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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の二 水走編
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022 三社の神

 夕方、湧玉わくたまの池。

 草茂る細道を蛙や虫の声に送られて歩く。夕下がりのしどけ闇に瀬所丸せぜまるさんの提灯がゆらゆらと。やがて茜射す湿原に鏡のような池々が煌めいて、複雑に入り組む湧玉の池がその全貌を露わにした。水面が鰯雲いわしぐも漂う空を写し取れば、水鳥の行軍が雲居を越えるあべこべな美しさに、不思議な期待感が生まれてくる。


「ここと隣のがわちらの陣地になる池だわ」


 陣地の合間、池塘ちとうの畔に踏み込むと、右から左から蛙の大合唱。敵陣との境となる畔には稲束を積み上げた稲城いなきが築かれていて、手前に浮き島を見れば「たにくぐ」と染め抜かれた旗指物。風にはためくそれが如何にも合戦場といった雰囲気を醸していた。


「もう先客が来ているだわよ」


 数多の池の真ん中に立つ二層の高櫓。天板の上には陣太鼓、下には半鐘。更に下を見ると、四本の支柱に囲まれた中に、葦編みの小屋があった。近付くと入口脇に「とこなめ」と「うきね」の旗持ちが控えていて、ここまで先導してくれた瀬所丸さんもその列に加わった。

 私たちは旗持ちの瀬所丸さんと参加見送りの南風さんをその場に残し、痲油姫を先に立てて小屋の中へ。

 入ると中は手狭で、一四〇糎ほどしかない私の背丈でも軽く圧迫感を感じた。足下には葦藁を分厚く敷き詰めて、真ん中には火鉢が置かれている。


「お待たせしてしまっただわ」


 ペクリと頭を下げる痲油姫。続いて入ると三人の先客は奥へと詰めて座を開けてくれた。丸い空間にすっぽりと七人が車座に収まる。入口対面の奥座には柳染やなぎぞめ鮫小紋さめこもんおうながいて、彼女が最初に口を開いた。


「判じ役の石臥女いわふしめに御座います。今年も無事この時期を迎えられまして、大変嬉しく思います」


 老女の皺深い額には髷物まげもののドラマでしか見たことのない置き眉。背には渋い御召茶おめしちゃ色の甲羅が見えた。


「さて、痲油様にはお連れ様がおいでのようですが。如何なる御方か、是非この年寄りに紹介して下さいませ」

此方こちらは、いと高き神座みくらよりわちら谷蟇たにくぐの里に参られたもう大宮の皇大神、首刈様。そしてその妹御にあらせられる阿呼様。お隣には大嶋廻りのお伴をされる、真神二宮は蜘蛛ささがにの放谷殿」


 痲油姫の紹介に預かって一礼すると、三人とも目を丸くして忙しなく瞼をしばたいた。石臥女さんの左でバサッと肩口に翼を広げた細面ほそおもての美人は浮寝うきね神社の主祭だろう。


「あ、首刈です。宜しくお願いします」


 神名フルネームを名乗って南風さんをムッとさせた過去を思い出し、その愚は犯すまいと、実に取って付けたような挨拶になった。我ながらの不格好に軽く頬が引き攣る。


「阿呼と申します。どうぞ宜しく」


 こちらは丁寧にペコリ。


「あたい放谷。よろしくなー」


 いつも通りの放谷がこんな時にはありがたい。

 石臥女さんはややあって動きを取り戻し、両隣もそれを受けて佇まいを整えた。


「これは、知らぬこととは申せご無礼を致しました。私めは水走三宮、閑野生しずやなり神社より、此度の合戦の判じ役を務めに参りました軒闇石臥女命のきやみのいわふしめのみことに御座います」


 その背に甲羅を見た時からもしやとは思っていたが、やはり目指す閑野生神社の神様だ。石臥女さんが心持ち長めの平伏を解くと、その右隣にずしりと存在感を示したていた庇髪ひさしがみに甚平姿の女性が向き直ってこうべを垂れた。


「床滑の社を預かります床滑八頭姫命とこなめのやつぶりひめのみことに御座います」


 これが半裂はんざきの首魁かと、狭い小屋に圧をもたらすでっぷりさんを見上げれば、美人とは無縁の離れ目が痘痕あばたまみれの潰れ鼻に寄り付いて、なんとも愛嬌のある笑顔が返って来る。


「浮寝鳥の束ねにて、名を薦敷水毬姫命こもしきのみずまりひめのみことと申します。どうぞよしなに」


 八頭やつぶり姫の濁声だみごえから打って変わって、小唄でも歌い出しそうな、優美で腰のある声の主。水毬みずまり姫は白地に雨模様の控え目な着物に柳腰を包み、垂髪たれがみも眉も、鼻梁からまなじりに到るまで流れるような細い器量。八頭姫の幅に対して実に好対照な女神様だ。

 返しの挨拶を受けて、こちらもきちんと神名を名乗った方がよかったのかなと、その辺の機微が分からず居心地悪し。とにかく早々に打ち解けたかったので、ざっくばらんに参りましょうと願い出た。

 私は自己紹介を兼ね、始まって間もない大嶋廻りの道行きを掻い摘んでは語らい、半分ほど残してあった焼き菓子(クッキー)を振舞った。すると水毬姫はそのお店を知っていたようで、お気に入りの味と喜んでくれた。それから真神の様子を色々聞かれたり、それぞれのお社の話を聞いたりと、世間話に花が咲けば何やら女子会めいて和気藹々。でっふり太った八頭姫は食べ物の話を次々と。ほっそりと大人の女感溢れる水毬姫は着物や化粧の話など。


「明日は合戦だって言うのに皆さん本当に仲がいいんですね」


 と、そのつもりもなく一石を投じると、場がピタリと静止して……。直ぐさまドッと笑いが咲いた。


「それはそうですよ。合戦をするからと言って何も日頃から仲が悪い訳ではありません」


 口元に紅光るお上品な笑みを、袖に隠しながら水毬姫。


「まぁ星霊がかかっていますからねぇ。そりゃあ明日はみんなして真顔ですけどねぇ」


 八頭姫ののっぺりした顔にも笑み皺が深く刻まれた。


「明日はどうぞ、皆さんの逞しい様子を見物なさって行って下さい」


 石臥女さんの言葉に、私は忘れていた参戦表明を押っ取り刀で口にした。


「あ、参加します! 明日は私たち、見物じゃなくって参加希望です!」


 唐突かつピシャリと言い放てば当然注目を集めるも、その視線はスススと痲油姫に流れて行く。痲油姫は手にした扇をパチンと鳴らして身じろぎもせず言った。


「負けが込んだところへ勿怪もっけの幸いだわよ。皇大神御一行はわちら谷蟇の助っ人をして下さるのだわ」


 それを受けて三人の女神たちは頭を寄せ合った。あ、審議中だ。審議中だねこれ。

 気を揉んで待つことしばし。如何なる返答かと思いきや、水毬姫がイの一番に口を開いて、


「素晴らしいご提案! 皇大神を向こうに回して勝ったとなれば、否が応でも浮寝の信仰、高まること天井知らずに御座います。これぞ正に天晴なこと!」


 相変わらず歌うような節回しで、何やら盛り上がっていらっしゃる。


「いえいえ、半裂はんざきの衆こそ見事勝ち戦に収め、広く世に名を知らしめてみせましょう!」


 阿吽の呼吸で八頭姫。反対どころか大歓迎の様子に、むしろこっちが気圧されちゃう。しかし門前払いされずに済んだのは何より。

 それから石臥女さんに合戦の決まりについて尋ねられ、私たちが承知していると答えると、いよいよ当日使われる御業の封書が三社の神々から判じ役に納められた。石臥女さんはそれを開くことなく懐に仕舞い込んで、


「では皆々様、こにに定められし御業のみを以って合戦に臨まれますようお願い致します。今日のところはこれにてお開き。明日の勇戦奮戦を期待しております」


 こうして会合は終わった。取り立てて身構えていた訳ではないけれど、合戦の相手とこうも打ち解けるとは思っていなかったので、なんとも妙な気分ではあった。

 小屋を出ると辺りは真っ暗。懐中時計を開けば午後八時を回っている。都合二時間以上も話し込んでいたとは。いつの時代も、いやさ何処の惑星ほしでも、女性が集えばかまびすしいと言うことか。

 私たちは星空の下に別れの挨拶を交わして、さて帰路に就こうと見回したところで南風さんの不在を知った。


「あれ? 南風さんどこ行ったの? 待ちくたびれて先に帰っちゃったとか?」

「いえ、南風媛様は何やら姉様だかが来られたからと、もう随分と前に離れて行ってしめぇまして。明日の合戦にはお戻りなさるとのことにごぜーました」

「南風さんのお姉さん? あ、そか。白守の当代は四姉妹が務めてるんだっけ。えーと、なんて言ったっけかな?」

「四陣風よ、お姉ちゃん」

「それだ。でもなんだ。お姉さんが来てるなら紹介してくれればいいのに」


 既に行ってしまったものは仕方がない。長話が祟ったものと諦めて、私たちは来た時よりも少ない人数で帰途に就いた。蛙の歌声絶えない道を、手折った吾亦紅われもこうを揺らしながら、私は白秋の飾らない詩行を吟じた。



 かえろかえろと なに見てかえる


 寺の築地ついじの 影を見い見いかえる


 かえろがなくから かえろ



「初めて聞く歌だわよ。里の子らの歌によく似ているだわ」


 痲油姫がリズムに乗った足取りで振り返る。


「ほんと? 里の子たちはどんな歌を歌ってるの? 聞かせて」


 地元の歌と聞いて身を乗り出せば、痲油は照れ臭そうに手を振って見せた。どうも蛙自身である自分たちのことを歌うのが恥ずかしいようだ。でもそんなの関係ない。私は聞きたいんだ。私はどうあってもと食い下がり、ねだりにねだって痲油姫を根負けさせた。



 けろけろ鳴いた 青がえる


 げこげこ鳴くよ いぼがえる


 かえるのおうちは土の中


 おとうもおかあも みなかえる


 かーえろかえろ 手をふって


 あの子もどの子も みなかえる



「わー、素敵! 可愛い歌! ね、もう一回、もう一回!」

「もういいだわよ」


 私のテンション、上へ参ります。痲油のテンション、下へ参ります。だが許さぬ。


「照れなくってもいーじゃん。もう一回だけっ!」

「瀬所丸に頼むだわ」


 痲油の言葉に瀬所丸が顔を背けた。


「じゃあみんなで歌おう。私ついて行くから、ね? みんな歌いたいよね!?」


 どう見ても歌いたくなさそうな痲油姫と瀬所丸さん見やりながら、阿呼は愛想笑いを浮かべた。しかし放谷はそうではない。ここぞとばかりに頼もしい味方だった。


「さー、歌うぞー。皇大神のお達しだー。それ歌えー、やれ歌えー」


 冷静に考えれば地位を笠に着たその言葉も、歌への後押しならば是としよう。痲油姫はやれやれと肩を竦めて瀬所丸さんに「歌うだわよ」と、扇を一つ打ち鳴らした。




 ***




 合戦前の会合を終えた石臥女は、湧玉の池の南にある小さな祠へと戻って来た。

 東に浮寝、北に床滑、西に谷蟇、そして南に判じ役の仮宿となるこの祠。そこに石臥女の帰りを待っていたのか、大きな草亀が寄って来て首を伸ばす。石臥女は曲がった腰に手を当てると浜床へ進み、祠のきざはしをよいせと上って戸を開いた。


「まあまあ、これは白守しらかみの。この石臥女に何ぞ御用がおありでしたか」


 祠の中で待っていたのは白守の姉妹神、次女の西風まぜと三女の南風はえ

 石臥女は戸を閉めて茣蓙の上に膝を折り、改めて二柱の女神に挨拶を述べた。燭台の灯りが常よりも煌々と輝くのは、姉妹いずれかの御業によるもの。お揃いの白い袖なしワンピースを着て、正座をしているのが西風、胡坐を掻いているのが南風。


「石臥女に会うのは本当に久し振りです。お元気そうで何よりですね。西風は嬉しいです」


 柿色の癖っ毛の下で懐かしさを湛えた深緑の瞳が揺れる。


「ねぇ、皇大神と会ってみてどうだった? 変わった娘だったでしょ?」


 だらしのない猫背をして顎を突き出すように尋ねる南風。その背中を西風が逆さまに撫で上げると、「うひっ」と奇声を漏らして背筋が伸びた。そして恨めしそうに姉を見るのだが、西風の方は口笛でも吹きそうな素知らぬ顔。


「変わった、と申しますよりかは隔たりを感じさせぬ懐っこい御方かと。それも年若さ故でしょう」

「そうですか。それで、皇大神とはどのようなお話を?」


 その問いに女同士の長話を掻い摘んで話していけば、ふんふんと頷いていた西風も最後には口がポカンと開いた。


「え? 参加するんですか? 明日の合戦に?」


 西風は軽く仰け反ると、両の手を床に着けて体を支えた。


「あれ、承知したんだ? それ」


 南風の額の上でトレードマークの鶏冠髪が揺れた。こちらは半ば知っていたのでそう驚きはしない。


「はい。水毬みずまり姫も八頭やつぶり姫もかえって意気が上がったご様子。皇大神を相手取っての合戦、これに勝ったとなれば、それはもう後の世までの語り草となりましょうから。社に新たな伝承を得る好機と捉えたのでしょう」


 伝承が生まれれば、その分トーテムが信徒に降ろす加護が厚くなる。確かに勇む理由としては十分だ。


「まあ、そういう見方もありだよねー」

「えっ、ありですか? 南風はそれ本気で言ってます?」


 驚きを禁じ得ないといった様子で西風は南風の瞳を覗き込んだ。


「だってほら、お互い承知の上ってことならいーんじゃないの? それに夜刀様への土産話にだってなるし」

「いえ、小さ神の例年の行事に皇大神が参加するって、それ普通に変ですよね? だって皇大神ですよ?」


 夜刀に突飛だと評される西風が、今は妹の言い分こそ突飛だといった面持ちでその心底を訝った。


北風姉きたげねぇも言ってたじゃん。首刈ちゃんも阿呼ちゃんも使える御業って言ったら道結ちゆい移姿うつしがせいぜいなんだよ? それはもう駆け出しも駆け出し。だからそんなに心配することないって。石臥女だってそう思うよね?」

「その辺りのことも当の首刈様ご自身より伺っております。更に言えば今年の谷蟇勢が用いる御業は知泥とありましたので、お二人は御業を使うことなく合戦に加わられることになりましょう」


 その言葉に「ほらね」と南風が付け足せば、西風は柿色の癖っ毛をガシガシと掻いて眉根を寄せた。


「二人そう言いますが、西風としては駆け出しだからこそ心配です。大切な神事ですし、一方で皇大神の身に何かあっても困るでしょう?」


 妹神と判じ役が是としたところで、西風にはやはり引っかかるものがあった。しかし南風は平気平気と取り合おうとせず、石臥女もそれ以上は黙したまま。


「分かりました。では明日の神事はお任せします。南風は皇大神にお怪我など無いよう、ちゃんと見ていて下さいね」

「ほいほい、まっかせてー。櫓の天辺からちゃぁんと見張っておくからさ」


 気軽に請け負う妹に、西風は「仕方ないですね」と力ない笑みを浮かべた。


「西風様は明日は如何なさいますか?」


 その問いは明日の合戦を見物していくかというものだろう。西風は一度考える素振りを見せて返答した。


「わたくし西風は一度白守へ戻ります。明日は南風だけが残りますので、宜しくお願いします。それと、まだ少し南風と話があるので、このままこの場をお借りしてもいいですか?」


 西風の申し出に畏まりましたと応じて、石臥女は座を外した。残った姉妹ははすに向き合い、中途になっていた話題に戻る。


「西風西風さっきの話。星霊花せいれいか、ちゃんと分けてよ?」


 のっけから分け前を要求する妹に西風は苦笑した。別段物欲が強い訳でもない南風だが、星霊花は飛び抜けて貴重な神宝かんだからの素材。さすがに目の色が変わる。神宝は神々が自らの星霊を編んで生み出す格別の宝物。それだけでも強力な品々だが、星霊花を用いることで抜群の逸品に仕上がるのだ。


「今、北風きたげ姉さんや東風こちと詳しく調べてますから、それが済んだら三等分して一つを南風にあげますね」

「二等分!」


 被せ気味に言う妹を見て、こんなにがめつかったかなと西風は首を傾げた。真神で手に入れた星霊花は大きさからすれば三等分で十分に用を為す。西風はどうにか妹の要求を取り下げようと思案した。


「そうですか。南風には先端の花の部分を渡そうと思っていたんですが……。二等分なら霊塊たまぐさりの根の方になりますけど、それでいいですか?」

「んんっ……!」


 形容し難い呻きを漏らして南風は沈黙した。梅干を食べたような渋い顔をして考え込むも、最終的には西風の思惑通り三等分を受け入れた。夜刀のお墨付きで有害性はないと分かっていても、心象面から霊塊たまぐさりの根っ子を忌避したのだ。


「それではこの話はこれで。それから、西風から南風に一つお願いです」


 西風は姿勢を正して真っすぐに妹の露草色の瞳を捉えた。南風も猫背に戻っていた背筋を伸ばして耳を傾ける。


「皇大神は星霊花の件一つを取っても、歴代にも増して特別な存在です。南風は夜刀様のお社までとはいえお傍に付くのですから、御身辺をしっかりとお守りして下さい。必要なら西風はいつだって駆け付けます。決して南風にだけ押し付けようというのではありませんからね。いいですか南風。心配はしていませんが、抜かりなく頼みますよ」


 南風はしっかりと頷いてみせたものの、西風の深緑の瞳にじっと見つめられて照れを覚えたのか、軽口を付け足した。


「あたしマジ顔の西風西風って好きだよん」


 西風はパチクリと瞬き、次いで目を見開いた。


「なんですかそれ!? 西風はいつだって真面目しんめんぼくです。それが西風のいいところじゃぁないですかっ」

「はいはい、そだねー」


 棒読みであしらうように言って、南風は戸を開けて出て行ってしまった。西風が慌てて追えば、きざはしの下、浜床に草亀と語らう石臥女と目が合う。


「お済みになりましたか?」

「え、ええ。長々とお邪魔をして済みませんでした」


 恥ずかしいところを見られたと前髪を弄って誤魔化す西風。石臥女の背後では南風が舌を出して笑っていた。まさか石臥女を挟んで続きをする訳にも行かないので、西風は肩を竦めて浜床に下りた。


「それでは石臥女。西風はこれで引き上げますが、近い内に是非またお会いしましょう」


 言い終えて木兎ミミズクの姿に転じ、西風は宵の闇へと飛び去った。その様子を手を振りながら見送る南風。


「さってと。じゃあ、あたしも谷蟇のお社に戻るんで、明日はよろしくねー」


 首、肩、腰と順に回して体をほぐす南風に、石臥女は「畏まりました」と小腰を屈めて礼を取る。南風は素早く島梟しまふくろう反化へんげして音もなく夜空へと舞い上がった。

 白守の姉妹神が去って、石臥女の頭上にはぽつぽつと星が色めく深い夜空。


「さぁさ、明日もいよいよ。お前も軒下でゆっくりとお休み」


 草亀の甲羅を撫でて語りかけると、石臥女はそろりそろりときざはしを上って祠の中に姿を消した。パタンと戸を閉ざす音が虫の声に一瞬の静寂を誘い、小さく夜気を震わせた。

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