある。そうした中で霊塊たまぐさりの扱いにけりを付けられれば、全会一致の目標も達せられるのではないだろうか。

 阿呼、放谷と並んでベッドに腰掛けて待っていると、最後に戻って来た南風さんは、ぞろぞろと三柱の神々を引き連れて来た。


「お呼ばれして来ました」

「おー、入らせて貰うでー」

「お邪魔致します」


 現れたのは南風さんの姉神である西風まぜ媛、赤土あかはに千軽ちかる媛、青海おうみ磯良いそら媛といった顔触れ。


「ここに来てくれたっていうことは私の提案に賛成ってことでいいのかな?」

「西風はそのつもりですよ」

「うちもや。細かい話は抜きにして、概ね賛成ってところやな」

「磯良ちゃんも? あ、ごめん、ちゃんだなんて」

「構いません。青海おうみ護解もりとけの隣ですから、母上の考えを継承してはそれこそ争いを引き起こしかねません。首刈様は渡人の側にも大嶋の定式きめしきを理解させると仰いました。ですから賛成します」

「ありがとう。賛成して貰えて心強いよ」


 磯良媛は藤色の髪を揺らして、瑠璃紺の瞳を真っ直ぐに向けて来た。

 私たちは思い思いにベッド腰を下ろし、時間も限られているので手早く話を進めた。


「確認なんだけど、南風さん。仮に上手いこと全会一致になったとして、実際に事を進めるに当たっては例の神旨しんしの取り下げが必要になるんじゃない?」


 祖母である七代皇大神、月酔命つきよいのみことが発した神旨。それは渡人との争いを固く禁じるというもの。ラデル追捕の件で抵触が危惧されたこの一件、対話とてこじれれば揉め事に発展しないとは言い切れない。なんと言っても人間の欲望は業が深いし、どこでどう転ぶかは分からないのだ。


「んー、今は神旨のことは考えなくてよくない?」

「どうして?」

「だってさぁ……。西風西風まぜまぜもそう思うよね?」


 振られた西風媛は賛意を示すとそのまま話を引き継いだ。


「今、不用意に神旨の話を持ち出せば、それこそ大嶋廻りを終えてからという話に必ずなります。神旨を発せるのは正式に神座みくらを継いだ皇大神だけですからね。ややもすると渡人との対話を時期尚早とする見解まで再燃し兼ねません。得策とは言えませんから、ここは黙っておきましょう」


 それでいいのかな、と思う反面、話が蒸し返されるのは確かに避けたかった。私より経験豊富な八大神たちが言うのだから、神旨に関しては一旦下駄を預けてしまおう。

 ならば次は霊塊たまぐさりの話だ。ここまでの経緯を見ても、どう扱うのが正しいのかよく見えない。かてて加えて私としては霊塊を売買したいのだ。何故なら霊塊たまぐさりは調査員たちの生計に関わる代物だから。

 心媛がくれると言う金鉱の財で、調査員が回収した霊塊を買い取るのはいい。けれど、そこで流通が止まってしまえば、新たな依頼は発生しなくなってしまう。問題のない依頼人には霊塊を融通する必要があるのだ。


「率直に尋ねますけど、霊塊たまぐさりの売買はまかりならないものですか? 浄化しないと何か問題があります?」

「ないですね」

「ないな」

「ないと思います」

「ないだろうけど、私は嫌だなぁ」


 あれ? 予想と反応が違う。西風媛、千軽媛、磯良媛ときて南風さんだけがやや難色を示す程度とは……。


「えっ、ないの!? なんで?」

「なんでかゆーて、渡人が手ぇ付けよるまでは霊塊ゆーたら浄化。これが当たり前やってん。な?」

「そうですね。ですからそれが決まり事のように定着していましたが、決して掟めいたものではありません」


 千軽媛と西風媛の言い分に南風さんはベッドに倒れ込んだ。


「えー、でも霊塊だよ? 生き物が化け物になったり、土地が崩れたり、それって穢れな訳じゃん? それを売り買いするってどーなの?」

「心情は私も南風さんに似ています。けれど霊塊は星霊の結晶に過ぎません。主には老化した星霊が代謝過程で瘤化こぶかしたものです。それが星霊の流れや働きを阻害して、宿主を変遷させたり、崩壊させたりするんです。望まざる現象に結び付いているので穢れと言いますが、実際はただの結晶です」


 磯良媛の解説は理解の遅い私にも分かりやすかった。霊塊が結晶だとは夜刀媛も言っていたことだ。それに最年少の磯良媛がそう理解しているならば、他も心情は別として理屈は分かっているということだろう。


「お姉ちゃん。阿呼、霊塊のことはみんなに賛成して貰えると思うの」

「どうゆうこと?」


 突然切り出した妹に全員の視線が集まる。


「霊塊は穢れ。人は物語の中に出てくる化け物を祟りだとか、山が崩れれば大地のお怒りだとかって畏れてる。――穢れ、祟り、怒り。広く長く信じられてきたものは正にそうなるんでしょ? だから、役に立つ道具を作っちゃえば少しは変わるかも」

「それえーやん! 目から鱗とはこのことや。なあ磯良?」

「私に鱗はありません」

「んなことどーでもえーねん」


 磯良媛が返せばバシバシ背中を叩きつける千軽媛。痛そう。

 しかし阿呼の発言は私は元より、西風媛も南風さんも放谷も、一様に視界が開ける思いだった。霊塊に対して抱くマイナスの固定観念がひっくり返ったのだから。


「西風は賛成です。素晴らしいじゃないですか。霊塊から作られた星霊具が世に役立つ品ともなれば、確かに忌避すべき霊塊であっても、恩恵という二面性を持たせることが可能でしょう。当然、時間は掛かりますが、取り組むだけの価値はあると思います」


 その考えは前世の私の記憶にもある。

 祟り神であっても敬い祀れば恵みをもたらす神にもなる。貴船きふね磐長いわなが姫然り、大宰府の道真みちざね然りだ。

 もちろん、長らく根付いた霊塊=穢れの意識を変えるのは困難に違いない。仮に今日、神と人の意識を変えたとしても、それによる変化の実感は遠い未来だ。付喪神が九十九つくもの年を超えて現れるのと同じで道程は長い。だからこそ今から手を着けなくては。


「南風さん、どう?」

「んー、いや、んー」

「今は調査局に依頼が入って、それを調査員が受ける形だけど、霊塊に関しては話し合って、依頼の時点で神々の手に委ねて貰えばよくない? 依頼人が霊塊をどう使うかを精査して、審神さにの小杖みたいな星霊具を作る依頼主はバンバン弾く。いいものだけを残す。そういう審査機構を渡人と協力して作ればいいんだよ」

「分かるー。うわー、賛成だけどー」


 気持ちの折り合いが付かずに悶える南風さん。その悩ましい姿態に放谷が踊りかかってくすぐり始めた。かなりルパ〇ダイブだったね。


「賛成かー?」

「分かった! 賛成賛成! もうやめてっ」

「本当かー?」

「ホントだって、マジ、ちょっ! 助けて西風西風!」


 そんな一幕を挟みつつ、霊塊の扱いに関して基本方針を固めた私たち。休憩後の話し合いもその線で説得しようということに決まった。


「まだ時間あるんで、ちょっと話を詰めましょう」

「休憩明けの切り口をどう持ってくかやろな。多分やけど、風声みさをさんと北風きたげさんがめんどそーやわ」


 千軽媛の言う通りだ。現状、忍火媛と夕星は賛成寄りに見ていい。忍火媛は何をすべきか明確にして欲しそうだし、夕星が拘っているのは物事の順序。

 そうなると、東風媛が北風媛に追従すると仮定した場合、承認だけならすると言う風声媛と、大嶋廻りを優先すべきと言う北風媛が残る。


「ところで忍火さんなんですけど。私、もっと賛成寄りでグイグイ来てくれるのかなって思ってたんですけど」

「ほー、それはなんでなん?」

「だって、五百年前に大勢の渡人の命を救ってるじゃないですか。だから、きっともっと渡人寄りの立場から物を言ってくれるんだと思ってたんですよ」


 心情を語れば八大神たちは顔を見合わせて、いやいやと否定した。何故否定されてしまうのだろうか。


「あの時、忍火様が渡人を救ったのは、あくまでも星霊の為ですよ」

「星霊の、ため?」


 西風媛の言葉を噛み砕けずに、私は頭上にはてなマークが浮かび上がった。


「忍火様はとても慈悲深い方ですけれど、ご多分に漏れず、これまで余り渡人への関心を示しては来ませんでした。今日の話のように、水を向ければ心を動かして下さるお優しい方ではありますけどね」

「なるほど。でもどうして渡人を救うのが星霊の為なんですか? 忍火さんは眷属を犠牲にしてまで救ったんですよね?」

「それを説明するには星霊の本質を語らなくてはなりませんね」


 西風媛は少し困った顔をして三柱の八大を窺った。バトンを受けたのは磯良媛だ。


「長話はできませんから、掻い摘んで説明します。星霊は宿主が大量に死んでしまうと絶望するのです。浸透し、同化して、共に栄えることを望むのが星霊です。その為、一身同体となった命が余りに多く絶えると星を諦めてしまいます」

「星を、諦める?」

「はい。楓露を去って、他の星へ移ってしまうということです。過去にそのようにして去った星があるのです」

「!? まじか……」


 それってまさか地球? 確か私が生きた時代、人口の倍化に対して、人類以外の生命個体は半減したと聞いたことがある。あのネイチャー番組が言っていたことが正しければ、その数字は星霊を絶望させるに足るものだったかもしれない。

 

「星霊が去ったとして、残された私たちは?」

「それは推測する事しかできません。加護や御業は失われ、神も元の獣に戻るでしょう」


 怖いスケールの話だ。星霊が楓露を去ってしまうだなんて、せっかく転生したのに、やる気になって来てるのに、そんなこと絶対にダメだよ。


「でも、渡人の身代わりに沢山の蛾が死んだんじゃ?」


 待てよ、と問えば南風さんが応じる。


「蛾は短い命だからね。誕生と死の循環が短くて、一度に殖やす子孫の数も人間の比じゃない。一方で人間は寿命はそこそこだけど長い幼少期に死ぬことが多いから数は増え難い。随分な違いでも星霊にとっては同じ命だから、一匹の蛾で一人の人間を救うなんて御業も成り立つ訳。で、命に差を付けない星霊だけど、人間の創意工夫は情報を集める本能からすると最上位なんだよね。だから忍火さんは多分、その点を考えて安全策を取ったんだと思うよ」


 慈悲深さから渡人を救った訳ではない。だとしても楓露そのものを救わんとした忍火媛。なんにしても凄い神様だ。

 これまで出会ったどの神様も、どこか家族的で、私自身、皇大神と言ってもそんなに肩肘張らなくていいのかな? なんて意識が芽生えていたけれど、そうじゃない。いずれ大嶋廻りが終われば、私こそが最高神として、惑星楓露のことを考えて行かなくちゃならないんだ。うわー、ヘヴィだなぁ!


「大丈夫ですか? 皇大神」

「あ、はい。ちょとクラクラしちゃいました」


 西風媛の気遣いにどうにか答えて、私は今現在を考えた。

 神々と渡人との間を取り持つ。これだって先々の争いを回避するという意味では星霊の絶望を回避することに繋がるだろう。ならば集中。こうしたことを積み重ねて、ちょっとずつでいい。私は私のペースで神様の階段を登って行こう。


「じゃあ次は夕星。夕星は小杖の件さえきちんと対応すれば賛成派でいてくれる感じ?」

「行けるやろ。夕星は今の、八大が渡人から身を隠す状況をきろーとるんや。こないだ馬競うまくらべん時もぎょーさん愚痴を聞かされたわ。せやから心配せんでえー」


 なるほど。神々と渡人とが手を取り合うようになれば、大手を振って出歩けるという訳か。それが夕星の望みなら、確かに心配しなくてよさそう。


「じゃあ次は北風さんだ」

「せやな。どないする?」

「うーん、真っ向相手にすると大変そうだからそれはしない」


 西風媛と南風さんが揃って笑った。貴女たちのお姉さんでしょ、なんとかしてよ! と言えれば楽なんだけど、人任せでは意味がない。

 私は知恵の回る方ではないし、阿呼が見せたような閃きにも乏しい。脳味噌はライトフライ級だ。しかし話し合いで肝心なものが何かは分かる。それは説得力だ。説得力とは第一に具体案。第二は鉄の意志。具体的な話を紐解いて、一つでも頷かせることができれば、相手も話を白紙に戻しての反対はし辛くなる。

 意志については言うまでもない。具体案もある。既にジーノスたちと動いている内容がそうだ。

 霊塊の依頼に関する調査方針や、調査費用の工面。一支部での動きを他支部に波及させて行く展望。彼らの伝手を辿った情報源との接触や、石楠さくなさんたちが持ち帰るであろう情報の精査。


「とにかく、彼ら自身の手で調査局の活動を透明化します。問題を引き起こした側が率先して取り組む姿勢を見せる。それによって神々の信頼と興味を得たいと思うんです。先に渡人が誠意を示して、それから神々の参画。どうでしょう?」

「夕星は単純な娘だからそれで文句も出なさそう。北風姉も筋道が通ってれば強硬な反対はしないかな」

「西風もそう思います。霊塊たまぐさりの件も神の側が一括して依頼を扱うなら問題はないでしょう。依頼人は我々を介してのみ、霊塊を入手できる訳ですね?」

「その通りです西風さん。売り先の精査は調査員に協力して貰いますけど、売るか売らないかの最終判断を神の側で下せるのは大きいと思います」

「あの、一つ質問があります」


 互いに首肯を繰り返しながら進めていた話に、一石を投じたのは磯良媛。


「今の話ですと、渡人が先に誠意を示すまで神々は待っていればいいんですよね? けれど、今のお話しからすると首刈様ご自身は既に参画していますし、今後も手を引かずに参画なさるのでは?」

「うん、そのつもりだけど?」

「渡人が神々の信頼を得る以前の安全対策。これを明らかにしなければ、北風さんは必ず反対すると思いますよ」


 おおう、そこか。確かに鴨が葱しょった状態のまんまだ。でもここで私が手を引いて「信頼を得るまで頑張ってね」なんて訳に行かないじゃんか。どうするべきか……。


「安全面は北風姉に担当して貰えばよくない? 反対するばっかじゃなくてさ」


 当て付けと言うか、南風さんの言葉には妹が姉に悪戯を仕掛けるようなニュアンスの響きが感じられた。


「南風は相変わらず姉さんに厳しいですね」

「厳しいのは北風姉の方じゃん。何あれ? あたし満座で叱られたんだよ? あたしが夜刀様の一番のお気に入りだからって僻んでるんだ」


 私は満座でバカ認定されたけどね。などど脱線していたら、白守姉妹がやいのやいのと始まった。


「ん? 夜刀様の一番のお気に入りは西風ですよね?」

「何言ってんの? 西風西風は夜刀様に一番苦手にされてるじゃん」

「え゛っ!? ちょっと待って下さい。聞き捨てなりません! どうして西風が苦手にされているんですかっ」

「だってそう言ってたもん」

「なっ……! 嘘ですそんなこと! わたくし西風が愛されていない? あり得ません! 夜刀様の愛あればこそ西風はこの世に存在するんですよ!?」

「はい始まったー。妄想お疲れさまー」


 大丈夫なのこの人たち。特に西風媛。私の中のいいイメージが一気に崩壊して行ってますが……。


「いつものことや、放っといたらえーねん」


 ベッドの上で組んず解れつする姉妹神を余所に、千軽媛も磯良媛も平然としている。


「それでやな首刈」

「はい、何でしょう?」

うらさんが回してくれるっちゅー資金を使ーて、戦えそーな調査員雇ってくれへん?」

「その話ですか。私も将来的には、神々と渡人の共同で化け物退治をしてもいいのかなとは思ってましたけど、さすがに直ぐとまでは。そんなに赤土は大変なんですか?」

「思わしくはないな。なんせ赤土は広い。それだけでもう手が足らんくなる。退治だけでもけてもろたら大分マシなんやけど」

「ならお姉ちゃん、大嶋廻りの次の行き先を赤土にしてみたら?」

「おっ、それはえー考えや! 実際来て見てもろたら話も早いやんか」


 大嶋最大の版図を誇る赤土。その実情は夜刀媛もこぼしていたので気掛かりではあった。だから阿呼の勧めに従うのもやぶさかではない。聞けば聞くほどアマゾンやらアフリカやらを思わせる興味深い土地。行ってこの目で見てみたいという思いも確かにある。調査員にしても報酬が適正なら、赴くことを厭いはしないだろう。


「赤土かー。面白そうだなー。それに八大神が渡人の手も借りたいってくらい困ってんなら、その線で説得するのもありだろー?」


 そうなんだよね。赤土の問題は大嶋全体の問題だ。この際、赤土の問題に対処する為にも、渡人との協力体制が必要だと話を持って行くのはありなんだよ。その為には調査局の抜本的な体制見直しやら何やら、色々と新たな問題も出てくるけれど、それこそ一丸となって対処すれば不可能はないと思う。


「使えそーな手札なら切れる時に切ったらええよ」

「了解」


 と、そこへたづみさんとしだりさんがやって来て、会合の再開が告げられた。さて、それでは参りますか。




 ***




 御神座へ戻ると、既に着座した面々が私たちの到着を待っていた。全員が着席する中、私は一人席に座らず、そのまま後半戦への突入を宣言した。

 先ずは軽く前半のおさらいをしつつ、採択への流れは断っておく。それから神旨の件には触れずに、調査局のクリーン化と霊塊たまぐさりの話題へ。

 裏で話し合った内容に従って、具体的に渡人に何をさせるのかを語り、その行いを以って神々の側も具体的に応じて行くという、渡人先行のスタンスを開陳した。


「――というように、うらさんから御提供頂く金鉱を資金源に、霊塊たまぐさりの用途に関する調査を進め、霊塊たまぐさりそのものは神々の側で一元管理します。有益な用途と認めた先にのみ売却することで、霊塊自体の世評も塗り替えられるという案です。これについては如何でしょうか?」


 反応を窺えば、夜刀媛は「なるほどね」と静かに頷き、他の面々も提示された具体案を反芻している様子。相も変わらず聞いてるのか疑わしいのはうら媛だ。爪楊枝で爪のお手入れをしてらっしゃる。おい、聞けや。


「いーんじゃない? 渡人が先に示す誠意にはうちが被害を被った小杖の件も含まれるってことなんでしょ?」

「そうです」

「なら賛成。夜刀ちゃんも黙ってるけど賛成なんでしょ?」

「私? 私の意見はみんなの判断が出揃ってからでいいのよ」


 ふーん、と鼻を鳴らす夕星もこれで賛成派に名乗りを上げた。

 一方で霊塊に恩恵という側面を持たせる方向付けにはどの神も強い関心を示してくれた。暮らしに役立つ星霊具を作って貰えば世間での認識にも定着しやすいだろう。勿論程度は抑える。神宝に届くようなご大層な星霊具は、創れるか否かの問題以前に却下だ。


「えー、では続きまして、只今説明しました案を遂行する場に私自身が既にして関わっているという点ですが、これは渡人が信頼を確立する以前の振る舞いとしては安全面に問題があると、北風さん辺りはそうお思いですよね?」

「そうですね。その点はどうされるのですか?」

「はい。ですから私の代わりに北風さんが窓口になって下さい」

「なるほど……。え? 待って下さい皇大神」

「待たないよ。北風姉がやればいいってあたしも思うし」


 戸惑う北風媛にすかさず南風さんが切り込んだ。びっくりした北風媛は言葉もない。


「姉さん。西風も南風と意見は同じです。ここは反対するより参加してみませんか? 姉さんは八大の中では渡人に詳しいですし、反対する分しっかりと目の行き届いた対応ができる筈です。西風も協力しますから、一緒にやってみましょう」


 南風さんとは違って言い回しの端々に姉への思いやりを示す西風媛。北風媛は「少し考えさせて」と返事を保留したけれど、雰囲気から察するに重ねての反対意見は出てこないように感じられた。残すは風声みさを媛だけど……。


「ふむ。大勢は決したかに見えるが、忍火。和主もやはり賛成であろうな?」

「はい。ただ、わたくしは結局何をすればいいのでしょうか?」

「その辺りはどうなのだ首刈。我らに何をかせよと言うのであろうが、儂は面倒事はお断りだぞ」


 ここまで真剣に説明して来たことを面倒事と言われては、さすがにちょっとカチンと来る。


「あのですねぇ。面倒だとか、出向くのは嫌だとかって風声さんは仰いますけど、そんな気持ちで取り組んで上手く行くと思いますか?」


 言った途端に凄い目つきで睨まれた。眼光で人を射抜くとはこのことか。白銀の輝きに気圧され、思わず息は詰まり、背筋に冷ややかな汗が流れる。


「考え違いを致すな! 儂は天に在って眼を光らせ、言の葉を降らせる神ぞ。それを地に引き摺り降ろそうとは和主こそ如何なる考えで申すのだ。なんとも心得ぬ様よ。風渡の信仰に傷を付けんとする所業ではないかっ」

「風声、よしさない。やり過ぎよ」


 制止する夜刀媛の言葉に、風声媛の銀眼がその鋭さを解いた。

 恐らくこれが威を込めるということなのだろう。かつて私は初対面の南風さんに向かって威を込めて神名を放った。それを遥かに凌駕する圧で、風声媛は私に刃物のような眼光を向けて来たのだ。

 震えが漣になって抜けなく体中を巡る。

 失敗した――。大事なところで年嵩の八大を怒らせてしまった。

 私は身の縮む思いがした。折角大勢が賛成に傾いたというのに、それを自らの軽率でフイにしてしまったのだ。


「すっ、すみま……せん」


 鼻にかかった声で謝るのが精一杯。

 考えてみれば風声媛は会議の始まりに、言葉を失って立ち尽くす私を言霊で励ましてくれた神様だ。少なからずあった筈の好意を私は……。

 そう思ったら涙がこぼれた。


「あー! 泣かしたー! 最っ低!! 風声さん最っ低!!」


 夕星が身を乗り出して風声媛を非難した。すると次々に野次が飛び交う。


「これはあかんやろー。八大が皇大神を泣かすとか前代未聞やわぁ」

「これは風渡の悪い伝承!」

「生まれて半年の子を相手に大人げない……」

「あんまりです。謝って下さい」

「風声は心に血を吸わせるべき!」


 言いたい放題である。しかも最後のはただの我欲だ。


やかましい! 黙らぬかっ。首刈もこの程度で何を泣く」


 多勢に無勢をものともしない風声媛に夕星が「逆切れダサいんですけど」と小声で一刺し。それをまたひと睨みで黙らせて、風声媛は私に向けて言葉を継いだ。


斯様かようなことは大嶋廻りを終えておれば起きぬ次第だ。首刈。和主は渡人には詳しいようだが、余りにも物を知らぬ。知らぬ八大を集めてああせよこうせよと言う。そこに通らぬ話があるのも道理というもの」

「……はい」

「ふむ。おい、夜刀よ」

「はいはい」

「儂はこの件については判じぬ。和主に票を預ける故、後は好きに致せ」

「それはいいけどまだ立ち去っちゃ駄目よ!」


 座を離れかけた風声媛を、夜刀媛は尻上がりに鋭く制した。


「なんだ?」

「なんだじゃないわよ。そのまま行ったら首刈が傷ついたままでしょう。きちんと大人の対応をしなさい」

「むう……。おい、首刈」

「はい」

「ちとやり過ぎた。許せ」

「いえ、私の方こそ勝手なことばかり言ってしまって」

「過ぎたことを気に病むでない。それにあれだ。和主の言っていた景色の話。あれはよかったぞ」


 その言葉に顔を上げると、風声媛はもう背を向けて御神座を離れて行ってしまった。

 怖かったけど、私が物を知らないのはその通り。私を皇大神と慮って指摘しなかった神もいるかもしれない。そこを推して注進してくれたのだから厚意と受け取るべきだろう。




 ***




 風声みさを媛が去って座が白けるかと思えば、残った神々は「さてじゃあどうするか」と、粗方定まった方向性に思い思いにメスを入れ始めた。

 阿呼と放谷も輪に加わって、私がいなくても話は進んで行く。私は席を立って椅子の陰に身を隠し、目尻の涙を拭き取っては洟をかんだ。


「大丈夫ですか?」


 声をかけてくれてのは西風媛。「余り気にしないで下さい」と優しく髪を撫でて慰めてくれた。その触れ方が、なんとも気遣いに溢れていて、心がスッと安らいで行く。


「西風さんは優しいですね。ずっと私を気遣ってくれてて。どうしてですか?」


 半ば無意識にこぼれた問いに西風媛は微笑んだ。夕星が噛み付いてくればさらりとフォローしてくれて、会議ではずっと賛成の側に立って支えてくれた南風さんの姉神。

 西風媛は何もなかった筈の手の中に、手品のように一枚の紅葉の葉を取り出した。そしてそれを私の髪にそっと挿す。


「白守は方位神にして四季神です。わたくし西風は行き暮らす旅の守り神。司る季節は皇大神が大好きだと言って下さる秋です。西風も皇大神、大好きですよ。これからも遠慮なく西風を頼りにして下さい」


 そんな惚れる台詞をハンサム顔でさらっと。相手が女神だと分かっていてもほっぺが赤くなっちゃう。うわ、やばい。なんだか胸がドキドキして来た。私の顔、きっと紅葉の葉っぱより赤いよ。


「西風!」

「はいっ夜刀様! 西風に御用でしょうか!?」

「御用も何も、いつまでそうしているの」

「失礼しました! 西風も夜刀様の隣なら飛んで行って離れないのですが。現実の席割はかくも非情です」


 その言葉に隣席の二柱が血相を変える。


「はぁ!? 夜刀ちゃん狂いの貴女なんかこっちから願い下げなんですけどっ」

「西風西風は濃過ぎて夜刀様もドン引きだってこと、いい加減理解した方がいい。さもなきゃ一人で白守に帰れ!」


 夕星も東風媛も容赦がない。

 分かっていたことだけど西風媛は夜刀媛が好きなのだ。けれども相手にはされていない様子。夜刀媛がいらないって言うなら私が貰ったっていいよね? なんて余計事に気を取られながら席に舞い戻れば、当の夜刀媛が手を叩いて迎えてくれた。


「見届けたわ。貴女はやった。風声の件は気に病まないことね。あの娘の票は私が預かったのだし、私がここで賛意を示せば晴れて全会一致よ。おめでとう、首刈」


 酒杯を掲げる夜刀媛に合わせて、一同が拍手を送ってくれた。出会い頭に喧嘩になった夕星もそんなことはすっかり忘れたという表情だ。


「立役者は心よ? だから皇ちゃんの血を――」

「お断りします」

「あらそうなの? 心がっかり」


 変わり者の筆神は確かに立役者だ。血は吸わせてあげないけど、感謝の念は尽きない。北風媛も今は白く透き通る美貌に裏のない笑みを湛えている。風声媛の件は心懸かりではあったけれど、私の手は確かに目標に届いたのだ。


「それでね、ちょっといい?」


 あ、終わりませんか? 奇麗に終わるのかなって思ったけど続くんですね、はい。


「なんでしょう?」

「貴女、落ち着いたら赤土へ行きなさい」

「えっ!? でも渡人との話し合いが……」

「それは北風の方に引継げばいいでしょう? そういう話だったわよね?」

「確かにそう言いましたけど、でも、小杖の件もあるし」

「それは、夕星!」

「はーい!」


 西風媛や東風媛と話し込んでいた夕星が元気よく返事をして身を乗り出した。


審神さにの小杖の件は貴女が責任を持って対応なさい」

「えっ、なんで!?」

「何がなんでなの。黙って聞いていたけれど、馬宮の尻拭いを皇大神にさせてどうする気? 貴女がやって当然のことでしょう」

「えっ、だって、首刈がやるって言ったんじゃん。貴女言ったわよね!?」

「言いましたね」

「ほら!」

「私が、貴女に、やれと、言っているの」

「ハイ」

「よろしい」


 ゴリ押し。さすがの万古神。反論は許されない。


「首刈。貴女は北風と西風、それから夕星に引継ぎをして大嶋廻りに戻りなさい」

「それで赤土ですか?」

「気にはなるのでしょう?」

「それはそうですけど。調査員のみんなとやりかけのこともあって」

「その為の引き継ぎでしょう。誰も放ったらかして行きなさいとは言わないわ。はいはい全員聞いて頂戴!」


 私の言い分に取り合うことなく、夜刀媛は話をまとめにかかった。全会一致とはいえ、北風媛や夕星に渡人への当たり障りのない対応ができるのだろうか。私の不安は尽きることがなかった。


「調査局とのやり取りに関しては北風と西風で対応すること。霊塊たまぐさりの件を軸に据えてしっかりやりなさい。黒鉄の金鉱に渡人を雇い入れる話も北風と西風で手配を整えて心と連携するように。それから小杖に関しては夕星が受け持つわ。いいわね?」


 きびきびとした差配に順次首肯して応じていく。話が早いのは助かるけれど、梯子を外された私は身の置き場がないというものだ。


閑野生しずやなり支部から初めて、水走、護解、青海と動きを拡大して行くのだから、忍火と磯良は予め準備を整えておきなさい。対応に追われるような無様は許されないわよ。それと、南風は白守へ戻ること。東風は夕星の手が空くまで野飛に目を配るように。千軽は首刈たちに同行して赤土へ。大嶋廻りなんだから滅多矢鱈に近道するんじゃないわよ」

「おう、まかしとき」


 千軽媛が返事をしたタイミングで私は割り込もうと動いた。けれどそれを制して夜刀媛は言葉を続ける。なんで意地悪すんのさ。


「首刈、聞きなさい。大嶋廻りを続けていれば風声もその内に戻って来るわ。このまま袂を分かつ訳には行かないでしょう? それに貴女の提案に従って皆が成果を上げて行けば、あの娘だってじっとはしていられない。風渡は参加しなかっただなんて、そんな不名誉な話、誇り高いあの娘が黙っていられる筈ないんだから」


 それを聞かされて私はやっと分かった。意地悪だなどとんでもない。夜刀媛は風声媛の心配をしていたのだ。私に気に病むなと配慮を示しながら、夜刀媛は決して一方に偏らない。

 私は風声媛が去ってしまったことを残念に思うだけで、彼女が大嶋廻りの達成を望んでいた点に目を向けなかった。大嶋廻りは後回しにして乗りかかった舟の、調査局での役割を果たすことばかりを考えていた。我儘だったのだ。

 それでは駄目なのだと夜刀媛は言う。そしてそれは正しい。皇大神と八大神が袂を分かつなんてあってはならないことだし、あり得ないことだ。

 意見が食い違っただけで、間違っている訳ではない相手をもっとちゃんと見ようとするべきだった。皇大神は八大神をはじめ数多の神々を統べる中柱。そう在り続けたからこそ一万五千年もの時を紡いで来た。それだというのに、私ときたら「行っちゃたんなら仕方ない」である。本当に恥ずかしい。


「分かりました。夜刀さんの言う通り、しっかり引継ぎをして、私は赤土へ向かいます。風声さんには一日も早く戻って来て貰いましょう」


 夜刀媛を見習う気持ちでそう答えると、年降る女神は私を抱きしめて頭をなでなでしてくれた。相変わらず平たい胸だな、と同志の存在に安らぎを感じていたら、黙っていた筈なのにポカリと叩かれた。何故バレたんでしょうか?

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