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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の二 水走編
28/172

026 旗納め

 合戦を終え、本陣に戻ると既に粗方を谷蟇たにくぐ衆が片付け終えていて、私はそのまま谷蟇神社に戻って、阿呼を抱き枕に一寝入りするつもりでいた。がしかし。


「行くだわよ」

「え? 行くって?」

「櫓で合戦後の集まりがあるのだわ」

「私も?」

石臥女いわふしめ殿が皇大神も是非にと言うからには、そうなるのだわよ」


 致し方ない。飛び入りで参戦させて貰っておいて、終わったらさっさと帰るでは義理が立たない。私は放谷に阿呼を任せて、痲油めあぶら姫と共に櫓下の葦小屋へ向かった。

 三社の神と判じ役。そこに皇大神である私が加わって五人。

 話と言うのは他でもない。合戦神事の結果発表だ。

 石臥女さんによれば合戦中、どの陣営も反則行為は認められなかったとのこと。浮き島に翻った旗の数は浮寝神社が十九竿。床滑とこなめ神社が十七竿。我が谷蟇たにくぐ神社は十五竿だったそう。

 数の上では確かに三番手。けれども昨年と比して数を伸ばしたのは谷蟇のみ。しかも一挙に十三竿は類を見ない快挙だと石臥女さんは付け足した。それを受けて諸手を上げて喜ぶ痲油姫。私は勿論、誰もがその健闘振りを笑顔で讃えた。

 痲油姫は再三再四、私たちがけてくれたお蔭と口にしていたけれど、私たちが派手に立ち回る陰で、最後まで旗の取り合いに押し負けなかった谷蟇勢の頑張りがあってこそ。更には本陣に戻るたびに士気を高めてくれた里人の存在が本当に大きかった。

 そのことが話題になると、水毬みずまり姫と八頭やつぶり姫も、来年は信徒を招こうと言ってくれたので、私は是非そうして下さいと後押しをしておいた。

 最後に、明日、旗納めの儀を執り行う旨の申し伝えがあって、小屋を出た所でお別れのご挨拶。


「首刈様はお留まり下さい」

「え、私? 私だけ?」


 やっと帰って眠れると思ったのに居残りですよ。疲れているので是非とも手短にお願いしたい。そんな私の心の声を知ってか知らずか、石臥女さんは小屋を離れて畔を歩き始めた。


「如何でございましたか」

「え、はい。楽しかったですよ。参加できてよかったです」


 何も飾らない、素直な気持ちをただ口にする。

 神事への参加は神の行いとして適うことだし、掲げた目標を上回る結果も残せた。自分なりに活躍もできたと思う。痲油めあぶら姫も喜んでくれて、何より里人たちが楽しんでくれた。総じて言えば、稚拙な答えかも知れないけれど、楽しかったの一語に尽きる。

 石臥女さんは「そうですかそうですか」と腰の後ろ、御召茶色の甲羅の下に手を組みながら、櫓の北へ進んで行った。そして半ば辺りで立ち止まる。そこには合戦の最終盤に痲油めあぶら姫と生み出した知泥ちねの残骸が、もう随分と小さくなって道を塞いでいた。


「この泥が何処から来たかはお解りでしょうか」


 はて? 何を意図しての問いだろうか。私は知泥の残骸を見た。考えても分からなかったので、またも率直に答えてみる。


「池の底の泥じゃないんですか?」


 振り返った石臥女さんはじっと私の目を覗き込んだ。まるで瞳の奥の考えまで覗かれているようで気持ちが落ち着かない。何せ私の脳はライトフライ級だ。考えなど吹けば飛ぶ類の物でしかないのだから。


「これが池の底の泥であれば、今やこの池の深さも果て無きものとなっておりましょう」


 そう言いながら屈み込んで、石臥女さんは残骸から一掴みの泥を取った。

 言われてみれば確かにそうだ。あれだけの泥を抜いたら池には大穴でも開いて、池にいた誰もが深みに沈んだだろう。そうなれば着衣水泳なぞ経験もない私は、きっと溺れていたに違いない。


「知泥はそれ自体を畔や畝として用いる場合を除けば、一握りの土くれに注ぐ星霊の量で大きが決まるものに御座います。故に、敢えてその形を留めるよう仕向けなければ、このように放って置くだけで、やがては元の土くれに戻って行くのです」


 ほほー、そうゆうものか、と感心して頷きはしたものの、思い当たって目が丸くなる。


「え? つまり、あの時の知泥の大きさって、私が痲油さんに注ぎ込んだ星霊の量ってことに? なるの、かな……」


 以前、八大神より格上の皇大神なら宿す星霊も半端ないというようなことを放谷が言っていた。白狛しらげこまさんも、皇大神の膨大な星霊力なら他者の波長を自分のものに上書きするのは容易かろうと……。痲油姫の気分が悪くなったのは、急場の不完全な同調で星霊をバンバン流し込んだからだ。そうとは気付いていたけれど、あの巨大な知泥に匹敵する量を送り込んでいたとは夢にも思わなかった。


「私めの手をお取り下さい」


 言われるままに左手を取ると、石臥女さんは深く屈んで、泥を掴んで汚れた右手を濁り切った池の水に沈めた。


「それでは、先程痲油殿にしたように私めに星霊を注いで下さいませ。多くは必要ありません。ただ感覚を研ぎ澄まして、深く同調して頂けますよう」


 その意図は測り兼ねたけど、私は黙って言葉通りに従った。目を閉じて集中し、繋いだ手から波長を通わせる。意識して、ゆっくりと。すると石臥女さんの波長は浪曲の白声しらごえを感じさせた。スタッカートの利いた小気味よい痲油姫のリズムとは天と地ほどの差だ。勿論、阿呼や放谷、南風さんとも違う。ひたすらスローで同調には手間がかかった。


「そのまま星霊を通わせて頂けますよう。決して途切れさせることなく。これから私めが行います清水すがみずの御業を星霊から感じ取って下さいませ。目を閉じて」


 その意味するところを呑み込むより早く、石臥女さんの星霊が静かに波を打った。私は考えるのを止めて繋げた感覚だけに集中。

 目を閉じれば白声しらごえの向こうに見えてくる。それはよどんだ水面に一つ、二つと描かれる波紋。とても広い間隔で幾重もの輪が広がって行く。最初の波紋がイメージの縁に消えると僅かに瀝みが薄らいで、また一つ、また一つと明々瞭々とした透明感が溢れ出した。上澄みの清さは底へ底へと浸透し、やがては水面をすら感じさせない透明度へ。最後の波紋が消えると、そこには鏡のように穏やかな水面だけがあった。


「結構に御座います」


 石臥女の手が離れ、それを合図に目を開ければ、あれだけ濁り切っていた池の水が、今、正にイメージの中に見出したそれと同じく、透き通る池となって現れた。


「うそ、すごっ……。凄くないですかこれ!?」

「凄いのは首刈様です」


 柔和な笑みを湛える石臥女さん。私が狐に摘ままれたような顔をしていると、先を続けてこう言った。


「清水の御業がここまでの清きを現しましたのは、ひとえに首刈様の星霊の混じり気のなさによるもに御座いましょう。私めは自らの体を橋渡しとして、貴女様の星霊だけを用いたのですよ」

「はー、そんなこともできちゃうんですね」

「私めを介したとはいえ、ご自身で御業をお使いになられたも同然。なればこそ清水に関しましては、然程の修練を積まずとも、近く扱えるようになりましょう」


 その言葉に先刻のイメージが甦ってくる。あれほどくっきりとしたイメージを捉えていれば、なるほど。自身単独でもやれそうな気がして来た。と同時に、ここまでその表情の乏しさに読み取れなかった石臥女さんの意図を感じる。


「あれ? ひょっとして私に清水を教えてくれたんですか?」

「清水を、というよりは、このような方法で御業を学ぶこともできます、ということをお教えしたのです。清水に関しては、このような使い方も」


 石臥女さんは私に向けて清水を発動した。かざされた手からほとばしった水が私をずぶ濡れにして、けれども次の瞬間カラッと乾き、泥汚れの一切が奇麗さっぱり。


「うわっ!? 真っ白になった! 髪も尻尾もふわふわになってる! 何これ? お風呂に入ったみたい」


 驚きと感激の中で全身をくまなく確認した。汗のべたつきもなければ爪の隙間の泥すら見当たらない。私は石臥女さんを尊敬の眼差しで仰いだ。


「遠からず首刈様にもできるようになりますよ」

「ほんとかなぁ……」


 半信半疑ながらもイメージの写し取り効果は御業の短期習得に繋がると確信が持てた。

 それから石臥女さんは同じ方法で石凝いしごりという御業も教えてくれた。これは合戦中、池の生き物を保護する目的で石に変えていたという御業。生き物を石と化すイメージ、石から戻すイメージを教わった。石凝は石臥女さんが得意とする御業だそうで、イメージ次第で生き物の姿を留めたり、路傍の石くれに見せたりと、工夫は様々だそう。


「よーし、一人でもこなせるように頑張って練習しよう」


 特に清水すがみずの御業は女子には貴重だ。そして行く行くはアレンジにも挑戦してみたい。放谷の部分的な移姿うつしにしろ、石臥女さんの石凝いしごりにしろ、御業はイメージ一つで様々な応用が利くものなのだ。


「でも、どうして教えてくれたんですか?」


 素朴な疑問が口を衝く。取り立てて石臥女さんとは手解きを受けるような関わりにあったと思わない。何が理由で教えてくれたのだろうか。


「葦小屋でお話しさせて頂きました折に、移姿うつし道結ちゆいの他は知らぬとのお話も御座いましたので、先々の一助になればと、そう考えたまでです。皇大神のお役に立つ栄誉ともなれば、後々の語り草にもなりましょうから」


 初めて見せる口元の笑みにその魂胆を理解しながらも、それは方便だろうと私は感じた。そう、これはきっと無償の親切なのだ。恥ずかし気に二つの御業しか覚えてないと言った私に、親切心から気を回してくれたに違いない。私はそのことには触れず、手解きへのお礼だけを述べたておいた。


「それでは首刈様。明日は神事の締め括りとなる旗納めの儀。痲油殿と共に池の南の祠までお運び頂けますよう」

「はい。必ず」


 それを最後に石臥女さんは深々とお辞儀をして、一人来た道を戻っり始めた。帰ってよしの合図を頂いた私は、石臥女さんを追い越す時に改めてお礼を言って、谷蟇の本陣へと急いだ。




 ***




 翌日、二晩お世話になった谷蟇神社に別れを告げて、私たちは痲油姫とともに湧玉の池の南にある祠に出向いた。

 大嶋廻り一行、三社の主祭神、判じ役の石臥女さん。全員が集まると祠の中に置かれた茅の輪を潜って、旗納めの儀が執り行われる閑野生しずやなり神社へと渡る。ちなみに、本日の主役である旗は、陣太鼓を叩いていた閑野生の従神が一人で担いでいた。


「それでは儀式の場を整えて参りますので、しばらくお庭でも眺めてお待ち下さいませ」


 茅の輪を潜って出た大きな池のある庭園で、石臥女さんは曲がった腰を更に曲げて一礼し、従神とともに鳥居の連なる小路へ去って行った。

 言われた通りに庭を眺めればさすがは水走三宮。入り組んだ石組の陰影も深く、池を中心にして秋色に染まる庭木が、素人目にも美しい配置で並んでいる。奥に山並みを活かした見事な借景だ。

 何より目を引いたのは池の上を渡る橋のような大木。それは真横に寝そべって伸びた幹を、水面下に伸びた枝が支えていて、天に向かう枝葉からは常緑樹特有の力強さがひしひしと感じられた。


「これはまた珍しい木だね。池の端から端まで、のたくってはいるけど真横に延びてるなんて」

「うん。阿呼はこんな木、初めて見た。くねくねってした橋みたい」


 隣りでは放谷もついぞ見覚えのない木だと興味深げに眺めている。


大蛇楠おろちぐすですよ。この水走を象徴する由緒ある木ですねぇ」


 唐突な声にその主を振り仰げは、八頭やつぶり姫が独特の離れ目を寄せてニッと笑った。


「おろちぐす? 楠ですか。へぇ、確かに大きな蛇のように見えますね」

「このくらいはまだまだ小さい方ですよ」


 池を跨ぐ二〇米超の大木を指して小さいとは驚きだ。確かに楠の古木ならもっと大きくなる例も知ってはいるけれど……。


「由緒っていうのは、どんな内容ですか?」

「お姉ちゃん、きっと蛇に似てるからよ」


 阿呼の言葉に、くちなわトーテムを一宮と仰ぐ水走と大蛇楠とが線で繋がる。


「大蛇楠は夜刀楠やとのくすとも申しますのよ」


 池へ沈み込む枯滝の石組に立って、鸊鵜かいつぶりの親子連れと戯れていた水毬みずまり姫が補った。


「人々の間では夜刀媛様の成り代わり、分身わけみとされているのですわ。本来、夜刀楠やとのくすと言えば、一宮に近い水走最大の大蛇楠だけを指しますのに。けれども水走に暮らす者たちは、姿を似せる全ての大蛇楠に夜刀媛様のお姿を重ねて見るのです」


 水毬姫が夜刀媛様と口にした時の黙礼するような仕草に、まだ見ぬ八大神やひろのかみの偉大さが窺い知れる。これまで聞き及んだ限りでも慕わしく思われるその神に、私は改めて興味を抱いた。


「あの、夜刀媛様ってどんな方ですか?」


 問えば途端に眼の色を変える二柱。水毬姫など裾を乱して駆け寄って来たかと思えば、ご興味がおありですかそうですか、と、こちらに二の句を継がせぬ勢いだ。それを制して先に語り出した八頭姫も心なしか鼻息が荒い。なんかいきなりで怖いんですけど。


「夜刀媛様はそれはそれは慈愛に満ちたお優しい方でしてねぇ。万古の神でありながら決して偉ぶりもせず、心配りは細やかで、この身が半裂の主祭でなければ今日にも蛇を祀りたい。そんな気持ちにさせて下さる御方なんですよぉぉ」


 分かった。分かったから落ち着いて欲しい。圧が凄くて阿呼もドン引きしてるから。


「毎年の春告はるつげ神事でもお会いしますけれど、都度都度、事細かに社の向きなどお尋ね下さって、こちらの末々まで心を砕いて下さる素晴らしい御方なのですわ。その上、進取の気象も盛んで、水走の民の健やかなるはすべからく夜刀媛様の美挙によると申せますのよ」


 うん、解説ありがとう。二人ともちょっと深呼吸しようか。

 二柱の勢いを宥めようと努めていると、そこへ折よく陣太鼓の従神さんが戻って来た。私は「ご案内します」と向けられた助け舟に飛び乗って、二柱の謎の攻勢から逃げ出すことに成功。ふぅ、やれやれ。




 ***




 庭を離れて神社芸術ともいうべき鳥居の隧道を行けば、その先に姿を現したのは年月の長久を思わせる、木肌も美しく荘厳な比翼大社造ひよくたいしゃづくりの大社殿。私は目にして直ぐに雷に打たれたかのような衝撃を受けた。なんと、まさかの比翼大社造りです!

 巨大な拝殿の奥に左右二つ並んだご本殿。それが秋を背景に対を成す翼となって美しく映えている。どうにも心惹かれる稀な造形なのですよ!


「うわー! これが閑野生しずやなり神社!? ちょーかっこいーんですけどっ! ひゃーっ美しい! めっちゃ大好き!」


 見て、見て、凄い、と思わず駆け出し、軒を見上げるほど近付けば、圧倒的存在感に息が詰まってせちゃったりしてね。

 これは美保関みほのせきですわ。かつて家族旅行で山陰へ行った時に目にした、私が神社建築にまで興味を持つ切欠にもなった美保神社。あの美保造とさえ言われる、美しくも珍しい大社造のお社が今、私の目の前にあるんですが白米はまだですか?


「皇大神の御来臨に御祖みおやの御霊もさぞ喜んでおりましょう。ようこそ閑野生へ」


 きざはしの先に石臥女さんの姿があった。その装束は初めて見る砂色の千早。袴も重く沈んだ銀朱ぎんしゅの色合い。白髪しらかみの石臥女さんにとてもよく馴染んでいる。


「なんて素敵な神社なんですかっ、ずるいですっ、私もここに住みたいっ!」


 歓喜の種が胸の内に発芽してしまい、これから旗納めの儀だというのにどうにも抑えが効きませぬ。するってーと追っつけやって来た阿呼に袖を取られまして、そのまま引かれて隅っこへに連行されるというね。うん、これは恥ずかしい。


「お姉ちゃん?」

「はい」

「お姉ちゃんは大宮の皇大神なのよ?」

「はい」

「他所様の神社に住みたいなんて言ったらダメでしょ?」

「はい、二度と言いません」


 返事の度に神妙な顔になって、深々と妹神に頭を下げる私、皇大神。

 それからしばらく「他所様の境内を走り回っちゃダメ」とか、「ずるいってなんなの?」とか色々とお小言を聞かされまして、おでこに縦線入った辺りでようやく解放と相成りました。阿呼が怖いよ。

 しかし、再び浜床に立てばどうしようもなく鎌首をもたげる私の神社好き。見れば見るほど好きな社殿だった。

 妻入りの長床を思わせる中央の大社殿は通称、親亀殿と呼ぶのだそう。その奥に比翼となる二殿連棟を望めば右に子亀殿、左に孫亀殿。私はやはり唐風もろこしふうの色彩美よりも、木造の温もりそのままに佇むこうした社殿が好みだ。かてて加えて大社系の重厚なスケールと言ったら!

 興奮冷めやらぬ中、石臥女さんの案内に従って親亀殿を奥へと進んで行く。用意された藁編みの真ん丸お座布に膝を畳んで、ソワソワと辺りを窺った。

 柱や梁、床といった黒ずむ木肌とは対照的に、奥の二殿に渡る廊下の手前に組まれた祭壇は白く浮き上がる真新しい白木組。そこには三つに束ね分けた旗指物。昨日の合戦神事でそれぞれが得た旗だ。それが数の多い順に上手から下手に並んでいる。

 私と阿呼は祭壇の上手。石臥女さんと放谷は下手。そして祭壇に相対して水毬姫、八頭姫、痲油姫と、それぞれ置かれた旗の順に座した。


「それでは三柱の神々は、銘々旗納めをなさって下さい」


 石臥女さんの言葉に三社の神が立ち上がり、己が旗の束に歩み寄る。三人は束ねられた竿尻に触れ、そこから自らの星霊を送り込んで旗を同調させた。その間一言もなく、済んだら済んだで黙々と座へ戻る。


「ではこれにて旗納めの儀は終わりとなります。来る年の合戦に備え、一年ひととせつつがなく過ごされますよう」


 石臥女さんが深々とお辞儀をした。私はその水平となった甲羅を見ながら、え? これで終わり? と、思わず阿呼を見た。当の阿呼は「お疲れ様でした」と周りに労いの言葉をかけていらっしゃる。まさか本当にこれだけ? 腑に落ちないまま、ひと先ずは妹に倣って場を労った。


「あー、おつかれー、終わったなー」


 清々したとばかりに足を投げ出す放谷。相変わらず自由だね。三社の神々も楽な姿勢になって茶飲み話を始める始末。納得の行かない私は石臥女さんの所へ行って、本当にこんなので終わりなのかと尋ねてみたのだけど――。


「何か不備が御座いましたでしょうか?」


 置き眉一つ動かさずにそう仰る。


「いえ、なんか、淡々と終わったなと思って」

「はい、それが何か?」

「なんというか、もっと、こう、祝詞のりとを上げたりとか、閑野生衆の皆さんが神楽を舞ったりとか、そういうのはしないんですか?」


 私が期待外れもいいところだと、自身想い描いていたものを口の端に上らせれば、石臥女は怪訝な顔をしてかぶりを振った。


「致しません。昨日今日のことは神々による神事に御座いますから、神に捧げる祝詞も舞いも場にそぐいませんでしょう。神は星霊を奉ることは致しますが、神の祈りも舞も、主には信徒へのさち振る舞。旗納めはあくまでも三社の内々の儀ですから、いずれにも当たりません」


 ははあ、そうなるのか。

 確かに神同士でやったことを改めて神に奉じたのでは月夜に提灯。取り分け、秘祭として神々だけで営まれて来たこの神事は信徒に見せる要素を持たないのだろう。

 人の神事と神の神事は雪と墨のようなものかもしれない。淡々とすべきことだけをしてハイお終い、と言うのは如何にも味気なく感じられたけど、これが楓露の当たり前。

 肩透かしの感は否めなかったものの、また一つ身をもって学んだ。そう考えれば、これはこれでよしとすべきか。


「それじゃあこの後は? 解散、自由行動でいいですか?」

「はい、結構に御座います。境内には大宮や蜘蛛ささがにの摂社も御座いますので、是非そちらへもお立ち寄りになって下さい」

「分かりました。ゆっくり散策させて貰います!」




 ***




 親亀殿を出た私たちは旗納めの儀を遠慮して待っていた南風さんと合流した。

 入れ替わりに三社の神々とはここでお別れ。彼女たちは自分の社に立ち戻り、無事旗納めの儀を終えたことをそれぞれの従神、宮守衆に伝え、次の準備に移るのだそう。


「次って実りの祭りですよね? 水毬さんや八頭さんの神社でもお祭りをするんですか?」

「いいえ、そうではありませんよ。合戦で持ち池が入れ替わりましたでしょう? ですからお互いに水路をきちんと整えて、間違いの起こらないようにするんです」

「久方振りに数が大きく動きましたからねぇ。取られた方は塞ぐ作業で気が滅入りますよぉ」

「あはは、なるほど。そーゆーことか。じゃあ皆さん頑張って下さいね。痲油めあぶらさん、水毬みずまりさん、八頭やつぶりさん、本当にありがとうございました。特に痲油さんのお社には二泊もお邪魔しちゃって、お世話になりました」

「なんのなんの。実りの祭りには揃い踏みでまた是非とも寄って行って欲しいのだわ。里の衆も社の衆も、皆々楽しみにしているだわよ」

「それは勿論!」

「阿呼もお祭り楽しみっ」

「おー、今度は飲んで食っての祭りだなー」


 みんな口々に別れを惜しんで、それから連れ立って去って行く三柱を見送った。

 はい、ここからは自由行動の時間です! となればたっぷりこってり秋の神社を堪能しませう。

、私は不案内なのも忘れて先頭に立って、先ずは摂社を探し歩いた。目当ては真神社、蜘蛛社、白守社の三つ。途中途中見かける摂社に御挨拶しながら右左。


「それにしても驚いた」


 不意に南風さんが言うのでなんのことかと思ったら、昨日の巨大知泥の話。櫓で観戦していた南風さんは、あれが自分の方に倒れてきたらどうしようかと、随分肝を冷やしたと言う。


西風西風まぜまぜが言ってた意味がよく分かったわー」

「まぜまぜ? あ、お姉さん」

「そ、あたしの二番目の姉さん。今度機会があったら紹介するね」

「是非是非。で、その西風さんが何を言ってたんですか?」

「やー、合戦神事に首刈ちゃんたちが参加するって話が出た時にね。私は別にいいじゃんって思ったんだけど、西風西風は凄く心配してたのさ」

「心配?」

「そ。私は二人ともまだ駆け出しだし、放谷ちゃんも二桁の神様だから、参加したって問題ないって、そう思ったの」


 けれど西風さんは違ったらしい。西風さんは私が駆け出しだからこそ心配だと、参加を危惧していたそうだ。確かにあの巨大知泥は私自身にも予想外だった。櫓下の池だったからよかったものの、外縁の池であれをやって、万が一にも里人を巻き込んだりしていたら……。

 水毬姫との空中戦にしてもそう。合戦の空気に呑まれて、狼の資質任せに随分と無謀なことをしたと思う。楽しかった思いとは別に、反省と自戒の必要性を改めて感じさせられた。


「お、真神社だぞー。やっぱり真神社は奥の奥。一番最後だったなー」

「南風さんの白守社も大きかったけど、やっぱり我が大宮の摂社は大きいね」

「そりゃそーよ。何処だって大宮の摂社が一番。八大宮の摂社が追い越したら不味いでしょ」

「でもお姉ちゃん。大きさは立派でも、うちの摂社、とっても草臥れた感じよ」

「確かにちょっと……。いや、かなり草臥れてるね」


 掃除は行き届いている。流造の屋根が傾いている訳でもない。が、柱のひびや虫食い穴、ぬきや軒のたわみ。全体的に色が褪せてしまったような印象もあって、見栄えはよろしくなかった。


「いい機会だから注連しめを覚えようか」

「しめ? それって注連縄のしめ?」

「そそ。注連はかなり基本の御業でね。同調から派生する御業の代表格だよ」

「同調って……。私、例の巨大知泥でやらかしたばっかりなんだけど」

「ああ平気平気。注連の基本はみんなもすっかり覚えた物体同調が軸だから。要は同調した品物に想起を重ねて星霊を注ぎ続けるのね。そうすると硬くしたり柔らかくしたり、大きさを変えたりもできるし、破損した箇所を直すことだってできる。それが注連。例えば着物に注連をかければ体に合わせて大きを変えられるし、の開いた柱や梁も、引き締めたり硬くすることで強度を高められる」

「めちゃくちゃ便利じゃないですか!」

「でしょ。注連は目の前の品物に望む変化の想起を重ねるだけだから大して難しくもないし、使い勝手もいいから今覚えちゃおう」

「おけ、じゃあ真神社を注連で直そう」

「待って待って。首刈ちゃんは加減が下手クソ過ぎるから壊しかねない。最初はその辺に落ちてる小枝で試してみて」

「へた、くそ……」

「大丈夫よ、お姉ちゃん。一緒に練習しよ」


 凹みながらも言い返すことができず、しめやかなムードで始まる練習風景。シュールだね。小藪に入って拾った枝を同調させ、「硬くなーれ」とイメージしながら少しずつ星霊を注いで行く。


「首刈ー、チャンバラしてみるかー?」


 放谷はそこらの枯れ草の茎を手に取って、やけにピンとしたそれを木刀のように振り回した。驚いたことにちっともしならない。


「放谷は注連が使えるの?」

「おー、基本だからなー。ちょっとしたことに結構使うぞー。糸を頑丈にしたい時とかー」

「そうなんだ。伊達に三十年神様やってないね。いいよ、かかっといで」


 ブンッ! ビュン! ペシッ、ポキッ……折れた。


「ま、負けた……だと」

「弱いなー。全然弱いぞー。ポッキリいったー」

「うるさいなっ、ちょっと加減し過ぎただけなんだから! 待ってて、次の取って来る」


 負けて悔しい花いちもんめ。私は太めの枯れ枝を探して、今度はたっぷり目に星霊を注ぎ込んだ。これならば茎如きに遅れを取るまい。


「随分太い枝持って来たなー」

「いざ、尋常に勝負!」


 ブンッ! ビュン! ペシッ、ボキッ……また折れたんですが。


「なんでっ!?」

「首刈ちゃん、雑に星霊注いでも意味ないからね? 慣れない内はお米を炊くみたいにじっくりやらないと。枝の弱そうな部分を一つずつ丁寧に。切れ目なんかを星霊で埋めていく感じでさ」


 アドバイスを頂いて再度トライ。今度は硬い棒のイメージが重なるように、木刀のような反りのある枝を見つけて三度目の正直。じっくりたっぷり時間をかけてコトコト煮込んだアツアツの注連だよ。


「待たせたね、今度こそ私が勝つよ」

「おー、がんばれー。期待してるぞー」


 敵に塩を送るとはナメきってけつかる。私は昔見た時代劇を真似て枝をとんぼに構えた。打って打って打ち込むべし。


「放谷、敗れたり! だぁぁぁぁああああ!!!」

「ほいっ」

「どわっ!? たったっ、とっとっとぉ」


 べしゃ――。こけた。


「なんで避けんのよぉ!?」

「いやー、物凄い気迫だったからー、ついなー」

「お姉ちゃん」

「ん? 阿呼もできた?」

「うん。試してみて」


 阿呼は注連しめた小枝を地面に置いた二つの石に差し渡した。そこに私の枝を打ち込めと言うのだろう。私は土の付いた鼻を擦って立ち上がった。


「じゃあやってみるね。破片が飛ぶかもしれないから少し離れてて」


 そう言って妹を下がらせ、私は上段に構えて的を見下ろした。阿呼の枝はお箸のように細っこい。対する私の枝は木刀。これはもう結果が見えてるな。そう思った私は余り派手に折れないように手加減しようと考えた。


「首刈ちゃん、全力」

「はいっ」


 ゴヒュン――!!


 咄嗟の指示に思わず返事をすれば、紛う事無く目一杯。ガッと鈍い音に、振り下ろした切っ先を確かめると、なんとまあこれが折れてない。阿呼の細枝は私の木刀を受け切っていた。


「まじか。私今本当に全力で振ったよ? 阿呼の枝どうなってんの?」

「いー音したけどなー」

「それもそうだけど、首刈ちゃんの木刀だって折れてないじゃん」

「あ、そうか。返り討ちにあってない」

「お姉ちゃんも阿呼も上手にできたってこと?」

「まあ合格かな。注連は物品同調の素地ができてればこんな風に簡単に覚えられて、いつでも簡単に使えるよ。大きさを変えたりなまくらを鋭くしたりは追々試してみて。注連の感覚が完全に身に付けば、物品に限らず骨や筋肉を強くしたり、色んな御業の効果を高めたり出来るようになるからね」

「おおー、本当に基本の御業なんだ」

「うん。それじゃあ二人で摂社に注連をかけてみて」


 言われるままに阿呼と並んで社殿の柱に手を触れる。私はやり過ぎないように細心の注意を払いながら星霊を流し込んだ。すると途端にパキン、パチンと物凄い家鳴り。その後もミシミシミシと音は続いて、南風さんの合図に後退って見上げると、それまで「休め」をしていた摂社が「気を付け」の姿勢に変わっていた。細部に明らかな変化がある訳ではないのに、どことなくシュッとして芯の通った佇まい。


「なんだか見違えて見えるね、お姉ちゃん」

「うん。さっきまでの草臥れた印象がなくなった。注連って凄い」


 自分たちの仕事だと言うのにやけに感じ入って、それから神庭こうにわでしたように、閑野生しずやなりに暮らす狼信徒の為の星霊を注ぎ込んだ。


「終わったかー?」

「終わった! これで何もかにもがスッキリした。旗納めで合戦神事も締め括ったし、閑野生の境内もぐるっと回った。みんなの摂社に挨拶も済ませた。真神社もすっかり見栄えがよくなって、気持ちよく区切りが付きましたっ。ね? 阿呼」

「うん。次は新しい御業の修行だね」

「おー、先ずは腹ごしらえからだなー」

「閑野生の街なら目と鼻の先だよ。お腹空いてんなら今から行ってみる?」

「おお、そうだ。閑野生の街だ。レブが石造りの街だって言ってた。早速見に行かなきゃ!」


 節目を跨いで気分晴れやか。私たちはここ数日の思い出を胸に、新しい一歩を踏み出した。

 さあ、次はどんな出会いが私たちを待っているだろう。

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