表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の一 真神編
3/172

001 狼になった!

 終わってない訳ですよ。おかしくない?

 私としてはかなりシリアスな死後体験を味わって、ついに終幕か。そう思っていたんだけど、どうやら違ってたみたい。

 ぶっちゃけ意味が分からない。さっきまでの宇宙はなんだったの? ひょっとして一面か? なら一面クリアして今二面?

 考えても分からないものは分からない。なので現状に没入します。

 さて、昔から私は目覚ましより先に目が覚める性質たちだ。

 目覚まし時計の音は眠たい脳を刺すようで頂けない。なので、目覚ましが鳴る時間が近付くと「鳴る前に消せ」と私の本能ゴーストが囁き、見事に空振りした腕が角の柱にブチ当たって目を覚ます。生前はそんな日常を送っていた。

 けれども今は振り上げようとした腕は満足に動かず、かと言って目覚ましの逆襲もない。何より目が覚めたこと自体が私を激しく戸惑わせた。


(うん、一面二面の話を引き摺る訳じゃないけど、二面にしたって様子が変だよね? 私今、腕を振り上げようとしたんだよ? てことは……。腕あるじゃん! え? 体あるじゃん!)


 どうも第二ステージは凝ってるらしい。感覚を研ぎ澄ませば手足や目鼻が確かにある。それから重力。体の重みも感じる。

 けれど目が開かない。視力はあるみたい。周りは闇じゃなくて一面真っ赤。つまり瞼の裏に光を感じてる状態だ。


(状況が分からな過ぎる。よし、目が開かないなら鼻行ってみよう。あと耳も)


 私はクンクンと鼻を働かせ、じっと耳を澄ました。


(日向の匂いがする。干したてのお布団の匂い。さらさら聞こえるのは葉擦れの音?)


 それは嘘っぽさの欠片もないリアル。体はふかふかした温かいものに包まれている。どこか高い梢から葉擦れのさやめきが降り注いで、まるで庭先や公園、さもなければ光射す森にでもいるようだ。

 しかし一体全体どういうことだろう。ここまで来るともう死後の世界の続きとは思えない。どうやら私、生きてるっぽい。


(はっ、まさか! これが噂に聞く転生……ってやつ?)


 教室でよく耳にした話題を思い出す。オタ系男女に限らず結構な割合で、転生やら転移系のラノベやマンガを読んでる子はいた。ネットで無料配信もされてるし、私も読んだり観たりした経験がある。


(そうか、選ばれてしまったか。この私が……。そういうことなら!)


 なんとか目を開けようと頼りない手を動かしてゴショゴショゴショ。早く生まれ変わった新しい世界を見てみたかった。


(開いた! ん? 何これ? 私の手……かな?)


 ボヤッとした視界にフニッと柔らかそうなものを備えた毛むくじゃらの手。いや手とは明らかに違う。なんと言うかその……前足、的な?

 私はのたうち回った。


(のおおおおお! 人間じゃないじゃん! 人型ですらない! ほわーい? やだやだぁ。私動物に転生しちゃったの?)


 混乱しながらも、目のピントが徐々に合って状況が見えてきた。

 そう。私は犬だ。

 転生ラッキー! からの犬だった。

 今、見上げた視線の先に母親と思しき犬の顔が見える。雪のように白い毛並みをして、ゆっくりとした瞬きの奥にとっても優しそうな紅赤べにあかの瞳。それが真っ直ぐに私を見つめている。

 ずっと感じていたふっくらふわふわの正体は母親の毛並みと、もぞもぞ蠢く私の兄弟姉妹たち。ひい、うふ、みい、私を含めて五匹の赤ちゃんがいた。


(ふむ。まあまあまあ。うん、犬も悪くはないよね。人間と密接な関係にある動物なのは大きい。ただ、お母さんが首輪をしてないのは気になるな。世間は野良には厳しいから。でもまぁ今の私は赤ちゃんだし、とりあえず元気に育つことだけ考えよう)


 私は持ち前のズレた感覚で早くも現実を受け入れた。だってお母さんは優しそうだし、兄弟姉妹はぬくぬくのもっふもふ。ミミズやオケラやアメンボに生まれ変わることを思えば遥かに恵まれているじゃないか。

 気持ちの切り替えが済むとお腹が鳴って、私はおっぱいを探し求めた。ふっくらと張ったお腹に甘やかな匂い漂う先端を発見。使い勝手のよく分からない口で夢中になって吸い上げれば、甘く濃厚な味わいが口の中一杯に広がって、胸は幸せで一杯になった。


「きゃうん!」


 高らかに産声を上げて、さあ、転生ライフを謳歌するぞぉ!




 ***




 という訳で、どうも、犬です。無事、五体満足で生まれて参りました。

 今生の家族は父一頭、母一頭、兄弟姉妹が私を入れて五頭のしめて七頭。

 三頭の男の子はいずれもお父さん似で、女郎花おみなえしのような黄色味を帯びた明るい灰色の体毛。

 一頭の女の子はお母さん譲りの真っ白な毛並み。赤いおめめがキラリとチャーミーな美人さんだ。

 私はと言うと何故だか両親のどちらにも似ていない。毛は青味がかった灰色をして、心なしかもっさりと毛足が長い。まさか、醜いアヒルの子的な展開が待っているのか……。だとしたら花開くまでの虐待の日々に耐えきれる自信はない。

 なんて不安は数日も経てばすっかり消えて、兄妹仲良く、家族仲良く、楽しい日々が続いた。寝て起きて、おっぱい飲んで、じゃれ合いっこしてまた眠る。そんな毎日。

 一家の住まいは神社の境内。まだ幼い私たちの行動範囲は木々の開けた場所に立つ横長の建物に限られていた。前世の記憶によれば母方の故郷、会津は新宮熊野神社の長床ながとこにそっくり。四方いずれも壁はなく、幅約五〇(メートル)、奥行約三〇米のただっ広い板敷。その上に整然と太い柱が並んで、重厚な茅葺かやぶき屋根を支えていた。

 走り回って縁から落っこちようものなら自力では戻れない。お父さんお母さんに首根っ子を咥えられてのご帰還だ。


(なんで神社なんだろ? それに私の知ってる長床より全然広い。犬小屋には壮大過ぎるけど、質実剛健なこの感じは好きだな)


 辺りは土打ちでその周りを芝生が囲っている。大外はぐるりと緑深い鎮守の杜。神社好きの私は元より、犬にとってはまたとない環境だ。

 しかし不思議なことに、これだけ立派で手入れの行き届いた場所だというのに、人の気配がなかった。何処をどう見渡しても人っ子一人いやしない。


(まあ人がいないならいないで、いっそ私たちには都合がいいけど)


 両親とも首輪をしていないから私たちは野良犬一家。人に見つかれば保健所送りになり、そこで貰い手が見つからなければジ・エンド。ぶるるっ、そんなのは御免だ。

 私はここが何処かを考えながら数日を過ごした。

 野に花を見れば春。温かで過ごし易く、降る雨も吹く風も日本的な情緒に溢れている。

 私は常々、生命いのちは景色と共に生きるものだと考えていた。意識的か無意識かは別として、どんな景色の中で生きて行くかを、生命は常に選択している。種として、個として、ここで生きて行くんだ。そういう決断が命にはあると思う。例え望まぬ場所に流れ着いても、心に思い描く景色があるように。

 今、私を取り巻く風景はとても穏やかで豊かなもの。私はこの景色の中でなら生きて行けると感じていた。


(それにしても動物の成長力ってやばいな。この分だとあっという間に大人になっちゃいそう)


 私たちは日々、目覚ましい勢いで成長を遂げていた。生後三週間でよたよたと動き回り、次の三週間で見違えるほど大きくなった。人間ならハイハイすら半年以上かかるところを動物は一足飛びに越えて行く。

 兄妹の違いもありありとしたところで、私は勝手に序列を決めたてみた。

 最も体格のいい雄が長男。甘噛みが下手なのでじゃれ合う時は要注意。

 二番手は私。女だてらに男三匹向こうに回して大立ち回りをやってのける。

 次男は沈着冷静型。胸元にツキノワグマに似た純白の毛があるのが特徴だ。

 三男はスプリンター。近頃毛色が濃さを増して柴染ふしぞめになってきた。

 末妹はお母さんと同じ白無垢赤目のアルビノちゃん。大人しいので自分から手を出すことはしないけど、その見た目からか三兄弟によくちょっかいをかけられる。なので常々私が庇ってあげていた。お陰で今ではお母さんよりも私の方にべったり。こっちも頼られれば自然と姉の自覚が芽生えて、今や四六時中一緒。思えば前世では妹だったから初のお姉ちゃん体験だ。

 両親は基本放任主義。子供のじゃれ合いに割って入ることはないし、こっちから寄って行けば優しくペロペロしてくれる。前足で軽く抑えられたり、耳元を甘噛みされたり、どんな行為からも、それはそれは深い愛情が感じられた。犬の家族って思ってた以上に愛が深い。生まれ変われてよかった。心からそう思えた。


(おん?)


 三兄弟と長床を走り回るのに疲れた私は、一息入れる為に柱の陰で寝そべるお母さんと妹に近付いた。ふと柱を見上げると手彫りの柱絵。

 長床の全ての柱には犬の様々な様子が彫り込まれている。これまで余りまじまじと見たことはなかったけれど、どの絵も精悍に描かれていて中々に迫力がある。

 天上の月を見上げて吠える犬の絵。その足下辺りに掘られた文字を見て、私は小首をかしげた。「真神大神遠吠之図」とある。


(漢字だ。ここは神社だし、周りも日本の景色に酷似してる。てことはこれ、異世界転生じゃなくて輪廻転生になるの? 探しに行けばまた元の家族に会えたりする? そういえば真神って確か……)


 前世の私は奈良橿原の生まれ。考古学繋がりで結婚した両親は県外から橿原市に移り住んだ。以来、私はそこで生まれ、そこで育ち、幼稚園から高校まで通った学び舎もみーんな市内。その橿原から南へ行くと全国的にも有名な飛鳥がある。

 甘樫あまがしの丘に程近い飛鳥寺の一帯は昔、真神原まがみはらと呼ばれていて、そこに住む年寄り狼を「大口真神おおくちのまがみ」と呼んでまつっていたらしい。大神もその発音から狼に通じていて、するとこの神社は狼を祀っているということになる。


(ほわっ? 狼!?)


 私はお母さんの懐で眠る妹を見た。白い毛並みが溶け合って二つで一つみたい。次に長床を駆け回る三兄弟を見る。


(ふむ。仔犬にしか見えないね。私もきっと似たようなもんだ。でも……)


 お母さんを見た。深い真朱まそほの瞳が見返して来る。

 私は大きく口を開けた。お母さんに向けて精一杯。するとお母さんはしばらく様子を見た後、同じように口を開けてくれた。


(牙、長っ!! 絶対犬じゃないよこれ。え? じゃあ何? 私たちって狼一家ってこと? でも待って。ここ日本だよね? 狼って日本じゃ絶滅したんじゃなかったっけ? ここは神社で景色も日本。柱の文字も日本語だ。なのに私たち一家は絶滅した筈の狼? あり得なくない? こうなると異世界転生の可能性はまだあるか? 輪廻転生だとすれば時代が違うって可能性も……)


 そんな考えに転がり落ちると、私はここが何処なのか、いつの時代なのか、急に全てがあやふやになってしまった。




 ***




 その日、両親が一緒になって長床を離れて行った。

 いつもならお父さんがお母さんのご飯を獲りに行き、お母さんは長床の隅から私たちを見守る。けれどこの日は違っていた。

 変化を察したのは私だけなのか、三兄弟は長床の縁をグルグル走り回って追いかけっこをしていた。


(お母さんいないのに、落っこちたらどーすんの)


 体も随分できてきたとはいえ、未だ乳離れしていない私たちにとって長床の高さは依然、大きな壁だ。

 ヤキモキしてたら妹がトテトテ歩み寄ってきて、目の前でコロンと寝ころんだ。どうやら毛繕いをして欲しいらしい。可愛い妹のおねだりを無下にしてはいけません。

 私は背に回り込んで首筋辺りから順に丁寧に毛繕いを始めた。くるる、くるる、と喉を鳴らす様子がたまらなく可愛い。目に入れても痛くないとはこのことか。

 が、しかし――。


(痛っ! いったいなぁ、もう!)


 鋭い痛みと共に妹との蜜月は失われ、けたたましくゴングが鳴った。

 相変わらず容赦のない咬合力で長男が首筋に噛み付いている。私は妹から離れる方向に体を二回横転させ、不調法者を引き剥がした。後退った長男と視線がぶつかれば、その眼は「あそぼ?」と訴えかけてくる。


(小首を傾げるなっ。調子狂うんだから)


 エキサイトしかけた血潮が腰砕けに引いたところへ、横合いから三男が突進してくるのが見えた。

 長男の連攻を防ぐ為に視線は切れない。横眼で距離を測って激突寸前に回避。だが惜しいかな、飛び退すさろうとした私の下っ腹をえぐるようにタックルが決まり、体は宙を舞った。これが格闘ゲームなら空中コンボが炸裂していただろう。

 私は空中で必死に体を捻り、四本の足を精一杯伸ばして着地。妹の前で無様に転がる醜態だけは回避した。意地だね、もう。


「きゃん!」


 やったわね、と精一杯の咆哮を上げて三男と対峙。するとその眼はやはり「あそぼ?」と、訴えかけてくる。


(男子は男子で遊んでなさいよ。こっちくんな)


 無邪気な二頭は睨んでも引き下がる気配はない。私も私で男兄弟がいたためしがないせいか、いなし方が分からないまま、ついつい真っ向切ってしまう。そうこうする内に案の定、次男もひょっこり現れて「僕も混ぜてよ」と参戦表明。

 妹はといえば、いつの間にか柱の陰へと待避を済ませて「私知ーらない」と耳を伏せて見て見ぬ振り。うん、お姉ちゃん賢い子は好きよ。

 結局くたくたになるまで暴れ回って、終わった時には既に寝息を立てている妹。みんなしてそこに折り重なればお昼寝タイムに突入です。


(んむ……。まだ眠いよ。あとちょっと)


 すんすんと近付く鼻が私の顎下に差し入れられて、無理に起こそうとしてくる。寝返りを打っても逃がしてくれないのでパッと目を開ければお母さんの顔。結局全員が起こされて、何事かと思っていると、お母さんは長床を降りてお父さんの下へ。


(おん? お父さんの足元にあるのって……)


 それはぐったりと息絶えた野兎。

 この日、私たちは乳離れを果たした。両親が獲って来てた野兎の肉を初めて口にしたのだ。

 離乳食は両親によって噛み砕かれた新鮮な獲物の肉。人間だった頃の感覚が邪魔をして、見てくれに戸惑いはしたものの、「ままよ」と一口食べてみれば、滋味溢れる味わいにコロリと虜になってしまった。


(美味しい! これぞ狼の獲物よ! あおーん!)


 こうして授乳から肉食に移行した私たち。体はみるみる大きくなって、夏の到来と共に長床からも解放されて、境内を所狭しと走り回る日々が始まった。

 やがて迎えた夏の盛り。私たち兄妹はお父さんに連れられ、初めて境内の外へと出ることになった。そう、いよいよ狩りの訓練が始まるのだ。




 ***




 一家総出の行軍は長床を出て、立ち並ぶ摂社や祠の間を抜け、鎮守の杜が織り成す緑のトンネルを潜り、大きな鳥居に迎えられた。向こうに広がるのは生気盛んな夏の原っぱ。


(やばいくらいワクワクするんですけど。知らない場所に行くのって楽しいなぁ)


 隊列はお父さん、三兄弟、私、妹、お母さんの順。私は列を横にはみ出し、少しでも行く手を見ようとウズウズしながら付いてった。

 生い茂る道なき草原。青々とせる草いきれの中を真っすぐに進んで行く。草を薙ぐ爽やかな初夏の風。燦々と降り注ぐ陽射しは風靡なびく青草に照り返して、光の波が次々と現れては消えて行った。

 隊列を乱すのは勿論私たち。やれ蝶々が飛んだのバッタが跳ねたのと、目につくものを追い回しては首根っこを咥えられ、隊列に引き戻される。それもまた楽しからずや。


(凄い。こんな自然美、見たことない)


 前世では家族キャンプによく行った。県南部はまだまだ手付かずの自然が残っていたけれど、今目にしている程のスケールは初めてお目にかかる。

 私は無性に唄いたくなった。



 丘を越え行こうよ


 口笛ふきつつ


 空は澄み 青空


 牧場をさして


 歌おう ほがらに


 ともに手を取り ランララランラ、ランランランラ――



 心の中で歌いながらピクニック気分でいると、不意に止む行軍。妹を振り返りながら進んでいた私は三男のお尻に激突した。

 前方を見れば三男は次男の、次男は長男の、そして長男はお父さんのお尻に追突して、さながら玉突き事故のよう。

 すわ何事か、と、三男の腰に両足を乗せ、後足立ちになった私の視界一杯に一層広々とした野っ原が開かれた。


(おお! 狩場だ――。うわー、ドキドキしてきた。ぶっつけ本番の狩りなんて上手くできるかな? いやいや、やらなくちゃいけないんだ。男連中に負けたくないし、頑張るぞっ)


 武者震いする私の背中に一陣の風が吹き付けた。そして俄かにざわめく草原。

 両親は互いに視線を交すと、低く短い吠えを一つずつ放つ。私たちに警戒を促しているのだ。それを察して兄妹の間に子供なりの緊張感が走った。

 耳を垂れた妹が不安そうに身を寄せる。私は安心させようと、その桜色の鼻頭をペロリと舐めてあげた。


(大丈夫。お姉ちゃんが守ってあげるからね)


 お父さんは草むらの向こうに姿を消した。私たちはお母さんと一緒に待機。

 待機だっていうのにやんちゃ三兄弟は早速じゃれあい始める。気を揉みながらお母さんの様子を窺うと、別段制止する風でもない。なら私も参加しようかな、と腰の辺りがソワソワソワ。けれど妹がお母さんに甘え始めたのを見て、私は素早く宗旨替えをした。何せ狼の成長は早い。甘えられる内に甘えておかなくちゃ損というものだ。

 そうこうする内に三兄弟のじゃれ合いもたけなわとなって、そこへお父さんが戻ってきた。飛び跳ねる野兎を追い立てて。


 カーン――!!


 ゴングが鳴り響いた。直ちに獣のスイッチオン!

 一番槍を付けてやろうと颯爽飛び出す私。やる気は十分。けれど体が付いてこない。

 獲物は既にお父さんが軽く手傷を負わせていた。それを兄妹みんなで追い回すのだけど、中々どうして、やっこさんは手強かった。

 目をみはるクイックターン。軽やかで華麗なジャンプ。この曲がる、跳ねるの動きに目が追い付かない。トリッキーなあの手この手に翻弄されて、狩りの動きを知らない体は、ただ熱くたぎる血潮に振り回され続けた。


(くうっ、これが実戦か――)


 鋭角ターンが決まらずに、勢い余った私はコースアウトして転がった。野兎も必死だ。だけど、こっちだって生きる為にはここで狩りを学ばなくちゃならない。

 逃げる者と狩る者。お互いの「生きる」を賭けた戦いの最中、私は距離を取って草場に伏せ、じっと忍んで決定機を窺った。

 目の前では三兄弟が滅茶苦茶な追い回しを再開。

 妹は私の右後方。

 両親は獲物の大逃げを防ぐ為か、ゆっくりと輪を描きながら奮闘を見守っている。

 散々振り回された三兄弟がやけっぱちに突進。するとその時、三方から迫る敵に、野兎は一瞬の迷いを見せた。


(ここだ!)


 直感した私の体が無意識に前傾姿勢を取る。

 右前足を「く」の字に浮かせれば自然とお尻がムズムズする不思議! なんだろうね、これ。

 野兎が命の限りと大きく跳ねた。

 それを見てここぞとばかりに後ろ足のバネを解放。

 獲物の着地点目がけ、目一杯牙を剥いて、矢の勢いで飛び込んだ。

 タイミングは寸分のズレも許されない。

 視界の隅で互いの頭をぶっついた三兄弟がすっ転げる。

 次の瞬間、野兎と私と、二つの影は交差して、唸る牙は紛うことなく獲物の首筋を捕らえていた。


(できたぁ! 嬉しいぃぃ。ねぇ見た!? お父さん、お母さん、今のちゃんと見ててくれた!?)


 キュッ、と短い圧喉音あっこうおん

 野兎は追っ付けやってきた妹に片足を取られ、もんどり打って倒れ込んだ。


(ナイスアシスト!)


 私はしっかりと喰い締めたまま周囲を窺った。両親は既に輪を描くのをやめ、腰を落としてこちらを見つめている。

 急速に失われて行く野兎の抵抗。

 遅蒔きに三兄弟がやってきて余った四肢に食らい付くと、野兎の五体はバラバラに引き裂かれて行った。

 残酷、ではない。これが、これこそが命の営みなんだ。

 私たち兄妹はどうにか初めての狩りを成功に収めた。やったね!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ