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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の二 水走編
32/172

030 なんでそうなる

 明けて翌日。

 この日の午前中、私たちは缶詰修行から解放された。不名誉ながら、前夜に発生した皇大神脱走事件、いわゆるケーキ事件が原因だ。再発防止を講じた南風さんの提案により、私たちはまだ見ぬ街の西区画を散策していた。


「おー、西っかわは広々としてるなー」

「畑がたくさん! 阿呼はこっちの方が好きっ」


 水路が網の目状に巡らされた広大な農地は街の胃袋だ。城塞都市を模した東区画とは打って変わって開放的な気分になる。遠くに見える街囲いの石垣は羅城か。軍勢を防ぐ為の大仰な造りではなく、農地を荒らす動物の侵入防止を目的としたものだろう。

 建物は大きな石造りの農家が点々とあって、道沿いには民家やお店も並んでいる。東区画に近い辺りには大邸宅と呼べる立派な家が何軒もあった。


「お日様いっぱいで気持ちいいね、お姉ちゃん」

「そうだね。最高の秋日和だ。石楠さんも誘えたらよかったのに」


 出掛けに二階の部屋を尋ねると、石楠さんは留守だった。受付に聞いてみたところ、昨晩は帰らなかったらしい。刑部おさかべの仕事も大変だなと思ったけど、ちょっと心配だ。


「ほら、首刈ちゃん。あそこに大きな紅葉もみじの木があるよ。行ってみる?」

「おお! あんなおっきな紅葉の木、初めて見た。行こう行こう!」


 閑野生の街は東から西へ緩やかな傾斜。私たちはなだらかな坂を下って、畑の真ん中にぽっかり浮かぶ紅葉の広場へ駆け込んだ。真ん中にドデンと紅葉の大木が聳えるだけで他には何もない広場。逞しい根上がりの上に太々とした幹を捩って、その先に自由に枝を張っている。私は幹の直下に立ってみんなを手招いた。


「ここに立って真っ直ぐに見上げてごらん。ほら、陽の光が透けて、外側の赤と、まだ染まり切ってない内側の橙や黄色。一番中は緑も残ってて素敵な色合いでしょう」

「ほんとだぁ。キラキラしてるね。秋の色がたくさん」


 秋色の暈繝(グラデーション)はまるで万華鏡のように煌めいて、私と阿呼の白い水干、それから南風さんの白のワンピースをキャンパスに、千変の色彩を落した。


「あーきの夕日ーにー、照ーるぅやーまー、もーみーじ」

「濃ーいも薄いーもー、かーずぅあーるー、なーかーに」



 松をいろどる 楓や蔦は


 山のふもとの 裾模様



 歌い出せば阿呼が続いて、私たちは四人、手を繋いで体を揺らせながら歌った。

 小春日和の陽射しの中で、通い合う喜びの心。私の秋は、今、ここにある。



 たにの流れに 散り浮く紅葉


 波に揺られて 離れて寄って


 赤や黄色の 色さまざまに


 水の上にも 織る錦



 歌い上げてスッキリした顔でいると、左手を繋いでいた南風さんの視線。


「あ、やばっ。……光ってた?」

「光ってたけど、ここは人目もないし。それより何より、いい歌だった」

「ほんとに?」

「うん。秋景色の山や川が見えた気がしたよ」

「またまたぁ! でも、今度ちゃんと歌詞を教えるから、次は一緒に歌おう」


 阿呼や放谷と違って、歌詞を教えてない南風さんはハミングで付いて来ていたけど、歌のよさは伝わったようで私はとっても嬉しかった。


「首刈ー。木の裏っかわになんか塚があるー」

「塚? どれどれ」


 回り込んでみると根股に挟まるようにして、「蝦手乃里」と掘られた石塚。


「なんとか手の里。読めないや」

「かえるで、だね。昔ここにあった里の里塚だと思うけど」


 読みを聞かされて思い当たった。蝦手かえるでかえでの語源。紅葉もみじは楓の仲間で、一緒くたにまとめられる例は多々ある。


「それじゃあ昔はここにお里があったの?」

「そうなのかも。南風さんは何か知ってる?」

「多分、閑野生の隣里だったんだと思う。閑野生は今でこそ街になってるけど、元々は嶋人の里山だからね。渡人は街道筋に街を築くから。一宮のある大巳輪おおみわは里と街が隣り合った形に収まってるけど、閑野生や周辺の里山は街に呑まれて、里人は他へ移ったんじゃないかな」

「それって、嶋人が渡人に追い出されたってこと? 確かに街は渡人ばっかりで、嶋人なんかほんの一握りしか見かけないけど。そうゆうことなの?」

「一概には言えないかな。嶋人の方が自主的に出て行った可能性もあるし。水走みずはに限らず護解もりとけ青海おうみでも、この手の話は幾らでもあるから」


 野山と一体になって暮らす嶋人が住み慣れた土地を捨てるとしたら、そこにはそれだけの理由がなきゃおかしい。でも戦争は一度きり。水走の神々に散々打ち負かされた渡人が、何を好き好んで再び争いを起こすだろうか。なら、やはり嶋人は自らこの地を去ったのだ。考えられるのは、街を築き始めた渡人と接触を持ちたくなかったということ。


「どーしたー、首刈ー?」

「ん、なんでもない。ただちょっと、なんだか寂しいなって」

「さみしい? どうして?」

「どうしてだろうね。この惑星ほしに生まれてまだ半年。私には解りようもない歴史があって……。でも、それでも寂しいよ。同じ空の下で生きてるのに、背中を向けたお隣りさんなんて。せめて背中合わせに支え合うことくらい、できないのかな……」

「阿呼分かる。お姉ちゃんはみんなと仲良くしたいのね。それでみんなにも仲良くして欲しいの。阿呼もおんなじ気持ちよ」

「喧嘩しても腹が減るばっかりだからなー。一緒に飯を食うのが一番だー」

「なら丁度いい。そろそろどっかでお昼にしよう。道々幾つか店もあったし、戻りがてら行ってみよ」


 南風さんが手を差し伸べる。私はそれを取って、もう一方の手を阿呼と繋ぎ、阿呼は放谷と繋いだ。道行く渡人の視線はもう気にしない。気にはなるけど気にしない。私の中では嶋人も渡人も、等しく楓露ふうろの民なのだ。楓の葉から滴る露を、分かち合う仲でなくては――。




 ***




 その時は突然に訪れた。

 宿に戻った私たちは残る半日をいつも通り修行に費やして、いつも通り南風さんが早めのお風呂に浸かりに行った。


「さて、それじゃあ南風さんが戻るまで休憩して、戻ってきたらお風呂、それからお夕飯」


 そう決め込んで畳に転がれば、隣に寝転がってきた放谷とじゃれ合いが始まる。阿呼が淹れてくれるお茶のコポコポいう音を耳に楽しんでいると、スッパーン! いい音立てて襖が開いた。


「突然済みません! 南風媛様はいらっしゃいますか!?」


 じゃれ合い途中のポーズで固まったまま目を向けると、そこにいたのは馬宮衆まみやしゅう石楠さくなさん。白いブラウスにモスグリーンの喇叭ズボン、黒い蝶ネクタイに加えて、今日は耳出し穴のあるハンチングを被るなど随分とお洒落だ。されどこのお姉さん、世にジャンピング土下座という競技があれば金メダルは確実という陰の実力者でもあった。


「ど、どうしたの? 南風さんなら今お風呂に行ってるけど」


 恥ずかしいところを見られた照れ隠しに、狼姿でもないのに手の甲をペロペロして、耳をこしょこしょ掻いてみる。ところが石楠さくなさんはそんなもの目にも入らぬ慌てた様子。南風さんの不在に困惑を見せつつも、畳の上を滑るようにして私の前に正座した。新技、滑り込み正座である。この人、なんで二つ以上の動作を一度にしたがるんだろうね。


「待たせて頂いてもよろしいでしょうか」

「語尾が尻上がりの疑問形になってないけど……、まぁどうぞ」


 何やら真剣な面持に軽く気圧されちゃいましてね。そこへ阿呼が「お茶でもどうぞ」と気を利かせ、津軽塗りに似た洒落た座卓を四人で囲む。

 お茶を啜りつつ石楠さんの言葉を待ったけれど、これが何も言わない。仕方ないので私から水を向けることにした。


「それで、随分慌ててたけど何があったの? 私たちでよければ話くらい聞くよ?」

「そんな、皇大神様になんて、畏れがましいです」

「またそんな。遠慮なくお姉さんぶってって言ったでしょ。それともあれかな。またくすぐられたいのかな? それならそれで私たちは一向に構わないけど――。ねぇ?」


 私の振りに阿呼と放谷がうんうんと頷く。身を竦めた石楠さんは両手を振って拒絶した。


「それだけは止めて下さいっ。分かりました。お話ししますから」


 気は心。こうして丁寧にお願いすればちゃんと通じるものなんだよ。え? 違う? いえいえ、言い回しは別。大切なのは気持ち。垣根を取り除いて話を聞いてあげようという心配り。それが大事な訳でして。


「それで?」

「実はですね――」


 そう切り出した石楠さんの話を聞いて行くと、私たちも段々と顔が神妙になった。何故か。話の中に審神さにの小杖が登場したからだ。南風さんから厳重に注意を促されていた渡人わたりの手による特殊な道具。触れた者の波長を写し取るというあれだ。

 世に特殊な品を呼び習わすに言葉は様々あれど、神々の手による品を神宝かんだからと称するなら、渡人の手による不思議な効力を秘めた道具を星霊具と言う。

 星霊具は遠く西方に住まい、神の恩寵を知らぬ渡人が加護よりも尚、力を得ようと星霊を探究し、研鑽の末に獲得した成果物だ。しかしながら審神さにの小杖は、触れた相手の波長を写し取る。それは神の側である私たちにしてみれば歓迎せざる道具ということになる訳で。


「見つけた? 審神の小杖をですか?」

「いえ、野飛のとびで審神の小杖を使用した渡人を、です」

「ほほー、石楠はそいつを追って水走まで来たのかー?」

「ええ。それが刑部おさかべである私の役目だったんですが、ついに特定してしまいました」

「ついにって何? 犯人が見つかってよかったんじゃないの?」

「それはそうなんですが……」

「てゆーか、そんな大事そうなお役目があったのに、行列のできるお店に並んでるとかおかしくない?」

「この際細かいことはいいじゃないですかっ」


 どの際だかは知らないけど、確かにご当地グルメは大事だね。気持ちは分かる。

 とにもかくにも続きを聞こうと促すと、そこへ湯上りの南風さんが戻って来た。毎度毎度、共衿あわせえりを掴んでパタパタ扇いでいるけど、私が無言のひと睨みを放ったら止めたね。分かってるなら最初からきちんとして欲しい。


「あれ? 石楠じゃん。何? どうかしたの?」

「南風媛様! 実はですねっ」


 と、ここで一旦話が巻き戻り、滔々と末尾までが語られる。南風さんは終始眉一つ動かさず、団扇を取っては火照りを冷ましながら聞いていた。話の内容はこちら。


 去る十五日。野飛一宮は競大社くらべのおおやしろで執り行われた馬競うまくらべ神事の雑踏に紛れて、犯人ホシは審神の小杖を使用した。

 馬競うまくらべ神事は原初の九つの宮の祭りの中でも大嶋きっての大祭だ。外宮で開催される裸馬の競走会には、各地から集まった神馬駿馬がご自慢の脚を競う。それを一目見ようと大嶋全土から人が集まる中、犯行は行われた。

 狙われたのは馬宮の従神。分社から神馬を連れて参内した従神は、神事当日、外宮へと向かっていた。一帯は神域。境内であれば宮守衆は勾玉を身に帯びる。犯人ホシは勾玉を帯びていない従神を雑踏の中に探し当てた。いや、この日の為に以前からマークしていたのかもしれない。

 いずれにせよ、神事の雑踏を利し、勾玉の有無で見わけを付けて犯行に及ぶなど、計画的で悪質なやり方だ。かつ神事をも汚したという点から、馬宮の主祭神である夕星媛ゆうづつひめは大層お怒りになったと言う。直ちに神勅しんちょくが下り、刑部と忍部おさべに犯人追捕(ついぶ)の命が与えられた。

 石楠さんの属する刑部は、同じ物部もののべで諜報を担当する忍部おさべと連携して事に当たった。友好的な渡人側の消息筋を辿るなどして犯人の割り出しにかかり、雲隠れ先の候補を選定。各候補地に人員が派遣される中、閑野生しずやなりに派遣されて来たのが石楠さんという訳だ。


「で、見つけたからってどうしようってのさ?」

「そこなんです。媛様は怒り心頭で見つけ次第引っ立てよと仰せです。ですが、それをしたら渡人との間に争いを招きそうで……。私たち刑部も忍部も、長引けば媛様のお怒りも静まるだろうと思っていたんです。それがまさか、月も明けぬ内に尻尾を掴んでしまうとは思いもしませんでしたから」


 南風さんの問いに困惑する石楠さんを見て私は驚いた。主祭神の命に従って犯人を見つけたというのに、それが原因で困り果てるって何?

 私の祖母、月酔命つきよいのみことが、いや、皇大神が下した断はそれほどまでに重いのか。南風さんが冗談でも私に取り消せと言ったその真意を垣間見た気がした。


「あの……。お婆様の厳命で渡人との揉め事を避けてるって話は聞かされたけど、はっきりと犯人が分かっててもダメなものなの?」

「そりゃあ、神旨しんしが下されてるからね」

「しんし?」


 神旨とは、神々の間で承認された唯一の強権。皇大神だけがそれを発する権限を有し、また取り消すことができるという。この権能を奉じないのであれば神々の間には何ら取り決めなどない、ということになるらしい。

 曰く、「渡人との諍いを招くことを禁じ、招き得る行いも禁ずる」とのこと。

 当然、軽々に発されたものではない。お婆様が如何に渡人に対して慎重な姿勢を取ったのかが窺えるというものだ。


夕星ゆうづつを説得するっきゃないんじゃないの? あたしに何を頼みたいの?」


 南風さんは石楠さんに向かって、随分と距離を置く物言いをした。

 普段の物腰は別として、私は何だかんだ親切にしてくれる南風さんが好きだったし、頼りにもしていた。けれど、今の南風さんにはそうした気持ちを感じなかった。初めて目にする素っ気なさだ。相手が私たちでなく、神ならぬ身の石楠さんだからだろうか。当の石楠さんを見れば困り切った様子。


「何を頼みたいか。それは私にもよくは分かりません。そうですね。例えば、媛様のお怒りを宥めて頂くだとか。或いはこっそり犯人を、その、周りにそれと悟られないように拉致して頂くだとか、でしょうか。とにかく南風媛様のお知恵をお借りしたくて」

「待って待って。あたし白守だよ? 気持ちは分かるけど社違いだし。その辺の筋違いを承知で翻意させたいってなら、あたしなんかより夜刀やと様に頼めば? だってそうでしょ? ここは水走なんだからさ」

「そんなっ、夜刀媛様にだなんて、畏れがましいです」

「え、どゆこと? ちょっと首刈ちゃん聞いた? あたしには頼むのに夜刀様はダメっておかしくない? 軽く見られてるってことでいーのこれ?」


 南風さんが言えば石楠さんは縮み上がって声もない。さすがに気の毒になったので、南風さんには「その辺で許してあげて」と目配せを送った。勿論、南風さんだって本気で言ってはいないだろう。言いながらもどうしたものかと思案を巡らせている筈だ……多分。

 どうであれ主題を握る石楠さんが黙ってしまったら話は続かない。最高神が日和見を決め込むのもどうかと思い、私は助け舟を出すつもりで口を開いた。


「えっと、石楠さんは犯人を捕まえたら問題になるって思った訳でしょ? なら例えばだけど、夕星媛の怒りが解けるまで黙っていればいいんじゃないの? さっき長引けば、って言ってたんだし」

「それはできません。犯人が特定されてしまった以上、媛様をたばかるだなんて、私には無理ですっ」


 うん。口を挟んではみたものの、返ってきた答えがこれ。ぶっちゃけ相当めんどくさい。その思いを極力顔に出さないように私は続けた。


「それじゃあそうだな……。あ、私が夕星媛と話してみようか?」

「……え? 首刈様に馬宮へお運び頂けるんですか?」

「別にいいよ。大嶋廻りでは八大神を順番に訪ねて行くんだから、夕星媛とだっていずれは会うんだし、それが早いか遅いかってだけでしょ?」


 話が進まないよりはマシだろうと、ついつい口走ってしまった。八大神が相手では骨が折れそうだとは思ったけれど、後悔したって仕方がない。私が行くことで役に立てることがあるなら赴くまでだ。と思ったんですが! そーなったらそーなったで今度は南風さんから待ったがかかった。一体なんなの。


「うん。止めはしないけど、首刈ちゃんて八大神のこと、ぶっちゃけ名前くらいしか知らないよね?」

「まあ、その点は確かに。持ち合わせは当代の神名と通り一遍の知識くらいなものだけど」

「なら判断材料として軽く説明させてくれる?」

「お願いします」


 で、南風さんの話に耳を傾けることに。私は暇そうな放谷と笑みを交わし、阿呼が淹れ直してくれたお茶を一口。美味しいです。南風さんもお茶で舌を湿して話し始めた。


「ちょっと野飛からは話が逸れるんだけど、青海の先代はついこの間まで神座みくらに就いてて、それがまた物凄い渡人嫌いなのね。理由は明白。軍勢を持ち込んだ渡人が油目当てに鯨を殺しまくったから。食べられもせずに海に流された骸が相当あった訳よ。そりゃ青海の大鯨も怒りの潮が天を衝くよね。で、野飛は青海と隣付き合いだから、夕星もかなりその影響受けてる。ご同様に渡人嫌いってこと。まあ渡人好きの神がいるかって言ったらそんなのいやしないけど、強いて言えば舶来かぶれの夜刀様くらいかな? ところで首刈ちゃんて生まれて半年そこそこだよね?」


 南風さんの言う「そんなのいやしない」には思うところがあったけれど、私はおくびにも出さず末尾の質問にだけ答えた。


「私? 仰る通り半年くらいだね」

「だよね。その首刈ちゃんがこれから野飛に行ったとして、七百年生きて来た夕星に言いくるめられない自信はあるの?」

「いいえ、まったくもって」

「うん、それで行ってどうするの?」


 その質問は私如きが行っても無駄だよってことなのだろうか? 変に裏を勘ぐってしまうくらいには苛立ちが募り始めていた。


「そりゃあ勿論、会って話をしますよ」

「言いくるめられる気満々で?」


 むがちん! 私は思わず立ち上がった。これまでの南風さんとは思えない底意地の悪い言い方だ。そして冒頭からの南風さんと石楠さん、双方に見られるどっちもどっちな消極性に苛々が爆発したのだ。

 いや、それだけじゃない。それだけで爆発するほど私は短気じゃない。他にもきっと何かある。目の前で着火した導火線より、遥かに長い別の導火線が。でも直ぐにそれと分かるものがなかった。


「あのねぇ!」


 私は南風さんを、そして石楠さんを睨んだ。


「大体、石楠さんは意味不明でしょ!? 犯人を見つけておいて報告すらせずに、夕星媛のほとぼりを冷ます方法とか探し回って。そんなのおかいしよね? 少なくとも神旨の問題をとやかく言うのは報告した後なんじゃないの? 南風さんだって神様なのに、頼られても社違いだからお断りって、なんでそうなる! 二人して立ち止まって後退って、そんなんじゃ前に進みようがないじゃん。違うでしょ? 相談しに来て話を聞いて、どうしたらいいのかなって知恵を出し合うんじゃないの? 煮詰まってると思うから私は手を挙げたんだよ。そしたら何? あれもダメこれもダメ、挙句に謎の足止め工作だ。なんでそうなる! はい二回目! 今は青海の話とか関係ないじゃん。言いくるめられる気満々? そういうことは休み休み言ってよ! 私は今の私にできると思ったことを言っただけなの! そりゃ生まれて半年だからね。大したことはしてあげられないよね? 有難迷惑だった? ならごめんなさいねっ」


 私は座卓に背を向けドスンと胡坐を掻いた。完全に子供の癇癪だ。でも間違ったとは思わない。その証拠に阿呼も放谷も私を止めなかった。ここでしばらく沈黙を置けば腹の虫も収まる。そう思っていたのに私はまた立ち上がって、自分でも思ってもみないことを口にした。


「人も神も話せば分かることがあるの! 話す前から手を引っ込めてたら駄目なんだよ! 大体、渡人の問題だって当の渡人と話してみればいいじゃないっ!!」


 うん。なんでここで渡人のことを言ったの私。これはもう勢いで話がズレてきそう……。なんて思ったところで易々とブレーキはかからない。いいや、この際だ。言っちゃえ。


「聞てみたことあるの? なんで神々の波長を欲しがるのかって。聞けばいいじゃない。大昔のことは知らないけど、今は大嶋で一緒に暮らしてるんだから。そりゃ争わないことは大事だよ。私だって大嶋の争いのない歴史には感動した。凄いなって思った。それを守ってきた星霊にも神々にも嶋人にも敬意を払う。偉いよ、普通は無理だもん。でもっ、折角そうやって争わない道を選んで、それを守って来たんだから、だったら今度は話せばいい。渡人だって何も戦争がしたくて大嶋まで来たんじゃないでしょ? そりゃ戦争は起きたけど、みんな神様に会いたかったんじゃないの? だから来たんでしょ? 頑張って海を渡って来たのに、なんで……」


 苛立ちが怒りに火を付けて、そこから制御不能に陥るよくある流れ。でも此処は踏ん張らねば。


「どうして、もっと知ろうとしてあげないの!? 自然とともに、あるがままにも結構だけど、同じ大地を踏んで生きてるんだから、もっと色々と分かり合えるでしょ!?」


 延々と捲し立てる内に、私の中にあった違和感の正体も見えてきた。それと同時に切ないような、惜しむような、雑多に混じった感情が目頭をノックしてくる。引っ込んでろっ、出番はまだだ。

 私は思う。渡人というのは透明人間だ。大嶋にいる渡人はいつだって黙認されて来ただけで、只の一度も歓迎されていないように思う。

 生まれて僅か半年。真神を出て数日の私が言うことだから、きっと穴だらけだろうけど。あの視線、あれは構って貰いたい子供のそれと同じなんじゃないだろうか。

 長い長い導火線の正体はこれだ。閑野生しずやなり神社で南風さんの話を聞いた時に感じた違和感。何故戦争になったのか。何故審神の小杖なんて物が出回るようになったのか。私はまだその動機を聞かされていない。神々はそんなもの知ろうとも思ってないのでは? 一方は目を合わさず、一方は見つめるだけ。


――でも、お母さんは何も言わないから

――ほっとくさー。野暮らしには関わらないのが普通だ


 どこかしら感じていたこの世界の距離感。前世ではどんなことでも話し合える家族や友達に囲まれていたからそう感じるのだと思っていた。口数は少なくてもお母さんの愛情は深かったし、放谷は最後には私の思いをちゃんと分ってくれた。気持ちの後押しさえしてくれた。


――あたしたちを調べ上げてお金のやり取りをしてるような連中、みんなは好きになれる?

――渡人との間に争いを招きそうで……。


 真神の外へ出て数日だというのに、この突き放す感じと引き下がる感じ。大嶋に、楓露に根付いている価値観なのだろうか。日本に似ているからと安心して、見過ごしてきた部分が浮き彫りになってきた気がした。


――神様ほど好奇の対象はないからね。だが接し方が分からない。


 遠路遥々訪ねて来て、元気よく挨拶したのに「あ、どうも」で去られてしまえば接し方が分からなくなるのも当然だ。

 凝視する渡人の前を素通りして行く神々。なんで声をかけない。どっちが先でもいいだろうと思うのに、一方はそれをしない。一方はそれができないのだ。

 神々は「どうぞご自由に」と言ったつもりかもしれない。渡人は無視されているような気分になったかもしれない。だったら言葉は何の為に……。


「首刈と言うとーりだなー」


 空隙を突くように放谷が言った。

 またこの娘はこういうタイミングで味方をしてくれる。泣けちゃうでしょーが。ほんと、そゆとこ嫌いじゃない。


「話せる相手とは話せる内に話しとかないとー」


 ああ、そうか。

 放谷の胸に去来する思いが伝わって来た。石舞台で私と阿呼と追風を見て、この娘は家族の会話を羨ましいと言ったんだ。生まれてから私たちと旅に出るまで三十年。風吹きすさぶ谷に一人。その孤独はどこかで渡人の抱える透明さと繋がっているのかもしれない。

 私は考えた。

 透明になってしまった渡人と今更話し合うことは難しいのかもしれない。なら先ずは前段階と言うか、下準備として、彼らに色を取り戻させる必要があるだろう。

 透明な渡人たちに色を付けてあげたい。どんな色がいいだろうか。例えば大嶋を目指そうとした心意気だとか、浜に第一歩を記した喜びだとか、そういった、失う前には確かに持っていた鮮やかな彩りが彼らにもあったに違いない。ならばそれをどう取り戻すのか。

 どうと言って、私には歌うくらいのことしかできないじゃないか。だったら歌おう。あの無辺の闇に思うまま紡いで星空を招いたように、今度は無色透明のキャンパスに彼らの色を描いてみよう。

 私はレブの浅黒い肌の色合いを思い出した。ゆっくりと渦を巻く温かなココアの色も。三代目からは嶋人だと言った彼の言葉を、私の歌で本物にできるのだとしたら、ものはついでだ、初代も二代も負けてやろう。


神庭こうにわの街で、とっても気のいい渡人のおじさんに会ったの」


 突然切り出した私に、なんの話かと南風さんも石楠さんも瞬きをした。阿呼と放谷はその人物に思い当って耳をそばだてる。まだ誰も私の秘かな決意には気付いていない。


「短い時間だったけど、色々と話をして。中でもこの――」


 言って私は自分の片耳を摘まんでみせた。


「これに集まる渡人の視線。石楠さんだって耳と尻尾が出てるからジロジロ見られるでしょ?」

「はい。気にしないようにはしてますけど」

「私も阿呼もぐったりするくらい見られて、ね?」

「うん。この街もたくさん渡人の人たちがいて、阿呼はやっと少し慣れてきたところ」

「あー、あたしも結構視線感じるわー」

「南風さんの耳羽じうは大して目立ってないでしょ。見られるのは美人なのに隙だらけだからなの! あとその鶏冠みたいな変な髪型が悪目立ちしてるんだよ」


 ピシャリと言ったら南風さん、まるで青天の霹靂に打たれた顔をして鶏冠に触れた。そして周囲を見回せば一斉に目を背ける三人。南風さんはかなりのショックを受けたようで、青褪めて項垂れてしまった。ごめん。そんなに気に入ってんだ、その鶏冠……。悪いことしちゃったな。しかし今は話の続きだ。


「それで、その人はレブさんて言うんだけど、レブさんが言うには、渡人は神々にどう接していいかが分からないんだって。西の、神様不在の大陸からやって来て、千年経っても未だにそんな風なのかって、その時は随分引っ込み思案だな、ぐらいにしか思わなかったけど、今考えると寂しいことだなって思えるの。だから、だから私は決めた」


 私はようやく腰を下ろし、それから両手でバンッと座卓を叩いた。茶托が跳ねて湯呑が震え、驚いた阿呼の耳がピピン! 南風さんは項垂れたままだ。が、その南風さんも続く私の言葉には目を丸くして鶏冠を跳ね上げた。


「私は皇大神を継く者として、楓露の真央まおに立つ中柱なかはしらの神として、八大神との会合を要求します!」

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