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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の二 水走編
33/172

031 歌は舞い降りた

「八大神との会合を要求します!」


 今こそルビコン川を渡れ、続け者ども! と座卓に両手を叩きつけ、堂々の宣言から幾許いくばくかの時が流れた。随分な難題で打ち切った。沈黙が横たわるのも仕方ない。そんな空気を作った本人が、KY上等でまさかの続きを語るというね。


「あ、でもその前に渡人の犯人に会いに行こう。折角見つけたんだからそうしよう。会合はその後でね。八大神の召集は日時も場所も南風さんにお任せで。大変かもだけど宜しくお願い」

「いや、え……? ちょっ、ちょっと」


 決定事項です。とばかりに言い切れば、泡を食った顔で南風さんが私の袖を掴んだ。殿中でござるぞ。


「何か不都合が?」

「不都合がって、当たり前でしょ!? なんでそうなるの!?」

「はい三回目」

「いや、冗談じゃなく無理だからね?」

「冗談は言ってないよ。じゃあでもさ、無理って言うけど、なんで? 確かに私は大嶋廻りの途中だけど、それでも八大神を統べる皇大神であることに違いはないよね?」

「途中って、真神を出てまだ一週間だよね?」

「正確には八月――土追月はにおいづきの十五日に大宮を出たから、今日で一ヶ月と十三日にるけどね」


 ない胸を張って言ってやると、南風さんは口をパクパクさせて二の句を喉に詰まらせた。そこへ石楠さくなさんが跳んで出て、ころり転げた木の根っこ。


「あのっ、犯人に会いに行くっていうのは一体?」

「言葉通りだよ? 支度があるから一時間! 一時間後に案内して」

「えっ、でも……。会ってどうなさるつもりなんでしょうか?」

「だーかーらー! 話をするんだってば。それと歌も歌うから」

「はい? えっ、歌ですか? それは……。え?」


 私の歌好きをまだよく知らない石楠さくなさん。さながら狐に摘ままれたように目を点にしていらっしゃる。いや、この場合は知っていてもそうなるかもしれない。私は思考停止している二人をよそに阿呼と放谷を手招いた。


「私はこれから歌を作るから。二人は石楠さんから犯人の情報とか色々聞いといて」

「お歌を作るの? 今から?」

「うん。私もよく分かんないけど、とにかくやれることをしようと思うの」

「ほー、どんな歌か楽しみだなー」

「任せといて。今なら歌詞も曲もいいのが降って来そうなんだよね」

「分かった。頑張って、お姉ちゃん」

「ありがとう、二人とも」


 何とも理解の早い二人で助かる。それは取りも直さず、私への二人からの無償の信頼だ。私は阿呼の激励と放谷の期待に心から感謝してお礼を言った。

 二人は早速石楠さんを捕まえて、犯人の特徴や居場所など、諸々の確認作業に入る。私は部屋の隅の鞄から矢立と帳面を出して、隣の寝間へ向かう。宣言通り、作詞作曲に取りかからねばならない。


「ちょっと首刈ちゃん! 招集の件はやっぱ――」

「しーっ、黙って! 静かにしてっ」


 ようやく喉元から二の句を引っこ抜いた南風さん。それを携え私の肩に手をかけた折も折、私の中にメロディが舞い降りた。歌を作ろうと思い立った瞬間から探していた糸口のメロディが。

 流れ出したメロディは止まらない。私は直ぐさま鼻唄にして音符を捉え、隣にいる南風さんを「あっち行って」と手振りでぞんざいに追い払った。そのまま寝間へ移動。襖の閉じ際、顔だけを出して、


「出てくるまで絶対に開けないでね。話し声はなるべく小さめでお願い」


 鶴の恩返しみたいなことを言ってピシャリと襖を閉じた。




 ***




 閉ざされた襖を前にしばし呆然。やがて南風は座卓の向こうに身を寄せる三人の方へと戻って行った。

 石楠も目の前の事態を噛み砕く作業を一旦棚上げして、求めに応じて例の犯人に関する説明に没頭した。


「ごめん、あたしどうしたらいいの?」


 脱力したまま腰を下ろして輪に加われば、南風は迷子のような口振りでこぼした。石楠の説明が止まり、阿呼と放谷も南風を見やる。しかし何と言うべきか、誰も言葉が出てこない。重く漂う沈黙を経て、最初に口を開いたのは放谷。


「それは色々だなー」

「色々?」

「南風が首刈を皇大神と認めるなら、大嶋廻りの途中だろーと従うんだろー?」

「いや、まぁ、そう、そうね」

「認めないのかー?」

「認めるも何も首刈ちゃんは押そうが引こうが皇大神だよ。でも大嶋廻りの間はその補佐や代行をするのが八大神でしょ。仮に今呼びかけたとして、全員が応じるとは思えないんだよなー」


 途方に暮れる南風。阿呼は隅の火鉢にかけていた鉄瓶を取って、みんなのお茶を淹れ替えた。手元に目を落としたまま、お茶を注ぎながら言う。


「八大神を集めるのはお姉ちゃん。南風さんはお姉ちゃんが八大神を呼んでるって伝えるだけでいいと思う。あとは八大神の皆さんが自分で決めるでしょ?」


 言わんとするところは南風にも理解できた。だが、それでもどうにもがえんじないものがある。


「あのね、分かるの。そうだよね? でもあたしは首刈ちゃんのこと好きだからさ? 招集かけて応じない神がいるなんて、そんなきずになるようなことは避けたい。そこなんだよ。勿論、内々に呼びかけるんだから世間に広まったりはしないよ? でも、八大神の間で、あの時誰が来て誰が来なかったなんて話になれば、お互いによくない影を落とすからさ」

「阿呼は心配してない」

「それはなんで?」

「お姉ちゃんはそんなこと気にしないもの」

「うん? うん。でも八大神は気にするよね?」


 それは八大神の問題です。と、阿呼は終いを些か突き放す感じで締め括った。淹れ替えたお茶が勧められると、けれども南風は口にした茶の香りも熱さも感じなかった。隣では一人、神ならぬ身の石楠も、同様にお茶を味わう心境になかった。しかし、再びの沈黙を厭ったのか、石楠は懸命に口を開いた。


「あの、南風媛様。なんでしたら召集の件は夜刀媛様にお願いなさってはどうでしょう?」


 石楠の意図はこうだ。神々はより年下の神に気安く、より目上の神に恭しいところがある。その点を利して、最古の神である夜刀の鶴の一声が期待できるのではないか、と、そう提案したのだ。


「お母さんか……」

「お母さん、ですか?」

「あっ! ち、ちがっ、夜刀様ね夜刀様! 今のは違うからね!?」


 先生を親と呼び間違えた小学生の顔で、必死に誤魔化す南風。

 白守しらかみの四姉妹は幼い折には夜刀を「水走みずはのお母さん」と呼んでいた。今でも白守の社に姉妹だけで集う時は、折に触れてそう呼ぶことがある。過去には亡き実の母神を「白守のお母さん」と呼んで拗ねさせたことすらあったという筋金入りだ。


「それなら、お姉ちゃんを夜刀媛様に引き合わせてくれるだけでいいと思う。そうしたら、あとはお姉ちゃんから直接夜刀媛様に頼むから」

「おー、夜刀媛に声かけて貰おうってならそれが筋だなー。あたいら元々、最初に夜刀媛に会いに行くって決めてたんだし、丁度いいやー」


 放谷の賛同に頷きつつ、南風は南風で阿呼の提案を吟味した。

 そもそも南風は夜刀の発案から、前例も無視して大嶋廻りに同道しているのだ。その点を考えれば夜刀自身が首刈の来臨を待ち侘びているのは間違いない。だとすれば阿呼の言うように、引き合わせて直接頼んで貰えば八大神招集も現実味を帯びてくるのではないか。悪くない話だ。

 仮に南風が独断で呼びかけた場合、間違いなく姉妹からドヤされる。勝手な真似をするな。何を考えている。長姉の北風きたげなどはそう言って目くじらを立てるに相違ない。


「その線で行こうか。阿呼ちゃんの案が一番波風立たなそう」


 消極的ながら南風が決断すると、三人とも後押しするように頷いた。

 そして話題はこれから会いに行くという一連の話の発端、夕星媛ゆうづつひめの怒りを買った渡人へと移行する。

 石楠は警察手帳とも言うべき仕事用の帳面をめくりながら、順を追ってつまびらかに説明した。要点としては犯人の氏名年齢人相等々。加えて現在、閑野生しずやなりの調査局にいるということ。それら内容を逐一頷きながら聞き入る者もいれば、饅頭片手に聞き流す風な者もあり、終いには鶏冠を気にして弄り回す者まで現れた。


「以上になります。何かご質問等、御座いますか?」


 さも疑わし気に南風と放谷を見れば、同じ穴の狢神むじながみは揃って左右に首を振った。双子のように息はぴったりだ。


「阿呼様からは何かありませんか?」

「阿呼は平気。でも、お姉ちゃんがお歌を歌うって言ってたから、歌えるような場所って調査局にあるの?」


 これが石楠には分からない。犯人に会いに行った先で何故、何を歌うというのか。難解かつ意味不明だ。何かの暗号か? 自分は試されているのだろうか。ここは眉に唾を付けて聞いておくべきか。悩みに悩んで捻り出した答えがこちら。


「今日はお天気もいいので、屋内が無理な時は屋外でも大丈夫だと思います」


 鬼と出るか蛇と出るか。緊張の面持ちで阿呼の反応を窺えば、阿呼は「ならよかった」の一言。危惧したツッコミの類は訪れず、石楠は胸を撫で下ろした。

 と、そこへ寝間の襖がスッパーン! 目一杯開け放たれたかと思いきや「完成したっ!!」と仁王立ちの皇大神。鼻息も荒く、何やらやり切ったような顔をして、ない胸をこれでもかと反らせていた。




 ***




 余計な明かりを落として締め切った部屋の中。私は小机に圧しかかるような姿勢で歌作りに取り組んだ。

 舞い降りてくるメロディはいつだって雪の結晶。放って置けばすぐに溶けて消えてしまう。溶けきる前に、ではなく、溶け出す前に結晶の写生を終えるのだ。

 そうとなれば律儀にオタマジャクシを描いてる暇はない。取り急ぎドレミ符で済ませ、後から音符に清書する。何が辛いって筆で五線を引くのが辛い。

 私は大抵メロディが先だ。母親の適当な鼻唄に合わせて歌詞を紡いだりしていたら、そんな癖が付いてしまった。後からパズルのように歌詞をはめ込む作業が私には楽しい。

 私が初めて歌を自作したのは中三の秋。

 中高エスカレーターな私は、他校へ出て行く受験組が目の色変える中、苦手な化学の授業の逃避行為として、校庭にぽつねんと立つ一本の紅葉を眺めていた。そこへ届いた親友からの折り紙。開いてみれば越境受験をする彼女からの不意のメッセージ。

 たった三行の丸文字が、校庭の紅葉みたいに赤々と咲いて、私の目頭まで一気に染め抜いた。行末にはいちいち笑顔の顔文字が添えられて。今でもよく覚えてる――。



 奈良とお別れこわーい


 でもわたしはガンバるよっ


 あっちでもみんなとおんなじ歌うたってる!



 一行目の顔文字が一番いい笑顔で、なんでだよ、って心のツッコミを入れたら、心配させまいとする彼女の思いやりに気付いてほろりと来た。三年間、ずっと合唱部で一緒だった私の親友。

 彼女を送る時、きっと部の送別会で歌う「思い出のアルバム」だけじゃ足りないと思って、だから私は彼女の為に歌を作った。それが最初。


「さぁ、メロディは捕まえた。あとは歌詞をどう嵌め込むかだ」


 考えてみれば折り紙のメッセージと、大嶋へ渡った渡人の心には通じるものがあると思った。

 故国を離れ、果ても知らぬ航路を往くのは怖かっただろう。それでも行くと決めた心を奮い立たせて、それは頑張ったに違いない。そして、長い長い航海の果てに辿り着いた大嶋で、声を合わせて故郷の歌を歌った筈だ。


「渡人が越えて来たのはどんな海だった?」


 現実にはきっと、度重なる時化に板子一枚下の恐怖を噛み締めていたことだろう。けれど今はそれを書いても仕方がない。私が歌にしたいのは彼らが胸に思い描く波と風だ。どんな困難を前にしても、夢と希望に満ち溢れた、どこまでも青い、青い海だ。

 私は筆を走らせた。

 透明だったキャンパスが青に染まれば、渡人の歌は海に始まって、さぁ何処へ行く、どうなって行く。

 例え嵐に帆柱マストが折れても、心の帆は絶対にたたまない。夢物語のような神々の大地を目指して、どんな時でも励まし合い、手に手を取って苦難を越える勇敢な海の男たち。

 筆先が流れる。

 払えば風となって帆を膨らませ、跳ねれば波となって飛沫を上げ、止めれば櫂になって凪の海を漕いで渡った。

 さんずいは三段うねりの大海原へ。手偏は流れるように捌かれる手旗信号に。そして之繞しんにょうは海原を行く船となって突き進むのだ。


「海から始まって、みんながそこへ辿り着くと信じていたのは、願っていたのは……」


 呟きとともに最後の筆を結び、私は静かに筆を置いた。

 紡ぎ上げた詩行の中で彼らがついに辿り着いたのは、中学でお別れになった親友が見ていたものと同じだ。それがゴールであって、新しいスタート。そうでなくてはいけない。

 私は結びの文字をじっと見つめた。それは、未来――。


「うん、間違いない。これが私の出した答え。当の渡人さんたちがお門違いだって言ったって、そんなものは知るもんか。私はこれをゴリ押しする。ゴリゴリにゴリ押してやるんだから!」


 背を倒し、大の字になって大きく息を吐いた。畳の匂いに包まれて、集中して固くなっていた体と心がほぐれて行く。たった今完成させた歌に高ぶる気持だけを残して。

 薄暗い部屋に天井を見つめれば、泣き笑いの激しい親友の姿が想い浮かんだ。彼女に隠れてみんなで歌の練習をした時間。バレそうになった時の顧問の下手クソなお芝居。自分にも曲を作れとせがむ仲間たち。

 歌い方ひとつにも悩んだ。行った先で果たしてどうなるかという不安を抱える彼女に、里心がつくような歌は贈れない。後ろ髪を引いたのでは意味がない。行こうと決めたその気持ちを励まして、それと同時に安心させてあげなくては。


「歌がある~から~、心はひとつ~。つーなーごーおー、出会いと別れ~」


 口遊めば、あの日、部室で、驚く彼女をたった一つの指定席に座らせた場面が再生されて行く。

 中学生活最後の合唱。彼女の正面に立たされた私が、自分で作った曲を贈ると告げたら、始まる前から泣き出して大変だった。しかも、みんなそこで釣られて泣くもんだから、その後の合唱が鼻声交じりのド下手な合唱になってしまって――。大成功と台無しが結局のところは大団円に繋がって、そうして私たちは高校生おとなになった。



 歌があるから

 心はひとつ


 つなごう

 出会いと別れ


 言葉じゃなくて

 音符で語らう


 色あせない

 この想い


 いまでも いつでも

 どこでも あなたと


 歩いていけるよ

 笑顔でとなりを

 ほどけない絆が


 ここに ほら 光る



 歌はとどくさ

 君と私に


 呼びあう

 心と心


 歌があるから

 歩いていける


 どこまででも

 はてしなく


 ときには 帰って

 おいでよ 待ってる


 みんなと笑った

 優しい時間が

 ささえてくれるから


 ありがとう

 また会いましょう



 再会を果たせなかった彼女は今、どうしているのだろう。

 いや待てよ。再会はしてるかも? こっちは墓石だけど……。


「ごめんね、墓石で」


 あの娘もどの娘も私のお墓の前で「千の風になって」を歌ったに違いない。彼女たちは知らない。私は本当にそこにはいないし、こうして目を覚ましているってことを。


「私は神様になって、元気にやってるよ」


 みんなも頑張れ! と足を振り上げ、その反動で勢いよく起き上がる。

 髪を整え、目尻に溜まった思い出を拭い去れば、出来上がったばかりの歌を引っ提げて、今の私、首刈を待つみんなの元へと、力一杯、襖を開けた。

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